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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
8月

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10.精霊流し

 大三東(おおみさき)駅に着いた頃にはもう夕方で、空がだんだんとオレンジ色に近づいていた。

 大護(だいご)は、以前(うみ)と三人でも来たことのあるあの桟橋へと実音(みお)を連れてきた。


「この時間、やっちゃ(とても)綺麗かろ」

「……うん」


 遠くに沈もうとしている太陽と、キラキラと光る水面。天候にも恵まれ、最高の景色を見ることができた。


「……すごく綺麗」


 その場に座り、ふたりは暫くこの風景を眺めた。言葉は交わさず、静かに時が過ぎていく。

 辺りが暗くなった頃、大護は立ち上がった。それに彼女も素直に応じる。風に当たりすぎて、身体が少し冷んやりしていた。

 大護は自然な流れで実音の頬に触れた。手から伝わる体温が少しだけ低い。

 実音はそんな大護の行動に驚いて、何もできずにいた。

 

 バチバチバチバチッ


「っ!」


 すると、どこかで静寂を破る派手な音がした。

 大護は我に返って、慌てて実音から手を退かす。


「そろそろ始まるな。こっち」


 そして、大護は実音をつれて目的地に向かって歩き出した。









「ただいまー」


 やってきたのは、大護の家だった。


「あれ? 兄ちゃん、何しとーと? って、え? その人、カノジョか!?」

「カノ!? バカ!」


 玄関を開けて一番最初に現れたのは、大護に似た男の子だった。


「こいつ、俺の弟で攻助(こうすけ)。今中二なんだ。おい、攻助! お前こそ、なんでまだ家なんだよ。早く外出ろ。もう始まんぞ」

「今行こうとしたんだよ。母さん以外、みんな行っちゃったし」


 そう言いつつ、大護の弟は実音の顔をジロジロ見ている。


「で、カノジョか?」

「攻助!」

「大護帰っとったの? あら?」


 さらに、そこに大護の母親も現れた。


「あらあら。そーにゃきれか子ねぇー(すごく綺麗な子ね)。大護のカノジョ?」

「母さん!」

「大護君と同じクラスの雅楽川(うたがわ)実音と言います。四月に東京から引っ越してきました。今日は、大護君にいろいろ案内してもらっていたんです」

「あーら、たまがったー(驚いた)! 大護のおねどし(同い年)にこがん子がおるなんてねぇー! で、カノジョなの? 付き合っちょるの?」

「クラスメイトだって言ったろ!」


 大護の母親と弟は、ふたりでこそこそ話しながら彼を哀れんでいる。


「きっと兄ちゃんが一方的に……」

「そうね。釣り合わんわ」

「初めてだろ。女子を家に連れてくるなんてさ」

「だから昨日、あの子部屋ば片しちょったんだわ」


 ふたりの中では、海は女子としてカウントされていない。幼い頃から知る彼女は、(あさひ)家では食べ物を漁りにやってくる動物のような存在だ。


「邪魔者はとっとと出ていくけん。実音ちゃん、人の家だからって気にせんちゃよかよ(気にしなくていいよ)。大護、女の子の嫌がることはつまらんよ(してはいけないよ)!」

「やかましか!」


 ピシャンッと玄関から追い出し、肩で息をする大護。

 実音も、少し気まずくなる。


「……特等席、こっち。階段あるけん、気をつけてな」

「……うん」









 大護の案内で通されたのは、野球選手のポスターが貼られた部屋だった。棚にはたくさんの漫画が入っている。机には高校の教科書が置いてあり、実音はそこが大護の部屋だとすぐにわかった。


「狭くてごめんな」

「ううん」


 そして大護は部屋の窓を開けた。外からは住民たちの声が聞こえる。

 

「ここからよく見えるんだ。だからこのベッドに……」


 そこで大護は気がついた。

 確かにベッドに腰掛けると、外がよく見える。だが、これでは下心があるように思われてしまう。

 ゆっくり実音の方を振り返ると、戸惑う彼女の姿があった。


「違うんだ! そういうつもりじゃなか! ただここが一番見やすくて!」


 必死に説明する大護。彼は、最後の最後でやらかしたと思った。


「……大丈夫」


 しかし、実音はそんな大護を見て少し警戒を解いて窓に近づいた。ただし、ベッドには腰掛けない。


「俺、何か飲み物取ってくる!」


 窓とベッドの間にいつも勉強する時に使っている椅子を置き、大護は逃げるように一階へと駆け降りた。









(考えてみたら、女の子を部屋に入れるなんて初めてだ。うわー。緊張する)


 大護は冷蔵庫から何か良さそうな食べ物がないか探しながら、そんなことを思っていた。やはり、海は女子としてカウントされていない。

 お客さん用のコップにお茶を入れ、普段は使わないトレイに乗せて運んだ。








 

