ep.64『ただの飲み友達』
川端の衝撃の告白が、部屋の空気を歪めた。
さっきまで均衡を保っていた緊張が、音もなく軋み始める。
礼堂はゆっくりと視線を川端に向ける。
礼堂:「川端さん。それどういう意味ですか?」
川端は微動だにせず、淡々と答える。
川端:「どうもこうもない。そのままだよ」
それを聞いた霧島は、わずかに眉をひそめる。
霧島:「ちょっと!アナタそんなことべらべら喋って大丈夫なの?」
その声には、ほんのわずかな焦りが混じっていた。
川端:「ああ。喋ったところで我々が犯人になることはない」
冬月は口角を上げ、わざとらしく前のめりになる。
冬月:「随分と自信がお有りなようで。ま、続きを聞かせてくださいよ。続きをな!!」
礼堂:(こいつ急にカッコつけだすなよ)
霧島:「なにカッコつけてんのよ」
間髪入れずに刺さるツッコミに、冬月の肩がわずかに落ちる。
礼堂は小さく咳払いをし、流れを戻す。
礼堂:「……ちょっと待ってください。その前に、霧島さんとボウさんの関係から説明してもらえませんか?」
霧島はゆっくりと視線を落とした。
そして何かを思い出すように息を吐く。
霧島:「……分かったわよ」
先ほどよりも柔らかい声で話し始めた霧島。
霧島:「私とボウさんとはただの飲み友達。そして、あの人のいちファンだった」
一拍置く。
霧島:「……まぁ、私の中では“友達以上恋人未満”。正直、惹かれていたわ。でも向こうにその気はなかった」
言い終えたあと、霧島は悲しげに小さく笑った。
冬月:「えっ!それって……いわゆる〜」
霧島:「バカ!違うわよ!何もないから!」
少し強めの声。だが、その裏にあるのは照れではなくどこか意地のようなものだった。
霧島:「あの人はそういう風には私を見ていなかったのよ。ただの片想い」
礼堂はその言葉を静かに受け止める。
礼堂:「一体どういう経緯で飲み友達になったんですか?」
霧島は視線を少し遠くへ向ける。
そして記憶をなぞるように、ゆっくりと話し始めた。
霧島:「たまたまよ。バーで見かけたの」
グラスの中の氷が溶ける音が、どこかで聞こえた気がした。
霧島:「その時の私は音楽にも興味はないし、ましてやバンドなんて全く知らなかった。別に好きじゃなかったしね。でも……たまたま見かけたあの人が気になって声をかけた」
冬月:「なんで気になったんですか?カッコよかったから?」
霧島は少しだけ考え、首を横に振る。
霧島:「確かに見た目はカッコよかったけど……その時は違う」
ほんの一瞬、言葉を探すように間が空く。
霧島:「……寂しそうっていうか、辛そうっていうか。なんか、放っておけなかったのよ」
その言葉に、場の空気がわずかに沈む。
冬月:「霧島さん。まだ会って少ししか経ってないけど……人を放っておけないとかあるんですね」
霧島はすぐに眉を吊り上げる。
霧島:「どういう意味よ。喧嘩売ってるの?」
だが次の瞬間、ふっと力を抜いた。
霧島:「……まぁいいわ。自覚はあるもの。そんな私が可哀想って思うくらいだからね。相当だったはずよ」
礼堂:「そこから、どうやって仲良くなったんですか?」
霧島:「最初は私を見て驚いてたわよ。“別れた奥さんにそっくりだ”って」
礼堂と冬月がわずかに視線を交わす。
霧島:「でも性格や喋り方は全然違うって。……話しているうちに、自然と距離が縮まっていった。私も気づいたら、飲んでるところに顔出したり、ライブに行ったりしてた」
礼堂:「でも、ボウさんにその気はなかった?」
霧島:「ええ。女の勘で分かるのよ」
即答だった。
霧島:「“踏み込まれない距離”ってあるでしょ?あの人は、ずっとそこに線を引いてた」
一瞬だけ、目が伏せられる。
霧島:「だから……想いを言う前に、私の中で終わらせたわ」
その声は淡々としているのにどこか乾いていた。
霧島:「でも仲は良かった。……飲み友達としてはね」
冬月:「へぇ〜。まぁでも少なからず、心の支えにはなってたかもしれないですね」
霧島はすぐに言い返す。
霧島:「なんであなたにそんなこと分かるのよ」
冬月は少しだけ笑って、肩をすくめる。
冬月:「それは……フフフ」
一瞬の間を置いて。
冬月:「男の勘です!……まぁ勘違いかもしれませんけど」
霧島:「なに再びカッコつけてんのよ」
冬月:「すんません!!」
礼堂:(折れるの早っ!)
一瞬だけ、空気が緩む。
霧島は小さく息を吐き、話を締める。
霧島:「……まぁ、私とボウさんの関係はそんなところね」
わずかに視線を落としながら、静かに言い切る。
霧島:「そう。ただの飲み友達よ」
その「ただの」という言葉だけが、どこか重く響いた。




