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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
9月

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73/322

7.第三十二回定期演奏会 第一部

 今日は本番当日。

 今年で大三東(おおみさき)高校吹奏楽部の定期演奏会は、三十二回目だ。

 午後一時開場で一時半開演。

 ホールは今日しか借りられず、昨日まではまた体育館で時間を見つけて練習をした。そして、当日は朝早くから現地集合だ。誰も遅刻者はいない。


「おはようございます! 絶対いい演奏会にしましょう! 保護者のみなさんも、今日はよろしくお願いします!」

 

 部長として(うみ)が挨拶をした後、実音(みお)が具体的な指示を出していく。


「ホールが空きましたらすぐに移動ですので、動けるように準備しといてください。(かざり)先生と私で施設の方々へ挨拶をしている間、みなさんは荷物を楽屋に置いて搬入口へ。全て降ろした後はホールで楽器の組み立て。各パートのセッティングの担当者は、施設のスタッフさんの指示に従って椅子などをセットしてください。ステージではマイクチェックをしているはずですから、決して邪魔にならないように。許可が出ましたら音出しをして、すぐに合奏を始めます。第三部からになりますので、そのつもりで」


 実音は動きの確認を終えると、時間を見て移動を開始した。中に入って、それぞれの準備をする。

 トラックから楽器を運ぶ際、活躍するのは「運び隊」と呼ばれる精鋭部隊だ。限られた空間に積み込まなければならないため、体力と空間認識能力が必要となる。今回は演出で使う道具もあり、かなり積み込み時は苦労した。

 その「運び隊」が荷台に乗り、部員たちにどんどん中の物を渡していった。みんな無駄な会話はせず、黙々と作業を続けた。

 

 全ての準備が済むと、すぐに三年生も入れて軽く基礎合奏から行った。その後、三年生は一度抜けて一・二年生のみのリハーサルだ。その間、三年生は保護者たちと一緒にパンフレットなどの用意をした。

 第二部の演出の確認では、実音が持ってきた白いテープを使って演者の立ち位置に印を貼っていった。


「バミリは一応ね。いちいち下見てたらお客さんに失礼だから、舞台からの景色で場所を覚えてね」


 その場で新たな要求をされ、実音以外の演者は頭がパンクしそうだった。シナリオ係からも細かい直しが入り、それらも必死に身体に覚えさせた。

 演奏面では、実音がステージ上から離れた客席で音を確認した。

 反響板をきちんと活かせるように椅子の向きを変えさせたり、パーカッションのマレットを交換させた。音楽室の練習である程度予想していても、実際にホールで聴いてみると正解が変わる。


 ホールに入ってから、ここまでノンストップだ。不安な箇所を全て潰し、会場に合った演奏ができるように、楽譜に変更点を書き込む。

 三年生も混ざっての最終確認もして、やっと休憩に入った。


「以上でリハーサルは終了となります。この後は楽屋にてお昼休憩。それから文先生の楽屋にてチューニングを行います。あと、休憩中にもカメラが入ります。インタビューもあると思いますので、よろしくお願いします」


 演奏以外にもカメラの撮影が入る。これは、DVDにおまけのような形で残るものだ。

 顧問や役員はもちろん、カメラマンに指名された者は本日の意気込みや思い出などをカメラの前で語る。









 開演五分前ーー。

 舞台裏で、クラリネットの隈部満(くまべみつ)の母親が会場にアナウンスを入れた。娘と同じく綺麗で聞き取りやすい声で、注意事項を読み上げていった。

 今回の会場の埋まりは約八割。

 個人ノルマを達成できない者もいたが、例年より多くの来場者を迎えることができた。


 そして開演時間となった。

 ステージマネージャーの実音ママの合図で、一・二年生の部員たちが入場していく。チューニングをすると、最後に文が入り一礼してから指揮棒を持った。









 一曲目は『パクス・ロマーナ』。


 「パクス・ロマーナ」には「ローマの平和」という意味がある。約二世紀も続いた、ローマの平和な期間を指している。

 この曲は、二〇〇五年度の吹奏楽コンクールの課題曲のひとつで、何度も課題曲として採用されたことのある作曲家による行進曲だ。

 

