6.演奏会で大事なこと
盛大に賑わった文化祭が終わり、今はその片づけの最中だ。
サックスの泓塁希はその潔い破壊で各クラスから手伝いに呼ばれて、文化祭当日より忙しく働いた。
一方、実音たちのクラスはそこまで大掛かりな物はなく、予定より早く片すことができた。
その中で衣装係のフルートの七種結乃花は、多くの布を手に入れて嬉しそうだ。ほかの衣装係や道具係のみんなも、現在どこも同じような感じだ。
「はぁー。終わっちゃったね」
「そうだね」
海の二日目の文化祭は、まさにジェットコースター状態だった。これもある意味青春である。
「これ、どこに持ってったらいい?」
そこに声をかけてきたのは、転校生の東柊だった。
彼はまとめたダンボールを持っている。
「海、案内してあげなよ」
実音は気を利かせて海の背中を押した。
一瞬迷いを見せた海だが、昨日のことは忘れてその役を引き受けた。
「ダンボールはね、捨てる場所がちょっと遠いの。それ、重いよね? 一緒に持とうか?」
「いや、問題ない」
「……」
これくらいでは、海はもうへこたれない。
これは重い物を全て持ってくれる彼の優しさだと信じ、その前を歩きだした。
「こっちだよ」
指定のゴミ捨て場に、縛ったダンボール束を置く。海は案内を終えてしまって、何もすることがない。
「昨日って、あの後何かあった?」
すると、彼の方から海にまた話しかけてきた。
「え? 何かって?」
「俺、クラスの出し物が終わった後にすぐ帰ったからさ。ほかにやることあったなら、申し訳ないなって思って」
「大丈夫だよ。体育館でイベントがあったくらい」
「イベント? あー、演奏とか?」
「そう! わたしね、吹奏楽部なの。だから、そこで吹いとったんだよ」
「へー」
(会話が続いた!)
そんなに興味はなさそうな東の反応でも、海にとっては大事だ。ここまで、クラス中の生徒が彼と会話を試みているが、全員失敗している。
実音も最初はそこまでクラスメイトと馴染めていなかった。後で海がそのことを言うと、本人的には新しい環境をそれなりに楽しんでいたと知った。しかし、全くそう見えなかった。
東も、ここでの暮らしを嫌がっているようには見えない。面倒くさそうな顔をすることはあるが、早く打ち解けられたら良いと海は思っている。
「今度の休み、定期演奏会があるんだよね。よかったら、東君も来ない?」
「ごめん。バイトあるから」
「……そっか」
瞬殺された海。
だが、理由を言ってくれただけで嬉しくなった。
「バイトしとるんだね。すごい!」
「普通だろ?」
「そんなことなか! どこのバイト?」
「チェーン店。前やってたとこと同じ店の方が、すぐに働けるから」
「前からやっとるんだね」
「そんなことより、早く戻らない?」
「あ、うん」
少しだけ東のことを知ることができ、海は満足だった。
教室に戻るまで無言でスタスタ前を歩く彼の後を、彼女はニヤけながらついていく。
噂の転校生の姿に、すれ違う女子生徒たちは小さな歓声をあげた。しかし、そのすぐ後ろを気持ち悪い顔で歩く海を見て、悲鳴も出てしまった。
「お前、顔どうした?」
教室で海の顔を見た大護は、幼馴染の変顔を両手で挟み更に不細工にしていく。
「ちょっ! なんばしょっとね!」
「つい」
「ついじゃなか!」
その手を払いのけると、海はスキップして実音のところまで行った。
「実音! さっきはありがとね」
「ううん。いいことあったみたいだね」
「うん!」
定期演奏会が近いため、海がご機嫌になってくれたことに実音も嬉しくなった。
「海。今日の練習なんだけどーー」
実音は次のことしか頭にない。
教室の片づけも終わったため、放課後の練習についての話題を振る。それで海も現実に戻され、部長としてやるべき仕事を思い出した。
「今日から先輩たち復帰だね。また気を引き締めんとね!」
気合いを入れるために自分の頬をパチンッと叩く海。
大護にさっき挟まれたことも重なり、その顔は赤くなっていた。
放課後ーー。
久しぶりに三年生が部活に来た。
夏休みの間、そのほとんどが練習することなく勉強をしていた。そのため、いざ楽器を鳴らしてみても思ったより音を長く伸ばせなかった。
「きっつ」
「こんなに出ないもんだっけ?」
「ねぇ、そんなに綺麗な音だった?」
自分の音に対して、後輩の音は前よりも綺麗になっているように感じる。
「そうですか?」
「CD、いっぱい聴いたからかな?」
「基礎練、めっちゃやったしね」
毎日のように練習していると、その変化には気づきにくい。ここで三年生から褒められるのは、一・二年生たちにとっても励みになった。
