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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
11月

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5.落書きは慎重に

 一番前の席でオータムコンサートを楽しんだ大護(だいご)と友人の内山田花太(うちやまだはなた)

 正直な感想としては、大三東(おおみさき)高校と島原大学の上手さの違いがわからない。どちらかというと、大三東の第二部の方が楽しかったという印象だ。

 それから、大護は実音(みお)が吹いている楽器がこの間と違うことに気がついた。しかし、それがなんの楽器かまでは知らない。とりあえず思ったのは「なんだか色気があった!」ということだ。


「『ネロ』って奴おらんかったな」

「え、誰?」


 大護は、(うみ)から聞いていた赤髪の部員を探していた。暴君らしき人物は発見できなかったが、その代わり、実音の隣でイケメンが吹いていたのは目に映った。

 もらったパンフレットで、彼はその名前を確認してみる。


「この人、なんて読み方するんだ?」

「ん?」


 内山田に訊いてみるが、彼も読めない。


「この苗字、初めて見た。名前も珍しいな。『おんしょく』いや『ねいろ』か?」

「『ねいろ』……『ねろ』……『ネロ』!」

「え?」

「こいつか、『ネロ』って。……え、どっち? 片方は男だったよな」

「あー、あのイケメン? 目立ってたな」

「『ネロ』って男かよ!?」


 好きな子が嬉しそうに語っていた相手の正体を知った大護。彼女の恋愛対象が年上なのではないかと不安になる。


「ヤバい! 修学旅行でアピールせんと、実音が大学生に取られる!」


 このところ、彼女と良い雰囲気になれていない彼は焦った。お互い、部活で忙しかった。しかし、それは言い訳でしかない。せっかく同じ班になれたのだから、ここから挽回しようと意気込んだ。








「あー、楽しかったー!」


 楽屋で楽器を片す海。

 難しい曲で苦労はしたが、その分多くの学びを得られた。


「アンコールのソロ、素敵でした! わたしも、あんなのやりたかです。『シング・シング・シング』とか」


 ソロを吹いた大学生の女子部員も、その曲には思い入れがあった。


「あれね。いいよね。私の高校は定期演奏会(定演)の最後はいつもあれでね、一年の時からパート内でソロの争奪戦よ。三年で無事に取れた時は嬉しかったし、気持ちよかったなぁ。音和(おとなぎ)ちゃんも、いつか大三東でできるといいね」

「はい! あ、ばってん、なかなか実音から許可が出なくて。何回も候補で言ったんですよ? その度に『まだ早い』って」

「みんなが知ってる曲だからね。中途半端なの、彼女やらなそうだし」

「うー。まだまだ技術力が足らんってことですね。もっと、練習しなきゃ!」

「いつでも相談に乗るからね」

「ありがとうございます!」


 一緒に練習をしてきて、大学生から見て海の根性は頭の下がるものがあった。どこまでも向上心の尽きることがない彼女を応援したくなるのは、自然のことだった。









 実音はオーボエとアングレの二本を片していた。

 久しぶりに吹くことができたアングレとも、これでお別れだ。少し寂しい気もする。とはいえ、今日の演奏会は彼女にとってリベンジを果たすことに成功した、記念すべき日だ。吹いていて、とても気持ちがよかった。自由にしていてもバンドが崩れることはなく、安心して集中することができた。それは、指揮者の黒田宙矢(くろだひろや)の力である。そして、コンサートマスター(コンマス)のネロのおかげだ。

 ネロは演奏中、自分から引っ張ることで曲に動きをもたらしていた。しかも、ちゃんとわかりやすいアインザッツ(合図)を出し、演奏中もほかの奏者への指示を忘れていない。とてもやりやすかった。


「ネロさん。アングレ、ありがとうございました。リードもお返ししますね」


 ケースにしまった楽器を、実音はネロに渡そうとする。 だが、彼の反応がない。隣で一緒に片していたのだが、動きが止まっている。自分の楽器の手入れは終えているようだった。


「ネロさん?」


 すると、彼の身体が傾いたかと思えば、彼女の肩に重みが加わる。


「え?」


 座ったまま、ネロは実音に寄りかかってきた。

 驚いていると、微かに寝息が聞こえる。


(寝てる!?)


 その顔を覗いてみると、彼は少し幼い表情で寝ていた。

 コンサートが終わってから妙に静かだと思ったが、楽器を片すまで寝なかったのはさすがだ。


「あーあ。また寝たわね」


 話しかけてきたのは、島原大学のもうひとりのオーボエ奏者。四年生の黄山寧音(きやまねね)だった。

 彼女と実音が会ったのは、今朝が初めてだ。それまでずっと「就活で欠席」と言って姿を現さなかった。ただし、それが嘘であることは全員が知っている。彼女は内定をとっくにもらっていた。なぜそれが周知されているかというと、彼女が裏アカのSNSで自ら報告していたからだ。本人は、それがバレていることを知らない。

 オータムコンサートでは、第一部のコンクール曲のみだけ吹いた。一曲目はもちろん、自由曲のコンクールでカットした箇所については、その時間ボーッとしてやり過ごした。

 実力はあり、吹くところは完璧に吹く。そのため、ネロは練習に来ない先輩を放っておいている。


「また?」

「演奏会後はいつもこう。電池切れってやつね。こいつ、体力ゴミだから」

「……ゴミ、ですか」


 黄山はネロを雑に扱って、床に寝かせた。それでも彼は起きない。


「去年のスプリングコンサートからソロ取ってたんだけど、態度悪くてね。先生たちとよく揉めてたわ。厳しいから同期はすぐ辞めたし、その一個上も辞めて、せっかくできた後輩も辞めて、残された私の身にもなってよね」

