【短編版】スリーライフ・オンライン
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※※※ ※※※
声が聞こえた気がした。
『プレイヤーになりますか?』
俺は、死んだ。
一度死んで生まれ変わった。
いや……生まれ変わった『らしい』か。
それは『彼』から教えてもらった情報を元に導き出した推測に過ぎない。
ともかく、ゲーム的なこの世界に転生した。
――生前の姿と記憶を保っているのであれば『転移』では?
そう『彼』は言った。
しかし、俺は自分の名前くらいは言えたが、死亡前後の記憶はバッサリと欠落しているし、何より自身が死んだというその記憶だけはハッキリと残っていた。
俺は危うくモンスターに襲われそうになっている所を、『彼』と彼の仲間に救われた。
最低限の説明を受けた後、俺は命を救われた礼すらまだだった事を思い出しあわてて謝る。
――新人を助けるのは先輩プレイヤーの務めさ、気にしないでいいよ。
『彼』は笑って言った。
しかし、他の仲間は微妙な顔をしていたのが、この時は何故だか分からなかった。
――この後は、そうだね……とりあえず安全な都市部に戻ってから話そうか。
そして俺は『彼』とその仲間に連れられて街まで向かった。
安全な街中に入り、この世界についての説明を受ける。
この世界で、俺たち『プレイヤー』は1日に3回まで復活する事が出来る事。
RPG的なステータスを持ち魔法を扱える事。
そして、この世界には俺たち『プレイヤー』とは違いモンスターを倒す術を持たない現地人『NPC』がいる事。
はじめの内は、ゲームのキャラクターのような超人的な力を持ち、日に三度まで死ねるなら、とても安全ではないか思っていた。
しかし、逆に1日に3回まで生き返れるという事は、この世界では死亡する事が前提にあるという事実に俺は気が付く。
この世界はゲームとは違う、ここは俺たちが生きる現実だ。
ここを現実と認識できない奴から死んで行く……俺はそうはならない、きっと。
※※※ ※※※
日本人の少年・ヒビキは、ふと気が付いた時ロールプレイングゲームに出てくるような迷宮の内部にいた。
訳も分からないままダンジョンの中をさまよい歩き、モンスターに襲われていた所を幸運にも救われる。
ヒビキの記憶は他のプレイヤーとは違い一部欠如が見られたが、自身が死んだというその記憶だけは、はっきりと残っていた。
『彼』――プレイヤー・ミカヅチから、この世界についての説明を受けたあと1週間ほど、ここで生きていくための戦闘の手ほどきを受けた。
現地人には扱えないハイレベルなスキルと武器術を使いこなし、ある程度戦える力を身に付ける事が出来たと自信をつけた。
しかし、増長するヒビキに向かいミカヅチは言った。
街の近くは比較的安全だが、街から離れるに連れて敵も強くなる。決して慢心せず、仲間と共に適正なフィールドで狩りをしろ、と。
ヒビキがある程度のレベルになったのを見届けた所でミカヅチは仲間と共に街から遠く離れたダンジョン内の調査に出かけた。
元々、彼らはその予定でいたのだ。
あの時、ミカヅチ以外の仲間が微妙な表情を見せたのはそのせいだった。
新人プレイヤー・ヒビキの出現というイレギュラーな事態があったせいで、延び延びになっていたダンジョン奥調査隊の出発が済み、ヒビキはこの世界に来て初めて一人になった。
だが、遠出さえしなければ、余程運が悪くない限りこの世界で本当に死ぬ事はない……相応の痛みは伴うが。
『本当の死は訪れない』
その事実が、記憶の欠落したヒビキの不安をいくらか和らげた。
その後もミカヅチの言いつけ通りにたまに街で、その日その場限りの臨時の野良PTを組んで狩りに出かけた。
剣と、簡単な回復魔法が使えるヒビキは臨時PTではありがたがられた。
ヒビキ自身も、少し前の自分と同じような境遇の新人を見かければスキル取得についてアドバイスもしたし、ステータス育成方針の相談にも乗ってあげた。
ヒビキは、ミカヅチがまた戻ってくるまで最初に訪れた街から動くつもりはなかった。
臨時PTで組んで一緒にレベル上げをしたプレイヤーがダンジョンの奥を目指し拠点の街を移動するのを尻目に、以前と変わらずに新人プレイヤーがいないか、あまり敵が強くないフィールドを見て回ったいた。
しかし、ミカヅチと別れてからひと月が経過した頃、ヒビキは突如プレイヤーたちとの交流を極力避けるようになった。
街中を極力避け、狩りから戻ってすぐにアイテムを売り払い、その売り上げで食料品その他を買い込んで再び迷宮に引きこもった。
かつてはヒビキと共に迷宮に挑んでいた臨時PTの仲間たちも、初めはそれをいぶかしんだが、やがてヒビキの事など忘れてしまったかのように元の冒険生活に戻っていった。
◆
ヒビキは、今日もダンジョン内で目覚めた。
仲間による見張りもなく、モンスターが徘徊する本来ならば危険極まりない場所ではあるが、長年のソロ生活により安全地帯を見つけていた……長年といっても『彼』と別れてまだ2ヶ月ほどだが。
ダンジョン内には、大小様々な長方形のオブジェが足場として点在している。
それらは時に、そびえ立つ壁としてプレイヤーの行く手を阻み、また時には階段や飛び石的な足場としてプレイヤーを別の場所へ誘うしるべともなる。
このオブジェが壁際にある場合、壁とブロックの隙間に人が1人やっと入れるかどうかのスペースが出来ている事がある。
あまり高度な知能を持たない低級モンスターの場合、横幅のスペースが2人分あれば普通に進入してくるが、1人分のスペースしかなければ直接そこへ入る所を見られなければ一切襲われる事がない。
慎重派のミカヅチからは教わっていない、ヒビキの危険なオリジナルサバイバル術だった。
しかし当然ながら、この手は強いモンスターや頭の良い上級モンスターにはまったく通じない。
だが、低級モンスターや、あまり積極的に人に襲い掛からない、所謂ノンアクティブのモンスターならば安全にやり過ごす事が出来る。
構造上の不要な部分、デッドスペースが安全圏になるという皮肉にヒビキは起き掛けに一人吹き出して笑った。
肩と足に棺に押し込められたような圧迫感を感じつつ、意識が覚醒するまで待ち天井をしばし見つめる……。
(毎朝、何度見ても同じ。石の天井だ……どうやったって壊せないから石じゃないかも知れないけどさ)
……と、何やら人の気配を感じる。
目を閉じ感覚を研ぎ澄ませると、すぐ近く……おそらく2~3部屋先の辺りから戦闘音が聞こえて来た。
(新人プレイヤーが襲われているならば助けに入る。もしもそれなりに鍛えたプレイヤーなら……それはその時次第だな)
迅速に行動を決めたヒビキは、両腕をダンジョンの壁につかえて身をよじるようにしてすばやく起き上がり、人間1人がようやく通れる裏路地ほどの狭いスペースの溝の下をひた走る、適当な所で手足を突っ張り、上へと這い上がった。
大きくジャンプし、足場となっているブロックを飛び石のように渡って大幅にショートカットする。
戦闘音の聞こえた部屋までは、ものの1分もかからずに到着した。
そして物陰に身を潜めて室内の様子をうかがう。
「そっち行ったぞ、追い込めっ、逃がすな!」
「くそったれが! 俺たちが何したって言うんだよっ」
室内を見ると、どうやらプレイヤーとモンスターが戦っているわけではない。
これはプレイヤーがプレイヤーを殺すPKだ。
どうやら10人前後の集団と30人ほどの集団の争いとなっているようだが、人数が多いはずの陣営が押されていた。
「BOT狩り……か」
プレイヤーには大きく2つの派閥があった。
1つは、BOTer狩り《不正者狩り》のグループ。
BOTとはロボットの略らしく、オンラインゲームで自動でキャラクターを動かす不正ツール、との事だ。
一部の高ランクプレイヤーが、戦闘能力の劣る低ランクプレイヤーを不正を行っていた者と断じBOT狩りと称してその命を狙っていた。
2つめは、低ランカー《Fランカー》のグループ。
彼らの中には過去にネットゲームで不正を行った事は認めるが、それで命を狙われるのはおかしいと主張する者がいた。
ヒビキもそう思っていた。不正自体は忌むべき事だが、それで命まで取ろうという気にはならない。
そしてその2つのグループどちらにも属さないヒビキのようなソリストや、前の世界での知り合いとPTを組んでいる者たち。
プレイヤー間の殺し合いを良しとせず、この世界の謎を解き明かそうという者たちだ。
『彼』――ミカヅチがいたらこの状況をどう思うだろうか?
