当主になるためなら結婚だってしてやります!(嫌だけど)
パーティー会場にある人だかり。その中心にいるのが私だ。
成績優秀、衆目美麗、大慈大悲。家柄もいいし、魔力も強い。
それが軍全体を指揮する軍務卿、ノーゼン公爵家の長女、セリスだ。
「セリス様!俺と、踊っていただけませんか?」
「悪いけれど、私、今日はそういう気分じゃないの。」
「では、尚更楽しいことをすべきでは?」
「それは理にかなっているわね。たとえば、言葉遊びなんてどう?アイロニックな言葉は好きよ。」
「セリス嬢。貴女の思慮深い、高嶺の花のような美しさに惚れました。どうか、俺と結婚ーーー」
「ごめんなさい。私、恋愛には惹かれないわ。」
私は4代公爵家唯一の結婚適齢期な令嬢。そりゃ当然求婚してくる男は多い。それに私は魔法は最強で美人で可愛い。客観的に見ても、だ。
さっきの男に告げた通り、私は恋愛に興味はない。そんなことより、当主になって家と領土と国を守るのに忙しいから。
私に求婚してくる奴らの半分はガチ恋。もう半分は公爵家に取り入ろうとしている格下。格下と結婚する価値はない。それは向こうもわかってる。だから私が惚れて、恋愛結婚、ってことにしようとしている。全くもってくだらない。私は騙されない。
だけど、私に、我が家に利のある契約結婚ができる家は、ほぼない。公爵家は家格が最も高いし、私は強いし、お金も持ってるし。なら、もう結婚なんてしたくない。
だけど、数日後、状況が変わった。
このままだと、当主になれないかもしれない。
-----
パーティーの後、数日たったある日。
「えっ、お父様が、臥せっている?」
表向きは病気、ということだが、つい1ヶ月ほど前に会ったときは全くもってその様な気配は。
陰謀と病気。五分五分ってとこかしら。
だとすれば。
「ルイス兄さんの動向を調べてちょうだい。」
怪しいのは兄。うちの次男。我が家の長男は戦死したから、後継は次男のルイスか私。年は私の方が一つ下だが、成績などは私の方が圧倒している。だから、お父様は私を次期当主に指名しようとしていた。
それにあの兄はダメだ。感情的で、女癖が悪くて、脳みそも武力も足りない。年上で男であるということ以外取り柄がない。それはお父様も知っている。
「あの、お嬢様。調べずとも良いのです。」
えっ?
「ルイス様、来てます。お嬢様に会いに。」
「実の父親が倒れたというのに妹に会いにくるとは。とんだ親不孝ものの暇人ね。」
「3年ぶりにあった兄にその言い方は、よくないんじゃないか?」
「兄?この部屋のどこに、私が兄と呼び尊敬し学ぶべき対象がいるのかしか?ああ、目の前にいたわね、血しか繋がっていない人が。」
「その口どうにかならないのか?」
「次期公爵家当主となるのならば、この程度でぴーぴー騒がれても困るわ。政治とは、言葉の裏の裏をかくことでしょう?ああ、貴方はどうせ政治には参加しないわよね。当主は私だもの。」
「それも全て、父が生きていたらの話だろう?」
引っかかった。
「あら?どうしてかしら。この私が今から行って治癒魔術をかけるというのに。魔法で治せない病気でこんなの急に倒れるようなものはなかったはずよね。なんで家にいたのに気が付かなかったの?それとも、病気に気付いていたけれど黙っていたの?」
「考えすぎだ。」
つまらない言い訳ね。
「だが、当主の推薦、加点20点がなければ貴様は俺より点が低いだろう?」
唇を噛み締める。
この点数は、当主になりための点数だ。剣術や魔術の成績、年齢や性別、お金、などなど全てで加点、または減点が行われる。女で年下で、子爵家出身の第2夫人の子である私は、それだけで50点以上は減点されている。
わかった、こいつの意図が。
「死んでいなくても、正式な遺書又は遺言がなければ推薦はできないものね。そして、今日父の状態が公開されたということは、次期当主決定までの猶予は1ヶ月。1ヶ月以内に戦争は起こらないし、経済危機も起こらないだろう。となると、彼我の差15点は埋められない、そういうこと?」
「相変わらず、気持ち悪いくらい賢いな。ああ、そうだよ。」
この馬鹿は、汚い手段をとることに抵抗感がないのだろうか。
「どうせ貴様は何もできないだろう?」
怒りを抑える。
口の中の広がる血の味。痛みが冷静さを保つ。
