9.第三十二回定期演奏会 第三部
「二部、面白かったな」
大護は、休憩時間になると隣に座る野球部の友人に話しかけられた。
「そうだな。道具も衣装も凝ってたし、ゲーム音楽がいっぱいで、知ってる曲ばっかだったし。それに……」
「雅楽川さん、すごかったな」
「それな!」
実音が登場してからは、大護はその後の話がほとんど入ってこなかった。まるで本物のお姫様のような彼女に、ただただ見惚れていた。
野球部は空いている一番前の席に座っていたため、その顔は演奏中も演技中もよく見られた。この席での鑑賞は、バンドのまとまりがよくわからずバランスも悪く聴こえる。しかし、野球部の部員たちはあまり問題に感じていなかった。
「このパンフレットも、見ていて楽しいよな」
大護の友人は、チケットを見せた後にもらったパンフレットを開きながら呟いた。
パンフレットは、表紙から紣谷秀奈と縫壱月のこだわりが満載だ。
パート紹介のページは、今回のテーマに合わせた内容となっている。それぞれのパートにはRPGに出てくるような人物やお店や場所などの絵が描いてあり、そこにパートのメンバーの写真が貼られてあった。
フルート→呪文屋
オーボエ→お姫様
クラリネット→広場
サックス→酒場
トランペット→勇者
ホルン→王子様と狩人
トロンボーン→衛兵
ユーフォニアム→宿屋
チューバ→大工
パーカッション→武器屋
今回のパート紹介は、ホームページにも載せた部員の紹介ページともリンクしている。
「それによ、これを持っていったら割引ありだって! 帰り寄って行こうぜ!」
スポンサーのページには、養父灯大の楽器屋以外にも、商店街のいくつかのお店が載ってあった。
これは、商店街の吉田が周りに声をかけてくれたおかげだ。こうして割引クーポンを載せることで、ホールを出た後に客がそちらへ流れるようにしている。
「それにしても、吹奏楽部ってあんなに上手かったっけ? 大護、音和と仲いいだろ? 何か聞いとる?」
「実音が教えてるからだよ」
「実音って……雅楽川さん?」
「ああ」
大護は、この演奏会で初めて実音が演奏している姿を見た。
特に第二部のピアノの傍で吹いている時は、その音がよく聴こえた。そしてオーボエの綺麗な音色を知ることができた。
だが、彼は違和感を抱いていた。
赤い顔をして苦しそうに吹いているからなのか、学校でも有名なプリンスとの距離が近かったからなのか……。理由ははっきりしないが、とにかくしっくりこなかった。
「お、続き始まるぞ」
「みたいだな」
次の第三部の始まるアナウンスが入り、緞帳が上がる。
その舞台上には、コンクールメンバーが制服姿で既に座っていた。
第三部は、再び隈部満の司会の出番だ。チューニング後、コンクールの曲を二曲通すため、二つ分の紹介をする。
それが終わると、文の指揮で演奏が始まった。第二部までの楽しい雰囲気から、緊張感のある舞台へと切り替わる。
三年生にとって、最後のステージがスタートした。
一曲目は課題曲。
何度も足踏みをしながら練習したマーチだ。
全てのパートがバランスを意識し、それぞれの役割を理解しながら演奏をした。
最後の舞台でつい力の入る三年生を、二年生が落ち着かせる。コンクールの時の演奏を思い出して、大三東高校吹奏楽部の今出せるベストを尽くした。
二曲目はコンクールで自由曲として演奏した『マードックからの最後の手紙』。
当時の資料を集め、全員で曲の解釈を一致させて踊った曲だ。
各ソロに、コンクールの時の緊張感はない。だが、時間をかけて短いフレーズをたくさん練習してきたのにもかかわらず、これで最後だと思うと感極まるものがあった。それは吹いている本人だけではなく、そのソロを近くで聴いていた部員みんなが同じ気持ちだった。
曲のクライマックスに近づくと、三年生の中には涙を浮かべる者もいた。
三曲目に移る前に、ここでコンクールメンバー以外が加わった。
