おれの前世
「だーかーらー、俺の前世は王様なんだよ!」
夜の居酒屋。テーブルを挟んで二人で飲んでいると、横山が唐突にそんなことを言い出した。
なんでも、つい先日、路上の占い師に占ってもらったという。前世がどこそこの国の王だの王子だの、手に覇王線があるだの、そんなものは誰にでも言うリップサービスに決まっているのだが、横山はすっかり真に受けたらしい。
ご機嫌で「俺はこんな王だった」と語り、酒臭い唾を飛ばしてきた。おれは顔を背け、曖昧に笑った。
「いやあ、めちゃくちゃ慕われてたらしいぜ。わかるよなあ。ははははは!」
まったくわからないが、おれは「あー」と返しておいた。
「占いの晩、前世の夢を見てさ。こーんなでっけえ城に住んでてよ!」
「ほー」
「馬を乗り回してよ。民衆が、『王様ー!』って、もうまとわりついてきて大変でさあ」
「だろうなー」
「今世にも滲み出てるんだよなあ。王の風格ってやつがさ」
「だなー」
「で、思ったんだよ。お前って、俺の家来じゃね?」
「はは……え?」
「家来だよ、家来! お前、昔から俺の世話になってたもんな! はははは!」
「い、いやあ、そうだったかな……」
「そうだろお! ほら、お前友達いねーし、俺が構ってやらなかったらマジ終わってたぞ」
「そうかな、ははは……」
「そうだろー! 社会不適合者だしな!」
この横山という男は、がさつで人の気持ちをまるで考えないやつだ。中学からの腐れ縁で、正直嫌いなのだが、おれは昔から気が弱く、やつの無神経な言葉をいつも笑ってやり過ごしてしまうのだ。
「あ、ニキビ飛んだ。ははははは!」
確かにおれは友達が少なかったが、こいつと一緒にいて楽しかった記憶などひとつもない。いじめられていたわけではないが、散々嫌な思いをさせられてきた。しかも、こちらが怒れないような微妙なラインで。だから、いつも腹の底が鈍く冷えるような感覚を抱えていた。
「てか、お前、ちょっと禿げた? ははははは!」
「ははは……」
「でさー、二人で城を出て狩りに行ったわけよ。俺を守るのが役目なのに、お前ときたらよお」
横山はジョッキを片手に、延々と前世の話を続けた。馬鹿馬鹿しくて聞く気にならない。おれは適当に相槌を打ちながら、いつものように意識を遠くへ飛ばしてやり過ごすことにした。
「――で、お前がよお」
「おー……」
……だが、なぜだろう。なんだか……。
「でさ――」
「あー……」
……不思議なことに、聞いているうちに、おれは本当に横山の家来だったような気がしてきた。
「ゲーセンで盗賊に絡まれたとき、俺が剣を抜いて追い払ってやったもんなあ」
「はい……まあ、ゲーセンは行きたくなかったんですけど……連れて行かれて……はい……」
「ごちそうを食わせてやったよな」
「はい……ファミレスでたまに奢ってもらいましたね……まあ、よく『五十円くれ!』って言っておれから取ってましたし……おれが奢らされたこともありましたけど……」
「馬から落ちそうになったとき、腕を引っ張って助けてやったよな」
「はい……王様に押されて階段から落ちかけたんですけど……はい……」
「城に仕立て屋を呼んで、お前にも服を作ってやったよな」
「無理やり買わされて……あとで『似合ってねえ』って笑われて……」
「お前にも民の前で喋らせてやったよな」
「黒板の前に立たされて……『なんか話があるってよー!』って勝手に注目を集められて……」
「お前が気になってた町娘に声をかけて、話す機会を作ってやったよな」
「はい……王様がしつこくて……仕方なく、『ちょっといいかも』って言っただけなのに……気持ち悪がられましたし……はい……はい……」
やがて店を出た。
王様はたいへんご機嫌で酒を召し上がられたようで、足取りはおぼつかず、おれは肩を貸して夜道を歩いた。
王様は時折、おれの顔の前でゲップしてはゲラゲラと笑った。
「ああ、王様、ほら、あそこに大きな魚が見えますよ」
橋に差し掛かり、おれは川を覗き込みながらそう言った。街灯が川面に反射し、きらめいている。暗い水の中で黒い影がゆらゆら揺れていた。
「んー? よく見えん見えん。お前、ちょっと取ってこいよ。はははは!」
「ははは、ほらほら、あそこですよ」
「だから見えんて。あそこか?」
「ええ、そこですよ、そこ」
「んー……見えんな。まあ、どうでも……ん、おい、何してるんだ? お、おい! やめ――」
おれはしゃがみ込み、しがみつくように王様の足を掴むと、そのまま一気に持ち上げた。
次の瞬間、パアンと破裂音のような響きが夜気を裂いた。
白い泡が弾け、水面はすぐに静けさを取り戻していった。
この川は浅く、底に体を打ちつけたのだろう。王様は気絶したのか、あるいは死んだのか、ピクリとも動かなかった。やがて体はゆっくりと流れに沈み、呑まれていった。
そう。おれは前世でも、ああやって王様を殺したのだ。




