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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
11月

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1.根性を見せろ!

「ピッコロ、出だしから詰まってんぞ!」

クラリネット(クラ)のタンギング、下手くそ。さらってきて」

「そこのユーフォニアム(ユーフォ)、オレの音、台無しにする気? 歌い方、足りねーよ」

「何回この曲やってんだよ! 綺麗に吹こうとすんじゃねぇ!」


 この日の合同練習も、特別講堂にネロの怒号が響いた。

 島原大学吹奏楽部は、今年も全国大会で金賞を受賞。もちろん「一金」だ。その喜びに浸ることなく、今日はアンコール曲の練習をしている。


「次の曲いくぞ。ミオ、お前のために付け足してやったんだ。感謝しろよ」


(……嬉しくない)


 事前に考えていた最後の曲を、ネロは別の曲とのメドレーにした。実音の吹くアングレをとことん使うためだ。

 難しくはないが、実音は超有名で超重大なソロを任されてしまった。


「そこ、ブレス取るなよ」


(きっつ!)


 長く目立つソロに、鬼のような要求をするネロ。

 『エルザ』で鍛えられたのか、なんとか実音は耐えることができた。


「十五分、休憩」


 朝からずっと合奏をしている。本番が近いため仕方がないのだが、コンクールを終えたAチームには疲れが見える。

 全国大会の会場は、高校と大学では異なる。今年は、実音たちが視察に行った場所よりもっと遠い所で行われた。その分、よりハードスケジュールをこなさなくてはならなかった。

 足を引っ張らないように、Bチームのメンバーと大三東(おおみさき)の生徒たちは必死についていった。


「ネロさん、ちょっと聴いてほしかです」


 ホールの外へ水分補給をしようと立ち上がったネロを、(うみ)は呼び止めた。


「……どこ?」


 真剣な彼女の表情を見て、彼はまた椅子に座り直す。


「『ダッタン人』のここです」

「……やってみ」


 そこは、「指が回っていない」と言われて減らさせた箇所だった。

 ネロは、メトロノームをかけ、好きなタイミングで吹くように彼女を促した。そのメトロノームを睨みつけながら、海は懸命に指を動かした。しかし、途中で躓いてしまう。それでも、もう一度初めから吹き直す。次は上手く吹ききった。

 彼女は、視線をメトロノームからネロへと移す。


「……いーよ。そこも吹きな」

「はい!」


 吹くことを削られた箇所を、海は自分の力で取り返した。

 頭を勢いよく下げてから、元の席へと戻る。


「俺もお願いします」

「……できんの?」

「やります」

「……じゃ、吹いて」


 海と入れ替わりで来たのは、有馬咲太郎(ありまさくたろう)だった。離れた席から、ネロの近くへと移動してきた。

 今日のネロは、あえて有馬に何も言ってこなかった。だが、その音がまだ以前の響きと違うことはわかっている。未だ、彼のイップスは治っていない。

 有馬が演奏する『ハトと少年』は、曲の最高音が震えていた。前回のような堂々とした様子も見られない。

 しかし、音質はこちらの方が曲に合っていた。力任せの響かせ方だった彼の吹き方と、全く異なる。


「ハモリやって」


 大学生の部員に指示を出し、今度は一緒に吹かせる。

 すると、有馬はその相手の音を意識して吹いた。耳をよく使っている。


「その調子で『松』も頼んだ」

「はい」


 有馬も頭を下げてから席に戻った。その際、足音は立てなかった。

 ギリギリの合格だ。

 








 合奏が終わり、実音はネロと代表の白浜春雪(しらはまはるゆき)と共に、十九号館の空き教室で打ち合わせをした。


「前日と当日の流れは、こんな感じ。大丈夫そう?」

「はい、問題ありません」


 本来なら、ここに顧問の(かざり)がいるべきなのだが、彼は別の教室で指揮者の黒田宙矢(くろだひろや)からレクチャーを受けている。それと、本音を言うと大事な打ち合わせを彼に任せるのには不安がある。それなら、実音自身が責任を持って請け負った方が良いと判断した。ほかの役員は、現在特別講堂で練習を続けている。


「それにしても、今日のあのふたりはすごかったね」


 白浜が指しているのは、もちろん大三東のふたりの部員のことだ。

 課題を出されたわけでもないのに自らネロに立ち向かった海と、本当は今一番辛いはずなのに逃げずに課題をクリアした有馬。大学生には出せないガッツを見せてくれた。


「大三東のみんなと練習してから、僕らも刺激をもらってるよ」

「そうなんですか?」


 それは、実音には信じられることではなかった。

 Aチームのメンバーは、大学に来る前からほとんど出来上がっている。今更得るものがあるとは思えない。

 しかし、白浜の発言にネロも乗っかる。


「昨日の木管分奏、いつもなら動かない上級生が下手な奴の面倒を見てた。しかも違う楽器の奴。ミオの真似じゃね? やっと、能動的に動けるようになったみたいだな」

「金管もな。昨日の練習は、いつもより各パートから意見が出てたよ」


 実音にとっては、吹奏楽を始めた頃からの習慣で動いているだけのこと。方南(ほうなん)は他人にも厳しいため、自身は合奏中に仲間から注意される回数が多かった。しかし、それはレベルを高め合うのに必要なことだった。


