表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
11月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/322

4.オータムコンサート 第三部

 第三部ーー。

 舞台袖で待機中の実音(みお)は、オーボエとアングレの二本を持っており両手が塞がっている。必要なスタンドや楽譜は、ネロが代わりに持ってくれた。


「ありがとうございます」

「……ミオ」


 ネロは実音に顔を近づけ話しかけた。


「オレ、全力でやるから。だからお前も遠慮すんなよ。リミッター、完全に外せ。いいな?」

「はい」


 彼女の瞳は、とても真っ直ぐだ。

 ここまで力を抜いたつもりはない。いつも本気だった。それでも、かつての自由な吹き方はできていない。それが、今ならやれる気がしている。


「……」


 そんな彼女を見て、ネロはなんとも言えない表情をする。


「……やっぱ、エロくねー」

「え?」


 すると、ネロは近くに口うるさい保護者がいないことを確認してから、実音に更に近づいた。そして、耳元で囁く。


「好きな奴いねーの? いるならちゃんと誘惑しねーと、選んでもらえねーぞ」

「っ!」


 わざと彼女の耳に息をかけるネロ。その反応を楽しんでいる。


「ネロさん!」


 手の塞がっている実音は、言葉と顔で怒っていることを伝える。


「何やってんのー!」


 それに気づいたステージマネージャーのOBが、ふたりの元へと飛んできた。


「セクハラ禁止!」

「セクハラじゃねーし。アドバイスだし」

「お前な!」


 近くにいた司会担当のOGも引いている。


「だ、大丈夫です。ネロさんのおふざけ、慣れてきましたので!」

「それはそれでどうなの?」


 心配するOBは、根は優しく責任感のある元代表だ。人として未熟な天才肌の後輩を、しっかり指導しようとしている。


「時間いいの?」


 ネロは壁にかかっている時計を指差した。

 そんな態度に青筋を立てるも、仕事はきちんとこなさなければならないため、ステージマネージャーは待機中の部員たちに声をかけた。


「時間だ。ラスト、行ってこい!」


 監視を逃れたネロは、また実音の耳元で「誘惑しっかりな」と言ってからステージへ歩き出した。








 

 一曲目は『歌劇《イーゴリ公》より「ダッタン人の踊り」』。

 出だしから、ネロのオーボエがフルートやクラリネットと一緒に綺麗なハーモニーを奏でる。伴奏のハープは二台も使っており、存在感がある。さらに、実音のアングレも加わり、プロのオーケストラと同じような優しい前奏を終える。

 間を空けることなく始まるのは、ネロの有名なソロだ。練習でも上手かったが、本番はもっと官能さが増している。抑揚もつけ、妖艶さで会場の視線を独り占めする。

 それに負けじと、実音もソロを引き継いだ。隣に座っているためネロの表情は見えないが、かなり挑発されたのはわかった。「もっとタガを外せ」という意味を感じ取り、彼女は可能な限りの色香を纏い演奏をする。

 その後は場面がコロコロ変わり、所々でオーボエもアングレも目立つ箇所の仕事をこなした。

 ふたりの爆発的な刺激のあるソロがあっても崩れないのは、技術力のあるほかのAチームの奏者の実力と、指揮者の黒田宙矢(くろだひろや)のおかげである。これらがないと、ネロたちはのびのびと吹くことができなかった。

 テンポの速い箇所では、(うみ)も奮闘した。二本の楽器を使い分けながら、全国レベルの大学生に遅れないように喰らいつく。その隣で一年生の松崎萌季(まつざきもえぎ)は、自身のカットされた部分を吹き真似でやり過ごした。

 踊り手が変わる度に、演奏する側の感情も変化させる。そんな忙しい難曲を、どうにか選抜の大三東(おおみさき)の部員たちは乗り越えることができた。


 演奏後、黒田はネロを立たせる。

 このように、活躍した奏者は個別に観客から拍手をもらう機会を得られる。

 ネロの次に立たせてもらえたのは、実音だ。

 その着ている制服から、会場の全員が彼女が高校生であることを理解している。そして、その演奏に惜しみない拍手が送られる。もちろん、その観客の中には大護(だいご)も含まれており、彼はすぐ近くの席で手が痛くなるほど手を叩いた。









 

 二曲目は『交響詩《ローマの松》』。

 ここからは、大三東の部員全員が演奏に加わる。

 木管楽器から煌びやかに始まり、そこにホルンが高らかに音を鳴らす。

 約二十分の曲の中で四つの「松」の場面が登場し、それぞれ全く異なる雰囲気を醸し出す。

 この曲には、あるとても珍しい演出がある。それは三つ目の「ジャニコロの松」の最後。ステージに設置したレコードから、鳥のナイチンゲールの鳴き声を流すというものだ。

 動物の鳴き声を楽器で表現をするのはよくある。しかし、ここは作曲家の指示で、本物の鳴き声を録音したものを使用することになっている。この重要な場面は、パーカッションの一年生の吉川桐可(よしかわきりか)が責任を果たした。