悔しい。解決策はあるが、私には実行不可。
「貴様の泣きっ面をやっと拝める。楽しみにしておくよ、妹ちゃん。」
こんな汚い奴に負けたくない。
そう思った。
感情がぐちゃぐちゃでも、手足と口はまともに働くし、顔は取り繕える。これもお父様の教育の賜物。直属のスパイ、”影”と専属メイドに指示を出す。
「メイドはアリスだけ付いてきて。影はアイビスとイリナでルイスの監視。ウルは私の護衛。エル、オリバー、カレンは我が家に敵対的な家の動きを探って。他は、待機。」
とりあえず、父親の容体を確認するために領地に帰ろうか。学院は2、3日ほど休ませてもらおう。
「転移するわ。荷物は何もいらない。」
深呼吸ひとつ。鏡を見る。
いつも通りの顔だ。大丈夫。
「せ、セリスお嬢様!?まさか、転移で?」
玄関ホールにそのまま転移させてもらった。私が父を心配するあまり動揺している、と思わせるため。
「ええ、そうよ。緊急事態でしょう?早く、お父様に、会わせてっ……」
「もちろんです。さあこちらへ。」
家の中を歩くと同時に、屋敷内の魔力反応を観察する。盗聴器、カメラなどはない。ああ、でも、ルイスに近しい騎士や執事、メイドがその役割を果たすからか。油断は禁物。それに、王都の学院に通っていた私は情報を得るのが数日ほど遅かった。だから、その間にルイスが何をしたかはわからない。つまり、ルイスが帰ってくるまでの数日間が勝負だ。
まずは、一応、お父様の病を治すことができるか確認。次に領内の有力者の掌握。
「こちらです、お嬢様。奥様と主治医が中でお待ちです。」
奥様、つまり第1夫人、ルイーゼ。ルイスの母親。私とは仲が悪い。
「……セリス。帰ってきたのね。ルイスはどこかしら。」
「まだ王都にいるのでは?それより、お医者様。父の容態はいかがですか?」
「……芳しくない、としか言えません。魔術的な治癒は不可能ですから。」
つまり、私の治癒魔法が効かないということ?
考えられるのは魔力的ではないウイルス、または癌。いずれにせよ私には救えない。
私、最強って呼ばれてるのに。人1人救えない最強に、なんの価値があると言うのか。
「なにか、私にできることは、ありませんか?」
「ここまで悪化してしまうと……。姫様、安眠や、痛覚軽減などでしょうか。この病気は癌というのですが、下手な再生魔法では悪化させてしまうのです。もし、体力の回復のみに効果を絞れるのなら、助けになりますが……」
癌?ならなぜ倒れるまで気が付かなかった。やはり、ルイスはもっと前から父の体調不良に気がついていて、でも本人に大丈夫だ、とか言って医者を呼ばせなかったのだろう。そうでもないと道理が通らない。
いや、これを考えるのは今じゃない。
再生効果を除いた治癒。
「できます、私。やらせてくださいませ。」
「やめなさい、セリス!素人が下手なことをして、余計に死を早めてどうするのです!?」
これだから感情的なやつが部屋にいると話が進まない……
仕方がない。
「〔風刃〕」
痛いけど、少し腕に傷をつける。血が滴る。
「何をしているのですかっ」
お医者様が治癒魔法を準備する。それを静止する。血に驚いて離れたルイーゼお母様によく見せる。
「よぉく見てください。〔治癒〕」
魔法は発動したのに、傷は治らない。そりゃそうだ、再生効果を無くしているから。だけど、体力は戻っている。それはお医者様の目には明らか。
「体を張らないでください、姫様……」
「どうせ治せるもの。この程度、どうってことないわ。」
ルイーゼお母様も黙った。
「〔継続治癒〕〔痛覚軽減〕〔幻夢〕」
効果を調整した魔法をかける。心なしか、顔色が良くなったような。
「あの、父の余命は……」
「1、2週間ほど、でしょう。」
覚悟はしていた。
けれど。
「そう、ですかっ……」
崩すな、仮面を。
感情を制御しないと。私は誰だ、公爵令嬢だ。
「せ、りぃ、す……」
弱々しい掠れた声。
父だ。
「お父様っ、はい、貴方の娘、セリスですっ。」
「ああ、あなたっ、めが、めが、覚めたのねっ」
娘を押し退けて父の手に縋るルイーゼお母様。
「るいーぜ……。そばに、いてくれ……。」
「あなたっ、………」
「せぇ、りす、公爵、家、はぁ、お前に、まか、せる……」
目があったような気がした。
その眼はまだ絶望していない。
映っている私は?
