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第十話 襲撃(2)



(っ、いた)


 庭園を真っ直ぐに突き進んでいけば、屋敷の縁側を一人で歩いている与人の姿が見えた。

 走る速度を緩めた雫音は、与人に声を掛けようとする。


「……っ、危ない!」


 雫音は叫んだ。

 ――庭の先、茂みに身を潜めた雛菊が、拳銃を構える姿が見えたからだ。


 駆け寄ってくる雫音を目にして、与人は驚きで目を丸くしている。しかし、まだ身体が思うように動かないのだろう。呆気にとられたまま固まっている与人を守るように、縁側に飛び乗った雫音は正面からその身体に抱き着いた。


 次の瞬間。パンッ! という銃声音とほぼ同時に、カキーンッ! と、雫音にとって聞き慣れぬ金属音が、背後から響いた。


「八雲、東の方向に一人逃げた。こっちは俺がやる」

「御意」


 千蔭の声だ。次いで聞こえてきたのは、八雲の声。

 雫音が背後を見れば、すでに八雲の姿はなく、険しい顔をした千蔭が一人立っているだけだった。


「雫音殿、お怪我はありませんか!?」


 雫音の腕の中にいた与人は、雫音の両肩を掴み返して、顔を覗き込んでくる。そこには狼狽の色がありありと滲んでいる。


「わ、私は大丈夫です」

「本当ですか? っ、何故このような無茶を……!」


 苦しそうに声を震わせる与人だったが、息を小さく吐き出して逸る心を落ち着かせると、雫音の顔を真っ直ぐに見据えた。


「ですが、オレを守ろうとしてくれたんですよね? ……ありがとうございます。オレはまた、雫音殿に助けられてしまいましたね」


 笑っているはずの与人は、今にも泣き出してしまいそうにも見えた。

 それを直視した雫音は、何故だか胸が、ギュッと苦しくなるのを感じた。


「はぁ、失敗しちゃった。雨女神様の心残りを減らして差し上げたかったのに」


 話していた雫音と与人は、声の聞こえてきた庭の方に、同時に顔を向けた。そこには与人に向けて銃弾を放った雛菊がいて、対峙するような形で庭に下り立っていた千蔭が、鋭い睨みを利かせている。


「やっぱり、アンタの仕業だったわけね」

「あら、バレちゃってました?」


 心の芯まで凍えそうな、低い声。

 けれど雛菊は、そんな千蔭の問いかけに対しても、平然とした様子で応える。


「アンタ、つい最近入ったばかりの子だよね? 怪しいと思って、素性を調べさせてもらったんだ。そしたらまぁ、嘘だらけの経歴が出てきたわけなんだけど」

「フフ。駄目じゃないですか。そういうことはきちんと調べておかないと」

「そうだね。ウメさんの知り合いの娘さんってことで、調べが甘くなってた。それは完全に、こっちの落ち度だ」


 ウメさんとは、女中の中でも一番長く勤めている女性で、歳は八十を過ぎているらしい。信頼のある女性からの紹介ということで、素性調査が甘くなってしまったようだが、そもそもウメさんからの紹介だということ自体が嘘だったようだ。


「で、アンタはどこの国からの回し者?」

「火之国」


 雛菊の口から告げられた国名に、千蔭と与人両者の顔が、更に険しくなった。


「その書簡に書いてある通りです。我が主は、雨女神様がお越しになることを心待ちにしています。……雨女神様。良い返事を、お待ちしていますね」


 その言葉の直後。雛菊の周囲に、ボフンッと音を立てて、白い煙が上がった。

 千蔭は懐に隠し持っていたクナイを、雛菊目掛けて飛ばす。けれどクナイは煙幕を突き抜けて、奥にある木の幹に突き刺さった。


 数秒ほどして、煙幕が消えた。雛菊が立っていたはずの場所には、一羽の黒くて大きな鳥が、羽をばたつかせながら宙に浮いている。


「と、鳥? が、何でここに……?」


 雫音が呆気にとられている間にも、千蔭は懐から取り出したクナイを標的目掛けて飛ばす。けれど黒い鳥は、それを華麗な身のこなしで軽々と避ける。


「そう簡単に逃がすわけないだろっ」

「フフ、またお会いできる日を楽しみにしていますね」


 大きな黒い鳥はそのまま上空へと舞い上がり、鉛空の下を突き進んでいった。


「え? 今あの鳥から、雛菊さんの声が聞こえたような気がするんですけど……」

「火之国には、獣人族や鳥人族がいるのです。あの者も、その血筋の者なのでしょう」

「獣人族……?」

「はい。そんなことより、まずは手当てをしましょう」

「手当てって……わっ」


 上空を見上げたまま呆然としていた雫音の身体が、宙に浮いた。

 与人が雫音を横抱きにして、持ち上げたからだ。


「あの、与人さん……!?」

「足裏が切れています。それに、首のところも。あれから治療をしていませんよね?」

「えっと、でも、もう……」


 足裏の傷は、此処に来るまでの間にできたもの。首元の傷は、八雲にクナイを押し付けられた時にできたものだ。


 すでに血も止まっているし大丈夫だと言おうとしたが、辛そうにグッと眉を顰めている与人の顔を目にしてしまえば、その言葉を口にすることはできなかった。



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