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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
10月

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11.全国大会視察隊!

(うみ)、そろそろ起きて!」

「うーん」


 実音(みお)は、まだシーツに身体を巻きつけて気持ち良さそうに眠る友人を叩き起こす。


「……あれ? ここどこ?」


 やっと目を開けた海の視界には、見慣れない天井があった。


「もう! 何しに来たのか忘れちゃったの? 昨日、拉致られて長旅してきたからかな?」

「拉致? 長旅?」


 窓から差し込む陽の光に、だんだんと海の脳が覚醒していく。身体を動かそうとすると、少し痛い。


「ほら、早く顔洗って着替えて!」

「……今日何かあるっけ?」

「今日は全国大会の日でしょ!」

「っ! そうだ! 全国大会!」


 思い出した海が叫ぶのと同時に、部屋のドアをドンドン叩かれる。


『おい! 早く支度しろ!』

『バッ! 周りに迷惑だからやめろ!』


 聞こえてくるのはネロと黒田宙矢(くろだひろや)の声。

 これで目覚めるより、海は先に実音に起こされてよかったと思った。









 ネロから誘われたのは一昨日の夜。「泊まりで出かけるから用意しておけ。ひとりだけ連れてきてよし」と、実音にメッセージが届いた。

 そして、昨日の自主練習後にタクシーで高校に来たネロと黒田によって、海と一緒に拉致された。どこに向かっているのかネロは話さなかったが、その日程から実音は予想をつけていた。何もわからずついてきた海はずっとパニック状態だった。高速バスや飛行機や鉄道を駆使し、昨日の深夜にホテルに到着。凝り固まった身体をほぐす前に、海は深い眠りについた。









 飛行機の中で目的地を実音から説明された海。まさか、自分がこんなに大きなイベントを観覧できると思っていなかったため、驚きと嬉しさでいっぱいだ。

 きちんと朝食を平らげて、会場へと向かう。


「それにしても、よく当たりましたね」


 高倍率のチケットを当てたネロと黒田。吹奏楽コンクールの高校の部は、かつては販売開始とともに売り切れたプラチナチケットだ。現在は抽選形式となり、会場も諸事情で変更され座席数が減ったことでかなり当てるのは難しい。それをふたり共当てた。


雅楽川(うたがわ)ちゃんも落ちちゃった? 俺たち以外の周りはみんなダメだったみたい」

「いえ。私は応募しなかったです。場所が場所ですし。交通費が高くて、とても高校生に払える額ではないですから。あの、チケット代も宿泊費も交通費も、本当に払わなくて大丈夫なんですか?」


 申し訳なさそうに言う実音に、黒田は笑って手をひらひらさせる。


「全然。そんなの気にしないで。こいつ、金あるから」


 ずっと、支払いは年長者の黒田だと実音は勘違いしていた。そうではなく、ネロが四人分の全ての費用を出していることを知る。


「え? ネロさん?」

「まぁ、驚くよな。こいつの実家? すっげー金持ちなんだよ。な?」


 その発言に、ネロは不満そうだ。


「今日のは全部オレが稼いだやつだし!」

「あー、あのバイトの?」

「バイトしてたんですか?」

「ん? まぁな」


 普通の大学生なら、バイトをしているのは珍しくない。だが、日本一の大学の吹奏楽部はその練習時間が長い。たとえバイトができたとしても、そこまで羽振りの良い生活ができるほど稼ぐのは難しいはずだ。