調査隊が戻らない……調査に失敗したというプレイヤー共通の認識が人々の心を荒ませているのか。
等級がピラミッド構造になっている以上、低ランクプレイヤーの方が、高ランクのプレイヤーよりも圧倒的に数が多い。
そして低ランクのプレイヤーは一度殺してもその場で3度まで復活するし、高ランクは逆にいったん近くの街まで戻されてそこで復活すると言われていた。
『低ランクプレイヤーはその場で復活する』
この事が、今まではプレイヤー同士の殺し合いをある程度抑制して来た。
しかし、最近になって新人プレイヤーがこの世界に大量に流入してくるに連れて争いも頻発し、結果として殺し合いに発展するような大きな衝突がプレイヤー間で起こっていた。
その場で復活するFランカーたちを確実に殺すため、BOT狩りの者たちも大人数で徒党を組んで戦う、ゆえに多数対多数の泥沼の殺し合いに発展する事が多かった。
今回はどうやらBOT狩りの陣営が優勢のようで、Fランカーたちは次々に命を落とし、復活出来なくなり完全に死亡・消滅した者がすでに8名ほど、人数が激減した以上、結果は決まったようなものだった。
(……チッ!)
ヒビキは内心で舌打ちした。
(こんな事してる場合かよっ)
いきなりこんな訳の分からない世界に来て、なんで人間同士で争わないといけないんだ。
ヒビキの予想通り、人数差をも凌駕する戦闘能力差は如何ともしがたくFランカーの5人は抵抗する事をやめて投降をしたようだ。
Fランカー側で生き残ったのは6人、その内の1人はなぜか現地人《NPC》のようだった。
Fランカー側は手持ちの武器を床に投げ捨てた後、両手を頭の後ろで組んでひざまずき、完全に降伏の意思を示している……が。
(……投降した所で奴らが見逃すか?)
武器を無くしたFランカーに対して、BOT狩りの連中は殴る蹴るの暴行を加え始めた。
散々痛めつけた後は、どうせ命も取るつもりなのだろう。
「やめろよっ!」
その時、突然、現地人の少女が叫んだ。
(……あいつ)
「もういいだろ! 武器も持ってないやつ相手に卑怯だろっ」
「なんだぁ? てめえ、NPCの分際で人間様に指図する気か」
無抵抗で暴行を受けるFランカーを見ていられなくなったのか、彼らの前に立った現地人の少女がBOT狩りのプレイヤーを制止する。
「NPCのくせに生意気なんだよ。どうせお前も後で殺されるんだ。黙って待ってろ」
それでも、少女は毅然とした表情でBOT狩りの男をにらみ付ける。
(……ふふっ!)
この状況で、ヒビキは不謹慎にも吹き出してしまった。
少女の勇気と、見ているしかなかった自分の不甲斐なさ、そしてBOT狩りの男のいかにもな小悪党ぶりに。
「……チッ、そんなに死にたいならお前から殺してやるよ!」
BOT狩りの男が少女を殺そうと腰の得物に手をかけた瞬間、ヒビキは物陰から飛び出した。
男の蛮刀が振り下ろされる刹那。
ヒビキは、もの凄いスピードで横から少女の前に割って入り、抜き放った剣の腹で蛮刀の一撃を受け止めた。
「だいじょうぶか?」
半身になって攻撃を止めた体勢のまま振り返り、少女に向かって問う。
少女は状況が飲み込めないといった様子で目をぱちくりさせている。
その超人的なスピードと、不十分な体勢でも余裕を持って片手で攻撃を受け止めたヒビキに対して、BOT狩りの連中は驚きあわてふためく。
「なっ、なんだてめえ!」
「……不正者と断じた者を殺すのは、まあ百歩譲っていいとしても現地人は無関係だろう」
ヒビキは片手で保持した剣を軽く払い、蛮刀を持ったプレイヤーを押しのける。
それだけで男はよろよろと後ずさりしてへたり込んでしまう。とんでもない力量差だった。
動揺するその場の者たち。BOT狩りのリーダーはそれを抑えようとしたのか、前に進み出てヒビキに言う。
リーダーは、真紅の髪色の槍使いだった。
「君は知らないのか? その少女はルーターで有名なんだ」
荒々しい髪色に似合わない冷静な口調にヒビキは困惑するが、少なくとも下っ端の男よりは話の通じそうな男に説得を試みる。
「ルーター?」
ヒビキにも聞き覚えがある言葉だ。
以前雑談の中で、ミカヅチから聞いた事があった。
ルーターとは自身に取得権利のないアイテムをかすめ取る者の事らしい。
他のプレイヤーが敵を倒し、地面にドロップしたアイテムを横取りしてルートする、故にルーター。
『ボスなんかだとレア拾うのを妨害するとか日常茶飯事だったんだよ~。あー今気が付いたけど、だからこの世界ってレアはドロップしないで直接手に入るようになっているのか』
無類のゲーム好きである『彼』の無邪気なセリフがよみがえる。
ヒビキ自身も詳しい事は知らなかったが、本来ドロップアイテムというのはモンスターを倒した際にその場に落ちる、ゆえにドロップアイテムと呼ばれていたのだという。
しかしネットゲームのマナーの悪さはすさまじく、ボスを狙うプレイヤー同士で、敵に回復を行う・バリアで敵を守るなどの戦闘中の妨害やMPK、討伐成功後ドロップアイテムの横にワープゲートを置いてルート権の妨害などの迷惑行為が頻発した。
そのため、レアなアイテムは戦功を挙げたプレイヤーのアイテム欄に直接送られるようになった経緯があるらしい。
ゲーム的なこの世界においてもそれは同じで、レアなアイテムは直接手に入り、回復アイテムなどの消耗品はその場にドロップする。
この少女はそのクズアイテムを拾い集めていたのだろう。
「だからBOTerの手伝いなんかしていたんだろう、れっきとした犯罪者だ」
リーダーの男の言葉に、ヒビキは自身のうかつな発言を悔い、苦い顔をした。
先ほどの自分の言葉を額面通りに取れば少女を見逃せとは言えない。
ヒビキは目を閉じしばらく考えた後、
「じゃあ、この場はオレの命1つで見逃してくれ」
リーダーは驚いて、
「どういう事だ?」
「俺はもうあと1回しか生き返る事が出来ない。オレのライフ1つとこの子の命を引き替えに助けてやってくれ」
ざわめくその場。
いくら『1日に3回まで生き返るから』と言っても死にはとてつもない苦痛と恐怖がともなう。
「オレがこいつの罪の代わりに1回死ぬ、それでチャラにしてやってくれ」
と、右手の手刀で首切りのジェスチャーをする。
「はっ……ハッタリだ! 出来るわけねーよ」
「アンタ、名前は?」
下っ端が騒ぐが、ヒビキは気にせずにリーダーに訊いた。