 そして「アッピア街道の松」。

 実音が長いソロを吹く。アングレは、オーボエよりも息が入るため、強弱もつけやすい。すなわち、ネロが要求する大袈裟な抑揚も叶えることができる。彼女はたっぷりと息を入れながら、怪しげなメロディーを堂々と奏でた。とても大人っぽい演奏だ。

 ソロの後は曲が盛り上がっていき、バンダの登場だ。

 一年生の有馬咲太郎(ありまさくたろう)は無駄な力を抜いて、周りの音をよく聴きながらトランペットを鳴らした。視覚的にも効果のあるバンダは、観客の視線も浴びる。立体的な音が重なり、ローマの軍隊の行進をよく表した。

 黒田の指揮で最後まで勢いは止めず、バンドの一体感が観客の心を掴んだ。演奏が終わると、なんの躊躇(ためら)いもなく大きな拍手が聞こえた。

 実音はここでも黒田から立たせてもらった。また、花道にいるバンダも手で指し示してもらえた。









 

 一旦黒田が舞台を後にし、少ししてからまた戻った。

 ここからアンコールだ。


 まずは『ディスコ・キッド』。

 これは一九七七年度の吹奏楽コンクールの課題曲だ。このようなポップスがコンクールで選ばれたのは、当時でもとても斬新なことであった。ノリの良いリズムとメロディーが特徴だが、求められる演奏技術は高い。今でも人気の曲で、愛好会があるほどである。

 序盤はピッコロから始まり、同じフレーズを吹く楽器が増えていく。ドラムも大活躍だ。

 楽譜には書かれていないが、この曲には「ディスコ!」という掛け声が入る。ディスコやクラブにも行ったことのない学生が言うというのが、また面白い。ちなみに、ここでネロは言葉を発していない。ノリが非常に悪い。

 クラリネットのソロは、用意したスタンドマイクの前で演奏する。それを、(うみ)はキラキラとした羨望の眼差しで見ている。

 後半にはオーボエやフルートやユーフォニアムが綺麗なハーモニーを奏で、再びノリの良い雰囲気に戻る。

 島原大学の前音楽監督が、初めて着任した年の課題曲がこの曲だった。それで演奏会のアンコール曲として、毎回披露されている。その伝統は、今年も変わらない。


 アンコールは、観客が受け取るパンフレットには書かれていない。だから、何曲やるかを知るはずがない。

 指揮者が退場した後、とりあえず拍手を続ける。次のアンコール曲が終われば、また拍手を続ける。

 この時間が、ネロは嫌いだった。

 例年『ディスコ・キッド』は確定で、そこから有名で短いクラシック曲を二、三曲行う。それでも拍手が続けば、プログラムにある曲から数小節だけ演奏するなんてこともあった。

 演奏する側は当たり前だが、聴く側だって疲れている。何曲もまだまだ聴きたいと思っているはずがない。

 ということで、今年からアンコールは二曲になった。それ以上はやらない。もうお終いだとわからせる曲を選曲した。

 

 最後は二曲のメドレーだ。

 初めはチェコを代表する作曲家のアントニン・レオポルト・ドヴォルザークの『交響曲第九番「新世界より」』。日本では「家路」あるいは「遠き山に日は落ちて」として有名な第二楽章を演奏する。

 施設の閉館時間や下校の際など、誰もが一度は聴いたことのある超有名なメロディーを、実音がアングレのソロで奏でる。

 次の曲は『由緒ある砲兵中隊』。この曲の中には、スコットランドの民謡の「オールド・ラング・サイン」が出てくる。これは、日本では「蛍の光」として有名だ。ゆえに、別名「蛍の光行進曲」とも呼ばれている。こちらも帰りの時間に聴くことが多い曲だ。

 この組み合わせは、ネロ曰く「客、追い出し曲」である。これならコンサートに不慣れな観客でも、この後にはもう曲を用意していないとわかる。









 権力のある指導者が去り(ネロが追い出し)、新規のファンの獲得が必要だった島原大学。

 これまでは日本全国のお手本としての演奏をしてきたが、改めて地域との交流をする機会を得られた。今回の大三東をゲストに迎えての演奏会は、それをアピールすることに繋がった。

 また、演奏した『イーゴリ公』は「侵略」ではなく「異民族が手を取り合う」作品としてボロディンは作っている。ふたつの団体がこうして合同で演奏会をすることは、作品ともとても重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