「オンラインで何人かガキのレッスン見てるんだよ。やりがいのねぇバイトだ。でも、報酬はでかいからな」

「へぇー」


 子供相手にあの横暴な態度で接したら即解雇されそうなものだが、そこは抑えているようだ。


「もしかして、あれ? そうだよね、実音!」


 雑談をしていると、目的の会場に辿り着いた。


「で、どうする? ネロはどっち観たい?」

「オレは後半かな」

「ま、そうだよな。雅楽川ちゃんと音和(おとなぎ)ちゃんは?」


 手に入れたチケットは、それぞれ観られる時間が異なる。よって、必然的にペアで分かれなければならない。


「黒田さんはどうされます?」

「俺はどっちでもいいよ」

「そうしたら、私も後半で大丈夫ですか?」

「え? 実音、方南(ほうなん)は?」

「よく知ってるからね。それより、こっちの方が気になる団体が多いかな」

「そう? じゃ、わたしは方南を聴きたいしこっちにする」

「了解。俺は音和ちゃんとペアだね。よろしく」

「よろしくです!」


 それから、海と黒田は会場へと入っていった。実音とネロは、時間まで近くのカラオケ店で過ごす。そこでライブ配信を観るのだ。









 全国大会が始まった。

 海は九州大会も生で聴いていたが、そこから更にレベルの高い演奏が続き、口が開きっぱなしだった。九州代表も以前より精度を上げており、彼女は誇らしく思った。

 そして、方南の演奏。

 課題曲は大三東(おおみさき)と同じくマーチ。自由曲は『ハリソンの夢』。超難曲だ。

 海は拍手も忘れるほどの衝撃を感じた。何もかもが完璧。圧倒的な王者の風格で、オーラがほかと全く違った。


「あれが、実音のおった学校……」

「雅楽川ちゃん、とんでもないとこでやってたんだね」


 吹奏楽を勉強中の黒田も、方南の技術力の高さはすぐにわかった。海外でも評価されるだけの実力は、確かにある。


「オーボエ、三人もおる……。うちなんて、実音ひとりだけなのに」

「楽器の質も、大学と変わらないね。全て一流。あれで公立なんて、とんでもないな」


 黒いブレザーの衣装を身に纏い、退場する時もキビキビと動く方南の生徒。マイナスの点がひとつもない。次に演奏する団体は、さぞかしやりにくいだろう。


「来年、あれと同じ舞台に立つのかぁ」


 夢の全国大会を、海は一切諦めていない。

 目指すレベルを知って、気合を入れ直した。








 観客の入れ替え時間になり、今度は実音たちが会場に入った。

 ふたりは演奏が終わる度に、事前にプリントアウトした紙にその団体の評価を書いた。後で結果と見比べて、この会場での響きと審査員の評価基準を研究する。

 いつも会場でメジャーを使って測定をする実音も、今回はおとなしくしている。それは、全国大会だからという理由ではなく、方南時代に既にほかの部員が測った数値を記憶しているからだ。だから、今は実際に生で聴いた時の反響の仕方を頭に覚え込ませる。


「次、ネロさんの母校ですね」

「……そうだな」


 ネロの後輩たちは、大きなミスもなく演奏を終えた。

 それを聴いて、ふたり共「銀」と評価する。


「ま、こんなもんだな」

「悪くはなかったですよ?」

「それだけじゃ勝てねーよ」


 この数時間後の表彰式で、その評価は審査員と合ってしまう。

 下手な演奏をする団体はほぼない。むしろ、地上波で全て放映しても問題のない素晴らしいコンクールだ。日本の吹奏楽のレベルは、間違いなく高い。

 しかし、その後の団体も含め、ネロが面白がったのはひとつだけ。それも、ふたりも審査員も「銀賞」の評価を下した学校だ。


「公立みたいだけど、あそこよかったな」

熱田西(あつたにし)高校ですか?」

「そ。自由曲の表現力が最高だった。ただ、課題曲がなぁ」

「そうですね。そこが難しいんですよね。自分たちに合った曲を、全員のピッタリに合った解釈で演奏できていて、心に響く完成度でした。でも、課題曲はほかの団体との個人のレベルの差がよくわかってしまいますから。せめてマーチ以外を選んでいれば、金賞だったかもしれませんね」

「だな」


 大きな舞台に慣れているふたりは、全国大会という場所でも冷静に分析した。

 来年ここに来るためにはあと何が必要で、どのような練習をしなければならないのかを、ずっと考えている。


「そういえば、大学の部は来週ですよね? 大丈夫なんですか?」

「余裕」

「そうですか。まぁ、大学はそもそも参加する団体が少ないですしね。ほとんどが高校で吹奏楽をやめてしまいますもん。それなのに、島原大学は全国の強豪校出身が集まりますから」

「まぁな」

「それより、有馬(ありま)くんが大変なんですけど」

「あー」


 合同練習以来の有馬咲太郎(さくたろう)の異変は、すぐにネロに伝えていた。

 実音が思っていた以上に、彼のダメージは大きかった。


「今でよかったじゃん。人によってどう転ぶかわかんねぇから、心をへし折るのも難しいな。できたらでいいからさ、オータムコンサートには間に合わせといて」

「ネロさんのせいですよ。私じゃ立て直せるかどうか……」

「いけるって。ミオは折るより持ち上げる方が得意だろ。オレ、苦手だわ」

「もう!」


 可愛い後輩のために奮闘する実音は、フォローが下手くそなネロに頰を膨らませた。

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