「俺か? 俺はティケットだ」
「そうか、ティケット……約束だぜ?」
言い終わると、赤くするどい光を発したヒビキは柄と剣先を保持した自らの剣でギロチンのように自身の首を切り落とし絶命。
見るからに高レベルのヒビキが、かなりのHP総量であるはずなのに、一撃で自死できるほどの超攻撃力を有していた事にBOT狩りたちは戦慄する。
Fランカーたちもそれは同じだ。
命を救われた少女もただ状況を見守っているしかなかった。
すると、しばらくの後、首が地に落ちたヒビキの全身が明滅しその場で復活した。
「……あんたFランカーなのか? でも、その強さは一体?」
ティケットは恐る恐るたずねるが、
「……約束だぜ?」
ヒビキは短くそう呟くのみだった。
◆
ヒビキというイレギュラーの登場で数の優位は怪しくなった。
それを理解したBOT狩りたちはしぶしぶながらも帰って行き、残ったFランカーたちもこの場は命を救われる。
「本当に助けてくれてありがとう、礼を言うよ」
Fランカーたちのリーダー、青い髪の弓使い・レイグウッドはヒビキにあれから何度も感謝の言葉を紡いだ。
「礼ならこいつに言えよ」
ヒビキは、現地人の少女を指差して言った。
「俺は正直お前らが殺されそうになっても見殺しにするつもりだったしな」
冗談か本気か分からないヒビキの言葉に、レイグウッドたちFランカーは苦笑いして帰っていった。
「さて、とそろそろ行くか」
ヒビキはFランカーがBOT狩りとは別方向の街へ向かうのを見届けた後、この場からようやく立ち去ろうとする。
「ほら、お前も」
言って、少女に皮袋に入ったいくばくかのお金を手渡す。
「……え? え?」
「もう悪さすんなよ」
驚いて声も出せないっといった様子の少女を残してヒビキはまた迷宮に消えていった。
◆◆◆
不正者狩りのあの騒動から1時間あまりが経過した。
ヒビキは強敵との戦闘後、休憩しようとほどよい高さのオブジェに座ると、背後に隠れているであろう少女に向かって声をかける。
「こいつは強いけどボス属性じゃないからドロップしないぞ。ルートできないぜ」
「そんな事しねーよっ! つか何で分かったんだよっ!?」
オブジェの影から勢いよく飛び出した少女に対して、
「さー? なんでだろうな~、ハハッ」
ヒビキは笑ってごまかした。
以前のBOT狩りの時には気が付かなかったが、プレイヤーと現地人、モンスターは、すでに行った事がある場所であればどこにいるか光の点としてウィンドウマップ上に表示できる事を知った。
過去に臨時PTで何度か狩りをした時、誰もこの機能を利用して索敵している様子がなかったのが気になったが、あまり敵が強くない狩場だったし周囲の警戒は要らないのか、とその時は一応納得した。
攻略本……ミカヅチに言わせるには攻略サイトもないこの世界、機能が追加されたとてそれを知るすべは自分で知るか、すでに知っている仲間に聞くかしかない。
ひとりダンジョン内にこもっていた弊害なのか、ともかくその有用性に気づいて以降は戦闘の際は常にMAPウィンドウを表示して、敵を警戒していた。
強敵との戦闘中、脇に表示したままになっていたMAPウィンドウには敵方の赤い表示のすぐ横に自分自身を示す青い点が表示されていた。
そして自分の後ろに表示される友軍の緑の光点。
敵味方の識別が済んでいない状態のプレイヤーは黄色表示になり、PTメンバーなら青色表示になる。そして現地人は緑だ。
プレイヤーとの接触をさけるため、あえてEXP効率のいい狩場はさけて、敵の数が少なく戦闘能力も高めの危険度の高い狩場に来ていた。
ここに来ようとする命知らずな現地人はヒビキの知る中では1人しかいない、消去法だった。
「これ持って来たんだよっ! ……ほらこれっ!」
少女はいったんオブジェの後ろに引っ込んで、再び出て来た時には大きなズタ袋を引きずっていた。
中身は、日持ちのしそうな食料品と水と生活用品などだ。
それは主人公が別れ際に渡したいくばくかの金銭で購入したものだった。
「お前……なんで」
「アタシらNPCは、アイテムの横取りとか、そんな汚い事しなくちゃ生きていけないんだよ……だから」
もじもじと、うつむき加減に少女言った。
「だから……一緒に暮らそう」
「…………ハァ!?」
ヒビキの疑問の声が迷宮内に、やけに大きく響いた。
ヒビキは慌てた。表面上平静を装うが、内心ひどく動揺していた。
赤毛を後ろでまとめたロングポニーテール、薄い胸板、顔は可愛らしいが……かなり年下に見える少女とはいえ、いや……だからこそか、異性と共に暮らすなど倫理的な問題で大丈夫なのか、という事もだが、まず何故そうなるんだ、という疑問が沸く。
「……なんで?」
「あんたたちプレイヤーがなんでもやっちまうからアタシらNPCは働き口がないんだよ、だから」
モンスター討伐にとどまらず、街の雑用を全てプレイヤーが片付けるため、全てにおいてプレイヤーに劣る現地人は街での仕事をなかなか得られないらしい。
それでも生活するには金が要る、ゆえにルーターに身をやつすしかなかった。それが出来ないのであれば、
「オレについて来るって事か」
――だから一緒に暮らそう、と。
迷ったが、結局ヒビキは現地人の少女を受け入れる事にした。
ヒビキはまず最初に彼女に言い聞かせた。
「自分の事をNPCなんて言うな。お前らはちゃんと生きてる、人間だ」
「お前って言うなっ!」
「あっ、そういえば、お前名前なんて言うんだ?」
「お前じゃないっ! アカッ……ッキ」
恥ずかしがっているのか、語尾はひどく不明瞭だった。
「え? 馬鹿ツキ?」
「ア・カ・ツ・キッ! アカツキだよっ!」
「アカツキか、いい名前じゃん」
「……そっちは?」
「オレか? オレはヒビキ……双修士のヒビキだ」
それがプレイヤー・ヒビキと、現地人の少女・アカツキの出会いだった。
◆
ヒビキはアカツキと暮らすことを了承した。
アカツキは現地人ゆえ単独でモンスターを討伐することは出来ない。
しかしヒビキは、アカツキがモンスターのHPを削った後で自分が敵を倒せば、それまで与えていたダメージ量に応じてアカツキにも経験値が入ることを突き止めた。
元々、モンスターとの戦闘によって経験値がある程度累積していたのか、1戦するとアカツキのLvは8に上がった。
