11.客寄せパンダが超恐い!
定期演奏会の後の練習は、曲ではなく基礎練習のみを行った。
最近の部活は曲の合奏やダンスや工作ばかりだった。基礎もやってはいるが、来年のコンクールのためにはまだまだ足りない。
幸い、暫く本番はない。月一で何かしらのイベントがあるのが普通だった方南にいた実音は、あえてこの期間の予定を空けていた。
そして、今日は自主練習の日。
海と一緒に、ある場所へとやってきた。
「近いって言っても、来る機会なかったんだよね。陸は頭悪か。ここ、受ける気ゼロだったし」
「私も大学祭は初めて」
「あ、今なんか美味しそうな匂いがした! 行こ!」
ふたりが今いるのは、島原大学。
昨日からここでは大学祭が開催されており、実音たちのような高校生の姿も多く見受けられる。
この大学には様々な学部があり、その敷地も広い。入り口でもらったリーフレットを頼りに、初めての場所をふたりで探検した。
「ふぅー。お腹いっぱい!」
ここまで、海はジャガイモに衣をつけて揚げたものや、ちゃんぽん、ミルクセーキを平らげている。
空いていたベンチに座って、今は休憩をしているところだ。
「講義の見学もできるみたいだね。行ってみる?」
「えー」
食べ物以外には興味がない海。
高校を卒業した後のことは、まだ考えられない。
「それ、見なきゃダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「実音はここ志望なの? だったら一緒に行ってもよかよ」
「ううん。私の目的は別だから」
「そう? あ! そういえば、ちゃんと寝られとる?」
「うん。寝られてるよ」
「そっか」
「この間は、ごめんね」
「全然。気にしちょらんよ。実音のママから聞いとったし」
海は定期演奏会の終演後、実音ママに声をかけられていた。
その内容は「本番が終わったから、安心して実音がそのうちぶっ倒れるかも」というものだった。
以前にもこういうことはあったと教えられた。編曲するために、時間をたくさん取られる。学校ではほかの部員の面倒を見て、自分の練習はできない。だから、家に帰ったら遅くまで防音室で練習をする。成功させなくてはいけないというプレッシャーで、充分な睡眠時間がない。当日は食欲が落ちる上に、一日中動き回る。
倒れてしまうのは必然だ。そのことは、実音自身もわかってはいる。それでも止めるわけにはいかなかった。
本番で力尽きることはない。観客の前では何があっても平然とできるプロ意識を持っている。そこで実音ママは、演奏会後の実音のことを海に託した。そして、いつでも迎えに行ける用意はしていた。
「実音のおかげで、お客さんたちみんなすっごく喜んでたって。お見送りの三年生が言っちょったよ」
「だからって、迷惑かけちゃうようじゃダメだね」
「うーん。難しいよね。だって、実音じゃなきゃ編曲できんでしょ。教えるのも実音が一番上手いし。あと、実音自身の練習時間も必要だし。実音がふたりおればなぁ」
「あはは。それは無理だなぁ。でもね、今日はそれを解決するためにここに来たんだよ」
「?」
適当に時間を潰した後、実音はリーフレットに描かれた地図と睨めっこして、目的の建物を探した。
しかし、実音は方向音痴だ。なかなか辿り着かない。
「あれ?」
「どこ行きたいの?」
「えっと、この『特別講堂』ってとこ」
「……それ、反対だと思うよ」
「……」
静かに回れ右をする実音。
いくら広い大学とはいえ、彼女はわかりやすい地図にも苦戦してしまう。
やがて目当ての場所の辺りまで来ると、ある建物の中に人々が入っていくのが見えた。
「あった!」
「実音の行きたいとこ?」
「うん!」
「さすが大学だよね。広くて大変!」
「……そうだね」
建物の入り口で、既に達成感を覚える実音。
海は実音に「はじめてのおつかい」でもさせてみたら面白そうだと思った。
すると、ふたりは背後にある大きな威圧感を感じた。恐る恐る振り返ると、そこには看板を持ったパンダが立っていた。
「っ!?」
「パンダ!?」
そのパンダは、看板をふたりに近づける。
そこには「吹奏楽部、演奏会やります! 会場は特別講堂にて!」と書かれてあった。
「あ、それ今行くところです」
実音が答えると、パンダは建物の入り口を指差す。
着ぐるみなりにも、何かしら動きでその場を楽しませることはできそうだが、そのパンダには可愛らしさが一切ない。一応案内する気はあるようで、ふたりが建物に入るまでずっと見てくる。この状況では「やっぱりほかの場所へ行こう」とは言いづらい。
中に入ると、そこはホールになっていた。
大三東の定期演奏会で借りたホールより少し小さいが、それでも立派で充分広い。大学の敷地内にホールがあることを、ふたりは羨ましく思った。
これからここで、島原大学吹奏楽部によるミニコンサートが始まる。
吹奏楽コンクールは、小学校・中学校・高校・大学・職場一般の部がある。
ここ島原大学吹奏楽部は、その大学の部で全国金賞の常連だ。各地の高校の強豪校から、毎年この大学へ進学する者が多くいる。
実音はあるお願いをしようと思っており、まずはその演奏を聴くことにした。
