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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
8月

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9.島原をさるく(ぶらぶら歩く)

「じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 現在、部活は完全にお休み中。自主練習も禁止だ。

 そんな中迎えた、約束の十五日。

 実音(みお)は白いワンピースに着替え、ポニーテールの髪には青色のシュシュをつけた。


音和(おとなぎ)さんの家には、お母さんが後でお礼の電話かけとくね」

「うん」

「あと、一緒に精霊流し見る友達にもよろしくね。なんて子?」

「えっと、(あさひ)だよ」

「アサヒって言うんだ。可愛い名前ね」

「うん?」

「楽しんでらっしゃい」

「うん」


 精霊流しは夜だ。それを見ていたら遅くなるため、今日は(うみ)の家に泊まる予定になっている。だから、必要最低限の荷物を小さなリュックに詰め込んだ。そして、そのイベントを別のクラスメイトと見ることも、彼女は母親に正直に伝えている。ただし、それが男子とは言っていない。








 ほかにも案内したい場所があると言われ、待ち合わせはお昼前にした。駅に着くと、既に大護(だいご)が待っていた。


「おはよう、大護君。ごめんね、待たせちゃった?」

「いや。今着いたとこ」


 そう答えるが、実際は三十分前から大護は待機している。真夏に外で待っていたため、大量の汗をかいていた。


「今日もよろしくね。暑いし、どこか涼しい所入ろ」


 実音はリュックから扇子を取り出し、それを使って汗だくの彼を煽いであげた。


「おすすめの店があるんだ。まずはそこに行こう」


 前回はリサーチしたお店を一件も紹介できなかった大護。今回こそはオシャレなお店に連れて行こうと、張り切っていた。








 まずやってきたのは、島原そうめんの専門店。

 ここでは、そうめんのオシャレなアレンジ料理が楽しめる。また、サラダバーつきで島原の新鮮な野菜も食べることができる。実音は「イカ墨明太」、大護は「辛肉味噌」を注文した。少し早めの昼食だ。


「島原そうめんって、やっぱりコシが違うよね」

「そうか?」


 大護は島原そうめん以外を食べたことがないため、違いがわからない。


「うん。全然違うよ。前に雲仙の温泉に行った時、途中で流しそうめんのお店に行ったの。ずっと水の中を回っているやつね。時間経っても伸びないから、感動しちゃった。お土産で持って帰った黒胡麻風味のそうめんも美味しかったなぁ。その後、東京でほかのそうめん食べると『これじゃない感』がすごかったよ。めんつゆ以外で食べるのは初めてだけど、これもいいね」

「俺の家じゃ、そうめんは味噌汁に入っとるってイメージだけどな。これも美味い。この店当たりだ」

「連れてきてくれてありがとうね」

「おう」


 島原の手延そうめんは、その強いコシが特徴だ。煮込んでも伸びにくいため、寒い冬は地獄煮で食べられることもある。

 そんな島原そうめんだが、実はそのほとんどは南島原市で作られている。全国の手延そうめんの三割を占める生産量を誇るのだが、そのことは意外と知られていない。








 続いてやってきたのは武家屋敷だ。

 島原城の西側に位置し、昔の下級武士の住んでいた家屋が並んでいる。

 道の真ん中には水路があり、綺麗な湧き水が流れる。島原は「水の都」と呼ばれており、たくさんの湧き水が湧いている街だ。それをここで感じることができる。


「落ち着いてて、雰囲気がいいね」

「あっちに、無料で入れる場所があるんだ。行こうぜ」

「うん」


 そして、ふたりはその中のひとつの屋敷へと入ってみた。

 大切に保存された日本家屋。当時の武士の暮らしぶりを見ることが可能だ。


 見学をしていたふたりだが、実音がスマホの時計を確認すると、もうすぐで正午になるところだった。


「大護君」


 それを大護にも伝えると、彼はその意味を理解し軽く頷いた。

 そして十二時になったと同時に、ふたりは目を瞑り黙祷を捧げる。

 今日は八月十五日。終戦の日だ。


 黙祷が終わりゆっくり目を開けると、大護は次の場所へと案内した。









 次に訪れた場所は、実音も来たことがあった。


「うわー! 懐かしい!」


 こちらも目の前には水路があり、その中にはたくさんの錦鯉が泳いでいる。

 綺麗な湧き水を後世まで残すためと観光を目的として、島原には「鯉の泳ぐまち」というのがある。地元の人々によって管理され、清らかな水の中を悠々と泳ぐ鯉を見ることができる。


