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第四話 美しく呪われし雨女



「本人が違うって言ってるんだから、そういうことなんでしょ」


 沈黙を破ったのは、与人の背後に控えている千蔭だった。


「この子、どう見てもただの女の子だし。とても神様には見えないじゃん?」

「だが、玉依の巫女が仰っていただろう。その預言通り、雫音殿がこの地に降り立った瞬間に雨が降った。それは事実だ」

「確かに、預言通りではあるけどさ。そもそもこの子の瞳、黒色だよね。預言では瑠璃色の瞳だって云われてたんじゃないの?」

「うむ、それはそうだが……」


 預言では、その雨女神様は“瑠璃色の瞳”だと云われていたらしい。

 瑠璃色とは、紫みを帯びた深く美しい青色のことだ。


 けれど、雫音の瞳は生まれつきの黒色だ。それが雨女神様ではないという、何よりの証拠にもなるだろう。


 千蔭からグサグサと突き刺さる猜疑心を孕んだまなざしに気づきながらも、しかし雫音は反応を見せることもなければ、話に割って入ることもせずに、二人の会話を黙って聞いていた。


 雫音は、神様などではない。千蔭の言う通りだ。

 ただ、のうのうと生きてきただけの、何の才も持たぬ女。


 けれど、一つだけ。

 ほとんどの人間が持たぬであろう、生まれ持った体質がある。


「あの……」

「はい、何でしょう?」


 与人は、雫音が漏らした蚊の鳴くようなか細い声にもすぐに気づいた。千蔭に向けていた視線を、正面に座る雫音へと戻す。


「私は、神様ではありません。それは事実です。でも……もしかしたら、雨を降らせてしまったのは私のせいかもしれません」

「そうなのですか?」

「はい。さっきも言った通り、私は雨女なんです」

「その、雨女、というのは……?」

「雨を降らせたり、雨に降られたりする確率が高い人のことです」



 雫音は、生まれながらの雨女だった。


 遠出をする時や何かイベント事がある時には、いつも決まって雨が降る。待ち望んでいることがあれば、楽しみにしていることがあれば、雫音の感情に呼応するようにして鉛空が広がり、ポツポツと雨が降るのだ。


 そのため、表立って言われることは多くなかったものの、小学校の運動会や遠足の日など、クラスメイトから陰で悪口を言われていることも知っていた。


「雫音ちゃんが来ると雨が降るから、当日は休んでほしいよね」


 その言葉を、幼い頃から何度も耳にした。

 雫音は、自身の体質を疎ましく思いながら生きてきたのだ。けれど……。



「そうだったのですね! ありがとうございます。雨女である雫音殿のおかげで、多くの者が救われました。例え神ではなくとも、貴女はオレたちの命の恩人です」


 雫音の話を聞き、嬉しそうに目を輝かせた与人は、心からの感謝の気持ちを口にする。


 ――雨を降らせたことで、こんな風に感謝されたのは、生まれてはじめてのことだった。


 雫音は僅かに瞠目したが、すぐに表情を戻して、小さく首を振った。


「いえ。別に、私は何も……」

「そのようなことはありません! 本当に、感謝してもしきれません。……そうだ。雫音殿は、これから行く先は決まっているのですか?」

「え? ……いえ、特には」

「でしたら、風之国でゆっくりしていってください。雫音殿の気が済むまで、いつまでもご滞在いただいて構いませんので」


 行く当てなど特にない雫音にとって、与人からの言葉は有難い提案だった。

 雫音はチラリと、窺うようなまなざしで与人の後方を見る。その先に居るのは、千蔭だ。


 千蔭が自身に対して良くない感情を向けていることにはとっくに気づいていたので、雫音は、滞在を反対されるだろうと思ったのだ。


 けれど千蔭は、何も言わない。端正な顔に浮かんでいるのは貼り付けたような笑みで、そこから感情を読み取ることは難しかった。


「あの、それじゃあ……しばらくの間、お世話になります」


 悩んだ末、雫音はすごすごと頭を下げた。

 ニコニコと笑っている与人と千蔭を交互に見ながら(……何だか疲れた)と、胸中で重たい溜め息を吐き出しながら。


 こうして、予期せぬ形で異世界へと迷い込んでしまった雫音は、しばらくの間、風之国に身を置くことになったのだ。



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