ルート行為行う上でモンスターにダメージを与えることはあったはずで、効率が悪いだけでこれまでもLvの上昇はあったのだろう。
それを確かめた後、ヒビキは今後の方針を決める。
アカツキにレアを街で売って来てもらう。
単独で安全に行動するためには最低でもLv10にしなければならないが、
「その前にメシにするか、ハラが減っては戦はできねーってやつだ」
ヒビキはプレイヤーとしての基本能力で1つの料理と飲み物を出してみせた。
なにやら肉のような物が挟まったパンと、アカツキにしてみれば泥水にしか見えないナゾの液体。
ヒビキは、紙パックからとくとくとコップに注いだそれを、しげしげとアカツキが見つめているのに気が付いた。
「ああ、これはな……コーヒー牛乳っていうんだ」
おそるおそるチーズバーガーを手に取り食べるアカツキ。
「うまーい! なんだこれ、うまーいっ!」
「ははっ、大げさだな~お前」
そのおいしさの虜になりチーズバーガーを猛烈な勢いで食べ進めるアカツキ。食べつつ飲み物にも手を付ける。
「あまーい! これもうまいっ」
「コーヒー牛乳はチーズバーガーによく合うだろ? オレが一番……たぶんオレが一番好きな料理だ」
ヒビキが一瞬言いよどんだ理由をアカツキは知る由もなかった。とにかく今はおいしい食べ物と飲み物に夢中になっていたからだ。
プレイヤーとして基本能力、1日に3回までの復活能力・ステータスの可視化以外に1日に3回まで料理を1つと飲み物を出すことが出来る。
出せる料理は1種類のみだが、これのおかげで飢えと乾きにだけは苦しめられずに済む。
おそらく、各プレイヤーが1番好きな料理が選ばれていると思うのだが、記憶が欠落しているヒビキにはその確信はない。
だが、チーズバーガーをコーヒー牛乳で食べる幸せは確かに感じられた。
ヒビキは、1日に3回までチーズバーガー5個とコーヒー牛乳1リットルパック2本とコップを出すことが出来た。
アカツキがあんまりがっつくものだから、ヒビキはバーガーを3個アカツキに譲ってやった。
「おいしい~! こんな料理をパッと出せるなんてヒビキは勇者さまみたいだね」
「……勇者?」
――勇者みたい。
その言葉にヒビキは明らかに動揺して表情をこわばらせた。
アカツキは、そんなヒビキの様子には気が付かずに話し続ける。
「うん、昔話にそういう伝説があるんだってさ。異世界から来た勇者様が、見たこともない料理を出して飢えに苦しんだ世界を救ってくれたって」
「そうか……」
ヒビキは、しずかにアカツキの話を聞いた。
アカツキという名前は『紅い月』と忌み嫌われ、そのせいで母と自分は同じ現地人から不当な扱いを受けたこと。
つらい思い出を語るアカツキの目にはうすく涙のすじがこぼれた。
「オレの世界ではな……」
ヒビキはアカツキをはげまそうと言葉を探しながら話し続ける。
「オレの世界ではな、アカツキは暁、夜明け前って意味にもなるんだ。だから、まあ……その何だ。明けない夜はないっつか、その内いいことあるんじゃないか?」
しかし、ヒビキの語彙ではアカツキに対して適当と思える励ましの言葉を紡げなかった。
「……うん、ありがと」
記憶の欠落ゆえか、元々ヒビキがそういう慰めに向かないのか、それでもアカツキは救われた思いでいた。
◆
それからの1週間、ヒビキはアカツキを鍛え上げた。
彼女が戦闘中は、常に敵とタイマンに持ち込める状況を作り上げ、集中して戦える状況を演出した。
およそ7分間、アカツキとの死闘を演じた敵のHPゲージが残りわずかになった所でヒビキはトドメの一撃を叩き込む。
「よし、今日はこの辺でいいだろ」
「ふぃ~、つかれた!」
敵が姿が光に包まれ、完全に消えた後、アカツキはその場にへたり込んだ。
アカツキは現地人のため、モンスターにトドメを刺すことは出来ない。
だがしかし、トドメを刺せないという点を除けばプレイヤーとほとんど差はなかった。
敵を倒さなければEXPは得られないが、誰かプレイヤーにトドメを刺してもらえることが出来るならばアカツキにも経験値を稼ぐことは可能だった。
「この分ならもう1人で街まで行けるな。でも絶対俺にだまって出るんじゃないぞフリじゃないからな」
「ほーいっ」
アカツキのLvはすでに12になっていた。
街から街へと、低レベルモンスターが出現する迷宮区を抜けるだけなら単独でも危なげなく行える戦闘能力を有している。
その後、腹がこなれるまでの間ヒビキはアカツキと色々な話をした。
アカツキは幼い頃の記憶ゆえ、ヒビキは記憶の欠落ゆえに、お互いに自分の世界についての知識は完全とは言えなかったが、出会って間もない異世界人同士が語り合うのに話題にはそれほど事欠かなかった。
小一時間ほど話した所でその日はもう横になることにした。
「今日はもう遅いし、戦利品の売却は明日行こうか」
「うん、ねよねよっ」
都市部もダンジョン内も、天井は覆われ太陽も月も見えない。
正確な時間を計る唯一の方法は、ステータス欄に表示された24時間表記のタイムカウンターだけだ。
年月日の表示はない簡素なものであるが、全プレイヤーが基準とする唯一のものだ。
街からそう遠くない迷宮の中で、部屋の隅っこの安全な溝を見つけて2人で頭を合わせて縦になって眠った。
不安はあったが、アカツキとの生活は荒んでいたヒビキの心を癒していた。
その夜は寝付くまで色々な話をした。
自分たちの身の上話。
これからの生活の事。
「メイ? ヒビキは、ホントはメイっていうの? 女の子みたいな名前だね」
「ああ、ヒビキ=メイ。欧州風にいえばメイ=ヒビキだな」
ヒビキは、女の子みたいという部分に特に反応せずに答える。
記憶ははっきりせずとも、前世で散々からかわれたことを覚えているのだろうか、妙にむず痒くなった。
「オーシューフー?」
「俺がいた世界では国が沢山あってさ。名字が前に来る国と、後ろに来る国とがあるのさ」
「へー」
「結婚後に夫の姓を名乗るのは大体どこも同じだな。たとえばお前が俺と結婚したらアカツキ=ヒビキになるってこと」
「……ケッコ!」
将来は夫婦となって暮らすのか、とアカツキの頬はかっと赤くなり、薄い毛布に包まって丸まる。
そんなアカツキの様子に気が付かず、ヒビキはじっと迷宮の天井を見つめていた。
そしてふと気が付き、ゾクッと身体を震わせる。
(あっ! ……どういうことだ?)