……諦めていない。諦めるわけにはいかない。
15点差がどうした。稼げばいい。
時間がない?作るもんだ、時間は。
手段はもう、選ばない。
「はい、任されました。」
父の目が閉じて、継母は泣き崩れる。
私は寄り添う。それしかできない。
「ルイーゼお母様。私は、」
「行きなさい。私は、止めません。この人の言葉を聞いた今となっては……」
「ありがとうございます。また来ますね。」
そう言って、私は部屋をさった。
「アリス、ウル。私の覚悟が足らなかった。だけど、決めたわ。聞いてちょうだい。」
自室に戻り、人払いをしてメイドと影を読んで話をする。
「さっき、お父様の意識が戻ったの。私は、この家を託された。私は当主になりたい、と言っていたけれど、全てを犠牲にする覚悟がなかった。だけど、今は違う。」
感情は揺らいでいない。
そりゃ悲しいし、ルイスに対する怒りも、軽蔑も消えない。
でもそれは奥底に秘めて、感じないことにする。
「手段は選ばないわ。だから、貴方達も覚悟を決めなさい。そして、ついてきなさい。」
お願いだから、拒絶しないで。
「そのような覚悟など、とうの昔の決めております。」
「我々影一同は、姫様についていきます。死ぬまで。」
それはちょっと重たい、かな。
私は、恵まれている。
「作戦を説明するわ。20点は稼げないかもしれないけれど、15点は確実に稼げる。そうすれば、決闘に持ち込める。」
「決闘ならば姫様が負けるはずがありませんね。」
「まず、領内の有力者の署名。うちは公爵家だから20は必要ね。これで5点。」
商会とか、A級冒険者、騎士爵だ。コネはある。問題ない。
「次に、価格が上の家からの正式な推薦状。」
「ですが、陛下は最終決定を下すので、推薦できないのでは?」
「ええ、陛下ダメよ。でも、王妃様と王太子殿下なら問題ないわ。」
まあ、前例はないけれど。
「推薦状は5点ね。割に合わないけれど、やるわ。そして最後、政略結婚ね。」
アリスとウルがぽかーん、とする。
「何を言っているんですか姫様!?」
「ご乱心ですか姫様っ!?」
そりゃそうなるでしょうね。
私は結婚しない、と言っていたから。
「これは特例で、女性にしか適応されないわ。同格以上の令息と神前婚約、つまり破棄できない婚約、を結ぶか結婚すれば5点加点されるの。ほら、女ってだけで15点減点でしょう?それを緩和するための策よ。」
「ですが、それで良いのですか、姫様は。アリスは、姫様には、幸せになってほしいのです。」
「本当にそれしかないのですか、姫様。」
別に、他にも方法はある。たとえば指定災害級の魔獣を狩るとか、領民の署名とか。でも、それは運要素が強かったりする。確実なのはこれだ。
それに、政略結婚なら、いいのだ。お互いに無関心でいればいい。利害関係だけの婚約なんて、商人との契約とか、そういうものと同じ。
「いいのよ、これで。」
だって、合理的だから。
「王妃様がお見舞いに参られました。姫様、手伝っていただいてもよろしいでしょうか。」
「ええ、今行くわ。」
作戦の詳細を練っていたところだ。
いいところに来てくれた。
身だしなみを確認して、玄関ホールへ向かう。
「ようこそおいでくださいました、王妃様、王太子妃殿下。」
「旧友が臥せったと聞いたので、当然のことです。陛下と息子は来られませんが。」
「海外視察中ですものね。仕方がありません。よいのです、離れていても、哀悼の気持ちは伝わるので。」
「そうですわね。」
王妃様と王太子妃殿下を父の部屋へ案内した。精神が不安定なルイーゼお母様も、一応体裁を保った挨拶をしたが、ルイーゼお母様と王妃様は友人だ。人払いをして、素で会話をする。私は、見守ることに徹する。
王妃様は父の手をとって、何やら囁いた。王太子妃殿下は父とあまり面識がないから、普通なことを少し話したまでだった。
「お2人は、本日はどうなさいますか?」
「負担になってはいけませんし、帰ることにしましょうか。魔術師をお借りしても?」
「私が護送いたしましょう。転移術は嗜んでおります。……お話したいことがありまして。ほんの少し、お時間をいただけませんか。」
王妃様は少し考え込むふりをする。
「貴方のような孝行者の娘がそう言うということは、急ぎのことなのでしょうね。もちろん、構いません。では、帰りましょうか。」
アリスとウルは置いて、王城前へ転移した。
「さて、人払いは済んだわ。」
「感謝します、王妃様。」
「そんなに堅苦しくしないちょうだい。」
「では、お言葉に甘えて。単刀直入に言います。私は当主になるために、推薦状を書いてください。」
計画の全貌と、ルイスのことについて話した。
「このことについては私も良く知っているわ。ええ、もちろん書かせていただくわ。」
