4.バッティングチャレンジ
文化祭二日目ーー。
この日も多くのお客さんが来校した。だが、二年一組は閑古鳥が鳴いて暇だった。
「昨日の忙しさが嘘みたいだ」
「仕方ないよ。ほかのクラス見てわかったでしょ」
「どこもうちよりレベルが高かったよね」
「これじゃあ勝てんよ」
昨日の自由時間で、みんな自分たちのクラスの出し物の幼稚さを知った。そして、優勝などありえないと悟った。
「えー! 諦めちゃうの? 学食は? 一週間分だよ?」
しかし、食いしん坊の海は全く諦めモードになれない。
「実音もまだやれるよね?」
またうさ耳でもつけてもらおうかと、海はカチューシャを手にする。
しかし実音はそれを躱わした。午後にもっと短いスカートを履く予定があるにもかかわらず、昨日の客寄せパンダのような行動はもうしたくなかった。
「クラスのためだと思って! 文化祭、もっと楽しもうよ!」
「私は充分楽しんでるよ」
「そう? ばってん、東京の文化祭の方がすごそう」
「さぁ?」
海の質問に、実音は答えられない。
「去年の文化祭は、コンクールと被っちゃって……。私、参加してないの。だから、わかんない」
「出とらんの!? そんなの、高校生としてどうなの!?」
「そんなこと言われても仕方ないよ。先輩たちがコンクールでピリピリしてる中、楽しめるわけないでしょ。吹奏楽部は全員一日目は近くのホールにいて、二日目はコンクール本番で学校に行ってないの。でも、次の日の片づけは参加したよ。『きっと盛り上がったんだろうなぁ』って思いながらね。だから、今年は文化祭に参加できるだけで嬉しい」
「……実音」
そんな悲しい過去を聞いた海は、思わず実音を抱きしめた。
「こんな文化祭でよかったら、もっと楽しみなよ。今日はわたしが宣伝してくるけん、実音はここで待っちょって」
そして海は自身の頭にカチューシャを装着し、止める実行委員を振り払い教室を出ていった。
その後、ひとりも引き連れることができないまま海が戻ってきた。その瞳は潤っている。
「よしよし。よくやったよ。こっちで休憩する?」
その頭を実音が撫でてあげる。
ほかのクラスメイトも、哀れみの目を向けた。
「あら、ここなら空いてるわよ」
そこに、赤ん坊を抱っこした若い女性と五歳くらいの男の子が入ってきた。
「あの、ここってこの子みたいに小さい子も遊べますか?」
「はい! 大丈夫です!」
「ボウリングからやってみますか?」
すかさず、実行委員を中心にその男の子を接待する。
どうやら長い行列に並ぶのは幼い子供には辛いようで、母親は困っていたらしい。高校の文化祭に来る年齢としては早すぎたと彼女は思ったが、それでも子供は遊びたがる。赤子もいてあまり相手してあげられなかった彼女にとって、こんなにも大勢で面倒を見てもらえるのはありがたかった。
「ありがとうございます。夫は今日仕事で、それなのに『外に行きたい』ってせがまれていたんです。でも来てみたら子供向けの場所ってあまりなくて……」
「私たちも暇だったんで、逆に感謝ですよ」
「そうです。時間かけて作ったものだから、ああやって全力で遊んでくれて嬉しいです」
元気いっぱいの男の子は、どのゲームもフルパワーでプレイしている。それを近くで案内する海も、さっきまでの落ち込みを忘れたかのように同じテンションではしゃいだ。
そして最後に「モグラ叩き」のコーナーへとやってきた。
「このハンマーでモグラを叩いてね」
「すっげー! これ、たたいていいの?」
男の子は、穴を覗き込んでまだ頭を出していない大護たちに攻撃した。しかも全力だ。
「おい! フライングだぞ!」
「あ、まだまだ! 出てきてから叩くんだよ!」
「えい!」
慌てて止めようとした海にも、男の子はピコピコハンマーを向けてくる。
「わ!」
怪我はしないだろうが、衝撃に備えて目を瞑った海。しかし、ハンマーが当たった感触はない。
「これは人に向けるもんじゃない。もう一度ルールをよく聞くんだ」
男の子の攻撃を片手で止めたのは、転校生の東柊だった。
彼は、景品コーナーからいつの間にか移動していた。
そこに、大護もやってくる。
「そうだぞ。このヘルメットが見えたら、そのハンマーで軽く叩くんだ。お前、結構力あるな。そんなに力が有り余っとるなら、後で野球部がやってる『バッティングチャレンジ』に行ってみろよ。グラウンドでやっとるけん、あんま人も並んどらん」
「それ、たのしい?」
「ああ。それと、あた(いたずら)ばっかしとると、鼻ダゴが追っかけて来るぞ」
「はなだごさん!? ヤダ!」
「そうだろ? じゃ、いい子でおらんとな」
「うん!」
「鼻ダゴ」のワードは効果絶大だ。
その言葉が出た瞬間、男の子は恐い天狗のお面の俊足の神様を思い出し、おとなしくなった。まさか、その正体が目の前の人物だとは思わない。
「あんまり母親を困らすなよ」
東は、男の子の頭にそっと手を乗せる。
母親は、暴れる息子に顔面蒼白だった。海たちの元に急ぎ、頭を下げている。
「わたしは何もなかったんで大丈夫ですよ! それより、続きやりましょ!」