『都市部もダンジョン内も天井は覆われ太陽も月も見えない』
――なのに何故、紅い月が不吉と忌み嫌われているのか?
単なるゲームの、雰囲気出しの裏話なのか、それとも……現地人と呼ばれる彼らは、自分たちともこの世界とも違う、また別の異世界からの転移者とその子孫なのでは。
(ひょっとしてオレたちは、とんでもない思い違いをしているんじゃないか?)
この時のヒビキの推論を裏付ける証拠も、それを調べる術も、知ろうとする人間も、今はここになかった。
◆
それからヒビキはアカツキと共に迷宮区を転々として、たまに街へ買出しに行ってもらう生活を送った。
プレイヤーとしての基本能力で、最低限の食事と水分は1日に3度まで出す事が出来る。
それはおそらくプレイヤー各人の好みの食事である、と推測されるがいくら好物とはいえ毎日3食同じでは飽きが来る。
「たまには他の物が食べたいな」
「なんで? 毎日でも食べたいよ」
ある時、ヒビキはハンバーガー以外の物を食べたいとアカツキに言い出した。
さすがに1ヶ月以上も3食ほぼ同じメニューを食べ続けていれば、いくら好物とはいえ飽きが来る。
アカツキは、チーズバーガーがよほど気に入ったのか不思議がる。
「そりゃ、うまいはうまいんだけどさ。やっぱり毎日じゃさすがに飽きるぜ。それにさ、他にも美味いものがもっと沢山あるんだ……あったんだよ。寿司とか、たこ焼きとか、それからピザとかさ」
「ふーん」
「あー、食いたいなピザ。ピザは色々な意味で無理かも知れないけど、たこ焼きなら誰か持ってるんじゃないかな」
「へー……タコヤキ」
「でもまっ、そうそう手に入れられないしな。売って欲しいって交渉してもとんでもない値段ふっかけられるのがオチだろうし」
「……ふーん」
◆
ある日、アイテム売却を終えて街から戻ったアカツキが手にしていたのはソースの匂いが食欲をそそる丸い物体、タコヤキだった。
「お前、それ……」
「タコヤキってこれだろ? ちょっとトラブったけどさ、手に入れたんだ。さあ、食べよう食べようっ!」
タコヤキを食べられること自体はうれしい、が同時にヒビキは不安にかられていた。
元々プレイヤー間では、親しい仲間以外との食事のシェア・トレードはそれほど盛んに行われているわけではなかった。
それは、食事は毎日とるものであるし、男性プレイヤーが圧倒的に多いこの世界では出せる料理は種類が少なく、殆どが味の濃いファストフードだった。
空腹を満たし栄養さえ摂れればいいという風潮も蔓延しており、交換に応じるプレイヤーは少なく、また交換する代価として多量の金銭を要求する者が多かった。
プレイヤーでも支払いを躊躇するような無茶な金額をふっかけられて、それでも払えてしまったとしたらアカツキは、プレイヤーたちの間でかなり悪目立ちをしているはずだ。
大丈夫なのか……そんな不安も、うれしそうにたこ焼きを食べる少女を見ているといつしか忘れられた。
目の前に置かれた2人分のタコヤキ。
カリカリとふわふわの2種類が1人前、各4個ずつ計8個。
「カリカリとふわふわがおいしいね」
と、一気に食べ進めるアカツキだが、具のたこにまだ熱が残っていたのか、
「あふぅ!」
「ははっ、そんなにあわてて食べるなよほら」
ヒビキは、コーヒー牛乳を差し出し冷やすように促す。
「コーヒー牛乳は大体なんにでも合うだろ? 万能だ」
「うん」
アカツキは思った。
――この幸せな時間がいつまでも続くといいな。
◆◆◆
ヒビキには繰り返し見る悪夢があった。
この世界に来て初めて1人になった……『彼』と別れて1週間後のことだ。
※※※ ※※※
1ヶ月ほど前。
ヒビキは『彼』の手ほどきを受け、プレイヤーの中でも屈指の強さにまで育っていた。
しかし、それは『彼』とその仲間たちを除いた、一般的なプレイヤーの中でのことだ。
プレイヤーの中でもかなりの強さを誇っていたその『彼』らは、この世界の謎を解き明かすべく迷宮の奥へと調査に向かった。
単純な強さであればヒビキも調査に同行できるレベルにあったが、知識・経験不足と仲間たちとの連携の拙さを理由に居残りとなった。
――街のことは任せたよ。君と同じような新人がいたら助けてあげてくれ。
ヒビキは『彼』の言葉を愚直に守ろうと、臨時で組んだ仲間と狩りする以外の時間も1人で迷宮を見回っていた。
そんな時だった。
ヒビキはこの世界に来たばかりと思しき数人の新人プレイヤーを発見し、モンスターに襲われていた彼らを救い出す。
「だいじょうぶか?」
「悪い、助かった!」
頭を金色に染めた少年が礼を言う。
「ねえ、ここなんなの?」
「何よ~、なんなのあの化け物!」
「あたしヤクのやりすぎでおかしくなった?」
同じく髪を染めて、少年と雰囲気の似通った少女たちが口々に叫ぶ。
「お化けというにはリアル過ぎましたね。ふふっ、これってまさか」
1人感じの違う、物静かな黒髪の少女があやしく笑う。
その場にいたのは男性プレイヤーが3人、女性プレイヤーも4人いた。
全員が状況を把握しておらず、ヒビキは彼らが現地人ではないことを確認して驚いた。
こんなに大人数が一度にこの世界に来ることがあるなんて、『彼』からは1人来るだけでも――その新人プレイヤーが迷宮内で生きている間に遭遇できるのが――かなりめずらしいと、そう聞いていた。
「ここは……オレもよく知らないんだが、ゲームに似通った異世界みたいなんだ。とりあえずオレがガードするから安全な街まで行こう」
と、その時、
「……あれ、あんたもしかして響木?」
「え? 響木くんなの?」
目つきがキツイ同年代の少女に名前を呼ばれた。
そして、大柄で肥満気味だが、伏し目がちでとても気弱そうな少年もヒビキを知っているようだった。
「あ? ……あ」
ヒビキの中で、記憶の欠片がパズルのように組み合わさる感覚と共に彼らのことを思い出した。
彼らは昔ヒビキの通っていた中学校でのクラスメイトたちだった。
その中の誰も、あまり親しくはなかった覚えがあるが、ヒビキは以前自分のいた世界……故郷を知る者との再会を喜んだ。
それから数日が経過した。
ヒビキは肥満気味の男子生徒・ヨシオカと、根暗な少女・マミヤをある程度戦えるように鍛えた。
その2人以外の不良連中は、ヒビキたちが稼いだ金で安全な街でごろごろして暮らしていた。