意外。
「だって、性別を理由に、年齢を理由に、才媛を権力から遠ざけるだなんて。人材を遊ばせておく余裕なんて、この国にはないもの。」
「王妃様は、私のことをそこまで評価してくださっているんですね。」
「当然よ。貴方の魔術の腕前は、宮廷魔術師をも凌ぐでしょう?この点数システムでは、バランス型の人材を評価するけれど、私は特化型の貴方のような人も評価するわ。」
……嬉しい。
「そうねぇ。貴女、結婚したい、というかしなければならないのでしょう?公爵家以上のお相手に、婿入りしてもらわなければならないのよね。」
「はい。規定では、そうです。」
「私が見繕ってあげる。」
「え」
1週間後、父は死んだ。
葬儀は当主が決まってからだ。
父は、私とルイーゼお母様に話しかけたのを最後に、言葉を発しなかった。
私はルイーゼお母様は1週間喪に服した。ルイスは、根回しをしに出かけて行った。
そして、残り2週間となった今日、私は王妃様に呼ばれた。私に合わせたい人物がいるとか。
登城すると、応接室に通された。王妃様はお相手のことは教えてくれなかった。
相手はまだ来ていない。まあ10分前行動の私が早い。部屋の中には王妃様だけがいた。
「淑女を待たせてしまうとは、ダメですね、全く。」
そう言って入ってきた人物をみて、私は絶句した。表情には多分でていないが。
「第2王子、フェリクスと申します。」
「これは、失礼いたしました。まさか殿下にお会いするとは思ってもいませんでした……。ノーゼン公爵家のセリスと申します。」
「2人とも、楽にしなさい。今日はこみ入った話をしたいと思っているの。」
「王妃様も人が悪い、彼女、動揺しているではないですか。」
「だって、言ったら彼女、辞退するかと思って。」
その読みは当たっている。公爵家の人から探そうと思っていたから。
第二王子殿下は、私より2つ年上で、王妃様の子ではない。政治闘争に利用されないように、という理由で騎士団に所属しているらしい。だから、政略結婚なんてしないと思っていた。
「すぐに婚約するか決めろ、とは言わないわ。だから、今日はただのお茶会だと思って。じゃあ、年寄りは退散するわ。」
王妃様は立ち上がって、私の方に来た。
「貴女自身の幸せを、忘れないように、ね?」
耳元で囁かれた。
私の幸せ。
当主になれば、きっと得られる、と思う。
「えーっと。まず、敬語はやめてくれ。腹の探り合いはしたくないからな。」
「そうね。まず、私の事情から話す。そのあと、貴方のも話してくれる?」
「ああ。」
もう一度計画について話した。フェリクス殿下はルイスの友人ではないから問題ない。実力主義な方だと聞いているし。
「確かに、その場合結婚は合理的だな。」
「無理強いはしないから。殿下にも選択の自由はあるべきだと思うから。」
「まあ、とりあえず、俺の事情を聞いてくれ。」
まとめると:
1.殿下はモテる。求婚を断るのが面倒
2.嫁を娶ると現王太子反対派に担ぎ上げられる。殿下は騎士団で功績も積んでしまったからいい神輿。
3.年齢的にもそろそろ結婚しなくては。
4.隣国の王女に惚れられた。告白は断ったが、正式な書類で婚約を申し込まれそうだ。となると断るのが面倒。
ということらしい。
「確かに、王太子反対派には財務卿と外交卿、2人も公爵がいるので、殿下が普通に王子として結婚してしまうと、担ぎ上げられるのは事実。ましてやお相手が隣国の王女となると、かなりの争奪戦になる、そして殿下はそれが嫌。」
「ああ。それに周りに結婚しろと催促されてすでに4年だ。そろそろ厳しい。」
「それに、婿入りするならばある程度家格が高くなければならない。そして、結婚適齢期な公爵令嬢は私だけ。」
「ああ。君が噂通り聡明でよかった。で、どうする?」
「互いに利がある、ならば婚約しないわけがないでしょう。軍務卿の娘としても、騎士団でも有数の剣の使い手として知られる貴方と結婚するのは素晴らしい。私は剣が苦手だから、軍にどうやって認めてもらおうかと思案していたところだし。」
父のことを思い出すと、まだちょっと涙が出そうになる。
「でも、いいのか?結婚は、一般的に女性にとって不利だ。たとえば、妊娠するのは女性だし、政略結婚で浮気する夫は多い。庶子とか連れて来て大変なことになる家は多い。」
「愛人くらい許すけど。」
「は?」
「でも家には連れてこないで。」
「いやそうじゃなくて。」
「あとお金はポケットマネーからね。」
「いや、それ以前に、倫理的に……」
まあ言いたいことはわかる。
というか、こうやっていうってことは、この人は浮気しない、ってことだと思う。いい人だ。
