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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
9月

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5.アホ毛MAX!

 文化祭も、いよいよ終わりが近づいてきた。

 吹奏楽部の部員たちは、早めにクラスの仕事から抜けて準備に入った。

 (うみ)も、実音(みお)が購入した焼きそばを食べてだいぶ元気を取り戻した。


 大三東(おおみさき)高校の文化祭は、二日目の午後三時からは体育館で行われる。

 演目は、生徒会の劇から始まる。有志のダンスや漫才などがあり、最後に吹奏楽部の演奏だ。

 ステージに近い前の方は一般客のエリアで、その後ろは在校生のスペースとなる。ここからは生徒たちは自由参加で、帰りたい者は帰宅しても良い。だが、優勝クラスの発表もあるため、ここで帰る生徒はほとんどいない。


「まだ時間あるから、ゆっくり運んでね」


 衣装に着替えた実音は、体育館の中で盛り上がる様子を確認しながら部員たちに指示を出した。

 文化祭の浮かれモードから、今はしっかり仕事モードへと切り替えている。


「野田君、疲れてない? 大丈夫?」


 顔色の悪いプリンスに気づき、声をかける実音。

 二日間ずっと様々な衣装を着て営業スマイルをしていた彼は、すっかりやつれていた。


「大丈夫……いや、良くはないですけど、本番はちゃんと吹くんで」

「ちょっと休憩する?」

「……はい」


 実音は出番までの僅かな時間、邪魔にならない場所でプリンスをギリギリまで休ませてあげることにした。

 続いて海の方も気にすると、彼女はパッと見た感じではいつもどおりだった。ただし、空元気にも見える。とりあえずは笑顔ではあった。

 海にとって、部長としての初めての本番だ。ここでみんなの足を引っ張るようでは困る。


吹奏楽部(吹部)のみなさん、そろそろ大丈夫ですか?」

「はい」


 実行委員から呼ばれ、静かに中に入る部員たち。

 今は、鉄道研究同好会による鉄道模型の運転が行われている最中だ。体育館の二階に作られたレールに沿って、赤と黄色の電車が生徒たちの頭上を走っている。そしてその映像を、リアルタイムでステージ上のスクリーンに映し出すという、なんともシュールな時間が流れる。一部のマニアには刺さったようで、その映像を食い入るように見たり、スマホの拡大機能を使って模型の電車を追っている。

 その間に急いで準備を行う吹奏楽部。スクリーンを遮らないように気をつけなければならない。

 どうにか終えると、丁度鉄道研究同好会の出番も終了した。

 

 海が立って、自分の譜面台にチューナーをセットする。そして、B(シ♭)(ベー)の音を鳴らす。その音を聴いて、周りも音を出してチューニングをした。事前に合わせてきているが、コンクールではないため、ここでもう一度最終調整だ。


 オーケストラは弦楽器が多く、それらは(アー)の音を出しやすい。

 それに対して吹奏楽はB(シ♭)(ベー)管の管楽器が多く、それゆえにチューニングの基準音が異なる。

 また、オーケストラでは一番音が不安定なオーボエが基準音を出し、周りが合わせる。しかし、吹奏楽では安定したクラリネットが基準音を出すという違いがある。


 チューニングが終わると、司会の隈部満(くまべみつ)が楽器を置いてマイクの前に立った。


「こんにちは、吹奏楽部です。今年も、文化祭のステージで演奏する機会をいただき、ありがとうございます。本日は全部で三曲演奏いたしますので、最後まで楽しんでいってくださいね。それでは早速一曲目から参りましょう。みなさん、一緒に掛け声をお願いします」


 そこで、指揮台に立っている造酒迅美(みきはやみ)が指揮棒を構えて振った。そして部員たちの掛け声が始まる。

 曲は『学園天国』だ。


 すぐに曲がわかった生徒たちは、ノリノリで手拍子をしながら声を出してくれた。

 すると、曲の途中からダンサーが登場する。実音を含む「なんちゃって制服」の集団だ。

 結局、プリンスの制服は男装役の部員が仲良くバラして使うことになった。実音は前日の宣伝の時よりも短いスカートを履いており、それに気づいた男子生徒たちが動画を回し始めた。恥ずかしがっていた実音だが、今は仕事モードのため、堂々と踊っている。