ある程度戦えるようになってからは根暗なマミヤはソロ狩りに移行。
太り気味のヨシオカと、2人で狩るようになる。
「……まるで物語の主人公になったみたいだ」
ヨシオカはモンスターと戦いながら言った。
その顔は歓喜の笑みに歪んでいた。
彼はライトノベルばかり読んでおり、自分が異世界に転生できる時を日々夢見ていたのだという。
ヒビキは苦笑いしつつも、ヨシオカの戦闘センスは中々の物だと素直に感心していた。
だから、つい口を滑らせた。
記憶の欠落ゆえの短慮か、この手の輩に絶対に口にしてはいけない言葉を。
「スジがいいよ、お前は……」
――この世界を救う勇者かもな。
数日後。
狩りに誘おうとヨシオカを迎えに行くと彼と不良の男2人がもめていた。
「毎日毎日何もせずに食うばかりで……いい加減にしろお前ら!」
ヨシオカが狂人のように叫んだ。
どうやら不良たちが何もせずに稼ぎだけをもらうのを許さない、とヨシオカが注意した事が発端らしかった。
「うるせえぞ吉岡! てめえ何調子に乗ってんだ」
「仕事してねーのはテメエだろが糞ニート」
「うるせええぇええええ!! ぼぐは勇者なんだぁ~!!!!」
突如、本当に狂ったかのように取り乱し、絶叫したヨシオカ。
ヒビキには分からなかったが、ヨシオカは本当にニートだった。それゆえ不良の『ニート』という煽りは彼の逆鱗に触れた。そして……。
「なんだよ、勇者って。糞オタクきもっ」
「うるせってんだよタコ! 死ね」
その言葉が引き金だった。
「うぼあぁああああ~!!!! 死ぬのはお前らだあぁ!!」
ヨシオカが腰のロングソードを引き抜いた。
それを見た不良2人組もそれぞれハンドアックスとメイスを手に取る。
「おい! お前らっ……」
ヒビキは間に割って入り、双方をなだめて戦闘を止めようとしたが全員興奮しており話し合いで制止するのはもはや不可能な状態だった。
ヨシオカを止めれば不良2人組が彼を攻撃し、逆も同じだった。
敵対行為と取られるのを覚悟で、ヨシオカを含めて不良2人組を殺さない程度に叩きのめす。
それがこの場を収める最善の方法だと後のヒビキは考える。
しかし、当時のヒビキにそんな事を考える余裕は全くなかった。
ヒビキはモンスターを倒す術しか知らず、敵を殺さぬように捕縛し無力化するようなスキルは一切取得していなかった。
攻撃一辺倒で、様々な状況に対応できるスキル構成にしていなかった。
その事は今でも悔やんでいる。
不良2人組はその場で3度復活し、ヨシオカと不良は泥沼の殺し合いを演じた。
結局ヨシオカは不良2人を道連れに死んだ。
3度のライフによる蘇生を使い切り、本当の意味で死んだのだ。
死の間際、ヨシオカは絞り出すような声で泣きながら言った。
「ウソだろ……なんでだよ……神サマはボクを選んでくれたんじゃないの……ねえ、響木くん」
ヒビキは答えられなかった。
首を振り、涙ながらに歯噛みして「それはちがう」と声なき声で言う。
「そうだ……これは1回死んで強くなる覚醒イベントなんだ。ボクは……まだ」
――何もしていない。
言い残しヨシオカは消えた。
「……覚醒イベントなんて、ない」
ヒビキは声を絞り出して泣いた。
自身の不用意な発言が1人のクラスメイトを狂わせ3人を死に追いやってしまった事に。
その後、死んだ不良の彼女に事実をありのまま伝えると逆上し襲い掛かられた。
さすがに相手が1人ならば制する事は難しくなかった。
しかし、彼女らと同じ街にはいられなくなり、ヒビキは別の街へ逃げるように去った。
※※※ ※※※
「くそっ! また……あの夢か」
ヒビキは目が覚めた後も悪夢の余韻に顔をゆがませた。
アカツキの寝ていた方を見ると、また勝手に補充に行っているようで姿が見えない。
「……あいつ」
◆
アカツキは今日もたこ焼きを購入した。
「おい、例のルーターだぜ。またやりやがったのか」
「でもおかしいだろ。レアはドロップしないはずだぜ?」
それに対する周りのプレイヤーたちの声をひそめたウワサ話はアカツキの耳には届いていなかった。
と、その時同じ現地人の少女がアカツキを見つけて絡んでくる。
「あらあらプライドを持たない下民は、盗んだ物を売り払ったお金で一日を生きるのね」
水色の髪と肥大化した自尊心・虚栄心を持つ嫌味な女だった。
一瞬嫌な顔をするが、それを無視するアカツキ。
言い伝えによると彼女の家はアカツキら現地人みなの支配階級にあたるらしい。
しかし、アカツキたち現地人よりもはるかに優れた力を持つプレイヤーが存在する現在ではそんな事は何の意味も持たない。
だからこそだろう。
その少女がアカツキたち現地人を見下し、差別するのは。
より強い存在がいるからこそ、自分より下の者を設定しなければ自分を保てない。
そういう哀れな女なんだ。
その事に気が付いていたからこそ、いくら罵倒の句を並べられてもアカツキの心は乱れなかった。
「……終わった? そろそろ行くから」
「くぅ~!」
アカツキに無視された少女はそれが気にいらず、次々に罵詈雑言を並べ立てる。
その中の一言、母親についての中傷がアカツキの心を激しく揺さぶった。
殴りかかろうとしたアカツキだが、危うく自分を抑えた。
ヒビキに迷惑はかけられないから、と。
だが、少女に母親の事を馬鹿にされたアカツキはミスをした。
「私はレア持ってるし、あんたらはせいぜいプレイヤーにゴマ擦って日銭を稼いでよ」
街へ入る時は外していた、ヒビキから『絶対に見せびらかすな』と、そう言われていた超レアアイテム・疾風の腕輪を見せてしまった。
アカツキを罵倒した少女には分からなかったが、それはAGI値を大幅に上昇させるプレイヤーなら誰でも欲しがるレア装備だった。
当然、ルーターと蔑まれていたアカツキがどうやっても手に入れられる代物ではない。
「じゃ~ね、バイバイ」
アカツキが去った後、プレイヤーたちは声を大きくして話し始めた。
そう言えばヒビキという、やたらと強いプレイヤーが不正者狩りに追われているらしい。
そのプレイヤーにくっ付いて、おこぼれをもらっているんじゃないか、と。
その言葉を、水色の髪の少女は怪しい笑みを浮かべて聞いていた。
◆
アカツキが帰るとヒビキは怖い顔をして立っていた。