「まず、浮気されても、私が貴方を愛していなければ悲しくない。政略結婚の相手を愛するとか、一般的に難しいだろうし、他の人を愛しても構わない。誰かを愛するのが“普通”なんでしょ?子供とかそういうのは、貴族の義務だから仕方がない。とっくの昔に覚悟はできてる。」
私は人を愛する、ということがよくわからないけど。
周りの令嬢はみんな恋してる。大人も、浮気してる。そこから学んだんだ。人は人を愛する。そして、愛という感情は理性を越えることが多い。
もしそれが普通なら、私は、それを止めない。
「そんなに悲観的にならないでくれ。俺は、たとえ君が俺を愛さないからと言って他の女性を愛したりはしない。」
「このことを話題にする貴方の誠実さはわかったから。事務的な話をしよう。」
「ああ。日程とか、な。」
婚約式は家族だけでやることになった。正式に結婚する時に公にすればいい。私はルイーゼお母様にだけ言う。フェリクス殿下は王家の全員に言うけれど。日程は10日後だ。かなり急だが、仕方がない。
話は終わって、王妃様に改めて挨拶をした。
私は領内のいろいろな人と会わなきゃいけない。とりあえず、今日は一旦本邸に帰って書類仕事して、アポ取って、影からの情報を整理して、学院の宿題もやらなきゃ。幸いにも明日は土曜日。2日間も自由時間がある。
「セリスはどっちで過ごす?」
「一応学院内の寮で過ごすことにしてるけど。」
「そうしてくれ。まだ内密のことといえ、王族と婚約する、と言うことは、つまり命を狙われる可能性が上がる、と言うことだ。たとえば、財務卿と外交卿の暗部とかな。あと、隣国の王女の私的な部下とか。一応俺個人のスパイは貸す。」
「ありがとう。でも、私は魔術なら強いから。」
「……まあ、それは知ってるけど。」
そっと頭に手を乗せられる。
「心配なんだ。」
……変な奴。
「他の人はまだ私たちの関係性を知らないはずだから、あんまり距離詰められると困るんだけど。」
「それは悪かったな」
翌日。
「姫様、お願いですから、仮眠だけ取ってください!ウルも寝ていますから今!」
「護衛がいないなら自分で起きてなきゃいけないでしょう?それに、嘆願書の処理もしなくてはいけないから。」
昨日は徹夜した。本邸に帰ったら執事長に泣き疲れたからだ。父が伏せっている間の書類仕事は私とルイスで半分ずつ処理する手筈だったが、ルイスはやらない。このままだと皺寄せを食らうのは領民、と言うことで私がやることにした。
「午後からは名だたる商会の方々との会合ですよ?少し休憩してくださいってば。」
「だったら、コーヒーでも淹れてくれる?少し休憩するよ。」
「はい!」
アリスはキッチンに行った。部屋の中のは私だけだ。
「アルファ、状況は?」
アルファ、と言うのは殿下が私に貸したスパイだ。彼には外交卿の家と領地を探ってもらっている。私と殿下の婚約がバレてないか、とか殿下への妨害工作がないか、とか。
「昨日、外務卿の暗部のものが執事長に殿下の婚約のついて報告していました。どうやら、王妃様が魔法通信にて陛下に報告していたところを陛下と王太子殿下の補佐としてついて行った外務卿の部下が聞いたようです。」
まずい。暗殺者くるかも。
でもルイスの監視には2人必要。領内の監視をしている3人のうちオリバーを回収して護衛にする?いや、外務卿の家にもう1人は派遣しないと。オリバーはアルファと働いてもらおう。会合の後に回収だ。
「なら、このことはフェリクス殿下に報告して、彼から陛下や王妃様に通達しておいて。あと、うちから影を1人合流させるから、よろしく。それと、通信には暗号かけてあったかしら?」
「はい。一般通信用のものですが。」
「今後は機密通信に切り替えて。財務卿の暗部は暗号に強いから。」
「了解です。」
報告が終わったと同時にアリスがコーヒーとお菓子を持って来た。
「ありがとう。じゃあ、会合の前に確認だけ済ませてしまいましょう。」
「本日は、お時間いただき誠にありがとうございます。」
「いえ、とんでもない。ノーゼン公爵令嬢の為であれば、いつでも。」
「褒めても何もでないわよ。」
「いやはや、それはご謙遜がすぎます。我が国最強の魔法使いたる魔法姫殿。」
「その恥ずかしい称号で呼ぶのはやめて……。貴方が私に価値を見出していると言うことは知っていたわ。けれど、私は確証が欲しいの。あなた方商会は、私につくか、我が兄、ルイスにつくか。コウモリなんて許さない。選びなさい。」
鳥か、動物か。都合のいい方になる、、それがコウモリ。商人は皆そうだ。金払いがいい方に靡く。
だが、金より信用の方が重要視される。先にサインさせたらもう裏切らない。
「我々は商人です。当然、経済を良くする方の方につきます。」
