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霖雨蒼生(りんうそうせい)の姫君にはなれない。  作者: 小花衣いろは


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第二十五話 異変



 今朝方から、屋敷内が妙に騒がしかった。


 何かあったのだろうかと不安に思いながらも、ただの客人という立場の雫音にできることは何もない。いくら心配でも、他国の事情に首を突っ込むわけにもいかない。


 雫音は、千蔭と天寧に見守ってもらいながら、八雲の指示に従って、日課になりつつある護身術の稽古をしていた。始めてまだ数日で大きな進歩は感じられないが、ほんの少しだけ体力がついたような気がする。それに、身を守る術や対処する方法も少しずつ頭に入ってきた。


「おい。手首を掴まれた時は、掌を開いて手首を回せ。そこから相手に向かって大きく踏み込み、肘を振り上げて拘束を振り切るんだ」

「っ、はい」

「もう何度も教えている。何度言えば分かるんだ」

「す、すみません」


 しかし八雲の容赦のない物言いに、冷え切ったまなざしに、ほんの微かな自信は瞬く間に萎んでしまった。


「……でも、動きとか、初日に比べたら少しずつ良くなってると思うけど」


 雫音の落ち込んだ様子に気づいたのか、天寧が励ましてくれる。


「まぁ、この子がどれだけ上達するかは、指導者の腕にかかってるよね」


 千蔭からの試すような視線を受けて、八雲は片眉をピクリと動かした。


「……次は相手の急所を狙う方法だ。まずは俺の真似をして構えてみろ」

「は、はい」


 千蔭の言葉で、八雲の負けず嫌いに火が付いたようだ。

 千蔭は八雲にはバレないように笑いを堪える。実直な部下なら、軽くけしかけるだけで十分に効果を発揮することを知っていたからだ。


 旅はまだ続く。この稽古時間を通して、二人の関係性が少しでも良い方向に動くようにという思惑もあった。だから千蔭は、八雲に指導役を任せたのだ。


「……千蔭はさ、よく見てるよね」

「何、突然」

「別に。ただ……おれには無理だなって思っただけ」


 天寧は言葉足らずなところがある。しかし幼なじみである千蔭は、天寧の言わんとしていることがすぐに分かった。


「天寧は面倒くさがりに加えて、人と関わるのが苦手だからでしょ」

「うん。だから、他人のために色々考えて、立ちまわったりとか……できないと思う」

「でも、あの子のことは結構気に入ってるんじゃない? めずらしく自分から話しかけたりしてるだろ」

「気に入ってるとかは、ないけど……何となく、見てて心配になるから」

「……ふーん。心配ねぇ」


 千蔭は目を細めて笑った。

 他者に対して無関心でドライな性格をしている幼馴染が、誰かを気遣ったり心配している。忍びとしては不必要な感情だが、それでも、幼馴染の不器用な優しさを知っている千蔭は、その事実が嬉しかった。


 千蔭に微笑ましい目で見られていることに気づいた天寧は、口を結んでそっぽを向く。

 それが照れ隠しだということにも、付き合いが長い千蔭は当然気づいていたが、それ以上何か言うことはしなかった。


 ――それから、十五分ほどが経った。ちょうど稽古に区切りがついたタイミングで、朝食の席には姿を見せなかったシルヴァがやってきた。


「雫音。少し話がある」


 その表情は険しい。話の内容が良くないものだということはすぐに分かった。

 雫音と忍びの三人は、シルヴァの部屋に通される。


「明朝、見張り番より、山中で狼煙が上がったとの報告があった。また、複数の御旗がはためいているのも確認できたそうだ」


 地図を広げたシルヴァは、紙面上に木製の駒を置く。そこには、“常磐山”と書いてある。緑之国と風之国の境にあるここは、雫音たちが通ってきた山だ。駒が置かれた場所は、緑之国に寄っている。


「風之国では、戦をする予定があるのか?」


 シルヴァは、千蔭に目を向けて尋ねた。


「いえ。そのようなことは聞いていません。そもそも、俺たちをこの地に送り出したのは領主様です」

「……それもそうだな。だがそうなると、あの狼煙は一体誰が、何の目的で上げたのか。それが分からん」


 シルヴァは眉根を寄せて地図に視線を落としている。

 どうやら、風之国が緑之国に攻め入ろうとしているのではないかと、そう危惧したようだ。


 しかし今は、四つの国で協定を結んでいる。手を出した国は、他の国が結託して鎮圧することになっている。そもそも、与人が突然、何の理由もなく戦を仕掛けてくるとは、雫音も考えられなかった。


「周辺の様子を見に行くことになったんだが……良ければ、同行してもらうことはできないだろうか?」

「え。同行って、私たちが、ですか?」

「いや、雫音ではない。忍びの三人の内、誰か一人でいい。お前たちは山中の移動も苦ではないだろう? それに、自国の方面から上がった狼煙だ。誰が何の目的で上げたものなのか、多少は気になるんじゃないか?」


 確かに忍びであるこの三人ならば、山中の移動も常人に比べれば楽々だろう。何より、その狼煙が上がったという場所は、この間通ってきた辺りの道らしい。三人ならば、地形も把握している。


「では、俺が同行します」


 名乗りを上げたのは、千蔭だった。それにすかさず、八雲が反応する。


「頭が自ら赴かずとも、それなら私が行きます」

「いや、大丈夫だ。風之国のことも心配だし、ついでに様子を見てくるよ。それに、この中では俺の足が一番速いからね。すぐに戻ってくることができる」


 千蔭の言い分に納得したのか、八雲はそれ以上何も言わなかった。

 こうして、緑之国の探索部隊に、千蔭も同行することになった。



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