それから、ゲームを再開した。今度はルールどおりに男の子もプレイしてくれた。
景品コーナーでは実音と一緒にじっくり考え、そこで選んだのはオモチャの指輪だった。
「ママ、あげる」
「私に? 自分の好きなの選んでよかったのに」
「ぼくがあげたかったの。いつもあかちゃんのことでいそがしそうだから、これでおしゃれして?」
「っ! ありがとう。大切にするね」
「うん!」
そして、母親はまたクラス全員にお礼を言って、男の子も大護の頭を撫でて海たちに「ごめんなさい」をしてから、元気に教室を出ていった。
「東君! さっきはありがと!」
「別に」
助けてくれた東に感謝する海。
だが、彼の態度は素っ気ない。
「お、お礼に、この後、学校を案内するけん、一緒に文化祭回らん? 東君、昨日の自由時間、ずっと教室におったんでしょ?」
「平気」
勇気を出した海に、たった一言だけ返事をした東。
教室中に、微妙な空気が流れる。
「……そっか。そうだよね。ごめんね」
断られた海は、ショックを隠しきれていない。
そんな彼女に、先に自由時間で得た食べ物をクラスメイトたちが差し出してあげる。それを彼女は、ノールックでどんどん口に入れる。
今の海には、ほとんど意識はない。
暫くして自由時間になった実音。動けそうにない海に、どうしようかと悩む。
困っていると、大護が声をかけてきた。
「実音、海は大丈夫だ。食欲があるけん、ちょっとすれば元に戻る」
「そうかな。だいぶメンタルやられてるけど」
「ああいう時は何言っても聞こえん。そっとしといた方があいつのためだ。それより、俺も休憩なんだ。だから、お化け屋敷に行こうぜ」
「……うん」
食べ物に手が止まらない放心状態の海。そして、休憩時間になっても窓の外を眺めて動かない東。
ふたりの様子が気になるが、大護の言うとおり、今は何を言っても無駄そうだ。
せっかくの初めての文化祭。実音は大護についていくことにした。そして、そこでお土産でも買ってあげようと考えた。
ふたりが選んだお化け屋敷は、比較的行列が少ない所だった。
思ったより早く入ることができ、真っ暗な教室を並んで歩いた。
「実音、恐くなかか?」
「遊園地とかのお化け屋敷は恐いけど、これは生徒だってわかってるからね」
実音は全く怯えなかった。大護が思っていたシチュエーションのようにはならない。
「……」
脅かしてくる三年生には悪いが、大護も一切ビビらない。
行列が短かった理由は、クオリティの低さもあり恐ろしさが足りなかったからだった。列の長いクラスは、もっと悲鳴が聞こえていた。
(入る教室、間違えた)
大護が後悔しながら歩いていると、あっという間にゴールまで来てしまった。
「海のお土産、何がいいかな?」
実音の頭は、とっくにお化け屋敷のことはなくなっている。
結局、外でバスケ部が出していた焼きそばを購入した実音。そのまま戻ろうとすると、大護が引き止める。
「グラウンドが近いけん、野球部のゲームもやらん?」
少し迷ってから、時計を確認する実音。次の当番の時間まではまだ余裕がある。
「いいよ」
彼の提案を承諾し、ふたりは人混みから抜け出した。
グラウンドに着くと、一年生の野球部員たちがいた。
校舎から離れているため、ほかに誰もいない。
「あ、先輩! お疲れ様です!」
「おう! どうだ?」
「さっき、小さい子が来ました!」
「かなり楽しそうにしてくれました!」
「……それだけか」
野球部も、何かほかの出し物をすればよかったと大護は思った。だが、今更後悔しても遅い。
「実音。バッティングしたことは?」
「初めて」
「そっか」
後輩たちは、空気を読んでその場から離れた。
そして、遠くからふたりの様子を観察する。
「構え方はこう。で、こんな感じで振ってみて」
もう一本のバットを使って説明するが、実音の構え方は少しおかしい。素振りするが、変な軌道を描いている。
「えっと、ちょっとごめん」
そこで大護は自分の持っていたバットを置いて、実音の持ち方を直してあげた。
自然と後ろから抱きしめるような姿勢になり、大護は照れてしまう。
「あ、こうね」
一方、実音は真剣だ。
修正されたフォームで、真面目にバットを振っている。
「実際にやってみるか? あっちから俺が投げるけん、今みたいに振ってみて」
「わかった!」
そして大護は位置に着くと、軽めにボールを投げた。
実音は教えられたとおりに動かしてみる。しかし、空を切るだけだ。
「難しいね」
「いや、今の惜しかったぞ」
何度かボールを投げる大護。
すると、ある一球が実音の振るバットに当たった。その打球はヘロヘロと飛び、すぐに地面に落ちて転がっていった。しかし、実音本人は大喜びだ。
「当たった! 当たったよ、大護君!」
(可愛い)
ピョンピョン跳ねている彼女に、ニヤけ顔を隠すので精一杯だ。遠くで見ていた後輩たちは、バレないように小さく拍手してあげた。
時間はかかったが、なんとか成果は出た。嬉しそうな実音を見られて、大護はこの出し物でよかったと思った。