「ごめんごめん、勝手に出て行ったのはごめんってば、謝るよ」
ヒビキは何も答えない。
アカツキはヒビキが相当怒っているのかと思ったが。
「いるんだろ? 出て来いよ」
ヒビキはアカツキの後ろに向かって声を張り上げて言った。
そうするとゾロゾロとプレイヤーが姿を見せた。
それはヒビキの後ろからも出てきて総勢30人ほどが現れた。
その中の何人かにはアカツキも見覚えがあった……不正者狩りだ。
「ダメだよルーターが戦利品を見せびらかしちゃ」
「同じNPCのお嬢ちゃんが教えてくれたよ。不正者に手を貸してる奴がいますぅ~てな」
「くそっ、あの女!」
後を付けられていたと知ったアカツキはその理由に気が付き後悔した。
同郷の少女に見せびらかしたせいでBOT狩りに密告されていた事に。
「こいつの命は見逃してくれるはずだろ?」
というヒビキの言葉に下っ端は、
「へへっ、俺はそんな約束は知らないぜ?」
と、リーダーが独断でやったとのたまう。
(相変わらず……)
ヒビキは苦笑するが、ふと右上に顔を向けると、
「ハッ! お前らもつけられてたみたいだな」
ぞろぞろと今度はFランカーの集団が現れる。
ヒビキがそれを知ったのはマップウィンドウに、友軍を示すグリーンの光が近付いていたのに気が付いたからだ。
おそらくヒビキに助けられた恩を感じ、救援に来たのだろう。
総数は20人ほどで数は少ないがヒビキと合わせれば互角以上にやれるだろう。
「手打ちにしないか? 俺たちプレイヤーが殺し合ってどうする。ここは人の安息を許さない異世界、俺たちはこの世界について何も知らないんだ! 協力して謎を解き明かすべきだ!」
BOT狩りの中にも少なからず動揺が走る。
だが、そんなヒビキの叫びは興奮しきった下っ端には届かない。
「お仲間が来て急に強気か? ナメんなよっ!」
召喚アイテム・ゴブリンの角笛を大量に使用してモンスターによるMPKを行おうとするが、
「!? んだこれっ、ガッ!」
素っ頓狂な叫びを上げて数メートルも吹っ飛ぶ下っ端。
一撃でHPゲージを大幅に削られていた。
下っ端を攻撃したのは、ヒビキですら戦うのをためらう高レベルモンスター・ゴブリン戦駆だった。
「……うそだろ、おい」
ヒビキの声が迷宮に響いた。
1対1でも戦うのを少し考えてしまうゴブリン戦駆が9体。
そしてその上位モンスター・ゴブリン戦駆王が出現していた。
◆
ヒビキのLv20をはるかに上回る、Lv35モンスター・ゴブリン戦駆王。
そのボスクラスモンスターが取り巻きにLv18ゴブリン戦駆を9体も従えて出現した。
他にもLv13ゴブリンマージ、Lv11ゴブリンアーチャーなどが複数視認できる。
質・量ともプレイヤーのそれを上回っている。
背後から出現したゴブリンの群れにプレイヤーは部屋の中央に追い込まれてしまう。
それでも共闘しないFランカーと不正者狩りにヒビキは叫ぶ。
「クソがーっ! お前らいい加減にしろっ」
捨て鉢な突撃によってゴブリンマージを瞬殺、続けざまにアーチャーを2体を仕留める。
戦駆数体がヒビキに襲い掛かるが、ヒビキは回避できる攻撃のみを確実に避け、それ以外は自身のハイレベル回復スキルによってカバーした。
戦いながらヒビキは叫んだ。
「アカツキっ!」
「は、はいっ!」
「プレイヤーと協力して戦え! 敵の後衛の行動を阻害する事を第一に、極力壁を背にして死角をなくせっ」
「わっ、わかりました!」
ヒビキは今までに見たことのない本気の戦闘モードに入っており、アカツキは驚きつつも返答する。
激戦の中、ヒビキはなるべく短い時間で倒せるモンスターから削り頭数を減らしていった。
と、その時いつもは街中で復活していた不正者狩りメンバーの下っ端がその場で復活。
「え? なんでだよ」
「おい! どういう事だこれ」
場に大きな混乱が起きる。
それは、ヒビキの言う「オレたちはこの世界について何も分かってない」という主張を裏付けるものだった。
BOT狩りが襲われている所をFランカーのリーダー・レイグウッドが救う。
「あ、あんた……」
「奴の言葉を聞いたろ。今ここを生きて帰りたければ協力するしかねえってな」
思う所あるが、それしか道がないのでプレイヤーは協力する。
単騎で獅子奮迅の活躍を見せるヒビキ。
ヒビキのライフが損なわれていないので他の者は安心してみていたが・・・当のヒビキはしぶい顔をしていた。
それに少しでも気が付いたのはアカツキだけであった。
他のプレイヤーと協力しつつ、ヒビキは自身と同レベル帯のゴブリン戦駆を4体まで倒した。
ここに来て生き残るため、2つの陣営は共闘を開始。
戦駆はともかく戦駆王はヒビキ以外のプレイヤーには相手にする事が出来ない強さだった。
ヒビキに戦駆王を任せてサポートに回る。
高攻撃力の戦駆王とスピードの戦駆に苦戦するヒビキ。
「う、くそっ!」
戦駆の攻撃を回避した所にボスの蛮刀が振り下ろされる。
回避しきれずヒビキは足をやられてしまった。
そこを戦駆の手槍が刺し貫く、ヒビキは自身に回復スキルを使用するが……脳天からゴブリン戦駆王の蛮刀が襲い掛かり、ヒビキのHPを全て削り切った。
ヒビキは以前、自分はあと一回しか生き返れないと言っていた。あれは本当だったのだ。
アカツキは駆け寄ったが間に合わずヒビキは明滅の後、アカツキが貸したマントとプレイヤーカードを遺してこの世界から完全に消滅した。
マントは、溝でヒビキが寝ていて寒いと言った時、アカツキが貸したものだった。
『寒い』
『ミゾで寝るからだよ、ほら』
過去のやり取りを思い出し、アカツキはマントとカードにすがり付いて泣く。
アカツキを狙い戦駆王が武器を振り上げる。
Fランカーのリーダー・レイグウッドがアカツキに立って逃げるように叫ぶが、アカツキは絶望しその場で泣くだけだった。
そんな無防備な状態のアカツキに戦駆王の刃が襲い掛かり、アカツキは死亡した。
◆
無防備で殺された事を後悔するアカツキ。
敵わないまでも立ち向かうべきだった――彼のように。
しばしの後目を開けると目の前に見慣れない文字列が浮かぶ。
周囲は暗く、自分以外はその光る文字しか存在しないようだった。
save your life? Y/N
(生きたいか? ……決まってる!)