「そんなに辞めたら、ネロさんも大変じゃないですか? 止めなかったんですか?」

「こいつは止めようとしたよ。一応ね。もう家まで乗り込む勢いよ。でも、周りがね。『お前が行ったら、トラウマを更に植えつけるだけだから』って拘束されてたわ。代わりに私が説得しに行ったけど、ダメだった」


 今は暴君らしさのない、無防備な寝顔を見せているネロ。

 横暴で生意気な態度の彼だが、退部しようとする者をそのままにせず、追いかけて連れ戻そうとする性格らしい。結果は失敗に終わっているものの、一度辞めたことのある実音には考えさせられるものがあった。


「ヤマさん、おつです。雅楽川(うたがわ)ちゃんも、お疲れ様」


 ふたりの元へ、代表の白浜春雪(しらはまはるゆき)が金管楽器の楽屋からやってきた。


「そろそろ限界だろうなと思ったら、ビンゴ。今回も手の空いてる部員に運ばせるんで、そのまま置いといてもらえます?」

「りょーかい」


 白浜の発言から、本当にいつものことだとわかった。

 片づけの終わった海が、その様子を見て呟く。


「実音と似とるね」

「私が? ネロさんと?」


 その言葉が聞こえた実音は同意できない。


「だって、実音も編曲して、指導して、部で一番上手い演奏して、本番後に力尽きとったもん。同じだよ」

「雅楽川ちゃんもこうなったの?」

「なってません。さすがにこの間は寝なかったです」

「近いでしょ? フラフラだったよ?」

「あー、なるほどね。どおりでネロが気に入るわけだ」


 白浜はひとり納得している様子だ。


「あのー。わたし、ずっと気になってることがあります。どうしてネロさんって音大に行かなかったんです? それに、こんなに態度最悪なのに、みんな追い出さないんですね? ネロさんは追い出したのに。そもそも、追い出した理由は? 周りは止めなかったんですか?」


 実音も、海と同じことを思っていた。

 ネロは普通の大学の部活にいるのにはもったいないレベルだ。辞める部員が出ているのにもかかわらず、まだ二年生でありながら、コンサートマスターとして部をまとめているのも不思議である。


「ここのコーチだったひとりが、ネロの母校にも教えに行ってたんだよ。それで推薦でここに来た。それは間違いない」


 その疑問に、白浜が答えてあげた。


「そのコーチも含めて追い出した理由は、僕らもちゃんとは……。でも、誰も反対しなかったよ。どこかで思うことがあったのかもね。実際、ネロが指導するようになってから、演奏の質は上がってる。コンクールメンバー以外も、全員上達してる。元々のレベルはあったから、外部からはわかりづらいかもだけど。決して私利私欲のためにやってるわけじゃないから、あんな奴だけどコンサートマスター(コンマス)としては評価してる。奏者としてもね」


 黄山もその話を聞いて、ネロの顔に落書きをしながら口を開いた。


「大学では絶対見せないけど、こいつ家で相当勉強してる。前にCD借りるために家に行ったら、書き込みだらけのスコアがあった。譜面係に全曲二冊ずつ製本させてたみたい。で、大学には何も書き込んでない方だけ持ち込んでる。努力を見せないタイプよ。少食で偏食で体力がゴミだけど、しょっちゅうクマ作ってまで働いてるわ」


 面白そうだからと一緒に落書き中の海は、そこでまた疑問が湧く。


「そんなに忙しくて、よく付き合ってくれる人がいますね? ひょっとして、イマジナリーカノジョ?」

「え?」

「は?」


 黄山と白浜も、ネロに恋人がいることは初耳だった。ふたり共、驚きを隠せない。


「ふざけんじゃないわよ! 私カレシいないのに!」

「性格では絶対負けてないんだけど! 顔か? 財力か?」


 黒田と同じく発狂するふたり。

 すると、楽屋のドアが開けられる。そして、四十代くらいのタートルネックの服を着た小太りの男性が入ってきた。


「コンサート、お疲れ。よかったぞ。で、あいつはいるか?」


 その男性に実音は覚えがある。全国大会で見かけた。


色摩(しきま)先生! わざわざ楽屋まで、ありがとうございます! ネロは……」

「あぁ、また寝てるのか」

「起こします!」

「いや、いい。そのまま寝かせておけ。ちょっと挨拶しに来ただけだ。邪魔したな。差し入れあっちに置いといたから、みんなで食べなさい」

「ありがとうございます!」


 そして、色摩が部屋を出ていった後で、黄山が実音たちに説明をした。


「今の、ここの木管の元コーチ。で、ネロの高校からの恩師」

「じゃあ、今のがネロさんが追い出した人のひとり?」


 海は、ネロへの落書き中に驚きでペンを顔に落としてしまう。


「あ!」


 幸い、それでも彼は起きなかった。随分と深い眠りについている。


 ネロについては、まだまだ謎が多い。

 とりあえず、海は完成した顔を写真に収めといた。

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