今回のコンサートは、大学祭ということで曲目はポップスだけだった。実音は知らない曲ばかりだが、隣の海は楽しそうだ。
「どれも最新曲だね。九月スタートのドラマやアニメの主題歌もあるよ」
曲と曲の間の僅かな時間に、興奮した海が話しかけてきた。
「そうなんだね。ん? それって、楽譜もう売ってるの?」
「さぁ? それにしても……」
「うん。レベル高いね」
「そうじゃなか! いや、そうなんだけど、ほかに驚くとこあるでしょ!」
目の前で演奏する大学生たち。
そして指揮台に立ってタクトを振るのは、建物の入り口にいたあのパンダだった。
「パンダが指揮って!」
「うん。指揮のレベルが高いね」
「あ、さっきのそのことだったのね」
「もちろん、演奏もね」
コンサートが終わったが、ふたりは外に出ようとしない。
「全国の強豪校って、そのほとんどが外部講師に頼ってるの。で、ここの大学には複数のコーチがいてね、全員がまさに全国に行くような高校も教えてる人たち。あ、方南は違うけどね。だから、できたら大三東にもコーチ陣の誰かに指導してもらえたらなって。文先生には、前から話してあったんだ」
「そんなに上手くいく?」
「わかんない。でも、最低でも合同練習ができたらいいよね。レッスン代もかかるし。それにしても、さっきからコーチがいないか見てるんだけど、現れないね。部員の人に訊いてみよっか」
ホールにいた観客はだいぶ外に出ている。舞台上では片づけが行われており、実音はその中からある女子部員に話しかけてみることにした。
「あの、突然すみません。私たち、大三東高校の吹奏楽部の者なのですが、もしよろしければお話できればなと思いまして……。先生とお会いすることは可能ですか?」
「あ……えっと……」
そこで目が泳ぐ部員。実音は「急に尋ねられて戸惑っているのかもしれない」と反省する。
「どした? あら、可愛い! 受験生?」
そこに、別の部員が加わった。
海は「可愛い」と言われ、気を良くする。自分に対しても発せられた言葉だと、勘違いしている。
実音はその部員にも同じことを訊いてみる。すると、彼女も気まずそうな顔をした。
「あ、ハマ! ちょっと!」
そして、少し離れたところでほかの部員たちに指示を出している男子部員を呼んだ。
「ん? 何かあった?」
やってきたのは、優しそうな爽やかイケメンだった。
その彼に、女子部員が事情を説明する。
「ハマ。この子たちがーー」
それを聞いて、男子部員は女子部員を片づけの作業に戻した。それから実音たちに自己紹介を始める。
「僕はここの代表で三年の白浜春雪です。それで、ふたりはうちに興味があるのかな?」
「実は、私たちの部活の顧問が吹奏楽未経験者なんです。なので、島原大学のみなさんと練習をして、勉強させてもらえたら嬉しいのですが……。あと、先生方の指導方法も是非学ぶことができたらと」
そのお願いに、白浜は「あー」と声を発した。
「そういうことは、ネロに訊かないとなぁ。僕からはなんとも。ごめんね。たらい回しみたいになっちゃってるね」
「いえ! 急なことですし」
「今、あいつ呼ぶね」
白浜の視線の先には、ホールの出入り口で観客に手を振っているパンダがいた。
そのパンダは、手を動かしてはいるもののそれ以外は石のようだ。着ぐるみのため表情はわからないが、なぜか中の人はきっと仏頂面なのではないかと思わせた。
「おーい! ネロ!」
白浜に大声で呼ばれ、パンダは被り物をしていてもわかるくらい不機嫌そうにこちらに歩いてきた。
実音の前まで来ると、白浜が呼んだ理由を話す。
「ネロ、この子たちがーー」
実音からの頼み事を聞き、パンダはその頭をズボッと取り外す。
中から顔を見せたのは赤髪の青年で、耳にはピアスをつけている。それからガラも悪そうだ。
「お前、楽器は?」
その青年から出る言葉も、やはり見た目通り乱暴だった。
「こら、ネロ!」
「あ゙? こっちが蒸し暑い着ぐるみにどんだけ入ってたんだと思ってんだよ」
「それ、お前が勝手に買ってきて着てんだろ」
「うるせー! で、楽器は?」
ネロと呼ばれた青年の威圧的な問いに、一瞬実音たちは怯みそうになる。
「オーボエです」
「クラリネットです!」
その答えに、ネロはニヤリと笑みを浮かべた。
「学校は?」
「大三東高校です」
「知らねーな。コンクールの結果は?」
「県大会金賞です」
「ダメ金か?」
「はい」
「なんだ、そのレベルか」
実音とのやり取りに残念がるネロ。それに、海は黙っていられない。
「確かにうちは弱小かもしれんです! ばってん、この実音が四月に来てからどんどん上達しとるんです! 去年までずっと銅賞だったんです! 成長率はどこにも負けてません!」
「へー」
その熱い抗議に、ネロは少しだけ興味が出たようだ。
実音に近づき、その唇をよく観察する。
「お前、本当にオーボエ?」
「……はい」
「ふーん。ま、いいや。演奏映像とかある?」
「持ってきてます」
実音は、鞄からデータの入ったUSBを見せる。
「なら、とりあえず部室だな。オレは洙田音色。オーボエの首席。それとここのコンサートマスターやってる。よろしくな!」