 勇ましいファンファーレで始まる『パクス・ロマーナ』。

 演奏会の一曲目には、もう少し軽めの曲でもよかった。しかし、今年度の課題曲でトランペットの一年生の有馬咲太郎(ありまさくたろう)の音を聴いて、実音はこういった重厚感のある曲をやらせてみようと思った。出だしの音を臆せず出せるトランペッターには丁度良い曲だ。

 また過去の課題曲には、練習するだけでバンドが上達するポイントがたくさんある。マーチの基本はそのままに、少し雰囲気が変わる行進曲を演奏することで、来年度のコンクールに向けたステップアップにもなった。

 文化祭からファーストの席に着いた有馬の自信たっぷりの音で、最後まで力強い演奏をすることができた。


 一曲目が終わると、隈部の司会が入る。

 今回はアホ毛も落ち着いており、冷静に台本を読み上げることに成功した。









 二曲目は『歌劇 《カヴァレリア・ルスティカーナ》より』だ。


 この曲のタイトルには「田舎の騎士道」という意味がある。

 元々はイタリアのジョヴァンニ・ヴェルガの小説で、それをピエトロ・マスカーニがオペラ曲として作曲した。内容は男女の恋愛で、不倫や嫉妬といったかなりドロドロとしたものとなっている。最終的には決闘で死人も出る話だ。中でも間奏曲は有名で、映画でも使用されているため聴いたことのある者は多い。今回はその中からいくつかの場面を抜粋した編成のものを、吹奏楽バージョンで演奏する。


 曲の初めの方では、トランペットの二年生の造酒迅美(みきはやみ)のソロがある。

 有馬がソロを狙ってくると警戒した彼女だったが、実際はそんなことにはならなかった。なぜなら、このソロは舞台裏で演奏するからだ。目立ちたがりの有馬には興味がなかった。

 たまにある演奏方法だが、遠くから聴こえる音を欲する時に作曲家がこのような指示を出すことがある。だから、今回の造酒も隈部の司会の間にひとりだけ舞台裏へと移動している。

 その音からは緊張が伝わってきた。ビブラートではない震えがあったものの、彼女はどうにか吹ききった。

 また、この曲では歌が登場する。文の指導で練習した美しいハーモニーを、会場に響き渡らせた。

 その後、今度はサックスの二年生の頴川紅(えがわべに)のソロが登場した。こちらもビブラートが苦手だ。彼女は何度も練習したものの、まだまだ若い音だった。

 全体的に難度は高いが、その分コンクールの全国大会でも演奏される曲だ。それを新体制になって二ヶ月弱でなんとか仕上げた。









 第一部最後の曲は『ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶〜』。


 タイトルからわかるとおり、この曲は一九五四年に起きた水爆実験に巻き込まれた、日本の漁船の乗組員の悲劇が基になっている。

 アメリカ人の画家がこの忘れてはいけない事件を絵にし、それを別のアメリカ人が絵本にした。「ラッキードラゴン」とは、その中のひとつの絵の題名からつけられた。


 この重いテーマの曲を、原爆による被害を受けた長崎県の生徒が演奏することはとても意味がある。

 そして、今回は「語り」をプラスした。

 司会の隈部が曲の紹介を終えて席に着いた後、ホルンの三年生の西田嬉奈(にしだきな)が裸足に白いワンピース姿で登場した。彼女は文の隣に立つと、用意されたマイクを通してタイトルから声に出した。

 演奏が始まると、第五福竜丸に起きたことを語り出す西田。時に淡々と、時に感情を込めて……。生々しい状況を、観客に訴えるように話した。

 海の大事なソロもあり、聴く者の心に直接メッセージを投げかける演奏を心がけた。二曲目と同様に難曲で、かなり奏者も語り手も聴き手もエネルギーを使った。


 演奏が終わっても、観客は西田の最大限に爆発させた語りに拍手するのを暫く忘れてしまうほどだった。

 演奏順を入れ替えたのは正解だったようで、休憩時間に入ってもすぐに動ける観客は少なかった。


 涙が出ないように堪えた部員たちは、この間に急いで次の準備を行った。

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