 曲が終わると、造酒はホッとした。

 彼女の初めての指揮だ。難しくはない曲でも、緊張はしていた。

 そして彼女が一礼して指揮台を降り隈部が再び司会の場所へ移動した瞬間、前の方の客席から赤ん坊の泣き声と、周りに必死に謝る女性の声が聞こえてきた。それは、昼間実音たちのクラスに来ていた親子だった。どうやら、鉄道研究同好会の時の静かな時間に眠くなった赤ん坊が、吹奏楽部の演奏で寝られなくなりぐずったようだ。


「すみません! すぐに出ますから!」


 体育館にいる全員の視線を浴びて、母親はとても申し訳なさそうにした。男の子も母親が責められているのかと思い、目に涙を浮かべている。

 その場を去ろうと子供をあやしながら立ち上がる母親の元へ、実音はすぐさま駆けつけた。


「こちらこそ、申し訳ありません。ごめんね、うるさかったね。ビックリしちゃったよね。お兄ちゃんも、ごめんね。みんな、怒ってるわけじゃないからね」


 実音は男の子の頭を優しく撫でてあげた。

 赤ん坊のためには、このまま体育館を出た方が良いのかもしれない。しかしそれでは、母親も男の子もこの文化祭をせっかく楽しんでくれていたのに、最後の最後で悪い思い出になってしまう。

 そこで、実音は彼女たちをバンドのすぐ横まで案内して、余っている椅子に座らせた。


「あの……」

「私に任せてください」


 不安そうな母親に小声でそう言って、司会の隈部の方を見る。

 彼女の頭には、立派なアホ毛が立っていた。


(あ、ダメだ。隈部さん、テンパってる)


 表情には出ていないが、よく見ると冷や汗をかいている隈部。不測の事態に、彼女の思考はストップしてしまった。

 実音は近づいてマイクを取ると、彼女をそっと席に戻した。そして、自分は指揮台に立った。


「今日は大三東(おおみさき)高校の文化祭に、可愛い親子が来てくださっています。元気にクラスの出し物を楽しんでくれたお兄ちゃんと、現在進行形で赤ちゃんのお仕事をしている弟君。それから、ふたりの素敵なママさんです。子供たちを喜ばせようとこうして足を運んでくださったママさんは、とても優しいですね。そんな三人に、特等席で曲をプレゼントしたいと思います。曲は『光』です」

 

 実音はマイクを置くと、指揮台をタクトで叩いて部員たちにテンポを見せた。それは練習よりも遅い。それから、手を上から下に降ろす動作をした。これは、音量を落とすようにという指示だ。その意図を理解した者は、周りに小声で教えてあげる。