 部屋に戻ると、先ほど聞こえた爆竹の音がまた鳴り始めた。


「始まったな」


 小さなテーブルにトレイを置き、実音に飲み物を渡す。


「ありがとう」

「あと、これもよかったら食べて。って、これしかなかったんだけどな」


 大護が持ってきたのは、四角い羊羹のような食べ物だった。

 それを実音は不思議そうに見た。


「これ、何?」

「ん? あー、いぎりす」

「イギリス?」

「いぎす藻っていう海藻で、いろんな具材を固めたやつ。まぁ、寒天みたいなもん。うちのはその時ある野菜と魚で作るけん、毎回味が違うんだ。今回は……鯵だな。あと人参に椎茸に……豆腐かな?」


 一口食べてみると、優しい塩味が効いており様々な具材の食感が楽しめた。


「うん、美味しい。ヘルシーだし、健康にも良さそう」

「よかったー」


 バチバチバチバチッ


 また、激しい爆竹の破裂音が鳴る。


「……すごいね」


 お盆は先祖が帰って来る日。そんな日に、長崎では派手な音が各地で響き渡る。爆竹は邪気を払う役割がある。


「この音鳴ると、お盆って感じするよな」


 大護はそう言うが、実音は頷けない。東京では爆竹を見たことがない。


「もうすぐ舟も来ると思うぞ」


 すると、遠くの方から爆竹の音と男たちの掛け声と一緒に、明るい精霊舟がやってきた。


「……綺麗」


 長崎県の至る所で精霊流しは行われる。しかし、地域によってその舟は異なる。

 島原の舟は、竹と藁でできた切子灯籠だ。海に流すため、丈夫な作りになっている。それを男性たちが担いでいく。

 揺らしたりその場で回したりと、かなり動きも激しい。とても先祖を乗せているようには思えない。この派手さを見に、県外からも観光客が来る。


「あれは自治体で作ったやつ。去年は個人のもあったんだ。近所のおじさんで、父さんの友達だった。まだ若くて、子供も小さくて……。舟の先頭に写真も貼ってさ。担いでいる時は夢中だったばってん、海に流した時はちょっとくるもんがあったな」

「……そっか」


 その時のことを思い出して少ししんみりする大護に、実音は優しく寄り添った。

 精霊流しは初盆に行う。つまり、今長崎中で流れている舟は、この一年で人が亡くなったことを意味する。


 舟がだいぶ大護の家まで近づいた。舟の傍には、海の姿もある。


「あ、海だ」

「あいつ、爆竹投げすぎだろ。ヤビヤじゃないだけマシだけど。誰だよ、海に持たせたの」


 ヤビヤとは、ロケット花火のことだ。現在は禁止されているが、前までよく爆竹とともににお盆は飛んでいた。

 ちなみに、ヤビヤも爆竹もみんな手に持って火をつける。とても危険な行為だ。絶対に真似してはいけない。


「あれって、なんて言ってるの?」


 実音は、聞こえてくる掛け声が爆竹で聞き取れず大護に尋ねた。


「あれか? 『なまいどー、なまいどー』って言っとる。南無阿弥陀仏って意味な。長崎市は『どーいどい』だったっけ?」

「ちゃんと、意味あるんだね」

「ま、深くは考えてなか。あ、ほら、あそこ! 海の近くにいる細い奴! あれ、海の兄貴の(りく)。似てねーだろ」

「確かに」


 大護が指差す方向にいる、若い男性。細い身体だが、力強く舟を持ち上げていた。


「大護君は担がなくてよかったの?」

「あー。……まぁ、人足りとったし」


 実は、陸から来るように言われていた大護。しかし、彼は今回は実音との時間を優先した。その代わり、別日に大役を任されている。


「この後、海に流すんだ。環境にもいい状態にしなきゃやけん、もちろん回収するけどな」


 本当は、賑やかな市街地で流す様子も見せたかった。

 しかし、前に実音が海との会話で「吹奏楽をやり始めてから、人混みを避けている」という話をしていた。理由は怪我防止と感染症対策だ。人数の多い部活のため、いくら休みの日でもお祭りなどは控えていると実音は言った。

 その話を聞いて、大護は今回部屋で見ることを考えたのだ。決して下心があったわけではない。


「また、来年も一緒に見ような」

「来年は受験生だよ」

「まぁ、そうだけど」

「それに、来年の今頃はまだ部活引退してないだろうし」

「おっ! 強気だな。野球部も負けてらんねぇな」

「うん!」


 暗い中を、灯籠の灯りが照らしている。とても幻想的だ。

 この光景を、実音と大護はふたりっきりの部屋の中でただ眺めるのだった。

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