3.便利屋の力作
まだ暑さが残る九月上旬ーー。
大三東高校では、今日から二日間文化祭が開催される。
「お客さん、いっぱい呼び込むぞ!」
「おー!」
実音たちのクラスは二年一組。
クラス全員で円陣を組み、文化祭実行委員の男子の掛け声で士気は高まった。みんなでお揃いのTシャツも着ている。
その中に、ひとりだけ面倒くさそうな顔で参加する男子がいた。転校生の東柊だ。
彼は全く乗り気はないが、ここで断って空気を悪くするつもりもなかった。円陣で隣をゲットしたふたりの女子たちの顔は、溶けてしまいそうなほど緩んでいた。
「暇!」
海が堪らず叫ぶ。
只今、校内は多くの人々で溢れかえっている。大三東の生徒以外に、他校の生徒や地元の住民たちがたくさん訪れた。
しかし、二年一組の教室は実に静かだった。
「おい! このままだと、優勝できねーぞ!」
実行委員もそう言うが、多くが初めからほかのクラスに勝てるとは思っていなかった。それにしても、人が来ない。
大三東高校の文化祭では、一般の人に一番楽しかったクラスへ投票してもらうことになっている。その結果、最も票を獲得したクラスには「学食一週間無料券」が贈られる。ただし、人気の「お化け屋敷」と「飲食系」は、三年生だけしか行うことができない。だから、毎年優勝は三年生のクラスから出る。
このクラスの出し物はアトラクションゲームで、「ボウリング」「ダーツ」「モグラ叩き」の三つのゲームをし、その得点に応じて商品をもらうことができるというシステムだ。
「三年生に劣るとはいえ、去年はここまで人が少なくなかったぞ?」
「せっかく準備したのにね」
「そろそろ交代だ。どこ行こっかなぁ」
本日の自由時間を終えたクラスメイトたちが戻ってきたため、次の休憩に入る者が抜けていく。
「どこ行った?」
「三年生の教室は、どこも混んどった」
「やっぱり定番は強いな」
「だな。学食がかかっとるけん、どのクラスも廊下での呼び込みから必死だった」
「ねぇ。六組、すごかったよ」
「三年の?」
「ううん、二年の。教室の中にジェットコースターがあったよ。廊下まで長い行列できとる」
「どゆこと?」
「一年のとこも、行列できとるクラスあったよ」
「何やっとった?」
「コスプレ写真館」
「へぇー。いろんなの着れるのか」
「違うよ。コスプレした生徒と写真撮るの」
「なんでそんなのが人気なの?」
「あの『プリンス』とツーショットが撮れるんだよ。時間によって衣装が変わるけん、みんな何度も並ぶの」
「絶対行かなきゃ!」
そして、ほかのクラスの様子を見た生徒たちは、自分の教室の静けさに唖然とした。
報告を受けた実行委員もいよいよ焦り始めた。
「よし! ゆのん! 雅楽川さん! ちょっと来て!」
実音とフルートの七種結乃花は、女子の実行委員に呼ばれた。
「ふたり共、これつけて! で、校内を歩いて宣伝してきて!」
渡されたのは、うさ耳のカチューシャ。
どうやら、バニーガールをイメージしているらしい。
「あと、雅楽川さんはもう少しスカート短くしよっか」
「え!」
拒む実音を、ほかのクラスメイトたちが取り押さえる。そのままスカートの丈を調節された。その光景に、男子たちは釘づけだ。
「これでよかね。この看板持って、たっくさん宣伝してこい!」
「わたしも行こっか?」
そこに海がひょっこり現れた。
彼女も暇なため、一緒に宣伝しに行こうとする。同じ吹奏楽部の仲間としても加わりたかった。
「あ、海は大丈夫」
「どうして?」
「こういうのって、可愛い子だけの方が効果あるもん」
「わたしは!?」
実行委員から戦力外通告された海は、ショックを受ける。
そんな彼女に、大護は肩を叩いて慰めてあげた。
「ドンマイ」
「やかましか!」
実音と七種の美少女コンビは、行列のできている教室の前に行きそこで呼び込みをした。
「二年一組、只今空いてまーす」
七種の緩い声に、待ち時間を暇そうに過ごしていた人々が気づく。
可愛らしい耳をつけた七種に、他校の男子たちがナンパ目的で近づいてきた。
「そのカチューシャ、可愛いね。連絡先教えて?」
「んー。二年一組に来てくれたら、考えてもよかよ?」
「えー。そんなこと言わず、今から一緒に遊ばない?」
「遊ばなーい」
フイッと顔を背けられ、逆に男たちに火がつく。
「怒った? そんな顔も可愛いね。友達も一緒にどう?」
看板で顔の見えなかったもうひとりの肩に手を置くと、その姿が見えた瞬間、男の表情が固まった。
「え? ヤバ!」
「どした? わ、エグッ」
ほかの生徒たちと比べ物にならないレベルの実音に、男たちの思考は止まってしまった。
「あの、よかったら二年一組の教室にも来てくださいね」
「……はい」
