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霖雨蒼生(りんうそうせい)の姫君にはなれない。  作者: 小花衣いろは


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第二十話 サンカヨウ



 シルヴァたちが屋敷に戻り、この場には雫音と千蔭の二人が残された。


「どうする? どこか見て回りたいところがあるなら、付き合うけど」

「え? えっと……いいんですか?」

「いいって、何が?」

「いえ、その……」


 雫音は言い淀んだ。八雲に言われたことを思い出したからだ。


 “こちらが粗相の一つでもすれば、その責任は全て与人様が負うことになる。そしてこの地での矛先は、全て頭に向くことになる。お前の不用意な言動で、風之国に危害が及ぶような事態になったら……俺はお前を許さない”


 此度の旅も、自分の我儘に付き合わせてしまっているようなものだ。本来なら千蔭は、主君である与人のそばで任務をこなしていたはずなのに。

 また、千蔭の時間を奪ってしまうことになる。更に迷惑をかけてしまうことになるのではないか。それが、雫音は嫌だった。


「もしかして、何か難しいことでも考えてる? ここ、皺が寄ってるけど」


 千蔭の指先が、雫音の眉間に触れた。痛くない程度の力でぐりぐりと押されて、雫音はぎゅっと目を瞑る。


「言っておくけど、アンタが変に気を遣う必要はないよ。それに、せっかく緑之国まできたのに、屋敷の中に閉じこもってるだけじゃもったいないでしょ。息抜きだって必要だからね」


 そろりと目を開ければ、目の前にいる千蔭は微笑んでいた。忍びである千蔭は、感情を隠すことを得意としている。それでも、その表情や声音からは、雫音との時間を億劫に思っているような感情は伝わってこない。


「それじゃあ……少しだけ、お散歩してもいいですか?」

「うん、いいよ」


 こうして、二人で当て所無く、近くを散策することになった。


 緑之国は、自然豊かな国だ。緑に満ちたこの山の中は、空気も一等澄んでいるように感じる。雫音は小さく深呼吸してから、ぽつりと、千蔭に話しかける。


「さっき、シルヴァさんと話している時……少し与人さんに似ているなって、そう思ったんです」

「与人様に?」

「はい。この国を、心から愛していることが伝わってきました。この国の人たちが幸せに過ごせるように、大平の世を作るのが夢だって、そう仰っていました。そのためなら、どんな苦難も乗り越えてみせるって。……すごいですよね」


 生きることを諦め、当然、夢の一つさえ持っていなかった雫音には、スケールの大きすぎるその重い言葉は、何処か遠い世界の話に感じた。


「千蔭さんは、夢ってありますか?」

「夢、ねぇ」


 千蔭は考えるように視線を上に向けて、けれどすぐに、その答えを口にする。


「主君のために、そして国のために、この身を賭して忍びとしての責を全うする。夢というよりは、誓いかな」

「誓い、ですか」

「うん。それで、一日でも多く美味い飯を食べて最期を終えることができたら、最高だね」

「千蔭さんは……死ぬのが怖くはないんですか?」


 口から漏れ出たその問いは、純粋な疑問だった。


「俺はもちろん、誰にだって、死は必ず訪れる。人はいつか死ぬ。それが自然の摂理だ」


 千蔭は平坦とした声で答えた。

 けれどすぐにその表情を和らげると、雫音を見下ろして言葉を続ける。


「でもさ、皆今を、必死に生きてるんだ。生きたくても生きられない奴だっている。だから俺は、命を粗末にする奴が嫌いなんだよ」


 初めて対面した際、雫音が「死にたい」と口にした瞬間。

 静かに、けれどひどく憤っていた千蔭の、冷たい瞳を思い出した。


「それじゃあ、俺からも聞くけどさ。アンタは、まだ死にたいとか思ってるわけ?」

「私、は……」


 雫音は考えた。ここで「もう死にたいなんて思っていない」と、その場しのぎの言葉を吐いたところで、千蔭にはすぐにバレると思ったから。せめて、自分の正直な気持ちを伝えたいと思った。


「あの時は……ただ生きることに疲れて、消えてしまいたいって思ってました。でも今は、雨を降らせるっていう、私の力を必要としてくれている人がいて……それは、とても嬉しいことです。誰かの役に立つことができるっていうことは、生きていてもいいんだって思わせてくれるから。でもやっぱり、私は……私っていうただの人間には、価値を見出せないんです。千蔭さんたちのように、夢も、誓いもありません。生きたいと思える理由が、ありません」


 雫音はふと、考えてしまった。


 雨を降らせるという役目を終えた、その時。価値のない自分に戻った時。

 雫音の(なか)には、何が残るのだろう。また「死にたい」と、強く思うのだろうか。


 誰にも言えなかった、後ろめたくて仄暗い気持ちを吐露した雫音は、千蔭からの返答を待った。

 また、あの時のような冷たい目で見られるだろうか。それとも、呆れられているだろうか。千蔭の顔を見るのが、少し怖かった。


 けれど千蔭は、雫音の鬱蒼とした感情に、怒ることも、呆れることもなかった。

 平常時と変わらない、むしろ軽い声音で言葉を返す。


「生きる理由がないなら、これから見つけていけばいいだけの話だよ」

「……見つかるでしょうか」


 所在なさげに視線を落とした雫音の手を、千蔭はそっとつかむ。


「ねぇ。いいもの見せてあげよっか」


 そしてそのまま、雫音を横抱きにする。雫音は咄嗟に千蔭の胸元の服を軽くつかんだ。

 近い距離に、伝わる熱に、雫音の鼓動が速くなる。


「しっかり捕まってなよ」


 そして千蔭は、瞬く間にその場から跳躍する。木の上を軽々と移動して辿りついた先は、開けた小高い丘の上だった。



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