森を抜ける
夜明け前。
五人は森の入口に立っていた。
「検問の交代は日の出から一刻後」
ライラが言う。
「それまでに森を抜ければ、向こう側の街道に出られる」
「所要時間は?」
ガイウスが問う。
「順調なら半刻。魔獣に当たれば倍以上かかる」
「……魔獣の縄張りはどのあたりだ」
「森の中央部。避けて進めば当たらない——はず」
「はず、か」
「確認できる情報には限界がある」
ライラが淡々と返す。
ガイウスは何も言わない。
否定できないから、だった。
「行きましょう」
セリスが言う。
「隊列は?」
リオが問う。
「先頭はガイウス。後ろをリオ。私とメイラが中央、ライラは——」
「どこでも動ける」
ライラが言う。
「固定しない方が私は使いやすい」
「……分かった。お願いする」
森に入る。
木々が密集している。
朝の光がまだ届かない。
薄暗い。
足音を殺して進む。
しばらくは、静かだった。
セリスが剣をそっと握る。
(前方、何かいる?)
頭の奥に、冷たい声が響く。
(右側。一体)
セリスが小さく手を上げる。
全員が止まる。
ガイウスが目で問う。
セリスが右側を指す。
息を殺す。
——草むらが揺れる。
現れたのは、小型の魔獣だった。
犬ほどの大きさ。だが牙が異様に長い。
一匹。
セリスが剣に手をかける。
ガイウスが小さく首を振る。
(——鳴き声を出させるな)
目だけで言っている。
セリスが頷く。
全員が、じっと動かない。
魔獣がこちらを見る。
鼻を鳴らす。
——そのまま、草むらに戻っていった。
全員が、ゆっくりと息を吐く。
「……よかった」
メイラが小声で言う。
「次は避けられないかもしれない」
ガイウスが小声で返す。
「急ぎましょう」
中央部に差しかかった、その時。
セリスが剣を握り直す。
(……増えた)
頭の奥で声が響く。
(五体。二組が縄張り争いの最中。あなたたちはその間に入った)
「二組がぶつかってる」
セリスが小声で言う。
「私たちはその間に挟まれた」
「どこから?」ガイウスが問う。
「右と——」
その瞬間。
右側の茂みが、激しく揺れた。
大型の魔獣が飛び出す。
牛ほどの大きさ。四本の腕。目が六つ。
別の茂みから、さらに二体。
「来た——!」
リオが弓を引く。
「散開! メイラは後ろ!」
ガイウスが叫ぶ。
戦闘が始まる。
ガイウスが一体を引きつける。
リオが矢を放つ。二体目の目を狙う。命中。動きが鈍る。
セリスが三体目へ。
(手伝う)
頭の奥で声がする。
「自分でやる」
小声で返す。
剣を振る。重い。だが——
一撃、二撃。
怯む。
「——左!」
ライラの声。
振り向く間もなく、セリスの左側に短剣が飛ぶ。
四体目の魔獣が、短剣を喉に受けて倒れる。
「……ありがとう」
「前を見て」
ライラが次の短剣を構えながら言う。
メイラの防御魔法が展開される。
五体目が突進してくる。
魔法の壁にぶつかり、動きが止まる。
その隙に——
ガイウスが仕留める。
沈黙。
全員が荒い息をついている。
「……全部で五体」
リオが確認する。
「怪我は?」
セリスが聞く。
「なし」
「なし」
「私も」
「……問題ない」
全員無事だった。
「連携が取れてる」
ライラが言う。
褒めているのか、確認しているのか、分からない口調だった。
「練習したわけじゃないけどね」
セリスが答える。
「だから余計に、ね」
ライラが短剣を鞘に戻す。
その手が——一瞬だけ、止まった。
セリスが剣を握り直す仕草を、見ていた。
ほんの一瞬。
すぐに視線を外す。
(……また、あの顔だ)
セリスは思う。
何かを知っている人間の顔。
だが——今は聞かない。
「急ぎましょう。時間がない」
ガイウスが言う。
「そうね」
森を抜ける。
木々の間から、光が差し込んでくる。
街道が見えた。
検問の兵士は——まだ、交代の最中だった。
人が薄い。
「今よ」
五人は、街道へ駆け出した。
——抜けた。
全員が、草の上に倒れ込む。
朝の光が、まぶしかった。
「……やった」
メイラが小さく笑う。
「次の検問まで、どのくらいある?」
リオが聞く。
「半日歩けば、検問のない街道に出る」
ライラが答える。
「そこまで行けば、少し楽になる」
「じゃあ休憩したら動こう」
ガイウスが言う。
セリスは空を見上げる。
青い。
雲が、ゆっくりと流れている。
(……前に進んでいる)
少しずつだけど。
確かに。
セリスは剣をそっと握り直す。
(ありがとう)
心の中で言う。
返事は、なかった。
だが——剣が、わずかに温かい気がした。
気のせいかもしれない。
それでも、セリスは少しだけ笑った。
ライラが、その横顔を見ていた。
剣を握る手を。
笑った顔を。
(……何かある)
確信めいた何かが、胸の奥に落ちた。
——しかし、何も言わなかった。
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次回は【明日6時】の投稿となり、森を抜けた先での話となります。
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