表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
8月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/322

8.合宿三日目

 合宿最終日ーー。

 顧問の(かざり)がニコニコと笑顔で見守る中、サックスの泓塁希(ふちるいき)は今日も元気に「がんばらんば体操」を踊っている。初日は間違っていた振付も、今では完璧に動きを覚えた。


「最後に相応しい、素敵な体操だったね」


 結局、一度も一緒に体操をしなかった文。

 この合宿ではいつもより食事をしっかり摂ったため、体重は増加している。生徒が盛りつけた料理が大盛りだったせいもあるが、合奏以外の時間に保護者とお茶会を楽しんでいたのが主な原因だ。

 男子の部屋の見回りもせず、昨日もたっぷりと睡眠時間を確保した。おかげで肌艶がとても良い。








 最終日の午前中は、定期演奏会の第二部の通しを行う。

 衣装も道具も未完成だが、ここで一度全体のバランスを見る。

 客観的に観た時にわかりにくい場面がないかや、もっと必要な道具がないかなどを確認する。この際、演者は綺麗に拭いた靴を履いた。また、奏者の並び方も本番通りに配置し、いつもと違う目線に慣れる練習をする。


「準備は大丈夫? 時間も計るから、止めないで最後までやるよ」


 実音(みお)はストップウォッチをセットし、文に合図をした。









「お疲れ様でした。時間は……大丈夫。では、まず演奏面から。最初のホルン、慌てないで。オープニングだから、低音も重すぎない方がいいかな。それからーー」


 実音は、気になる箇所を伝えていく。途中、造酒迅美(みきはやみ)も自分なりの言葉で指摘した。彼女も、学指揮としての仕事を果たしている。


「この後は、シナリオ係とダンス係と演者のチームと、道具係、あと衣装係でそれぞれ反省会をします。ほかの人たちはその間自主練で」


 シナリオ係の網田九十九(あみたつくも)は、台本を巻いてメガホン代わりにしたものを手で叩きながら、集まった演者にキツい言葉をかける。


「全然、ダメ! キャラになりきってなか! 雅楽川(うたがわ)は、まぁヨシ。それ以外は一からまた演技の特訓ね。……それで、観ていていかがでしたか?」


 網田は、見学していた保護者たちに尋ねた。


「別に、よかよ?」

「そうねぇ。楽しそうでいいと思う」

「衣装も素敵ね。あれ、本当に手作りなの?」

「内容に、わかりにくいところはありませんでしたか?」

「うーん。大丈夫じゃなかと?」

「ゲームはよくわからん。ばってん、なんとなくは伝わっちょるよ」

「冒険って感じやろ?」


 網田はシナリオ係のリーダーであり、中学生の頃は演劇部に所属していた。

 彼女は、演技をするよりも演出を考えることが好きだった。映画を観る時も、カメラワークや伏線の出し方などに目がいく。

 高校には演劇部がなく、吹奏楽を選んだのはこの定期演奏会での劇が目的だ。希望のシナリオ係となり、今年は台本を任された。とりあえず劇の流れは問題がないようで安堵したが、やはり演者の演技力を強化する必要があると考えた。


「網田先輩。俺のこの役、どうにかなりません?」


 一年生の有馬咲太郎(ありまさくたろう)は、最初喜んで役を引き受けた。

 しかし、網田が渡した台本を読んでからずっとこのように言ってくる。内容に対して相当不満があった。


「有馬にぴったりよ。かっこいいし、最高でしょ? ばってん、動きが下手ね。アクションの練習をもっとせんと」

「かっこいいのは知ってますって! そうじゃなくて……」

「うるさい! これ以上文句を言うなら、役を降ろすけんね!」

「なっ! そんなの横暴だ!」

「お黙り!」


 網田は眼鏡を光らせて、ピシャリと言い放つ。

 その迫力に有馬は口を閉じた。


「よく聞いて? 私が演出のリーダーなの。せっかく目立つ役を与えたんだから、それに応えなさい! できなければ、本当にほかと代わってもらうけんね!」

「うっ……」


 そんなふたりのやり取りを眺めていた(うみ)

 自分の考えたダンスは問題がないようで、暇そうにしている。


「演者のみんな、ちょっといい?」


 すると、実音が布を取り出してそれを見せた。


「ちょっと足音が気になって。消して走れないかな? 無理なら、これを靴の裏に貼って」

「何それ?」

「フェルト生地。衣装係から、余りをもらってきたの」


 実音は演者たちに、その場を走らせた。

 すると、何人かの足音が大きく出ていた。衣装に合わせた靴を履いているため、その種類によっては音が鳴りやすかった。


「本番のホールは、もっと大きい音が出ると思うよ。こういうのって、お客さんも気にしちゃって集中できなくなるの。膝でクッションを作って、なるべく抑えられない?」


 ヒールの靴でお手本を見せる実音。

 その足音は全く鳴らなかった。


「忍者?」

「練習すればできるようになるよ。でも、無理して変な動きになってもいけないし、ダメならこれを貼って音を消そうね」


 海は上履きで走ってみる。

 それでも音は出る。彼女はそれを、体重の問題ではないと信じたい。


「足音は消して、でも動きはもっと大袈裟にね。そうしないと、遠くの席の人には何してるのかわからないから。やりすぎくらいが丁度いいよ。台詞も、思ったよりゆっくり。相手じゃなくて、客席側に向かって話すのが基本だよ」