「……絶対、行きます」
今の実音は、部活の時の仕事モードではない。
そのため、慣れないスカート丈に恥じらいながら宣伝し、その場にいた者たちを虜にしている。
声をかけてきた男たち以外もその魅力にやられ、列から抜けて実音たちの後ろをついてくる。
「なんだかいっぱい釣れたね」
後ろを振り返った七種は呑気だ。
一刻も早く教室に戻りたい実音と対照的に、どんどん並んでいる人々に声をかけている。
「もう充分じゃない? 戻ろうよ」
「そうだね。これ以上は教室に入らんもんね」
たくさんの客を引き連れふたりが教室に戻ると、実行委員のふたりは歓喜した。
「どうぞ! 空いているゲームから回ってください!」
「豪華賞品を是非ゲットしてくださいね!」
ついさっきまで緩い空気だったクラスが、ここにきて急に忙しくなる。
海や大護も所定の位置につき、場を盛り上げていった。
「ボウリング」の球は、本物は重くて危ないためサッカーボールで代用した。ピンはペットボトルで、ひとり二球のチャンスがある。お客さんが来る度にペットボトルを並べ直すのが、地味に大変だった。
「ダーツ」は、マジックテープで作った。
意外とくっつきにくいようで、お客さんはイライラしている。
「モグラ叩き」は、穴の中からヘルメットを被った生徒の頭をピコピコハンマーで叩くというものだ。
このモグラ役が一番きつい。
痛くないようにしたつもりだが、叩く側の加減次第ではそれなりにダメージはある。しかも、今になって下から人形でも出せばよかったことに気づいた。
「そろそろ交代してくれ」
モグラ役の大護は、頭を抑えて得点係の海に訴える。
「ヤダ。だって、そんなに頭叩かれたらバカになっちゃうもん」
「これ以上バカになることねぇから、安心しろ」
「どういう意味だ!」
全てのアトラクションの合計点数によってもらえる景品は、クラスのみんなが家から持ってきたガラクタだ。
高得点を得た客も、景品コーナーでテンションが下がる。
「気に入るの、ありませんでした?」
実音が申し訳なさそうに尋ねると、相手は愛想笑いを浮かべて適当にひとつ取っていった。
「東君、ずっとここで飽きてない? ほかと代わってもらう?」
隣にいた転校生が無表情で接客をしていたため、実音は心配そうに訊く。
「いや、大丈夫」
「そう?」
その後、ふたりの間に会話はない。
どちらも話すのが得意ではないから、仕方がない。だが、座っているだけのふたりからは特別なオーラが出ていた。
「あの景品コーナーだけ、光っとらん?」
「うん。眩しいね」
「東京の人って、みんなあんな風なのかな?」
そして、実音と海も休憩時間になった。
大護も同じく交代する時間だったのだが、お腹を空かせた海が実音の手を取って走ってしまったため置いていかれた。
「まずは飲食系からだね。どこも混んどるなぁ。実音は何食べたい? あ! あそこ『皿うどん』だって!」
「じゃあ、そこ行く?」
「行く!」
目を輝かせて行列に並ぶ海。
限られた自由時間だが、優先するべきはやはり食べ物だ。
「うまかー!」
かなり待ってありつけた味は、高校生にしてはなかなかのクオリティだった。
東京で見るようなバリバリの細麺の皿うどんではなく、こちらはちゃんぽんと同じく柔らかい太麺である。
海にとってひとつ残念なのは、大盛りがなかったという点だ。可哀想に思い、実音が少し分けてあげた。
次に並んだのは噂の二年六組。
こちらも随分並んだ。
中に入ると、内装はカラフルで明るい。どこか遊園地らしさもある。床にはレールが敷いてあり、木でできた丈夫な箱に座らされた。
「凝ってるね」
「これ、万屋がほとんど作ったんだよ」
海の独り言に、案内係の生徒が教えてくれた。
「さすが便利屋だね」
「部活の方でも作るの多くて大変だっただろうに、すごいね」
工作の苦手な実音も、チューバの万屋善光の大作に感動している。
安全確認を終え、箱の両脇に立った運動部の男子が取っ手を掴む。
「それでは、お楽しみください!」
案内係のアナウンスが入ると、男子生徒が力技で箱を動かしていった。海が座る方を担当する男子はキツそうだ。
目の前の壁に激突しそうになると、コースターの動きに合わせて扉が開いた。乗っている者からは見えないが、裏で生徒が手動で開閉している。とても細部までこだわっているのがわかる。
教室内で人力ということだけあり、それほど高低差はない。スピードもあまり出ないが、充分楽しめるアトラクションだった。
(みおたん、楽しそう!)
隅の方でトラブルがあった時のために待機していた万屋は、笑顔の実音が見れて満足だ。
「楽しかったー!」
「うん!」
こうして、文化祭一日目は大きな問題もなく終えることができた。




