合理と感情のあいだ
夜は、静かだった。
村の外れ。
焚き火の火が、小さく揺れている。
「……助かったよ」
老人が頭を下げる。
「礼なんていらないわ」
セリスは首を振る。
「たまたま、通りかかっただけ」
それだけ言って、視線を外す。
(守れた)
その事実だけで、十分なはずだった。
だが——
「……たまたま、か」
ガイウスがぼそりと呟く。
「どういう意味?」
「そのままの意味だ」
火を見つめたまま、続ける。
「普通はな、通りかかっても関わらねえ」
「……そう」
「特に今みたいな状況なら、なおさらだ」
帝国の追跡。
不利な戦力。
リスクは明白だった。
「でも、あんたは関わった」
ガイウスが視線を上げる。
「それは“たまたま”じゃねえ。“選んだ”んだ」
セリスは、少しだけ言葉に詰まる。
「……そうかもしれない」
否定はしない。
できない。
「理由は?」
問われる。
少しだけ考える。
そして——
「見捨てたくなかった」
それだけを言った。
ガイウスは、しばらく黙る。
やがて、短く息を吐いた。
「甘いな」
「そうね」
あっさりと認める。
「でも、それでいいと思ってる」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
沈黙。
その中に——
『……非合理です』
ノイエの声が、割り込む。
「またそれ?」
セリスが苦笑する。
『当該行動は生存確率を著しく低下させます』
淡々とした指摘。
だが——
「でも、守れた」
『結果論です』
「それでもよ」
言い切る。
少しだけ、強く。
「結果が全てなら、今回の選択は間違ってない」
沈黙。
ほんの一瞬。
『……否定はできません』
ノイエの返答。
わずかに——ほんのわずかに。
柔らかい。
ガイウスが眉をひそめる。
「誰と話してる?」
「ああ……気にしないで」
「気になるだろ」
「そのうち分かるわ」
軽く流す。
説明できるものでもない。
したくもない。
「……まあいい」
ガイウスは深くは追及しなかった。
代わりに、剣を見る。
黒い刃。
「それ、やっぱり普通じゃねえな」
「分かる?」
「ああ。さっきの戦いで確信した」
火の明かりに照らされ、刃が鈍く光る。
「問題は——」
ガイウスが視線を細める。
「お前がそれを“使えてない”ことだ」
「……」
図星だった。
「出たり出なかったり、だろ?」
「ええ」
「なら、そのうち死ぬぞ」
容赦のない言葉。
だが、事実だ。
セリスは、静かに頷く。
「だから、使えるようにする」
「どうやって?」
「分からない」
正直に答える。
「でも——やるしかない」
ガイウスは、しばらくセリスを見ていた。
やがて、ふっと笑う。
「いい目だ」
「褒めてる?」
「ああ」
短く言う。
「だから——付き合ってやる」
「え?」
「しばらくな」
焚き火の火が、揺れる。
「一人じゃ無理だ。あの連中相手はな」
帝国。
追跡部隊。
そして——あの指揮官クラス。
「俺も、やつらには借りがある」
低く、静かに言う。
「利害は一致してるってわけだ」
セリスは、少しだけ驚いた顔をする。
そして——
「……よろしく」
小さく、だが確かに言った。
「ああ」
短い返事。
それで十分だった。
風が吹く。
火が揺れる。
夜は深い。
だが——
一人ではない。
『……戦術的協力関係の成立を確認』
ノイエが静かに告げる。
『生存確率、上昇』
「でしょ?」
セリスが小さく笑う。
合理と、非合理。
そのあいだで。
物語は、動き始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は**【本日12時】**に更新予定です。
新たなメンバーが入ってくる回となるので、ぜひお見逃しなく。
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