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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
10月

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12.元カノと今カレ

 実音(みお)とネロがホールを出ると、広いホワイエに置いてあるソファに、威厳のありそうな高齢男性が座っていた。さらに、その周りには数人の大人がおり、彼らに対して出演団体のOBと思わしき人々が挨拶をしている。


「ネロさん。あれって、もしかして……」

「……」


 その沈黙は、実音の考えが正しいことを表す。

 彼らの正体は、島原大学の前音楽監督とその弟子であるコーチ陣だ。今も多くの高校を教えに行っている指導者たちは、教え子から感謝の言葉をもらっていた。


「……あれじゃ、暫く動けないだろうな」


 大学から追い出した本人は、彼らと話すことなく出口へと向かう。


音色(ねいろ)君?」


 そんな彼に、挨拶を終えた綺麗な見た目のひとりの女性が話しかけてきた。


「私。覚えてる?」

「……ああ」

「よかったぁ! 久しぶりだね。音色君も来てたなんて、びっくりだよ。チケット当たっただけでもラッキーだったのに、まさか会えるなんてね。雰囲気ちょっと変わってたから、違ったらどうしようって思っちゃった。でも、音色君本人で嬉しい!」


 彼女はテンション高めに、ネロとの再会を喜んだ。すると、その彼の隣にいる女子高校生が目に入る。


「えっとー、その子は?」

「んー。教え子?」

「そ、そうなんだ。ねぇ、音色君。私ね、今都内の大学の管弦楽サークルに入ってるの。今度演奏会あるから、聴きに来てくれる?」

「いつ?」

「来月の第二日曜日」

「無理。オレも演奏会あるから」

「……そっか。それは仕方ないね。音色君、相変わらず上手なんだろうなぁ。聴きたかったよ。その……音色君って今ーー」

「ごめん、お待たせ!」


 そこに、同じく大学生と思わしき男性が駆け足でやってきた。


「挨拶してきたら長引いちゃって。そっちは?」

「あ、えっとー、高校の同級生。あと、その教え子さん?」

「そうなんだ。俺はーー」

「音色君、この人は一緒のサークルの人で、あと私の今カレ」

「ふーん」


 その報告を聞いても、ネロは興味なさそうだ。そんな態度に、彼女は軽くショックを受けた表情を見せる。


「私たち、これから観光して帰るんだ。だから、ここでお別れだね。じゃあね、音色君」

「じゃ」


 男性の腕に手を絡ませ、出口へと早足に女性は去っていった。


「いいんですか?」

「何が?」


 小さくなっていく彼女の方を見て、実音はネロに尋ねる。だが、ネロはスマホをいじっていた。


「何がって」

「それより、集合場所行くぞ。は? 『飯行く』だ? 帰りの飛行機の時間もあるのに大丈夫か?」

「たぶん、(うみ)がお腹空かせてるんだと思います」

「はぁー。なら、急いで食べて帰るぞ!」

「……はい」









「俺、いつからカレシになったの?」


 ネロの同級生の彼女は、施設の外に出ると絡めていた腕を解いた。


「ごめんね。つい、意地張っちゃった。だって、あんなに可愛い子連れてたんだもん。そしたら、こっちだって音色君に見せつけてやりたくなって。はぁー。やっぱりかっこいいなぁ」

「今も待ち受けにするくらいだもんな」

「見たの!?」

「たまたまな。未練タラタラだな」

「仕方ないでしょ! もう、今日はヤケ酒よ!」

「わかったよ。相手してやる」


 そしてふたりは居酒屋を目指すのだった。









 実音とネロが入ったのは、餃子の専門店。

 奥の席にいた海と黒田宙矢(くろだひろや)は、もう食べ始めていた。


「実音! ここの餃子、うまかー!」

「よかったね」


 テーブルの上にある餃子は既にほとんどなくなっていたが、追加の注文はしてあるらしい。


雅楽川(うたがわ)ちゃん、飲み物何にする?」

「お茶にします」

「オレ、ビール」

「ダメだ!」


 ネロは黒田が片手で持っているジョッキを見て答えるが、却下されてしまう。


「お前、まだ誕生日来てないだろ!」

「チッ」

「舌打ちしない!」


 十九歳のネロは、実音と同じくお茶を注文する。そして箸を持って、ふたりも食事と取る。

 どちらも行儀良く食べているのだが、ネロの箸の持ち方はかなり独特だった。グーのような形で、どうやったらそれで掴めるのか不思議なくらいだ。


「ネロさん、箸下手」


 海に指摘され、彼は彼女を睨みつける。


「うぇーん! 実音、ネロさんが恐いよー」

「よしよし」


 そこに、新しい皿と飲み物が運ばれてきた。


「やったー!」


 海の食べるスピードは相変わらずだ。

 ネロと黒田は引いている。


音和(おとなぎ)ちゃん、よく食べるね」

「ライブ配信中は、聴くのに集中して食べられなかったじゃなかですか! ぺこぺこでしたよ! ……あ、ライブ配信といえば、実音! 方南(ほうなん)、めちゃめちゃヤバいね!」

「そう?」

「うん! もうね、別次元! ……あれは今年も『一金』だよね!」

「そうかもね」

「ほかもすごかったなぁ。……全国って、みんな上手すぎ!」


 熱く喋るのと、食べるのを同時に行う海。あっという間に皿の上の餃子が消えてしまった。

 黒田がまた追加注文をしておく。


「お前さ、今日の観た感想、それだけ?」


 ネロは、興奮している海に対し冷静に問う。


「どういう意味です?」

「もっと、気がついたことないのか?」

「?」


 本気で「すごかった」以外の感想が出てこない海の前に、実音は会場で配られたパンフレットを広げる。


「あのね、海。こことここは同じ外部講師に頼んでるの。それで、今年全国初出場のここも、去年から新しい講師を呼んだって噂がある。こことここも同じ外部講師だね。それとーー」


