ep.35『Rocks』
アリーナツアー開始を控えたある午後、ジャンク・バスターズのメンバーは、いつも使っているスタジオに集合していた。ステージとほぼ同じセットアップが再現され、照明や機材もツアーを想定した配置に整えられている。
ボウはスタジオ中央に立ち、ギターを肩にかけながら周囲を見回した。音響スタッフがマイクのテストをするたびに、スピーカーから微かなハウリングが聞こえ、すぐに調整されていく。照明スタッフは脚立の上からライトの角度を確認している。静かな緊張感と期待感が空気中に漂っていた。
野田は少し離れた位置でアンプの前に立ち、フレットを軽く押さえながら調弦している。その表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。半年間の準備期間を経て、ようやくここまで来たという喜びが、内側から満ちているようだった。
田村と横山は後方でドリンクを片手に待機し、軽くストレッチをしている。
ボウが一度、スタジオ全体を見渡した後、野田に近づく。ギターを軽く鳴らしながら会話を始めた。
ボウ:「いい感じだな。音響もほぼイメージ通りだ。曲順もそろそろ固めないと。」
野田:「だな。セットリスト、どうする? オープニングをどの曲にするかで、会場の温度が一気に上がるか決まるしな。」
ボウは少し考え込みながら、笑って答える。
ボウ:「やっぱり、あの新曲から始めようと思うんだ。イントロから一気に観客の気持ちを掴みたい。」
野田:「いいね。新曲はまだ誰も生で聴いてないし、インパクトがある。初っ端から驚かせよう。」
二人が意見を交わしていると、田村がドリンクのカップを一口すすりながら、小さく声をかける。
田村:「最初から新曲か…いいな。俺もその方が燃える。」
横山:「賛成。じゃあ、その流れでやってみようか?」
ボウと野田が頷き、野田がアンプに繋がったギターのボリュームを上げる。静かだったスタジオに、一瞬で生々しい音が広がる。
野田:「じゃあ、試しに頭から1曲通そうか。」
ボウ:「オーケー。みんな準備は?」
田村は軽くベースの弦を弾いて音を確かめ、横山はスティックを握り直し、2人とも深く頷く。
ドラムが力強く入り、ギターがリフを鳴らす。そしてベースが低音で支える。ボウはマイクに顔を近づけ、一気に声を乗せた。音と声がスタジオを満たしていく。演奏はまだ粗い部分もあるが、この場でしか生まれない高揚感がある。
曲が終わると、全員が少し息を整えるように静まった。
ボウ:「うん、悪くない。でも、もうちょっと一体感を出したいな。サビ前のブレイク、もう少し長くしてもいいかも。」
野田:「なるほど。間を取ることで、サビで一気に爆発する感じだな。了解。」
田村が軽く笑う。
田村:「さすがボウ、細かいところに気づくな。」
横山は頷きながら、スティックを回す。
横山:「サビ直前のタメ、俺も好きだ。じゃあ、もう一回行こう。」
そうして、メンバーたちはもう一度演奏に取りかかった。何度も曲を繰り返しながら、アイデアを出し合い、演出や構成を微調整していく。熱と音が混ざり合い、アリーナツアーに向けた新たな音楽が形を帯び始めていた。
ボウと野田は目を合わせて微笑む。そこには「やれる」という確信と、「もっと良くしよう」という向上心が滲んでいた。大舞台に向けて、二人を中心としたジャンク・バスターズの挑戦は、今まさにスタートを切ったのだーーー。
アリーナツアーに向けたリハーサルが一段落し、ボウと野田はスタジオの端に置かれたテーブルを挟んで向かい合っていた。机の上には曲名の書かれたメモやスマートフォンが並び、二人はそのセットリストの組み立てに頭を悩ませている。
ボウはペンを指先で転がしながら、考え込むように目を細めていた。
ボウ:「さて、ツアーのセットリストだけど……そろそろ固めたいよな。オープニングは新曲、あの勢いで一気に観客を引き込むとして……中盤どうする?」
野田は手元のメモを見ながら、少し迷った様子で答える。
野田:「中盤、ちょっと流れを変えたいよね。
激しい曲ばかりだと緩急がないし、そこでさ、初期の曲を一曲挟むっていうのはどうかな?」
ボウはペンを止め、野田に視線を向ける。
ボウ:「初期の曲か〜。
うーん、今の俺たちの音とイメージとは合わない気がするんだよな。当時はもっとポップな感じだったし、今のスタイルとギャップがある。」
野田は頷きつつ、少し納得いかない表情で反論する。
野田:「確かに音は変わったかもしれないけど、昔から応援してくれてるファンもいるだろ? そういう人たちのために、初期の曲を一曲くらいやってもいいんじゃないか?」
ボウは口を少し曲げ、考え込むように目を伏せる。
ボウ:「昔からのファンを大事にしたい気持ちは分かる。でも、アリーナツアーってのは俺たちが大きくなった証だろ? 今の俺たちを見せる場なんだよ。昔の曲は、正直言って今の路線から外れすぎてる。」
野田は軽く肩をすくめ、もう一度食い下がる。
野田:「それでも、少し変わった味付けで当時の曲を今風にアレンジできるかもしれない。懐かしさと新しさが合わさって、面白いギャップが生まれるかも。」
ボウはしばらく黙って、隣でストレッチしている横山や田村をちらりと見る。横山は小さく「どうする?」と目で問いかけてくるようだが、特に口を挟まない。田村も、メモに目を通しつつ視線を上げることはない。
ボウは視線を野田に戻し、静かに言った。
ボウ:「いや、やっぱりやめておこう。今は、バンドが人気を得てから出てきた曲をメインにするべきだ。新しいファンも増えてるし、俺たちの今の音楽性をしっかり伝えるためには、変に昔に戻るより、今の俺たちを提示したい。」
野田は小さく息をつき、渋い表情を浮かべながらも、少しだけ笑ってみせる。
野田:「まあ、そう言うなら仕方ないな。確かに、今の音で勝負するほうがツアー全体のイメージが統一されるし、俺たちがこれから先行く道も見えてくるか。」
ボウは笑顔で頷く。
ボウ:「そうだ。昔の曲は思い入れはあるけれど、今の方向性に集中しよう。昔の曲は、また別の機会にアレンジしたり、特別なライブでやったっていいんだし。」
野田はペンを回しながら、肩をすくめる。
野田:「オーケー、じゃあ中盤は今出してるアルバムから、あのミドルテンポな曲を挟んで緩急をつけよう。そこからまた盛り上げて最後に向かうってプランでどうだ?」
ボウは納得したように頷く。
ボウ:「いいね、その流れなら観客も退屈しないし、俺たちの今の強みを存分に活かせる。」
ボウと野田は顔を見合わせて笑い、セトリのメモに新たな流れを書き込む。こうして二人を中心にまとめられたセットリストは、アリーナツアー本番でバンドの新たな魅力を余すところなく伝えるための重要な指針となっていくのだった。