アカツキはYESと、力の限り叫んだ。
ヒビキの遺したプレイヤーカードが光を放ちアカツキを包み込んだ。
視界の端に表示される見た事がない文字。
だけど、アカツキにはそれがなんなのか感覚で理解できた。
そして自分になにが起きたのか、その答えも。
そこにはこう記してあった。
life gage count……残りライフ21
◆◆◆
《status》
level:22
player name:=====(未登録)
real name:Akatsuki
Another name:The pearl light moon
life gage count:21/22
STR:138
INT:77
VIT:89
DEX:83
AGI:297
SKL:132
MAG:86
LUK:45
◆
アカツキはヒビキのプレイヤーカードを受け継ぎプレイヤー化した。
12だったLvは22となった。
戦闘ログが確認出来るようになったアカツキはヒビキが死亡した理由を知る。
ゴブリン戦駆王の《一族の恨みスキル》によって一撃で、回復する間もなく死亡していた。
恨み、その一語に切れたアカツキがボスに向かおうとした所で足元にあったマントが巻き付き足を取られて転ぶ。
(……ヒビキ)
ただの偶然であるが、アカツキはヒビキが冷静になれない自分をいさめたと笑う。
ヒビキにあずけていたマントを羽織り、プレイヤー登録作業を敵の攻撃を避けながら行う。
通り名は、因縁の紅い月。サブ職業はシーフとなっていた。
あらかじめ入力されていたそれらにはOKをするだけで良かった。
空欄のメインジョブ欄に、ヒビキと同系統の魔法剣士を選択してOKを押す。
登録が済むたびに赤い光が明滅する。
プレイヤーネームは、ヒビキの性をもらいアカツキ=ヒビキとした。
全ての項目を終えプレイヤー登録が完了した時、ひときわ強い光がアカツキを包んだ。
ヒビキの力と遺志を継いだアカツキは、マントをひるがえしゴブリン戦駆王に突っ込んだ。
◆
この場のプレイヤーの誰よりも速いアカツキは、ボスの攻撃をヒビキ以上に巧みに避けた。
防御力と高いHPでボスの攻撃を耐える盾役とは逆の、いわゆる回避盾だ。
「すげえぜあの子」
「俺たちも戦おうぜ!」
アカツキがボスの攻撃を引き受けられるので他のプレイヤーもヒビキが死亡した動揺から徐々に立ち直りアカツキに加勢し始める。
敵の攻撃をほとんど避けられるアカツキだが被弾しないわけではない。
どうやっても攻撃を繰り出した後には隙が生まれる。
しかし、アカツキ以外は目に見えるような有効打は与えられない。
仕方なくアカツキはヒビキから一部受け継でいた上位の攻撃スキルを使いボスを攻撃した。
「うわあぁー!!」
アカツキは吠えた。
横に薙いだ剣がボスのわき腹を抉りめり込むと同時に、ボスの振り下ろした蛮刀が鎖骨を砕き割りアカツキの心臓を潰す。
刺し違えた格好で死ぬが、その場で明滅。
その場で復活を選択して、腰から愛用していたダガーを引き抜いて近間から斬り上げ首元にクリティカルヒット。
鬼気迫る戦いぶりにしばし呆然としていた他のプレイヤーも動き出し一気呵成に倒す。
結果、ライフを1消耗し残りライフ20となったが見事ヒビキの仇を取る。
仇を討てた事もうれしかったが、一番喜ばしい事はその場にいた不正者狩りの者たちが改心した事だった。
戦闘終了後、不正者狩りの面々が来てアカツキに言った。
「君と君の師匠に謝罪させて欲しい」
そう言ったのだ。
アカツキはそれだけで満足だった。
◆
アカツキは街に戻り水色の髪の少女・ミカネを探した。
「ひっ!」
ミカネはアカツキに見つかった瞬間恐怖に声をあげた。
アカツキの目はすわり今にも武器を抜き襲い掛かりそうだったからだ。
プレイヤーと化した今のアカツキは逃げようとするミカネを簡単に引き倒し抑え込めるだけの力があった。
「ご、ごめんなさいっ! 殺さないでっ」
「……っ!!」
アカツキは怒っていた。怒っていたがミカネを殺そうだなどとは思わなかった。
「殺したいよ」
「殺したいほど憎い」
「でも殺さない」
「あの人がそれを望まないから」
ぼろぼろ泣いてアカツキは叫ぶ。
一語一語を絞り出すように。
組み伏せた状態で泣いたのでミカネの顔に涙がかかる。
ヒビキの意志を守る。それだけを告げてアカツキは去った。
ミカネは自身の物ともアカツキの物とも分からない涙をぬぐい、ヒビキの死に関わったことを心より後悔した。
◆
あれから数週間が過ぎた。
ヒビキの死から広まった新しい考えは、確かにプレイヤーたちの間に変化をもたらした。
しかし、今まで殺し合って来た事実をなかった事にはできず相変わらずFランカーと不正者狩りの関係は良好とは言えなかった。
だが、殺害するなどの行為は目に見えて減少していた。
それにはヒビキの件以外にもダンジョン奥調査隊の帰還という明るいニュースがあったからだろう。
アカツキは『彼』、ミカヅチと会い話をした。
短めの金髪。薄い胸板の女性だった。
「君がアカツキちゃん? よろしくね~」
「ボクらが出現させた戦駆王がここに飛んだみたいで、それは本当ごめん」
「ヒビキくん、ボクの事最後まで女だと思ってなかったみたい。そこが彼らしいけど」
「でも、ヒビキはちゃんと成し遂げたんだねボクらには出来なかった事を」
よくしゃべる人だった。
アカツキはミカヅチの言葉にただ「うん」とうなづく。
彼女らは出現したボスを死傷者なしで倒すことは無理と判断し、延々引きこもっていたらしい。
ボスから逃げ出す事が困難であった所にゴブリンを転移させる角笛を使った下っ端がいたおかげで逃げ出せたという事らしい。
それを聞いてアカツキは顔を微妙にゆがませた。
ヒビキを殺す事になった原因である下っ端は生き延びていた。
アカツキは邪な考えを振り払いミカヅチに言った。
「私もあなたたちの仲間に加えて下さい」
アカツキはミカヅチのダンジョン奥調査隊へ加わる事にした。
それからアカツキはミカヅチたちと情報を交換した。
件のペイルライトムーンの伝承と、それに絡んだ月が見えないという事実。
アカツキは幼い頃、月を見た記憶があるという。
それはアカツキがこの世界以外からの転移者の子供ではないか、という疑問を抱かせるには十分だった。
そしてアカツキのLvだ。
ボスを倒す前からアカツキはLvが20を超えて上がっていた。
今はミカヅチたちもLv上限が21以上になっている。
ヒビキもだが、プレイヤーのLv上限は今まで20だったのだ。
ボスが出現した先にある扉、通称『ヘヴンズゲート』
今まで発見されていたがどうやっても開けられなかった『ヘルズゲート』
この内、ヘヴンズゲートはゴブリン戦駆王を倒した事で開けられるようになっているのではないか。
そしてその先にあるのがアカツキが元いた世界ではないか。
それがミカヅチの推測だった。
この世界よりもっと強い敵が出現する厳しい世界。
しかし、今のアカツキには心強い味方がいる。
「行こう! ミカヅチさん、新しい世界へ」
第一部『スリーライフ・オンライン』 完
一部抜けてましたので修正しました。