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おれの前世

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/12/11

「だーかーらー、俺の前世は王様なんだよ!」


 夜の居酒屋。テーブルを挟んで二人で飲んでいると、横山が唐突にそんなことを言い出した。

 なんでも、つい先日、路上の占い師に占ってもらったという。前世がどこそこの国の王だの王子だの、手に覇王線があるだの、そんなものは誰にでも言うリップサービスに決まっているのだが、横山はすっかり真に受けたらしい。

 ご機嫌で「俺はこんな王だった」と語り、酒臭い唾を飛ばしてきた。おれは顔を背け、曖昧に笑った。


「いやあ、めちゃくちゃ慕われてたらしいぜ。わかるよなあ。ははははは!」


 まったくわからないが、おれは「あー」と返しておいた。


「占いの晩、前世の夢を見てさ。こーんなでっけえ城に住んでてよ!」


「ほー」


「馬を乗り回してよ。民衆が、『王様ー!』って、もうまとわりついてきて大変でさあ」


「だろうなー」


「今世にも滲み出てるんだよなあ。王の風格ってやつがさ」


「だなー」


「で、思ったんだよ。お前って、俺の家来じゃね?」


「はは……え?」


「家来だよ、家来! お前、昔から俺の世話になってたもんな! はははは!」


「い、いやあ、そうだったかな……」  


「そうだろお! ほら、お前友達いねーし、俺が構ってやらなかったらマジ終わってたぞ」


「そうかな、ははは……」


「そうだろー! 社会不適合者だしな!」


 この横山という男は、がさつで人の気持ちをまるで考えないやつだ。中学からの腐れ縁で、正直嫌いなのだが、おれは昔から気が弱く、やつの無神経な言葉をいつも笑ってやり過ごしてしまうのだ。


「あ、ニキビ飛んだ。ははははは!」


 確かにおれは友達が少なかったが、こいつと一緒にいて楽しかった記憶などひとつもない。いじめられていたわけではないが、散々嫌な思いをさせられてきた。しかも、こちらが怒れないような微妙なラインで。だから、いつも腹の底が鈍く冷えるような感覚を抱えていた。


「てか、お前、ちょっと禿げた? ははははは!」


「ははは……」


「でさー、二人で城を出て狩りに行ったわけよ。俺を守るのが役目なのに、お前ときたらよお」


 横山はジョッキを片手に、延々と前世の話を続けた。馬鹿馬鹿しくて聞く気にならない。おれは適当に相槌を打ちながら、いつものように意識を遠くへ飛ばしてやり過ごすことにした。


「――で、お前がよお」


「おー……」


 ……だが、なぜだろう。なんだか……。


「でさ――」


「あー……」


 ……不思議なことに、聞いているうちに、おれは本当に横山の家来だったような気がしてきた。


「ゲーセンで盗賊に絡まれたとき、俺が剣を抜いて追い払ってやったもんなあ」


「はい……まあ、ゲーセンは行きたくなかったんですけど……連れて行かれて……はい……」


「ごちそうを食わせてやったよな」


「はい……ファミレスでたまに奢ってもらいましたね……まあ、よく『五十円くれ!』って言っておれから取ってましたし……おれが奢らされたこともありましたけど……」


「馬から落ちそうになったとき、腕を引っ張って助けてやったよな」


「はい……王様に押されて階段から落ちかけたんですけど……はい……」


「城に仕立て屋を呼んで、お前にも服を作ってやったよな」


「無理やり買わされて……あとで『似合ってねえ』って笑われて……」


「お前にも民の前で喋らせてやったよな」


「黒板の前に立たされて……『なんか話があるってよー!』って勝手に注目を集められて……」


「お前が気になってた町娘に声をかけて、話す機会を作ってやったよな」


「はい……王様がしつこくて……仕方なく、『ちょっといいかも』って言っただけなのに……気持ち悪がられましたし……はい……はい……」


 やがて店を出た。

 王様はたいへんご機嫌で酒を召し上がられたようで、足取りはおぼつかず、おれは肩を貸して夜道を歩いた。

 王様は時折、おれの顔の前でゲップしてはゲラゲラと笑った。


「ああ、王様、ほら、あそこに大きな魚が見えますよ」


 橋に差し掛かり、おれは川を覗き込みながらそう言った。街灯が川面に反射し、きらめいている。暗い水の中で黒い影がゆらゆら揺れていた。


「んー? よく見えん見えん。お前、ちょっと取ってこいよ。はははは!」


「ははは、ほらほら、あそこですよ」


「だから見えんて。あそこか?」


「ええ、そこですよ、そこ」


「んー……見えんな。まあ、どうでも……ん、おい、何してるんだ? お、おい! やめ――」


 おれはしゃがみ込み、しがみつくように王様の足を掴むと、そのまま一気に持ち上げた。

 次の瞬間、パアンと破裂音のような響きが夜気を裂いた。

 白い泡が弾け、水面はすぐに静けさを取り戻していった。

 この川は浅く、底に体を打ちつけたのだろう。王様は気絶したのか、あるいは死んだのか、ピクリとも動かなかった。やがて体はゆっくりと流れに沈み、呑まれていった。


 そう。おれは前世でも、ああやって王様を殺したのだ。

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