「うちの大学って、辞める部員が普通に多いんだよね。雅楽川(うたがわ)ちゃんがいた方南もそうだったでしょ?」

「……はい」

「僕の母校もそんな感じだったよ。でもさ、大学の場合はね、厳しさで辞めるよりなんとなくって感じがほとんどかな。ネロが原因なのもあるけど」

「あ゙?」

「そういうところだぞ。……で、さっきトロンボーンの子たちに聞いたけど、大三東は退部者ゼロなんだってね。それって、すごいことだよ」


 方南は実音含めて退部者が当たり前のように出ていた。そして「去る者追わず」の精神だった。

 一方、大三東は個々の想いの強さがあり、加えて仲間を見捨てない部員がいる。実音が大三東に来てすぐにあった事件も、今回の有馬の件も、方南だったら結果は大きく変わっていただろう。


「大学生にも、方南にも、大三東は負けてませんね」


 実音は、改めて感じたこの強みが、この先の目指す音楽にも大きく影響するだろうと思った。


「技術は足りねーけどな」

「コラ!」


 ネロから余計な一言が飛び出し、白浜が注意した。


「いえ、それは本当のことですから。まだまだここで鍛えさせてもらわないと。……それで、このコンサートが終わった後なんですけど、やりたいことがありまして……」


 実音は、大三東に必要な練習を取り入れるため、ふたりにある相談をする。


「ーーという感じでやろうかなと」

「それ、オレの専門外なんだけど」

「うん。ネロはそうだな。でも、僕の得意分野だよ」

「そうなんですか!」

「ああ。曲は決まってるの?」

「はい。一月の本番でできたらなって考えてます」

「一月かぁ。こっちも、また忙しくなる頃だな」

「いいじゃん。やれば? ハマがそっち抜けても平気だし」

「それはそれで傷つくんだけど。っていうか、ネロは未経験だから大変さがわからないんだろ」

「知らねー。ま、演奏面の面倒は見てやるから安心しな」

「はい。ありがとうございます!」


 こうして、オータムコンサート後の練習についても計画を立てることができた。









 特別講堂へ戻るともう遅い時間で、部員たちが楽器を片し始めていた。

 毎日夜遅くまで練習をしている大学生はともかく、高校生も長時間の自主的な練習を集中して行った。


「もう暗いから、大三東のみんなは帰ろうね」


 白浜が、そんな大三東の部員たちに早く帰るよう促した。


「お腹空いたー! 実音、帰ろー!」


 海が実音を発見して飛びついてくる。


「お前、どうやってあそこ練習したの?」


 そんな彼女に、ネロは尋ねる。


「え? どうやってって言われても……練習して、練習して、もっと練習しましたよ。あ、闇雲にじゃなかです。実音が教えてくれたとおりにです。リズム変えたりとか。あと、滑っとる箇所は言葉を入れたりとか。『ばってん』だったり『よかよか』だったり、心の中で言いながら吹いちょりました」

「へー。バカっぽいのに、練習はまともじゃん」

「バカ!? 今バカって!」

「落ち着いて、海。ネロさん、褒めてくれてるから」

「どこが!」


 苦労して大人しくさせると、海は練習をしていた時のことを思い出して、それを報告する。


「あのね、さっきアンコールのタンギングの練習しとったんよ。大学生にやり方教わったら、楽にできるようになったんだ!」

「よかったね」

「うん! あの曲って、昔の課題曲なんでしょ? それっぽくないけど。ばってん、あんな曲でコンクールなんて楽しそうだね」


 今回のコンサートには、全部で三曲のコンクールの課題曲が登場する。

 その中のひとつが海が言っているものであり、かつ過去の課題曲の中でもかなり人気な曲だ。


「昔の課題曲も、いいのがいっぱいあるよね」


 実音は、過去のコンクール曲のほとんどが頭の中に入っている。当然ネロもだ。


「私は『風の舞』推しかな。出だしのリズムも、フルートのソリも好き」

「あー、あれな。わかる。でも、オレは『風紋』だな」

「それもわかります! 長いから、あの年は自由曲のカットが大変だったと思いますけど、名曲ですよね」

「原典版、やったことある?」

「ないです。でも、やってみたいです」

「お前たちの編成じゃ、難しくね?」

「そうなんですよね」


 課題曲トークで盛り上がるふたり。海は置いてけぼりだ。

 実音が持ってきたCDを聴いて勉強はしているが、まだまだだった。このふたりと対等に話せるようになるのは、そう簡単ではない。

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