「あなた方が私につくと言うのならば、魔道具研究を支援しましょう。軍務卿傘下の一流の騎士を、魔法剣の実験に貸してあげる。そして騎士たちが狩った魔物の素材を一部融通することを確約するわ。」
これは適当に言っているのではない。今までは換金していた素材を彼ら魔道具産業に直接卸す、それだけだ。公爵家には十分な財産がある。それより、私はテクノロジーが欲しい。軍事力とは、つまり魔法とテクノロジーだからだ。
「それはなかなかのものですね。」
「残念ながら契約書はまだ用意できないわ。父の死で、少々忙しかったから。けれど、私はあなた達にとって信用がどれ程大切か知っている。だから、約束は違えない。」
「そんなふうにおっしゃらずとも、我々は貴女の味方です。貴女は、私たちに価値を見出していますから。そんなに利益を提示せずとも、貴女は既に信用を得ているのです。」
「その研究は、我が領の未来に関わっているのだから。支持を得るために考えた策ではないわ。領の為よ。」
「そう言うことにしておきましょうか。」
書類を今日中に作成し、他の武器商人や魔道具商、魔法薬協会などの署名も得てくる、と言ってくれた。
やはり、1番初めに商業ギルドの支部長を攻略するのは正しかった。
次は、騎士爵。
ちょうどいいところに会議が入っていた。秋の魔物活性化と領地防衛に関する会議だ。
お父様が出席するはずだったけれど、私に変わった。ルイスも出る。
ここで彼らの信用を得なければ。
「以上が、今年度の予測です。質問は。」
「今年は対空防御が薄いようです。ワイバーンは冬眠しない種であるとはいえ、ワイバーンの巣周辺には冬眠する炎羆のテリトリーがあります。炎羆の影響でワイバーンが移動、結果都市を襲う飛行系魔物が出る、と言う可能性に関してはどう思いますか?」
確か、記録によると、炎羆の数は年々増えている。去年は2匹のワイバーンが観測された。ちょうど領地にいた私が迎撃したが、必ずそうできるとは限らない。
「……ですが、ワイバーンを倒せる魔法使いは、我が領には10名ほどしかおりません。そのうち半数は他領に貸し出す事となっていて……とても、まともな対策を講じる余裕がありません。」
「対空攻撃の術者と空間系術者を組ませてください。ワイバーンが確認されたら各砦にいる通信担当が空間術師に連絡し、空間術師がワイバーンを殺せる術者を数名派遣すれば良いのです。」
「ですが空間術師は雑魚の多い戦場に必要で……あ。」
「そうです。彼らは転移ができます。ですから、彼らには駐在地を決めずに、遊軍として動いて貰えば良いのです。魔力薬を優先して空間術師に渡してください。そうすれば問題は解決されます。」
「はい、ご指導ありがとうございます、姫様!」
尊敬の眼差し。
騎士爵は問題ないかな。
「ルイス様も、何か言うべきですよ」
「わかった。」
隣でルイスが彼の補佐官とコソコソ話をしている。
「俺も質問だ。魔物が市街地に侵入した際避難計画についてだが、身分の高い者の避難が遅すぎると思わないか?」
ルイス以外の全員ぽかーん、となった。
「お兄様、活性化する魔物は凶暴ですが、それでも危険度はD又はCのものが主体となっているはずです。つまり、身分が高く、強い魔力を持っているものなら普通に倒せます。それに、無力なものが戦場を彷徨いていると大魔法が使えないので、防御魔術が使えないものを優先的に避難させる必要があります。」
常識だ。市街戦となったら、まず非戦闘要員を避難、同時にバリケードを魔法使いが建設、その後不要な障害物を壊し、迎撃をする。これは知っていないとまずい。
ありがとうルイス。見栄を張ろうとして無知さを際立たせてくれて。
「けれど、この避難計画には確かに少し問題があるわ。この動線だと、バリケードを作る邪魔になってしまうかもしれないわ。だから、転移門は中央ではなく、建物が密集していてバリケードをあまり作らなくて済む北側、例えばこことかここにするといいと思うわ。」
「そうですね。直線距離ではなく道のりを考えると、こちらの方が公平でもありますね。」
ルイスがこの地図を指ささなかったら私も気が付かなかった。
本当にありがとう。
「では、再度確認の後、正式な書類を作成し、御二方に承認していただくとしましょう。ご足労いただきまことにありがとうございます、姫様、ルイス様。」
ルイスがさった後、当主になるために署名が必要だと説明したら、今日中に書類を作る、と言ってくれた。
もう日が暮れそうだ。執事長に昨日処理した嘆願について報告したら帰ろう。
説明が終わったらなぜかもう10時だ。騎士爵と商人ギルド支部長からもらった署名と書類は合計27人分。思ってたより多い。足りるけど、一応A級冒険者達の顔を立てるためにも明日ギルドに行こう。
転移で寮に帰る。
目に入ったのは、血。
なんで?
どうして?