その間に隈部が次の曲の説明をする。そして、三年生がステージの前に並んだ。
隈部が席に着くと、代わりに前部長の本多永世が司会の位置に立つ。
曲は『Best Friend』。
音量を落とし、パートによっては吹く人数を調整して演奏をする。
この曲をリクエストしたのは本多だ。
卒業式でも歌われるドラマ主題歌だったこの曲は、彼女からほかの三年生に向けたメッセージでもある。
共に過ごした部活動の日々を、後輩たちの演奏をBGMに語っていく。
「本日は、大三東高校吹奏楽部の第三十二回定期演奏会にお越しいただき、ありがとうございます。前部長の本多永世です。私たち三年生十七名は、本日の演奏会をもって部活動を引退します。この日を迎えるまで、たくさんのことがありました。入部当初はみんなぎこちなく、なかなか違うパート同士で話すことはありませんでした。初めてのコンクールを終えた後、十七人で空き教室に入って行った学年会議。そこで、ひとりの部員がいきなり泣き出しました。その子は今では後輩に厳しい学生指揮者となりましたが、当時から本当に涙脆いというか、なんというか。まぁ、とにかく悔しかったんだと思います。それから、みんなでたくさん話し合いました。『どうしたら、もっと上手くなれるのだろう』と。あの時はつられて全員で泣きました。先生と先輩たちが様子を見に来た時とても引いていたのも、今では良い思い出です。たまに喧嘩もあって、先輩から叱られて。二年生になったら後輩たちは可愛いけど、個性が強くって。新しく来た先生は吹奏楽のことを何も知らず、私たちでどうにかしようとして。そんなに人数も多くないおかげで、いろいろ乗り越える度に学年の絆は強固なものになったと思います。そして、今年度もいろいろありました。新しい風が吹いて、生まれ変わったような気分です。あんなに悔しくて嬉しいコンクールは、この先も一生忘れないでしょう。最後に、お世話になった前顧問の木下先生、現顧問の文先生、保護者の方々、地域の方々、そして今日お越しいただいたみなさん。本当にありがとうございました。これからも、この可愛い後輩たちを、大三東高校吹奏楽部をどうぞよろしくお願いします」
本多のスピーチが終わると、舞台袖から二年生の現役員の四人が出てきた。そして、卒部する十七人ひとりひとりに花束を渡していく。
演奏が終わると、本多の合図で三年生たちは客席に向かって「ありがとうございました」と言って、一礼した。
感動の余韻に浸る中、司会の隈部が次の曲紹介を始める。
次は『たなばた』だ。
この曲は、三年生からのリクエストである。多くのパートにソロがあり、吹奏楽では人気の曲だ。
親しみやすく綺麗なメロディーを、全学年で演奏する。
当時高校生だった吹奏楽部員が作曲した曲というだけあり、現役高校生の大三東の生徒にとっても青春を感じさせた。後輩たちも、三年生と一緒に吹けるあと数分を噛み締めながら演奏した。
プログラムの曲は、これで以上だ。
まずは三年生だけが立ち、その後に一・二年生も立つ。
大きな拍手を会場中から浴び、文が深くお辞儀をする。そして彼と一部の部員が舞台袖へ捌けた。
暫く続いた拍手の後、袖から出てきたのは金色の着物を着て鬘をつけた文と、こちらも黄色の法被を纏った数人の部員。その中には実音もいる。
アンコール曲は『マツケンサンバⅡ』だ。
今回は、後ろの踊り子たちも衣装を用意し、金色のテープとラップの芯で作った道具を持って踊る。奏者もスタンドプレイつきで、商店街のミニコンサートの時よりもパワーアップしている。
観客もノリノリで、屋内のため文の歌声も会場の隅々まで良く響いた。
これで全ての演奏が終了した。
もう一度盛大な拍手をもらい、文も部員たちも堂々とした自然な笑顔を客席に向ける。
それは、隈部ママのアナウンスで演奏会の終わりを告げるまで続いた。




