第十三話 誇り
「あーあ、ほんとに最悪だよなぁ。今日の運動会、父ちゃんも休みとって楽しみにしてくれてたのにさぁ」
出入り口に『6-2』と書かれたプレートが取り付けられている教室にて。クラスのガキ大将的な地位にいる男子が、わざと教室内に響くような大声で言いながら、その目を雫音に向ける。
「誰かさんがきたからじゃねーの?」
「だよなぁ。マジ最悪」
「あーあ、どうせなら気を遣って休んでくれればよかったのに」
他の男子たちも、わざと雫音に聞こえるような声量でニヤニヤしながら同調する。それに対して、クラスの女子たちは男子を非難した。
「ちょっと男子! 水樹さんが可哀そうだよ」
「……まぁ、正直、雨なのは残念だよねぇ」
「これで明日も雨だったらどうする? 体育館でやるの、ぶっちゃけイヤだよね」
「わかる。小学校最後の運動会だし、せっかくならグラウンドでやりたいなぁ」
けれど、声を潜めながら話しているその声は、雫音の耳にも届いてくる。自分の席に座っていた雫音は、うつむいたまま、黙りこむ。声を発することはなかった。言い返すことなど、できるはずもなかった。
――そして、翌日。空には雲一つない青空が広がっていた。
予備日である今日、運動会はグラウンドにて無事に決行される運びとなった。
しかし、そこに、一人の少女の姿だけが見当たらない。
けれどそれを気にするものは、誰もいなかった。
***
雫音の部屋に、雨を降らせるために諸国へ赴くことになる面々で集まっていた。改めての顔合わせをも兼ねて、軽い打ち合わせをするためだ。
雫音の護衛として、忍び隊の長である千蔭に加えて、部下である天寧と八雲も同行することが決まったようだ。
「……まぁ、よろしくね」
「言っておくが、お前のことなど信用していない。くれぐれも妙な真似はするなよ」
友好的な天寧に対して、八雲はいまだに雫音を疑っていた。今回も雫音を監視する目的で、自ら同行を申し出たらしい。その態度は対照的ではあるが、腕の立つ二人の同行が心強いことには変わりない。
「与人様からも重々頼まれてるわけだし、アンタのことは俺たちが守るから。安心しなよ」
「……はい。皆さん、よろしくお願いします」
天寧と、八雲と、千蔭。
これから共に旅をすることになる優秀な忍び三人に向かって、雫音は深々と頭を下げた。
「それじゃあ一応、旅の経路について説明しておくね」
千蔭が広げてくれた地図を、皆で囲むようにして見る。
紙面に描かれている日ノ本の形は、雫音が知る日本の形とは全く異なっていた。
ひし型になっていて、上の方に“風之国”の文字がある。その下には小さく“夕霧の里”と書かれている。現在、雫音たちがいる場所だ。
ひし型の右の方には“緑之国”、下の方には“水之国”、左方には“火之国”と書かれている。そして四つの国に囲まれるようにして、ひし型の中央に書かれている文字。
「古代樹の、神々……?」
そこにはバツ印と、竜の絵も描かれていた。
雫音が漏らした言葉に気づいた千蔭が説明してくれる。
「これは古代樹の神々って読むんだ。別名、竜の眠る森、廃れし王都、とも云われてる」
千蔭は続けて、この地に伝わる伝説について話してくれた。
古代樹の神々は、数千年前の太古の時代、この地を創り、統べていた竜の神が住まう場所だったと云われているらしい。そのため、神聖な場所でもあるこの地は、人が立ち入ることは禁じられている。また、この地には竜の宝が眠っているとも云われているらしい。
「もし立ち入ってしまったら、どうなるんですか?」
純粋に気になって、尋ねてみた。
すると八雲がフンッと鼻を鳴らしながら、高飛車な態度で話し始める。
「どうなるかなど、愚問だな。決まりを破れば相応の罰が下るに決まっているだろう」
「……歴代の火之国の長は、宝欲しさに掟を破って、この地に足を踏み入れたって云われてるんだ。それで竜神様からの天罰が下って、火之国の一帯であった森が焼けて、砂漠・荒野になったって云われているらしいよ」
天寧が補足する形で、詳しく説明してくれた。
地図をよく見てみると、確かに。火之国の周りに砂漠地帯が広がっているのが分かる。“焔の荒野”という字も読めた。
「まぁ、それも何百年も前の話だし。実際のところは分からないけどね」
千蔭はそう言うが、もしそれが真実ならば、少し怖くも感じてしまう。雫音が知る日本の歴史とは全く違うのだ。こうして地図にも描かれているのだし、竜が存在していたという話も、信憑性が高いだろう。