守るという非効率
森を抜けた先に、小さな村があった。
木造の家が並び、煙がゆるやかに空へ昇っている。
人の気配。
生活の音。
「……よかった」
セリスは小さく息を吐いた。
戦いの緊張が、わずかにほどける。
『周辺に敵性反応は確認されません』
ノイエの声は変わらない。
『ただし、先ほどの戦闘により追跡が再開される可能性は高いと推定されます』
「分かってる」
それでも。
このまま進み続ければ、いずれ限界が来る。
「少しだけ、休むわ」
『非推奨です』
即答。
だが、いつもよりわずかに間があった。
『滞在時間を最小限に抑えることを推奨します』
「ええ」
村へ足を踏み入れる。
視線が集まる。
警戒と、不安と——それでも、完全には拒絶しきれない空気。
セリスは剣を背に回し、ゆっくりと頭を下げた。
「少しだけ、休ませてもらえませんか」
沈黙。
やがて、一人の老人が前に出る。
「……あんた、旅の者か」
「ええ」
短く答える。
嘘ではない。
だが、すべてでもない。
老人はしばらくセリスを見つめ——やがて、小さく息を吐いた。
「好きにしな。長居はするなよ」
「ありがとう」
深く頭を下げる。
それだけで、十分だった。
——水をもらい、簡単な手当てを受ける。
粗末な布。清潔とは言えない水。
それでも、ありがたかった。
「……大丈夫かい」
声をかけてきたのは、若い女だった。
不安そうな目。
だが、優しさもある。
「ええ、少し休めば」
「そう……ならいいけど」
言葉を濁す。
何か言いたげにして、結局、何も言わない。
(……何かある)
直感が告げる。
セリスは周囲を見渡した。
村は、静かすぎる。
人はいる。生活もある。
だが——
「……男の人が、少ない?」
ぽつりと呟く。
女はびくりと肩を揺らした。
「それは……」
言葉が続かない。
代わりに、老人が低く言う。
「徴発だ」
「……帝国?」
「ああ」
短い答え。
「若いのは、みんな連れていかれた」
拳を握る。
静かな怒りが、そこにあった。
「逆らえば?」
「……村が消える」
それ以上は、語らなかった。
語る必要もなかった。
沈黙が落ちる。
セリスは目を閉じる。
胸の奥が、重い。
(これが……現実)
守ると決めた。
だが——守りきれていないものが、目の前にある。
『……非効率です』
不意に、ノイエが言った。
セリスは目を開く。
「何が?」
『この村に留まることです』
淡々とした声。
『戦力的価値は低く、防衛コストに見合いません』
言っていることは、正しい。
正しすぎる。
「……そうね」
否定はしない。
できない。
だが。
セリスは、ゆっくりと立ち上がった。
「それでも」
外へ出る。
村の入口。
森の方角を見る。
「見捨てない」
静かに言う。
風が、吹く。
『……非合理です』
「知ってる」
それでも。
視線は、逸らさない。
『追跡部隊の接近を検知』
空気が変わる。
一瞬で、緊張が戻る。
「数は?」
『五。先ほどより増加しています』
「……来たわね」
村の奥から、不安げな視線が集まる。
子ども。
女たち。
老人。
逃げ場はない。
「ここで迎える」
『推奨しません』
「でもやる」
即答だった。
沈黙。
ほんの一瞬。
『……了解しました』
わずかに。
ほんのわずかに——
その声が、柔らいだ気がした。
セリスは剣を抜く。
黒い刃が、静かに光を呑む。
「守るって決めたから」
誰に言うでもなく、呟く。
そして——
森の奥から、足音が響いた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は**【本日7時】**に更新予定です。
セリスのピンチにガイウスが……という展開になりますので、ぜひお見逃しなく。
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