地面が血で染まっている。
傷は深そう。
どうしよ、いや、冷静になれ。
私は、最強の魔法使い。
「アリス!みゃ、脈、よか、よかった、生きてる……」
最上級治癒魔法をかけ、足りない血を補充するために活性化の魔法もかける。少し待てば動けるはず。
ウルには他の仕事を任せていた。一応部屋には防護魔術をかけていたし、まさかアリスが狙われるとはおもていなかった。やられた。
犯人は誰だ。
外務卿?でもあそこの暗部は戦闘向きじゃない。
ルイス?あいつにこんな大胆なことをする勇気はない。
「傷口と部屋に魔力痕跡があるはず……あった。サンプルとって証拠として保存しよ。後、さっき見たものを印刷して。」
記憶を実体化する魔法だ。これと魔力で証拠は十分。
部屋を荒らされている。多分、私を殺そうとして、私がいないことに気づいて、アリスを殺そうとして、書類でも奪ったんだろう。
「ひめ、さまっ!あの、申し訳ありません、計画書と、王妃様の、推薦状がっ……」
「アリス、寝てて。」
貴重品には追尾の魔法をかけてある。当然、推薦状にも。現在地を特定。そこから犯人を特定。
許さない。
アリスを、殺そうだなんて。
「私が、絶対なんとかする。」
-----
数分後。アルファが学院寮にあるセリーヌの部屋を訪れ、血まみれの服を着たメイドを発見。メイドから事情を聞いたアルファはフェリクス王子に報告した。
「犯人は誰だ?」
「不明です。」
「そうか。俺が自分で行く。」
大切な婚約者に、なんの安全措置もせず送り出すわけなんてない。
昨日彼女に触れた時、王族用の防護魔法と追跡魔法をかけた。彼女はそれに気づいて、なお受け入れた。
彼女の位置を見る。
……まずいな。
肉親殺しの罪を背負わせないためにも、早く行かねば。
「アルファ、転移だ。目的地は、ノーゼン公爵家本邸だ。」
-----
「ルイーゼ第一夫人、ルイス。」
怒りが収まらないまま、本邸の自室に転移し、そこからは徒歩で彼らの部屋へ向かった。呼び止めた護衛やメイドは全員気絶させた。殺さない、ころさない。
「あら、セリス。どうしたのかしら、こんな真夜中に。今日は泊まるの?」
「まだ帰っていなかったのか、妹よ。」
「白々しい。黙れ。」
そんな陳腐な演技に騙されるとでも?
「口が悪いわよ、セリス。全くーーー」
「ルイーゼ。父の言葉を聞かなかった?父は、私にこの家を任せた。この領地を、公爵家を、その全てを。なのになぜ、こんなことをする?」
悠然と書類机に歩み寄る。
「この封筒の中身は、王妃様が書いてくださった、私が当主になるための推薦状。これは私の寮の部屋にあった。なぜ、ここにある?」
「なに、これ?私、知らないわ。」
「嘘をつくな。私にはわかる。記憶を洗えばいいだけだから。」
沈黙。
そのまま睨み合うこと数秒間。
ルイーゼはゆっくりと目を閉じ、見開く。
その口元は邪悪に歪んでいた。
「あーあ。そういえばそうだったわね。本当に邪魔。あの女も、なんでこんなのを残したんだか。」
本性を表した。
怪しいと思ったんだ。ルイーゼは私の魔術の腕を知っている。なのに、なぜあの時私が父に魔術をかけるのを阻止したのか。
少しでも容体が良くなって、父に遺言を残されたら困るからだ。それなら納得だ。
「ルイーゼ。貴女は、父よりルイスが大切なの?そんなに息子を当主にしたい?」
「ええ、そうよ。貴女みたいな、半分子爵家の血を引いた娘が我が物顔でこの家にいるのが、許せない
の。」
本当に、根から腐ってる。差別が普遍的な貴族社会の中でも、特にクズ。
「母上、一体、何をしたと言うのですか。」
「ルイーゼ。貴女は、軍務卿が従えるべきする影に勝手に命令を下し、私を暗殺しようとした。だが失敗し、仕方なしに目撃者、メイドのアリスを殺し、王妃様の推薦状を盗んだ。そうでしょ?」
「そうよ。全部バレてるのね。なら、やっておしまいなさい!」
隣の部屋にいたルイーゼ直属の影と騎士が私を襲う。
「逃げるわよ、ルイス!」
ルイーゼはルイスの手を引いて、本棚の仕掛けを起動し、秘密通路で逃げようとする。
が、仕掛けは動かない。
それに、殺戮者たちの剣も魔法も私に届かない。
「その仕掛けは魔術的なもの。会話しながら妨害術式をかけたから。」
魔法が使われてるもので、私に勝てるとでも?