 各団体の横に、講師の名前を書き込む実音。

 中学の友人から聞いた話や、方南の部員がほかから得た情報だ。各学校は、わざわざ顧問以外の存在を公表することはない。自由曲の編曲者の名前でわかることはあるが、それ以外に部員たちの情報網で知れ渡ることが多い。


「あとここもな」


 さらに、ネロも書き足す。


「そこは知らなかったです」

「大学の奴から聞いた」

「ネットの掲示板にも、いろいろ書いてあるよね」


 黒田も、スマホを見ながら話す。


「ま、それは嘘もあるけどな。結局、ほとんどの団体が、プロの教えを受けてるってこと。指揮者の動き見たか? 全然、上手くないだろ? ああいうところは、裏で教えている奴がいるって、すぐわかるな」

「それは俺も思った。指揮者の立場から言わせてもらうと、あんなのオーケストラじゃ笑われるな」


 海も思い返してみれば、確かに特訓前の顧問の(かざり)と同レベルの指揮者がいたような気がした。


「あと、演奏に関しても全部が上手かったわけじゃないだろ? 支部大会のダメ金の団体より下手な全国出場校は、普通にいるよ。地域の差はあるからな。仕方ないことかもしれねーけど、むかつくよな」

「あのね、海。さっき、方南を褒めてくれたでしょ? それは私も嬉しいよ。でもね、ネットであの学校がなんて言われてるか知ってる? 『闇属性』だよ。衣装がいつも黒いのもあるけど、よく『心がない』とか『つまらない』とか『オーディション主義で二軍が可哀想』とか書かれてるの。現役はそういう情報が入ってこないように、スマホは見ないことにしてる。でも、優しいファンが善意で教えてくれるんだよね」


 丁度そのことが書かれているページを発見してしまった黒田は、口を抑えている。


「内情を知りもせず、好き勝手言う奴はどこでもいるよな。オレも方南については同意見だけど。でも無責任にネットで書き込むことはしねーよ。それって、ただの誹謗中傷じゃん。自分の応援している団体のことだけ書けばいいのにさ、なんでほかの悪口を並べるのかさっぱりわからん」


 重い話になり、さすがの海も食べるペースが落ちる。


「それでも、方南はいっつも金賞取ってますよ! すごかことです!」

「取るための音楽をしてるんだよ。だけどな、オレの目指すのはそんなもんじゃねぇ」

「え?」

「心に響く、本物の面白い音楽だ。支部大会でダメ金でも全国で銀賞でも、それに近い演奏はある。逆に言うと、全国金でも面白くないのがある。プロだってそうだ。有名オケでも、毎回感動するわけじゃない。だがお前たちには、両方取らせてやるよ」


 どこからくる自信なのか、ネロは堂々と宣言してみせる。


「それって、島原大学ではどうなんですか?」


 実音の質問に、ネロは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……まだない。っていうか、そんな頻繁にあるものじゃねーんだよ。それが面白いとこだけどさ」


 ネロの話を聞いて、海は何か考え込む。


「海?」


 完全に箸が止まってしまった彼女を、実音は心配する。


「実音も、そういう経験ある?」

「……方南ではなかったかな。その前は、近いものはあったかも。吹き終わった後に、会場の景色が脳の深いところに焼きつくような、そんな感じのやつ」

「……じゃあ、やる! わたしたちもそれ目指す! で、『一金』も取る!」

「ふふふっ。どんどん目標が高くなるね。大変だなぁ」


 「大変」と言いつつも、実音は楽しそうに笑った。


「決意したら、またお腹空いちゃった。おかわり頼も!」


 ここの会計もネロが出してくれると知り、海は遠慮せずにまだまだ注文する。

 そんな彼女を三人が呆れた目で見ていると、ネロのスマホが鳴った。それを彼は一目見て切る。だが、また鳴る。切った後にメッセージを送るために、食事中にスマホと睨めっこを始めた。


「もしかして、さっきの方ですか?」


 実音は、ホールを出たところで出会ったネロの同級生を思い出す。


「え、誰?」


 黒田が訊いてきたため、簡単に彼女は説明した。


「それで、たぶんですけど、あの人ネロさんのこと好きだと思うんですよね」


 その発言に、ネロは手を止めることなく口を開いた。


「そりゃ、付き合ってたからな」

「え?」

「は?」

「……うっそ!」


 ネロ以外の驚きの声に、彼は心外だとでも言うような表情を浮かべた。


「元カノがいたっておかしくねーだろ。クロだって、会ったことあるじゃん。別の元カノだけど」

「は? いつ?」

「スカウトした時」

「あの時か! え、でも『あれは元カテキョ』って言っただろ!」

「正確には『元カテキョでかつ元カノ』」

「嘘だろ……。だって、お前顔はイケメンかもしれないけど、性格最悪じゃん」

「あ゙?」


 そこで、またもやネロのスマホが鳴る。


「ったく! 悪い、ちょっと電話してくる。……だから、すぐ帰るって言ってるだろ!」


 誰かと通話しながら外に出るネロ。

 残された三人は衝撃を受けていた。呆然としていると、数分で彼が戻ってくる。


「……今の誰?」


 恐る恐る尋ねる黒田。それに、ネロはごく普通に答える。


「今付き合ってる奴」

「ふっざけんなよ! 俺がネロの保護者やって苦労してる中、お前は恋人とイチャイチャしてたのかよ! チクショー!」


 急に発狂する黒田。だが、無理もない。彼は現在フリーだ。

 帰りの飛行機などの時間が迫る中、それでも黒田はビールのおかわりを注文した。

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