終末、あなたのためにできること。
何よりも、誰よりも大切なひと。彼女の時間が終わってしまうのだという。
恋人との死別、なんてものは物語の中ではありふれていて。だから当然、それは現実でもそうなのに。
気づけたはず、というよりも、気づいていなければいけなかった。
実際、彼女はそれらしいことを口にしたことだってあった。
それなのに、弱気になっているだけだと思い込もうとしたんだ。
思い込む? いや、もっとひどい。決めつけたんだ。見たくないものから目を逸らして、聞きたくないことには耳を塞いで。
そんなことをしても、そこにある現実がなくなるわけでもないのに。駄々をこねる子どものように、ただただ、違う、違う、と否定を繰り返して。
結果。貴重な共に在れる時間を無駄にした。
本当はもっと話ができたはずなのに。もっと、声が聴けたはずなのに。
なにをするでもなく時間を浪費し続けて、今になってうろたえているのだから、本当にどうしようもない。我ながら救いようがない。
本当に、本当に。
病名はスキルス胃癌、というらしい。発見が困難で、見つかった時にはあちこちに転移してしまっていることが多いという。
実際に、そうなっているように。
今、彼女の治療は終末期のそれに移っている。無理な延命を行わず、苦痛を緩和することを主目的としたそれだ。
その変更を、彼女は。
「もう頑張らなくていいんだと思うと、ホッとした」
そう、言っていた。
そんなにも頑張って病と闘っていた彼女に気づきもせずに、今は調子が悪くて入院しているけど、いずれ良くなって元通りになるだなんて、信じるというほどの熱量もなく、それが当たり前だと考えていたどうしようもないバカがいる。
そんなバカが、今更になって彼女に何ができるのかを考えて。考えて、考えて、思いついたのは結局、言葉を書き連ねることだけだった。
そうして今、私は……俺は、お別れすることが決まった彼女へのラブレターを書いている。
そうだ、これは恋文だ。これからさよならをするのに、贈るのが後悔の言葉ばかりではあんまりだから。
そのことを話して、書き上げたら公開しても良いのかを訊いた彼女は、読むことができるかどうかわからないからと、先にラブレターへの返事をくれた。
「大好き」と。
それに「俺も大好き」と返した声が、震えていなかったらいいのだけど。
俺の描く物語を、俺よりも好きになってくれた彼女。それが好きになったきっかけで。いつだって嬉しそうに、楽しそうに、キャラクターの、おはなしの感想を語ってくれたね。
ちょっとキャラクター愛がいきすぎて、意見がぶつかったりなんてしたこともあったけれど。それすらも、今では大切な思い出で。
おそろいで買ったネックレスのことは覚えているかな? 俺が落としてなくしてしまった時、デートの予定を変更して、一緒に探してくれたね。
そうして見つけたあのネックレスは、一生の宝物です。
大事なものすぎて、外につけていくのがちょっと怖いのが問題だけど(笑)
来週、よくふたりで一緒に行った創作居酒屋で、友達と呑む時にはつけていくつもり。呑むのは俺だけだから、付き合わせる下戸の友達にはちょっと悪いな、とは思うけれど。
君の好きだったメニューをひとりで食べる、なんてことをしたら確実に大泣きするからね。友人には尊い犠牲になってもらうことにする。
ティールームに、スープのお店、本屋さん。ふたりで歩いた街をひとりで歩くのは、今はまだ辛いけれど。いつかただ懐かしく思う日が来るのかも、まだわからないけれど。
それでも、頑張り続けた彼女に、まだ頑張れなんてとても言えないから。少しでも永く一緒にいたい気持ちはあるけれど……願わくは、その終末が心穏やかでありますように。
できたはずのことができなかった、そんなどうしようもない俺だけれど。
貴女のことが、本当に、本当に、大好きでした。
それはきっと、これからもずっと。
死んでも変わらないことだから、覚悟して、諦めてほしい。SNSで臆面もなく口説き文句を並べ立てるような男に惚れられたのが運の尽きだと思って、ね。
最期の時に都合よく伝えられることはないだろうから、ここで先に伝えておきます。この最後の一文だけでもまた読み返してくれたら嬉しい。
「――おやすみなさい。良い夢を。」