三年生のために個人練習の時間を長めに取り、その後パートで確認してから合奏を行うことになった。合奏でも、基礎からたっぷり練習する。
「全然、ダメですね」
そこで容赦のない実音の言葉が飛び出す。
「定期演奏会まで時間がありません。先輩方は、早く前の状態まで戻してください。それから、一・二年生もまだ文化祭の浮かれが残ってる。全員、今すぐ切り替えてください」
その厳しさに、ジーンとする三年生。
「あぁ、これこれ」
「叱られとるのに、なんだか懐かしくって沁みるね」
「勉強で疲れた脳に、いい刺激だよ」
その言葉に、実音は危機感を覚えた。
「あの……先輩方。文化祭の演奏、いかがでしたか?」
「よかったよ」
「トラブルもあったのに、対応できててさすがだと思った」
「曲も上手で、安心したよね」
その感想に、実音の危機感は更に異常レベルに達した。
「それはまずいですね。あの程度で満足されるとは……。お金をいただいて演奏会を開くことを想定すると、あまりにも申し訳ない演奏です。個別で反省すべき点はいくつかありますが、その前に全体の認識から改めないと」
「個別で反省」というワードに、何人かが反応した。
指揮や司会の者、演奏で練習どおりに上手くいかなかった者、文化祭で浮かれていたかもと自問する者。それぞれが、思い当たる節に対して反省をした。
「演奏会でお客様が払う負担について、考えたことはありますか?」
「それって、チケット代のこと?」
海が手を挙げて発言する。
それに、実音は首を横に振った。
「それ以外で」
ほかの部員たちも、その問いについて考えてみる。すると、前部長の本多永世が手を挙げた。
「あ、はい。交通費。ホールって、駅から離れとることもあるし、電車以外にタクシー代も必要な人もおるかも。車でもガソリン代がかかるよね」
「そうですね。ほかには?」
「じゃあ、はい」
続いて挙手したのはクラリネットの三年生の井上夕映だ。
「時間じゃない? 移動も含めて、演奏中はその人の時間を拘束するわけでしょ?」
「さすがですね」
井上の回答に、実音は微笑んだ。
「本多先輩の言うように、目に見えてお金がかかることがあります。いくら無料のコンサートだとしても、実際には出費があることが多いです。それから井上先輩の言うように、その演奏はもちろん、その前後の時間もお客様からいただいています。そのことを、忘れてはいけません。しかも今回の演奏会は有料です。私たちの今のレベルに五百円の価値があるのか、今一度考え直してください。そして、お金と時間の対価に対して、それ以上のものを提供するのが本物のエンターテイナーです。高校生とかは関係ありません。音楽に関わるのならば、全員が意識しなくてはいけません」
その実音の話を聞いて、部員たちは今の状況で定期演奏会を迎えた場合の想像をしてみる。
きっと、去年よりも良いものができるだろう。しかし、果たしてその価値はどれくらいなのだろうか? 例えば、それは友人との遊ぶ時間を削ってでも、観に来てよかったと思えるものなのか?
暫く黙って考えている様子を見て、やっと置かれた立場を理解してくれたことに実音は安堵した。
「伝わったようでよかったです。では、定期演奏会を成功させるために練習を再開します」
合奏後、実音はソロのある二年生や、久しぶりの演奏でアドバイスをもらいに来た三年生たちの練習に付き合った。
コンクール前のような緊張感が出てきて、その焦りがよく伝わった。
「みんな、恐いくらい人が変わっちゃったね。去年は、もっと緩い感じだったのに」
顧問の文は、文化祭ではただただ出し物を楽しんでいた。
吹奏楽部の演奏中も指揮をしなくてよくなったため、一応近くにはいたが呑気に眺めているだけだった。そしてトラブルの際はいつものようにオロオロしていた。
「あのね、お昼に学校宛に電話があって、それで雅楽川さんに伝言ね」
忘れないようにメモした紙を取り出し、文は実音に大事なことを伝えた。
「あの時の若いお母さんからね。楽しい文化祭と、素敵な演奏をありがとうって。息子たちのために親切にしてくれて嬉しかったって。それと、下の子が泣いた時にも優しく対応してくれて、すごく救われたって。ひとりで自分も不安だっただろうにね。だから、相当助かったと思うよ。あとね、弟君、名前が『光』って言うらしいよ。同じ漢字の曲を演奏してくれて、心から幸せな時間だったってさ。もう少し子供たちが大きくなったら、是非また遊びに行かせてくださいって言ってたよ。よかったね」
「……そうですか」
たったそれだけしか返さなかったが、実音の表情はとても嬉しそうだ。
「よーし! 定期演奏会は僕もまた指揮振るからね。ちゃんと練習しなきゃ!」
文も肩を回して、そのやる気を実音にアピールするのだった。




