2.クラパの伏兵
新学期が始まって、各クラスの文化祭の準備は忙しさのピークを迎えた。
しかし、吹奏楽部は自分たちの出演もあり、更にはその先に定期演奏会も控えている。そのため、放課後に残って作業する友人に謝ってから音楽室へと急いだ。
この日は、文化祭で演奏する曲のダンスの練習を行うことになった。
海や頴川紅たちダンス係によって、振付の確認をした。
「そこでターン! よかよか! 今のでOK!」
「うーん」
海が大きく両手で丸を作るが、頴川は納得していない。
「何がダメ?」
「ダメじゃない。じゃないけど……」
彼女の視線は実音のスカートに向いていた。
「実音ちゃん、本番もその長さ?」
「そうだけど?」
今回、実音は踊るメンバーに入っている。
当日は、学校の制服とはまた別の「なんちゃって制服」を着る。頴川は、実音のその衣装の着方が気に入らなかった。
「この曲で、そんな真面目な生徒役ナシだよ! せっかく可愛いんだし、もっと足出さんと!」
そして、頴川は無理やり実音のスカートの丈を上げた。
それに実音は抵抗するが、海がその行為を妨げる。
「ここは、おとなしく従った方がよか。スカートがヒラッてなった方が、絶対見栄えもバッチリだよ!」
「でもここの校則に一応、女子は膝上十センチ以上はダメって書いてあるよ」
「そんなの守る人、実音ちゃん以外におらん! それに、演奏の時は私たちも長くするけど、これは衣装やけん。校則、関係なかよ!」
実音は生徒手帳を取り出そうとするが、その前に頴川がきっぱりと言い放つ。
短くし終えた彼女は満足そうだ。
「うん! こっちの方が似合っちょる!」
「恥ずかしいんだけど」
「えー。実音ちゃんの美脚が見れて、よかよ?」
「だから、恥ずかしいんだってば!」
そこに、プリンスが顔を覗かせた。
「あのー。ボク、入っても大丈夫ですか?」
「あ、プリンス! よかよ」
海の許可で、空き教室に入ってきたプリンス。彼の手には制服がある。
「これ、持ってきたんですけど」
「ありがとう! で、誰が着る?」
頴川の発言で、教室の空気が変わった。
ダンサーの中には男装の生徒もいる。その彼女たちの中で、「誰がプリンスの中学時代の制服を着るか」の戦いが始まった。
「ところで、プリンスはどう思う?」
海は、プリンスの前にスカート丈の短くなった実音を見せた。
「これくらい短い方がよかでしょ?」
そう訊かれ、彼の視線は自然と実音の足へと向けられる。
「……」
「あの……そんなに見られると、本当に恥ずかしい」
「っ!」
消えそうな声で訴える実音に、プリンスはパッと目を背ける。
「すみません! でも、いいと思います!」
「ほらね! プリンスもこう言っとるし、これでいこ! スパッツ履けば問題なか」
「……うん」
渋々了承し、実音の衣装は決まった。
近くにいた衣装係が、すかさず丈の調整に入る。
「このスカート、誰の?」
「ベニ子」
「ベニ子! これ、切ってもよか?」
「よかよ」
これで、実音は丈を長くすることはできなくなった。もう、逃げ場はない。
「今までいろんな衣装着たけど、これが一番恥ずかしいかも」
「何言っとるの! 定期演奏会の方がすごいと思うよ」
海は、まだ仮縫い状態だった衣装を試着した実音を思い出す。
「あれを着こなせるのは、そうおらんよ」
「ああいうのは、前にも着たことあるから。ほかにも派手なのとかもあったけど、露出はこれが過去一だよ」
「露出って……。全国の女子高生、みんなこれが普通よ」
「え!」
突然驚く声が聞こえ、何かと思い実音たちが廊下へ目をやると、こちらを覗く有馬咲太郎がいた。
「実音先輩、めっちゃ可愛いじゃないっすか! 写真、いいっすか?」
有馬は質問しながら、カシャカシャと連写している。
「もう撮ってるし!」
別に見られてはいけないものではないが、なんとなく海とプリンスで彼の前に立って視界を遮った。
「見えないじゃないっすか」
「咲太郎のゲスい目に入れたくない!」
「なっ!? お前はじっくり見たんだろ!」
「じ、じっくりなんか見てないよ!」