「ここ、小さい時に来たことあるよ。覚えてる。水が綺麗で、気分も涼しくなるね」

「やっぱ、来たことあったかぁ。迷ったんだよな」

「私は来れて嬉しいよ。あ! この鯉、模様がハートみたい!」


 鯉を見て楽しそうな実音に、大護も安堵した。

 ついでにその無邪気な彼女の様子を、心の奥の大切なフォルダーによく焼きつけて保存しておく。


(かなり順調だよな? この調子で次行くか)


「そろそろ、甘いものでも食べに行かないか?」

「甘いもの? 行く!」

「よし、こっちだ」









「ごめん」


 デザートを食べに訪れたお店は、かなり並んでいた。

 人気店なのは知っていたが、ここまでとは思わなかった大護。お盆ということもあり、観光客で賑わっているようだ。


「全然、気にしてないよ。ここ、来てみたかったの。ドラマでもやってたよね? 楽しみ!」


 謝る大護に対し、実音は全く残念がっていない。行列など珍しくないし、お腹を空かせるには丁度良いとさえ思っている。

 順番を待つ間、コンクールのことや合宿のことや野球のことなどを話して過ごした。すると、あっという間に時間は過ぎ、呼ばれて中に入ることができた。


 大護が連れてきた店は「かんざらし」の専門店だ。

 かんざらしとは、甘い特製の蜜に白玉団子が入ったシンプルな島原のおやつだ。お店によって蜜の作り方は異なる。


「甘くて美味しい。ここのはお団子が浮くんだよね。お餅にもお砂糖が入ってるとそうなるんでしょ? 家で真似してみたことあるけど、この蜜の味は全然違う。ザラメの量かな?」

「俺も家で食べるのとは違うな。うちのはもっとあっさりしとる」

「フルーツがなくても美味しいって、お水が綺麗だからこそだよね」

「そうかもな」


 満足そうな実音に、大護も嬉しくなる。

 島原駅周辺は栄えているとはいえ、東京出身の彼女を案内するのはかなりドキドキしていた。彼にとって、これは立派なデートだ。失敗はできない。









 デザートの後に辿り着いたのは、無料の足湯だった。

 長めのワンピースが濡れないように、実音はスカートを捲り上げそっと足を入れた。


「足湯もいいね」

「そ、そうだな」


 大護は実音の白い綺麗な足を見て、直視しても良いのか焦った。だが悪い気はしても、目を逸らすのももったいなく思う。だから、目線は自然を装ってやや下に向けることにした。


「こんなにゆったりできる夏休みって、贅沢だね。ここ何年も夏が一番忙しかったから、この時期に休みなんて一日もなかったもん」

「一日も?」

「うん。合宿にホール練習で、毎日朝から晩まで練習。コンクールの日も、午前中に演奏だったら午後も当然戻って合奏。授業がない分、先生たちも部活モードに全振りなの。だからずっとピリピリして恐かったなぁ。部員同士の衝突もあったりで、精神的にも辛い時期だね」

「そんなんで、楽しいのか?」

「楽し……くはないかな。音を楽しむなんて、そんな余裕ないよ。あるのはやりがいだね。辛くても、お客さんの笑顔で辛うじてこっちも笑えた。コンクールは一位が当たり前ってプレッシャーがあって、取っても嬉しいっていうより安心が強いし」

「今は?」

「正直……楽しい。このままじゃダメだってわかってるんだけど、こういうのもいいなぁって。今回ね、今までの練習の感じから金賞は取れるっていう自信はあったの。でも推薦がもらえなかった時は、申し訳なさでいっぱいだった。私が甘かった。今の楽しさに慣れちゃって、知ってる辛さに戻りきれてないの。何やってるんだろうね、私」

「……それでよか」

「え?」


 大護はスマホで、野球部の最近の練習風景を見せた。

 そこには、バスケ部と一緒に走る様子が映っている。


「俺たちも変わろうと思って、今いろいろ試しとる。向いとると感じたら続けて、そうじゃないなら次。実音のアドバイスで、こうしようって考えてみたんだ。実音が前の学校と同じようなことをして、それで上手くいくならよか。辛かったら話でも聞くし、また美味しいもん食べさせてやる。違う方法があるなら、それをやってみればよか。あの(バカ)ならなんだってアホみたいについてくる。今のままでも、別に誰も実音を責めたりせん」

「……ありがとう」


 実音はその横顔を見つめた。

 だが彼の目線は下を向いている。


「大護君?」

「へ?」

「ボーッとしちゃって、温泉、熱かった?」

「いや! 全然! あ、いい時間だし、電車乗るか!」

「ここで見るんじゃないの?」


 実音は、てっきり精霊流しは街の中心部で見るものと思っていた。だが、大護の特別席はここではなかった。

 赤くなった足を拭き、ふたりは駅へと急ぐのだった。

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