 部員たちの反応で伝わったと判断した実音は、構えて曲の演奏を始めた。


 二曲目からは、定期演奏会の第二部にちなんだものだ。

 楽譜のテンポより落とし、音量を抑えたのは赤ん坊のため。オルゴールとまではいかないが、なるべく心地良く聴こえるように努力した。

 すると次第に赤ん坊の泣き声が小さくなり、気づけば完全に止まっていた。

 曲を終える頃には、眠そうに瞼が降りかけてきた。ほかの観客たちも、起こさないように音を鳴らさずに拍手をしている。


「ありがとうございます」


 母親は幼い我が子の機嫌が悪くなる前に、体育館にいる全員に深くお辞儀をしてから男の子の手を引き去っていった。その際、男の子は実音に向かって手を振ってくれた。


 隈部にマイクを渡すと、彼女は深呼吸してから司会の業務に戻った。そのアホ毛は、演奏中に少し落ち着いたようだ。

 定期演奏会のお知らせを挟み、三曲目の紹介をする。


「それでは、『RPG』をお聴きください」


 曲目を言い終えると、実音がまた指揮棒を振った。

 最後の曲は、造酒考案のスタンドプレイつきだ。観客もまた手拍子を入れて、一緒に盛り上がった。


 なんとか全ての演奏を終えて、すぐに撤退をする部員たち。

 ここで、一般客の観覧は以上となる。文化祭実行委員の案内で出口へと誘導された。そしてこの後の後夜祭の準備に移る。









 実音たちが片づけを終えて体育館に戻ると、校長の長い話の途中だった。

 各クラスで固まっているため、部員たちは自分のクラスの元へと戻っていった。


「あれ? (あずま)君は?」


 海が近くにいた大護(だいご)に尋ねる。


「あいつなら、教室の出し物の時間が終わってそのまま帰ったぞ」

「え? じゃあ、さっきのステージ聴いとらんの!?」

「ドンマイ」

「ガーン!」


 やっと取り戻した元気で一仕事終えた海。しかし、聴いてほしかった相手がそもそもここにいなかったことを知った。


「自由参加だけど、ほぼ全員参加じゃなかったっけ?」

「何考えとるか、よくわからん奴だからな。仕方なか」

「ううっ」

「それより……実音、お疲れ! さっきの対応、すごかったな」


 大護は落ち込む幼馴染を放っておいて、実音に話しかけた。

 着替える時間がなく今もミニスカートで横に座る彼女にドキッとしながらも、先ほど冷静に対処していたことを褒めた。


「ありがとう。最後はあの子が笑ってくれてよかったよ。あ、校長先生のお話終わったね」


 ようやく意味のない長話が止み、次は実行委員が日中に撮り溜めた文化祭の写真のスライドショーが始まった。気づかないうちに激写された生徒たちの楽しそうな様子が、何枚も映し出される。途中、実音やプリンスの姿が出ると生徒たちからの歓声が大きくなった。

 その映像も流し終えると、実行委員が前に出てきた。ちなみに、撮られた写真はまだまだあり、後日廊下に貼られて販売される。


「では、ここで毎年恒例の告白タイムにいきましょう! 誰か、告白したい人はいませんか?」


 この告白タイムは、一応設けているだけのコーナーだ。

 大勢の中で想いを伝えるという勇気を持つ者は、そういない。失敗するところを全校生徒に見られるなど、十代の若者には普通に耐えられない。だから、毎年ここで手を挙げる猛者はいない。

 

「はい!」


 いつもどおり形だけのはずの時間に、一際大きな声とともに手をピシッと挙げる男子生徒が現れた。


「え? 先輩?」


 驚く大護の視線の先には、野球部の前主将の姿があった。

 彼は、堂々とした足取りでステージ上に上がる。そして、その想い人の名を告げた。


「同じクラスの本多永世(ほんだながせ)さん! ここに来てくれますか?」


 なんと、呼ばれたのは吹奏楽部の前部長の本多だった。

 彼女は、周りの冷やかしの声を浴びながら登壇した。


「本多! 二年の時からずっと好きでした! 俺と付き合ってください!」


 真っ直ぐ目を見て告白する彼に、本多は少し考えてから口を開いた。


「うーん。ごめんね。全然タイプじゃなか。私『みそ五郎』みたいな人が好きなんだよね」

「え? み、みそ……え?」

「知らんの? あの『みそ五郎』だよ」

「知っとるけど……え?」


 「みそ五郎」とは、島原半島では有名な伝説の巨人である。

 南島原市では、その「みそ五郎」の像を見ることができる。本多は、子供の時に見たその像に一目惚れした。


「いや、それ架空の存在だろ。実現する人だと?」

「えーとっ『雷電為右衛門』かな」


 次に出たのは、伝説の力士の名前だった。


「……おっきい方が好きなのか?」

「そうだねー」

「よし、わかった! 努力するけん、卒業まで待ってくれ!」


 振られた前主将は、同級生に比べれば身体は大きい。それでも、本多の理想とはほど遠かった。部活を引退してからは食事の量は減っていたのだが、彼は受験勉強の合間にたくさん食べることを誓った。

 めげずに気合の入る彼は、太れば好きになってくれると信じている。しかし、本多はそんな保証はしていない。彼女は勝手にステージから降り、とっとと元の場所へと帰ってしまった。


「そろそろ次のコーナーに行くんで、退いてもらえます?」


 前主将は脳内でこれからの計画を練っており動かないため、実行委員が彼をステージ裏に運んだ。

 この後は、クラスの出し物の順位が発表される。


「では、実行委員長の僕から発表させていただきます。第三位は三年三組の『あもじょの館』!」


 選ばれたのは、優勝候補であったお化け屋敷だった。

 かなり長い行列ができていたが、優勝には届かなかった。


「続いて、第二位! 一年五組の『コスプレ写真館』!」


 ここでまさかの一年生のクラスが受賞した。

 プリンスの頑張りの成果だ。ただし、同じ女子ばかりが何度も並んでいたため、一位にはなれなかった。


「そして、優勝は……二年六組の『しまばランド』! おめでとうございます!」


 例年は三年生が独占する表彰台を、初めて後輩が奪う形となった。道具係である万屋善光(まんやよしみつ)の才能を全面に出し、人力で客を楽しませた結果だ。

 拍手している実音たちのクラスの結果は、下から三番目だった。


 二日間に渡って行われた文化祭は、無事に幕を閉じることができた。

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