「どうだか……。ってかこの教室、女子ばっかなのによく平気で入れたな。いつも紳士ぶりやがって、こすかー(ずるい)!」
「はぁ? ボクはただ、衣装を貸しに着ただけで!」
そんな騒がしい有馬たちのやり取りの後ろで、実音はさっと元の制服に着替える。
そして、脱いだスカートは衣装係によって回収された。今から余分な生地を切り取られてしまう。実音は名残惜しそうに、そのスカートと一旦お別れした。
演奏をするにあたって、曲紹介はとても大事だ。従って、大三東高校吹奏楽部には、司会担当が存在する。
例年、曲紹介のために前に出てくるため、なるべく客席に近い部員が担当する。
今回の文化祭で司会デビューをするのは、クラリネットの二年生の隈部満だ。短めのストレートの髪の部員で、主にセカンドを担当している。
彼女はシナリオ係が作った台本を基に、自分の話しやすい言葉に書き換えた。それを現在、実音と海の前で実際に話して聞かせた。
「うん。問題ないと思う。話すスピードもゆっくりで、聞き取りやすい。声もすごく通るね」
「でしょ! くまちゃんの声、司会向きだよね!」
「うん。これなら、商店街のコンサートの時も頼めばよかった」
「だね!」
「うーんと、それは……たぶん、無理」
ウグイス嬢のような声を褒めるふたりに対し、隈部の表情は浮かない。
「アドリブ苦手やけん。あの時みたいに練習と違うことされたら、パニックで喋られんようになる」
「パニックって……。くまちゃん、いつもしっかりしとるでしょ。クラリネットの二年生で、一番冷静だもん」
「そんなことなか。猪突猛進な海と、ケタケタ笑いながら毒舌を言うひーちゃんと、マイペースなヌイヌイに、いっつも振り回されとるよ。私、予想外なことあるとアホ毛がやっちゃ(とても)飛び出るの。部活の時すごいよ?」
「そうなの!?」
同じパートでずっとやってきて、海はまさかの事実を初めて知った。
思い返せばたまに隈部のアホ毛が気になることがあったが、そんな原理だとは思わなかった。
「ただ台本を読むだけなら構わんよ。ばってん、不測の事態が起きたらどうしよう」
「大丈夫だって。文化祭の観客はほとんどが生徒なんだよ。失敗したって、みんな笑ってくれるはず」
「失敗どころか、頭真っ白になって何もできないと思うよ」
「またまたー。そんなくまちゃん、想像できんよ」
全く心配していない海に、隈部は不満そうだ。
普段顔に出ていないだけで、自分がどれほど焦っているのかがなかなか伝わらない。
「海だって、定期演奏会ではソロがあるでしょ? 緊張するよね?」
「うーん。まだわからん。ばってん、楽しみの方が強いかも」
「例えば、超イケメンが目の前におっても?」
「え? 超イケメン?」
その瞬間、海の頭の中には転校生の顔がどアップで現れた。そして、彼女の顔は真っ赤になる。
「そ、それは……えっと……まぁ、その」
「めちゃくちゃ動揺しとるね。え? 好きな人でもできた? あ! もしかして、海のクラスに来た転校生?」
「なっ! なんでわかると!」
「あ、当たっちゃった。私、遠目でしかまだ見とらんのよ。そんなにかっこよかかね?」
隈部は実音に尋ねるが、彼女は「さぁ?」と首を傾げる。
「雅楽川さん、理想高そうだもんね。まぁ、海にとっちゃどストライクか」
「くまちゃん、シーッ!」
海はどこで誰に聞かれているかわからないため、これ以上揶揄うのを止めさせる。
「はいはい」
(ここで止めたって、海ってわかりやすくて意味なさそう)
隈部は友人のガチ恋を楽しんでいる。
「これで私の不安さわかった?」
「わかった!」
「よろしい! だから、何かあったら助けてね!」
「了解! 実音がその時はどうにかしてくれるはず」
「あ、私なのね」
「くまちゃんが無理なら、わたしの方がもっと無理よ。頭の回転が遅いもん」
「確かに」
「くまちゃん!?」
もうひとりの同じパートの紣谷秀奈並の正直な毒舌を披露する隈部。こういうことを言っても、変な空気になったり喧嘩にはならないのをわかっているからこその会話である。
クラリネットの二年生は、部内でもトップクラスに仲の良いパートだ。




