ep.14『It's My Life』
ーーー翌日。
富士田(心の声):「アイツらウチの社長が怪しいって言ってたけど、根拠も証拠も何もなかったな〜。探偵ごっこしやがって。
まぁ、そんな’‘ごっこ’’に付き合うのも、たまには悪くないか。」
オフィス内はいつも通り慌ただしい。コピー機が動く音や電話の声が飛び交い、富士田はパソコンとにらめっこしながら溜め息をついた。
富士田:「はぁ…とりあえず、この仕事終わらせないと…。」
軽快なタイピング音を響かせながら、黙々と作業を進める富士田。そんな彼に、隣の席の同僚女性が声をかけてきた。
同僚女性:「富士田さんも忙しそうですね!体調崩さないように頑張ってくださいね!」
富士田:「は、は、はは、はいっ!お気遣いありがとうございます!
(心の声)やべぇ、やっぱ女性と話すの苦手だわ…。何か余計なこと言ってないよな?」
富士田はゲーム配信や同性との会話では饒舌だが、女性と話すときだけは途端にぎこちなくなる。そんな自分を密かに恥じつつ、作業に戻った。
──そして、2時間の残業を経て──
富士田:「よしっ!終わったっと!」
パチン、とキーボードを叩き、満足げに画面を見つめる。その瞬間、後ろから上司の声が聞こえた。
上司:「お〜、富士田!今日の仕事終わったのか?」
富士田:「はい!終わりました!いや〜今日も忙しかったっす〜!」
上司:「ちょっとこの後、大事な話があるんだが、今日時間あるか?」
富士田:「大事な話ですか、、、?
まぁ仕方ないか。はい!大丈夫です!!
(心の声):いや〜。。今日配信したかったんだけどな。。」
上司:「ここじゃ落ち着かないだろう。ちょっと飲みに行くか。」
富士田:「えっ、飲みにですか?」
上司:「ああ。実はずっと気になってた店があるんだ。『夜魔』って言うバーなんだが、雰囲気がいいらしい。」
富士田(心の声):「夜魔って…なんかすごい名前だな。大丈夫かこれ…。」
バー「夜魔」の入口には、控えめながらどこか威圧感のある黒い看板が掲げられている。そこには、シンプルなロゴで「夜魔」とだけ記されていた。
富士田:「ここが夜魔ですか…?」
上司:「そうだ。どうだ、いい雰囲気だろう?」
店内に入ると、重厚な家具と柔らかい間接照明が目に飛び込む。まるで別世界に足を踏み入れたような落ち着いた雰囲気だ。
富士田は緊張した面持ちでカウンターに腰を下ろす。上司は慣れた手つきでメニューを開き、軽く目を通した後、バーテンダーに声をかける。
上司:「俺はラフロイグのストレートで。富士田、お前は?」
富士田:「え、えっと……お、お任せで。」
バーテンダーは無言で頷き、2人分のウイスキーを手際よく用意する。
上司:「さて……」
一口飲んだ上司が、真剣な表情に変わり、話を切り出す。
上司:「富士田、実はお前に頼みたいことがある。」
富士田:「頼みたいこと…ですか?」
上司:「ああ。次のプロジェクトだが、うちの部署にとって一大事だ。役員も絡む大きな案件だし、社長も直接気にかけている。」
富士田:「そ、そんな重要なプロジェクトを僕が…?」
上司:「お前しかいないんだよ。この仕事を成功させられるのは。」
富士田は飲みかけのグラスを見つめながら、心の中で葛藤していた。
富士田(心の声):「これ、絶対に配信どころじゃなくなるやつじゃん…。断るべきだよな…。」
意を決して断ろうとしたその時、ポケットのスマートフォンが振動する。取り出してみると、通知画面には礼堂と冬月からの大量のメッセージが並んでいた。
礼堂:「やれやれやれやれやれやれやれ。」
冬月:「やれやれやれやれやれやれやれよ。」
礼堂:「絶対やれ。」
冬月:「断ったら一生メガネ割り続ける。」
富士田(心の声):「なんでこいつらこんなタイミングで…!?」
店内を見渡すと、離れた席にいる礼堂と冬月が目に入った。2人はわざとらしく会話を装いながら、こちらに鋭い視線を向ける。
富士田(心の声):「な、なんでアイツらここにいるんだよ!?」
礼堂と冬月は、明らかにこちらの会話を盗み聞きしている。しかも、礼堂はビールジョッキを片手にニヤリと笑い、冬月は冷静に腕を組みながら頷いている。
富士田(心の声):「これ、絶対逃げられないやつだ…。」
礼堂が口を動かし、「やれ」と無言で圧をかけてくる。一方、冬月はスマホを取り出し、さらに追撃のメッセージを送ってきた。
冬月:「やらないとお前の配信チャンネル荒らす」
富士田は顔を引きつらせながら、上司に向き直る。
富士田:「あの……やらせていただきます!」
上司は目を見開いたあと、満足そうに頷いた。
上司:「そうか!安心したよ。お前ならやれる。期待してるぞ!」
乾杯の音が静かなバーに響く。
富士田(心の声):「くそっ、礼堂と冬月め……!俺の配信時間が、俺の自由が……!」
礼堂と冬月が遠くからサムズアップしているのが視界の端に入る。
富士田(心の声):「絶対に覚えてろよ、アイツら……!」
こうして富士田はめでたく一大プロジェクトを担当することとなった。