4.思わぬ再会
実音たちのクラスのこの日のホームルームでは、席替えが行われた。これは、来月の修学旅行での自由行動で動く班決めも兼ねている。
「実音、ゆのん! 一緒に組も!」
海は早速同じクラスの部活の仲間で固まろうとする。ふたりから特に反対はなかった。
女子三人のグループはすぐに作ることができ、あとは男子三人を仲間に加える必要があった。しかし、そこに抜かりはない。
「こっち男子三人決まったんだけど、一緒にどう?」
女子たちの前に、大護がほかにふたり引き連れてやってくる。
ひとりは、大護と同じ野球部の内山田花太。もうひとりは、イケメン転校生の東柊だ。まだクラスに上手く馴染めていない東を、大護は無理やり仲間に入れた。
(大護、ナイス!)
「よかよ! この六人で決まりね!」
本当は、事前に海と大護はこのメンバーになるように打ち合わせ済みだった。東をちゃんと誘えるかが唯一の不安要素だったのだが、見事成功した。
この後、班の代表として海が席の場所決めのジャンケンに向かう。結果は真ん中の列の後ろ。なかなか悪くない。
「それで、誰がどの席にする?」
問題はここからだ。
隣が誰になるかを決めなければならない。
「だったら、クジでよかかね? 俺、作るけん」
そう言うのは、内山田。これといった見た目の特徴がない男で、彼に合う言葉は「平々凡々」だ。
大護の親友で、実は野球部の副部長。ポジションはショートで打順は一番。そんな野球部になくてはならない存在の彼だが、それは部活内での話。学校全体での影は、ものすごく薄かった。
「え?」
「いや、ここは各々好きな所で」
すぐにそれを止めようとする海と大護。
ふたりの計画では、男女に分かれた状態でまずは自分の希望の場所を言い、そこからほかのメンバーを上手く誘導するはずだった。
それなのに、内山田は気を利かせてパパッと適当な紙でクジを作ってしまう。実に人が良い男だ。
そこまでされてしまうと、別の方法に変えづらい。
「男子はこっち。女子はこっちね。みんなどうぞ」
善意でクジを渡してきた内山田に、ふたりは腹を括るしかなかった。希望の相手と隣になれるかは、運任せだ。
「七種さん、よろしくね」
「……うん、よろしくー」
前に座るペアは、フルートのふわふわ女子の七種結乃花と内山田だ。
「はぁー」
「こっちだって、溜め息つきたい気分だ」
その後ろは海と大護の幼馴染ペア。
「……」
「……」
一番後ろは、実音と東の東京コンビとなった。
この時期、放課後は三者面談の時間となる。
現在、二年生の二学期。そろそろ志望校を固めておきたいところだ。
実音の担任はテストの結果と比べながら、適当に彼女が書いた志望校の用紙を見せてくる。
「実音さんは、うちにはもったいないくらいの成績です。もっと上を目指してもいいと思いますよ。毎日部活で忙しいようですが、授業を真面目に受けている印象ですね。予備校に行ってないでこの成績なら、本気になればまだまだ伸びそうです」
担任からそう言われるが、実音は無理に難関大学を受けようとは考えていない。
それは母親も同じだ。東京に戻る気があるならそれでも良いし、音大を受験しても構わない。本人に任せている。
東京に残る父親は娘に戻ってきてほしいと願っているが、実音ママは本人の意思が一番大切だと考える。
「都内を受けるなら、早めに言ってください。進路相談の教師で、向こうに強い人がおりますので」
「はい、わかりました」
面談を終えると、実音は部活に戻る前に実音ママの見送りで昇降口まで一緒に歩いた。
「もう、部活行ってもよかよ?」
「ううん。せっかく来てくれたし、これくらいは」
「ありがと」
一階に降りたところで、前から別の親子がやってくる。
それは、東と彼の母親だった。