「実音って、女優だっけ?」

「違うよ!」









 お昼のパスタを食べ終わると、合宿もそろそろ終わりが近づく。

 昼食の片づけの後は掃除をして、クリーニングに出す物をまとめる。貸してくれたバスケ部が戻ってくる前に、綺麗な状態にしておかなくてはならない。

 それらが済むと、最後はレクの時間だ。全員で外に出た。








「合宿、おっ疲れー! それじゃあ、パァーッと遊ぼう!」


 レク係の海と泓、それから一年生で新たに加わった有馬と松崎萌季(まつざきもえぎ)が前に出た。

 有馬は自分からレク係に立候補したが、クラリネットの松崎は、海の強引な誘いによって入れられてしまった。笑顔だが、心の中では「どうして私がこんなことを……」と思っている。

 場所は海辺。まだ外は明るく、気温も高い。


「今年は何する気?」

「もう、だるまさんがころんだはなしだからね」

「こんな暑い中で、走るのもね」


 二年生はレク係に期待していない。前回のようなことが起きないように願っている。


「今回は……ジャーン! スイカ割りから始めるよ!」


 海は盛り上がっていた砂を退かし、そこから大きなスイカを取り出した。

 海にしては、ベタだがまともな案だ。


「誰からいく?」

「俺でしょ」

「なんで有馬なのよ。それならプリンスでしょ」

「ボクは遠慮します」

「こういうのは、造酒(みき)が向いとるよ」

「え、ウチ?」


 指名されたのは、運動神経の良い造酒迅美(はやみ)

 レジャーシートの上に泓がスイカを置き、海が拾った太めの木の棒を渡した。


「ガンバ!」

「いけっかな? 目隠しは?」

「あ、忘れた」

「いいや。自分で目、瞑る」


 造酒は深呼吸をして、集中力を高める。

 そして、スイカから離れた場所でグルグルバットのように回転してから、指示のある方向を目指した。目は回っておらず足取りもしっかりしている。

 そして、目的地まで辿り着くと思いっきり棒で叩きつけた。


 バキッ


 嫌な予感がし、造酒は目を開けた。

 すると、そこには真っ二つに折れた木の棒があった。直撃はしたのだが、棒が腐っていて硬いスイカに負けた。


「……」

「えへっ。ごめんね。で、どうしよっか?」


 用意した海は、舌を出して謝罪した。


「包丁あるけん、これで切っちゃる」


 そこに現れたのは、やっぱり頼りになる主婦たち。

 音和(おとなぎ)家からスイカが送られてきたのを見て、もしものために用意していた。ほかにもスイカはあり、それらは事前に冷やして切ってある。


「助かるー! さすがママたちだね!」


 その場で割り損ねたスイカをカットし、みんなで分けて食べた。


「甘っ。それと……(ぬる)い」

「砂の中にあったやつだもんね」

「こっちは冷えとって、美味しいよ」

「夏っぽくてよかね」


 全て食べ終わると、次は一年生の出し物だ。


「えっと、サプライズではないですが、花火大会をしたいと思います」

「家から持ってきたやつ、一旦ここに集めまーす!」


 合宿の前から告知のあった企画で、二年生も安心して聞いている。


「蝋燭とバケツは五箇所あります。火傷しないように、周りに注意してください」

「二本持ちは禁止で。そんじゃ、始め!」


 有馬の合図で、適当に花火を選んで散らばる。

 この場所で花火の許可を取ったのは文だ。その彼が、一番はしゃいで楽しんでいる。


「見て。これ綺麗」

「こっちは勢いがすごっ。あ、もう終わった」

「蝋燭の周り混んどるけん、火、もらうね」

「よかよ」

「楽しいし綺麗だけど、どうせならもっと暗い時間がよかったよね」

「仕方なかよ。この時間しかダメだって言われたんだって」

「暗いと、ちゃんと片づけたか見えないもんね」

「ちょっと、誰!? 爆竹持ってきたの!」

「……泓先輩です」

「見つかる前に隠さんと!」









 楽しそうな部員たちを見ながら、実音は座って潮風を感じていた。


「隣、いいですか?」

「うん」


 プリンスは、騒ぐ部員たちから逃げ出して実音の隣に座る。


「明日から、夏休みですね」

「そうだね。野田君は何するの?」

「毎年行ってる家族旅行に。いつもdadが張り切ってて……。先輩は?」

「編曲で見直したい箇所があるの。あとは自分の練習もしなくちゃだね」

「遊びに行ったりは?」

「あー、うん。まぁ……ちょっと、誘われてて」

「え!?」


 驚いて、プリンスは思わず実音の顔を見た。


「……」


 その表情で、彼はまだライバルがいることを知った。


「……それって、カレシですか?」

「違うよ! 同じクラスの人で、いろいろ案内してくれるだけ」

「でも、男なんですよね?」

「……そうだね」

「好きなんですか?」

「っ!」


 今度は実音が、パッとプリンスの方を向いた。


「それは……そういうのじゃないよ」


 そう否定するが、その後の言葉が出てこない。

 プリンスは深く溜め息をつき、遠くの海原へ目線を移動してから口を開いた。


「ごめんなさい。困らせちゃいましたね。でも、これだけは伝えておきます。ボクにとって、雅楽川先輩は憧れの存在です。その男がもし先輩を傷つけたら、ボク、何するかわかりません。その時は遠慮しないんで」

「野田君?」

「それじゃあ、良い夏休みを」


 プリンスは、逃げるようにその場を去っていった。そして残り少ない花火を持って、泣きたい気持ちを隠すようにはしゃぎ回るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