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7.ヒョロ長おじさん現る

 実音(みお)大三東(おおみさき)高校での部活初日を終えた。

 そして現在、(うみ)と同じく部活終わりの大護(だいご)と一緒に帰宅することになった。


「どうだった?」

「どうって言われても……」


 うきうき顔で訊いてくる海に、実音は困り顔で返した。


「結局楽器は吹けなかったから、なんとも言えないよ」

「そっか」

「それにまだ大三東の合奏も聴いてないから、どれくらいのレベルかわからないんだよね」

「あれ? 入学式で聴かなかったの?」


 毎年吹奏楽部は、入学式で入場曲・国歌・校歌・退場曲を演奏してきた。その式には二・三年生も参加しているはずだった。


「だって、聴いちゃったらまた吹奏楽やりたくなるかもしれないでしょ? だからサボっちゃった。一度『サボる』っていうのをやってみたかったし」

「何それ。あんなに入部するのを渋っとったくせに、本当は吹奏楽が好きなんだね」

「まぁ、ずっとやってるからね」

「なぁ?」


 すると、今まで黙っていた大護が口を開いた。


「楽器は何になったの? 海と同じ?」

「ううん。オーボエだよ」

「オーボエ? どういうやつだっけ?」


 疑問に思う大護に、実音はスマホのホーム画面を見せる。


「これがオーボエ。海の担当するクラリネットにちょっと似てるかも。でも、音は全然違うの。それぞれにいいところがあるんだよね」

「うわー。待ち受けを楽器にするって、相当好きなんだね。わたしなんて最近推してるイケメンなのに。ちなみに大護。これ、百万はするって」

「ひゃくっ!?」

「あはは。これね、構造がかなり複雑で。だから結構値段もするんだよ」

「しかもオーボエって、世界一難しい木管楽器で、ギネスにも載っとるんだったよね? 音を出すだけでも大変って、聞いたことあるもん」


 海の説明に、大護は更に驚く。


「そんなすげー楽器、やってたんだな」

「そうだよ。実音はすごいんだよ。しかも、あの方南(ほうなん)でやっとったんだよ」

「なんで海が偉そうなんだよ。っていうか、いつの間に呼び捨てに?」

「もう親友よ。ねー、実音」

「あはは」


 大護はそんな幼馴染に嫉妬する。自分はまだ苗字で「さん呼び」なのにと焦る。


「お、俺も、雅楽川(うたがわ)さんのこと、み、実音って呼んでもよかか? それから、俺のことも大護って呼んでほしい」

「……う、うん」

「マジか! やった! み、実音」


 照れながらも名前を言う大護に、実音もつられて顔を赤くする。

 そんな様子を見て、海はピーンッときた。


(へぇー。大護の奴、実音のことを……ね)








 そんなこんなで駅に着くと、海と大護は電車利用の実音とお別れになる。


「そいぎぃー」

「また明日な」

「うん、じゃあね」


 手を振って実音を見送った後、幼馴染コンビだけが残された。


「……可愛い」


 思わず漏れた大護の言葉を聞き逃さなかった海は、すぐさま彼を揶揄う。


「大護、実音狙いなんだ? あんな美人をあんたがね。へぇー。まぁ、会えるかもわからん初恋の子に幻想を抱くよりはマシね。ばってん、またレベルの高い子を好きになるとは」

「うっ。好きになっちゃったもんは、仕方なかろ!」

「あらあら」


 口に手を当てながらニヤつく幼馴染に、大護は顔を背ける。

 そのまま、結局家に着くまで海の揶揄いは止むことはなかった。








 次の日の放課後。部室に長身でガリガリに痩せた、四十歳くらいの男性がやってきた。


「この人が、うちの専任の楽器屋さんだよ」


 (かざり)に紹介され、男は実音にペコッと頭を下げた。


「どうもー。養父灯大(やぶとうた)って言います。大三東高校さんには、いつもお世話になってます」

「はぁ。こちらこそよろしくお願いします」


(この人もなんだか頼りなさそうだなぁ)


 実音は文と養父を見比べながら、そんなことを思っていた。


「で、こちらのヘッドですね」

「そうです。養父さんのお店で、どうにかなります?」

「あー、これなら大丈夫ですよ。すぐ新しいやつに交換できます」

「そうですか。それはよかった。で、お値段のほうは……?」

「あはは。先生はせっかちだなぁ、まったく。ちゃんとお勉強させてもらいますよ」

「お願いします」


 ここは言われるがままではなくちゃんと値段交渉ができそうで、とりあえず実音は安心した。


「で、問題はこっちですね。うち、オーボエは専門外でして。だって、こちらの高校ずっとやってなかったでしょ。需要がないからね。店のリペアさんじゃ難しいかもな。長崎市内の店なら大丈夫だと思うけど、どうします? 時間もかかっちゃうけど」

「どうする?」


 文は実音に委ねる。


「どうするって、修理は絶対必要ですからお願いするしかありません。養父さん、リードはありますか? あと、小羽根も」

「取り寄せればどうにかなるかな」

「それじゃあ、リードはできるだけ多くお願いします。どれが合うかわからないので。なるべく重めがいいです」

「はーい。本社経由で集めてみるね」

「お願いします」


 オーダーをメモする養父を見ながら、文は実音に肘で突いて質問した。


「小羽根って何だい?」

「リードの掃除で使うんです。ダブルリードって隙間に汚れが溜まりやすいんですよ」

「へぇー」


 リードとは、楽器につける葦でできた薄い板である。

 クラリネットやサックスは一枚だけを取りつけるシングルリードで、オーボエやファゴットは二枚重ねて使うダブルリード楽器だ。


「ふーん。それっていくら?」

「こちらのお店の値段はわからないですけど、前の学校で贔屓にしていたところだと百円くらいでした」

「それならいいや」

「でも、リードは高いですよ」

「そうなの?」

「私、今までオーボエの講師の方から買っていたので安く済んでいましたけど、それでも千五百円でした。お店だと倍近くするんじゃないかと」

「それって、一箱の値段だよね」

「一本です」

「一本、三千円!?」

「でも、クラリネット(クラ)やサックスよりは持ちますよ。それでも消耗品ですからね。月に二本は最低でも買っておきたいです。今はまだ前の学校で使っていたのが五本ほどありますけど、できるだけ補充しておかないと」

「うわー。オーボエ、恐っ!」


 楽器以外もお金のかかるオーボエに、文は恐怖心を抱いた。


「ご注文は以上ですか? それじゃー、こちらの楽器はお預かりしますね」

「はい、よろしくお願いします」


 ヒョロヒョロッとした養父に、ふたりはどこかで倒れて楽器を落としてしまわないかと心配しながら彼を見送った。


「大丈夫なんですか、あの人?」

「た、たぶん」


 実音は、無事に楽器が新しく生まれ変わるのを祈ることしかできなかった。

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