9.これからどうします?
大三東高校吹奏楽部には現在、三年生十七名、二年生二十三名、そして四月に入学したばかりの一年生二十三名が在籍している。
この一年生の中で、ひとりだけ入部を渋った生徒がいた。それが、今実音に話を振られ全員から注目を浴びている男子生徒だ。
「そうなの、プリンス? 私達の演奏、下手なの? ねぇ?」
そう必死に訊いてくるのは、ホルンパートのパートリーダーである西田だ。
彼女は、部長と共に彼を執拗に追いかけてスカウトした人物である。
「えっと……」
「プリンス」とは、入部早々に命名された彼のあだ名だ。
金髪に碧眼。背が低くて可愛らしい容姿の彼には、既にファンクラブができている。
ちなみに、本名は「野田ライオネル武士」。イギリス人の父を持つハーフである。
実音は彼の音がほかと違うことに気づいていた。それに、先ほど首を縦に振っていなかったのも見逃さなかった。
「正直に言った方がいいんですか、これ。だったら……ボクも雅楽川先輩の意見と同じです」
「プリンス!? そんなことを思いながら、今まで私と一緒にいたのね!?」
「いや、出会ってまだそんな日も経ってないですよね。ボク、中学は一応それなりのレベルで……。方南にはもちろん劣るけど、九州大会常連の学校でした。だから、ここのレベルは低いなぁって思ってました。それで入部もするつもりはなかったのに、先輩達が強引で……」
「そんな!? 嘘だと言って、プリンス!」
まさかの告白に、西田はショックで暫く立ち直れそうにない。
そんな先輩を無視して、プリンスは顧問に提案をする。
「ボクの学校、頑張ったけど全国は行けませんでした。だから、方南にいた雅楽川先輩に指導してほしいです。全国を知りたい!」
一年生の素直な意見に、文も大きく頷く。
「僕も彼女にやってもらうのがいいのかなって思うけど。……みんな、どうする?」
ほとんどの部員たちは賛成であった。
だが、井上の前では頷きにくい。
「私も賛成!」
声を発したのはフルートパートの三年生の女子生徒で、部長の本多だった。
「雅楽川さん、楽器修理中やけん丁度よか。いつも文先生と学生指揮者に任せておるばってん、せっかくだしお願いしようよ。よかかね?」
井上も部長から自身に向かってそう問いかけられると、渋々と賛同せざるを得なかった。
「……わかった。やってみたら?」
「だってさ。実音、お願い!」
海は井上の了承に心の中でガッツポーズをしてから、実音に頼んだ。
(……え。私がやるの? やだなぁ)
正直、実音はやりたくなかった。
感想を求められたから話しただけだ。しかし、素直すぎたのだ。
こうして期待や反感で注目されてしまったのは、実音自身のせいである。
「……はぁ」
仕方なく、実音は文と代わって部員たちの前に出た。
「あの、始める前にちょっといいですか?」
実音は全体を見回してから、一呼吸置いて尋ねた。
「大三東高校の目標は何ですか? 何を目指してるんですか?」
「目標?」
いきなり質問され、みんなすぐに答えることができない。
「えーっと、『楽しく演奏して、地域にも愛されるような部活にする』?」
「……それでいいんですか?」
代表で答えた部長の言葉に、実音は真顔で聞き返した。
「え、あ、うーんっと……」
「あ、はい!」
言葉に詰まる部長を見ていた海が、真っ直ぐと手を挙げる。
「全国! 全国大会で金賞!」
「海はずっとそれだね」
「どうせやるなら、一番上を目指さなくちゃ。甲子園と同じ! めざせ優勝!」
「『優勝』って、あんたね。吹奏楽は金か銀か銅しかないって知ってるでしょ?」
呆れたように見る井上に、海は赤面する。
「あはは。そうですよね」
周りも同じように笑っていたが、実音はそうしなかった。
「ありますよ」
「え?」
「吹奏楽には『一金』があります。コンクール後に渡される講評と一緒に、自分達の順位だけが書かれているでしょう? それを見れば、全国大会でも何位なのかわかりますよ。公にその場では発表されませんし、ほかの団体のためにも言わないですけど。ね、先生?」
「あ、うん」
「え、そうなの? ブンブン、去年はうちら何位だったの?」
みんな知らなかったようで、顧問に質問した。
「えっと、な、何位だったかなぁ。あはは」
誤魔化そうとする態度で、実音は察した。
「ほ、方南はどうだったんだい? その『一金』だったのかな?」
話を逸らして尋ねる文に、実音はニコッと笑った。
それだけで、それが肯定だとわかった。
「でも、いくら方南がすごくても、あなたは一年間しかいなかったわけでしょ?」
井上の疑問は無理もない。
彼女も中学から吹奏楽に打ち込み、それなりにやってきたつもりだ。たった一年間強豪校にいただけの人物に、それほど自分が劣っているとは思えなかった。
「確かに、去年私はA編成のコンクールに出ていません。方南は『完全実力主義』ですから、一年生も含めてオーディションでメンバーを決めます。それで落ちました。ですが、それは高校での話。その前はずっと『一金』のコンクールメンバーでしたよ。しかも、中学の顧問は文先生のようにあまり教えるのがお上手ではなくて……。だから生徒が自主的に練習に取り組むしかなく、その中で私は学生指揮者として指導する立場にいました」
まさかの新事実に、一同驚愕する。
「で、どうします? 海の言うとおりに『全国一金』を目標にしますか?」
互いに顔を見合わせながら、みんなで頷き合う。
「どうせやるなら、だね。そんなにすごい人が入部してくれて、本当にありがたいよ。雅楽川さん、お願いします!」
部長が頭を下げ、それにみんなも倣う。
「そうですね。どうせやるなら手を抜かずとことん……。中途半端じゃダメですよね」
実音の顔つきが変わったのを、その場の全員が感じ取った。
「では始めましょうか」