12.海、レベルの違いを知る
今日は吹奏楽コンクールの九州大会の日。
部員たちは、視聴覚室にてライブ配信を視聴することになった。ただし、やはり生で観て聴くのは違うということで、実音と海のふたりだけ、代表として現地に赴いた。
「みんなで来られたらよかったのにね」
「仕方ないよ。当日のチケットがどれくらい余ってるかは、行かないとわからないし。それに、交通費とチケット代だけで高校生には痛い出費だから。ライブ配信があるなんて、便利な世の中になったよね」
「実音……なんだかお年寄りみたいだよ」
会場の空気は、県大会とはまた違った。
大人数で固まって応援に来ている団体がいくつもある。コンクールメンバーになれなかった者たちだろうと、海も想像ができた。その彼らでさえ、彼女にはとても上手な奏者に見えてしまう。
どこも自分たちより先を行く団体だ。そして、ここを勝ち抜けば全国に進むことができる。
全ての演奏が終わると、海は手が痺れていた。
どれも素晴らしい演奏で、終える度に精一杯の拍手を送ったからだ。
「実音! 九州大会って、レベル高いんだね! みんなすごかった!」
興奮を抑えきれず、隣の実音に話しかける海。
ところが、その実音はとても落ち着いている。その手元を見ると、プログラムに何かを書き込んでいた。
「そうだね。来年はこのレベルになってないとね」
「何書いとるの?」
「あー、気にしないで」
そして表彰式が始まる前に、出場団体に席を譲るためふたりは会場を後にした。
立ち寄ったファミレスで、お腹が空いていた海はポテトを口に入れた。
「はぁー。どこも見た目から上手そうだったなぁ。……みんな同じ髪型だったり、ブレザー着とったり。……うちみたいに五十五人いないのに音量がズバーンッてところもあったよね。……それから音の粒が見えるっていうか、どこも指が正確だよね。……何人で吹いとるのかわからんくらい、音もピッタリだし。……ソロもすごすぎ。震えちゃったもん!」
海はずっと感想が止まらない。
しかも手も止まらない。ポテトも常に減り続けている。
そんな彼女の器用さを見ているだけで、実音の食欲は満たされた。鞄から取り出したプログラムとスマホを見比べて、それに更に書き込みをしていく。
「何見とるの?」
「コンクールの結果。自分のとずれがないかを見てるの」
実音は、演奏団体ごとにどの賞を取れるかの予想をしていた。
審査員によって、どこを重視するのかは様々だ。来年も同じ審査員であることはない。だが大まかな対策を取るためにも、そして自分の耳が間違っていないことの確認をするためにもこうしているのだ。
「で、どうだったの?」
「うん。大体合ってた」
その結果を見て、海は驚愕した。
「え!? 嘘! ここ、銀だったの!? 絶対金だと思ったのに!」
海が言っている学校は、全国的にも有名な強豪校。今日も高難度の曲を演奏していたが、実音の予想も銀だ。
「難しい曲をやったからって、いい成績とは限らないよ。ソロはまあまあだったけど、所々揃ってなかったのが残念だね。そういうの、審査員の先生方は見逃さないよ」
「ふへー」
九州大会の恐ろしさを知って、思わず変な声を出してしまう海。
ただ、ひとつだけ嬉しいこともあった。
「それにしても、オーボエは実音の方が上手いと思ったよ! いや、ほかの人も上手ではあるよ? ばってん、なんというか……ピッチも感情の乗せ方も全てが上! あの中に混ざっても、実音の音は誰よりも輝いてーー」
「海!」
せっかく褒めていたところで、海は実音に止められてしまった。
「シーッ! その話は長崎に帰ってからね」
実音はお店に入ってきた団体を見て、その会話を中断させる。そして、小声で海に教えた。
「あの人たち、たぶんここのOB」
実音はプログラムに載っている、さっき話に出ていた団体を指差した。
「会場で見たから覚えてる。あの学校の出番の時、一番拍手が大きかったから」
そのOBたちは、かなりイラついていた。
結果に満足していないようだ。
「ったく、なんだよ!」
「そう言ったって、一番辛いのは現役でしょ」
「あ、もう連絡きた。『先輩方に続けなくてごめんなさい』だって。そんなこと思わなくていいのに」
「コンクールって、何が起きるかわかんないもんね。謝る必要ないよ」
「そうだよ。顧問が代わったのに、よくあそこまでやったよ」
どうやらその団体は、去年までの顧問が異動してしまったらしい。
大三東は顧問が文になる前も弱小だったため、そこまで大きな変化はなかった。しかし、強豪校にとっては全く違うのだと海は思った。
「ここが異動先」
彼らに聞こえないように気をつけながら、実音はプログラム上で別の団体を指差した。そこは今年金賞を受賞していた。
「有名な先生だから、私も気になってたの。異動先は、これが九州大会初出場だって。ダメ金だったけど快挙だね」
「もしかして……顧問って、めちゃくちゃ大事?」
「かなりね」
海は、文が吹奏楽専門でないことを知った実音のがっかり具合を思い出した。あの時、彼女が相当深い溜め息をついていたが、その訳を今理解した。
「もしかして……わたしたち、すっごく不利?」
「今頃気づいたの?」
ほかの団体の事情など考えたことのなかった海にとって、今目の前で起こっていることは衝撃だった。
「あそこは外部の講師の先生がいるはずだし、そんな急激にレベルは下がらないと思う。だけど、いつまで九州大会に出続けられるかはわからないよね。それより、そろそろ出ないと帰りが遅くなっちゃうよ。ほら、早く食べて」
「……うん」
違う団体の心配をしたところで、何もできないし自分たちとはそもそも関係がない。
だが、海は怒っているそのOBたちのことが気になってしょうがなかった。
翌日の練習では、海はいつも以上に積極的だった。
自分よりも上手い演奏を聴いて、このままではダメだと考えた。
「ねぇ、実音。このソロがいまいちよくわからんくて。だから聴いて!」
「このCDの人は『ホー』って音でしょ。で、こっちの人は『ポー』って感じなの。どっちがわたしに合う?」
「パート練習で第三音が鳴ると、上手く和音が響いてくれんの。どうしたらよかと?」
こんな風に、何かあればすぐに実音に聞いた。
初めはやる気があって良いことだと思った実音だが、彼女にはほかのパートも見る必要がある。ずっとは構ってあげられない。
そこで、違う楽器同士の練習を多く取ることにした。今までも、実音がいろんなパートを巡ったり分奏をすることはあった。その応用である。
「さっきホルンと練習してね、プリンスの説明、すんごいわかりやすかった!」
早速練習を終えての感想を、実音に伝えに訪れた海。
効果はかなりあった。
客観的に聴いてもらう機会が増え、ほかの部員たちにも刺激になっている。コンクールの練習でセクション練習をしたが、その時は曲の練習が主だった。今回は基礎も合わせるように指示を出したため、音のブレンド力の強化にも繋がった。
それから、個人の考える能力が増した。普段は実音や造酒迅美や各パートリーダーの意見ばかりが出るだけだったが、一年生にも思ったことを声に出すようにお願いしておいた。そのおかげで、ちょっとした疑問の解決や、新しい練習方法も見つかった。何より、一年生が積極的になれる環境は、部活全体の向上心が高まる。
今回の視察がもたらしたものは、非常に大きかった。部長の海は、どれほど全国への壁が高いのかを知ることができ、目標のためにまだまだ練習が足りないという現実も理解した。
来年こそは九州大会へ出場できるように、燃える大三東高校吹奏楽部であった。