お互いの家族が軽く頭を下げる。そしてそのまますれ違おうとした時、実音ママが何かに気づいた。
「百合ちゃん?」
すると、東ママがその名に反応する。
「え?」
「もしかして、百合ちゃんでしょ! 私、覚えちょる?」
「……実子ちゃん?」
「そう! 久しぶり! えー、ヤダ! 百合ちゃん、こっち戻ってたの! ってことは、この子柊君? イケメンになっちゃって!」
ふたりは、長崎市内の大学のサークル仲間だった。
「実音。柊君とは会ったことあるのよ? わからなかった?」
「そうなの? いつ?」
「えっと、二歳までは会っちょったかな。お互い結婚して都内に引っ越して。それで意外と近いって知って、何度か遊びに……。一緒にお風呂にも入れたのよ?」
「そんな昔のこと、覚えてるわけないでしょ」
「実子ちゃん、その頃の写真ならあるよ」
「見たい!」
懐かしい再会に、母親たちはキャッキャしている。
東ママは、どこか幸薄そうな雰囲気があった。だが、実音ママと同じくらい美人な女性だ。
置いてけぼりの子供たちは、ふと目が合う。
実音は一応会ったことのあるらしい東を、思い出そうとしてみる。しかし、全く記憶にない。
東も同じことを考えており、彼女の顔をジーッと見てくる。
「……言われてみれば、見たことあるかも」
「え!」
まさかの発言に、実音は驚きを隠せない。
いったいどれだけ記憶力が良いのか、不思議でならなかった。
「こっちにはご主人の転勤で?」
「あ、えっとね……離婚したの」
東ママは、悲しそうに微笑む。
「……そっか。まぁ、人生いろいろよね。私、今は南島原に住んどってね、たまにボランティアしとるの。ほら、一緒に連れて行ったことあるでしょ? あれ」
「あー、あれね。あの時は楽しかったなぁ。まだ続いてたのね」
「それなら、今度どう? いつでも歓迎よ」
「考えてみる。でもとりあえず、今は新しい仕事でいっぱいかも」
「いつでも相談に乗るからね」
「ありがとう、実子ちゃん」
そして話し終えた東と東ママは、面談のために上の階へと昇っていった。
「実音」
「何?」
「柊君と、仲良くね」
「……うん」
頷いてみる実音。
だが、人と関わるのが苦手なのか、彼はクラスメイトとお喋りするような人ではない。隣の席になってから、必要最低限の会話しかしていない。
幸い、二学期は行事がまだまだある。そこで彼が心を開いてくれるよう、実音は願った。
実音ママと別れ、部活へ戻ろうとする実音。
その途中、ネロから届いたメッセージを読む。
『それで構わない』
内容はそれだけ。
彼に大三東のことを頼んでから、毎日練習メニューを報告している。それを、こうして一言だけだが彼は返してくる。
(この人も、人との距離の取り方が下手なんだよね)
オーボエ奏者として、指導者として、実音にとってのネロは上の世界の存在だ。彼からの学びは多い。
しかし、人として欠けている点がある。
大三東の部員も、すっかり彼を恐れてしまった。バグっている実音以外がそう思うのは、仕方のないことだ。
ただ、実音は自身の成長が見込めそうな師との出会ってしまった。ほかの部員たちには悪いが、このまま彼の指導を断るつもりは全くなかった。
「『承知しました』って、それだけかよ!」
実音からの返信を見て、ネロは思わずツッコミを入れる。
「いや、ネロのメッセージもそんなもんだぞ。あの子の方が言葉が丁寧だから、百倍マシだけどな」
それを、黒田宙矢が呆れながら指摘する。
「オレの方が年上なんだから、当たり前じゃん!」
「お前、敬語使えないくせに何言ってんの? 俺、ネロより年上なのに、敬語使ってもらったことないけど?」
「……日本語、ムズい」
「おい、目を逸らすな!」
今日も、ネロと保護者の黒田は仲が良い。