「それに、この家の影と直属騎士の武器は全て魔道具。これもまたついさっき無効化した。つまり、この剣は今、ただの鉄塊。魔導結界で防げる。」
結界で全員弾く。電気を流して気絶させる。
一歩ずつ、ゆっくりとルイーゼに歩み寄る。完璧な角度で見下し、威圧感を与える。感情的になったせで抑えられない魔力も威圧感となり彼女を襲う。
「アリスは確か、背中から腹部大動脈あたりを刺されて、切られていた。ほら、後ろ向きなさいよ。切ってあげる。」
「わ、私は母親よ!?こ、こうしゃく夫人よっ!」
「だから何?」
「それ、それに、貴女は死罪になるわっ。るい、ルイスはき、近親殺しの兄になる!か、可哀想だと思わないのっ?」
くだらない命乞い。
「心底どうでもいい。私が貴女を殺したと言う証拠がなければいいのよ。脅しにすらなってない。」
「ルイス!お母様を、守りなさい!」
「ルイス。私とやり合うつもり?」
体の向きを変える。
「いぁ、く、くるなぁ、お、おれ、なん、なんも」
「無様ね。」
気絶させて転がす。
うるさいのは消えた。
いや、この女もキーキーうるさい。声が高くて余計うるさい。
「さぁ、ほら、斬らせて?大丈夫、楽には死なせないから。何度でも再生してあげる。そのあとちゃーんと牢屋に送ってあげるから。」
炎で刃を形作る。
腕を振り上げる。
振り下ろす。
そのとき。
「ダメだ、セリス。」
腕を掴まれ、引き寄せられる。
まずい、燃やしちゃう。
咄嗟に刃を消す。
「殺すのはダメだ。理性的になれ。こんな母親のために、お前が殺人者となる必要はない。」
「……」
「頼む、いつも通りの君に、戻ってくれ。」
「いや、」
「お願いだ。君が、大切なんだ。傷つかないでほしいんだ。」
いや。
「じゃなくて。元から殺すつもりじゃなかったけど。」
「え?」
ん?
「う、ウソよ!だってあなた、さっき、殺す気でーーー」
「脅して、怖がらせて、斬って、治して、って痛めつけよとしただけなんだけど。殺す価値すらないから。」
「いや、殺すか殺さないかの話じゃないんだが。」
「私のことを思ってくれているのはわかったから、ちょっと離れて。」
密着状態のバックハグは、少し落ち着かない。
「わ、わるかった。」
「とりあえず憲兵呼んでくれない?ここ片付けるのが先でしょ。」
魔術で鎖を生み出した私は、ルイーゼを縛り上げ、電流で気絶させた。
翌日、夜。
事情聴取が終了した。裁判はまた後ほど、だが、家宅捜索の結果、ルイスもルイーゼも賄賂だったり詐欺だったりしていたとわかった。だから、次期当主は私だ。ルイーゼを傷つけようとしたが、未遂だし、証拠はないし、不問となった。
アリスは数時間寝たら元気になったらしく、むしろ私の心配をしてくれた。
今は、王城内の客室で休憩中だ。今日はもうここに泊まる。
「俺だ。入ってもいいか?」
「どうぞ。」
流石にベッドでゴロゴロしたまま男に会うのはまずい。ソファーに座ると、殿下は私の隣に座った。
「一件落着だな。」
「そうね。」
「……実感、湧かないか?」
「そう、ね。なんか、あっさりしすぎて。」
「あっさり?いや、まあいいけど。」
当主争いもっと長期戦になるかと思っていたし、家の中にいる反乱分子の炙り出しは当主になってからやろうと思っていた。その二つが完了し、ドッと疲れが襲ってきた。というか、そもそも私2徹だ。
「なぁ。これで君は、俺と結婚する理由がなくなっただろう?」
「うん。ないね。」
「でも俺に問題はまだ解決していない。それに、俺は、できれば君のそばにいたい。」
殿下が立ち上がり、私の前に跪く。
「改めて、俺と結婚してくれませんか?」
……ちょっと、頭が回らない。
そばにいたい、つまり私のこと好きってことだろうか。
恋愛結婚は嫌だ。なぜなら、私も愛さないといけない気がするから。
でも。
「……私、貴方のことを愛せないかもしれないけど、いいの?」
「それも含めて君だろう?別に、見返りは求めていない。」
やっぱり。
愛せない、と言う事実も個性として受け入れてくれる。
なら、いいかな。
別に、嫌いじゃないし。
「私は、貴族だから、結婚は義務。」
「うん。」
「だったら、貴方がいい。」
顔を上げて、フェリクス殿下の目を見る。
不安そうだった眼が、喜びに染まる。
「愛してるよ、セリス。」
今度は正面からの抱擁を避ける理由は、私にはなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
他の短編も読んでいただけると幸いです。