7.合宿二日目(恋バナ)
夕食後の宿泊棟での演出の練習を終え、プリンスは実音に一緒に楽器の練習をしてほしいと頼んだ。
快く承諾をもらえ、ふたりで音楽室に行く。
「昨日の縫先輩の洗脳で、この曲やるのが億劫なんですよね。でも、重要な曲っていうのはわかったんで、どうしても練習したくて」
椅子に座ったプリンスは、ピアノの蓋を開ける。軽く指を動かしてから、悲しげなメロディーを弾き始めた。
それを聴いていた実音は、何も注意することが思いつかなかった。それほど、彼の演奏は素晴らしかった。
感情を乗せるプリンスの音に、実音はオーボエの音を重ねる。音楽室に、美しくも悲しいメロディーが響き渡った。
一曲通し終わると、プリンスは実音に感想を訊いた。
「どうですか?」
「大丈夫。これでいこっか。本当はピアノ曲なんだよね。バンドが入っていいのか、編曲した身としてはそこだけが不安だなぁ」
「バンドって言っても、先輩の音がメインじゃないですか。シナリオ係からの提案ですし、問題ありませんよ。それに、こうやって一緒に近くで演奏できるのも、普段は難しいですから。ボクはこの方がいいです」
いつもの合奏では、ホルンとオーボエはかなり離れている。だから、プリンスはドキドキしながらも嬉しさで溢れていた。
「野田君は指示しなくてもアゴーギクができてるから、私もやりやすいよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
アゴーギクとは、曲想に応じてテンポを動かすことである。
これをしないと、感情のないメロディーになってしまう。だからといってやりすぎると、不自然に聴こえたり周りとずれてしまう。
「この曲はもう充分だね」
「あ、じゃあほかの曲なんですけど……」
もう少し一緒に練習をしたくて、プリンスは持ってきていたホルンを取り出した。
「これも見てほしくて……。いいですか?」
「いいよ」
「やった!」
実音は、そんな後輩に対し「練習熱心だなぁ」と感心していた。
彼の気になる箇所を聴いては、褒めたりアドバイスをしてあげる。プリンスも、ふたりだけの空間を心の底から楽しんだ。
バンッ!
そこに、有馬咲太郎が乱入する。
「俺も実音先輩と練習したいんですけど、いいっすか?」
有馬もトランペットを片手に、ずかずかとやってきた。
バチバチと視線を交わすプリンスと有馬。元々入部した当初は、男子の人数が少ないということもあり普通に仲良くしていた。
しかし、実音を有馬から守ろうとプリンスがいろいろ邪魔をしたため、ちょっとしたバトルが多くなった。今回は、有馬がプリンスのチャンスの妨害をした。
そして、実音はふたりが仲良しだと思っている。
「ふたり共、練習熱心だね。せっかくだから、トランペットとホルンで音を合わせる練習をしよっか」
「え?」
「マジ?」
実音はメトロノームを鳴らし、ふたりの前に立つ。
「交互に吹いて、お互いの音をよく聴いてね。ふたりは、二年生の中でも特に実力のある奏者だから、高め合ってバンドを引っ張ろう。それじゃ、いくよ」
実音が褒めてくれるため、悪い気はしない。だが、隣にいる存在が心底邪魔だった。
ふたりは同じことを思いつつ、期待してくれる憧れの先輩に応えるべく音を奏でた。
そんな練習を、音楽室の外で万屋善光はひとりオロオロしながら聴いていた。
特別レッスンの後、シャワーを浴びたプリンスと有馬は布団に入った。
昨日イビキがうるさかった顧問の文と泓塁希は、別の部屋に移動してくれた。快適な環境となり、有馬は昨日できなかったことを実行する。
「縫先輩。先輩は好きな女子、いるんすか?」
「……」
ベタなトークを始める彼に、布団の中の縫壱月は何も返事を返さない。
「咲太郎。先輩、もう寝てる」
「マジかよ!」
昨日は寝つきにくかった分、マイペース男はとっくに深い眠りについていた。
「合宿って言ったら、夜は恋バナだろ? なんで先に寝ちゃうかな。ま、いいや。じゃあ、万屋先輩は?」
「ぼ、僕!? 僕は……」
万屋はもじもじして、可愛らしい反応を見せる。
「おっ! その反応はいるんすね?」
「好きっていうか……その……推しなら」
(なーんだ。恋愛じゃなくてオタ活の方か)
「へー。そうなんですねー。推し活、ファイトです」
その答えに興味をなくした有馬は、適当に万屋との会話を終わらせる。
「で、お前らは?」
今度は、ほかの一年生に尋ねた。
「一年はあんまだよな」
「先輩の方が可愛いよな」
「わかる。七種先輩とか頴川先輩とかな」
「でも、一番はやっぱり雅楽川先輩だな」
「お前、そんなの当然だろ」
「あんな美人、見たことないって」
「性格もいいしな」
「合奏中のキリッとした感じもよかばってん、優しいところもあるのがなぁ」
「カレシ、おるかな?」
「さぁな。おっても驚かんな」
「有馬? 野田もどうした?」
自分たち以外からも人気のある実音の話に、ふたりは不機嫌になった。
もちろんそれは予想できたことだが、こんな同級生と同じかと思うと、なんだか癪に触る。
「ふたりは?」
「雅楽川先輩、可愛いと思うだろ」
「いっそ、ファンクラブでも作る?」
「それ、いいな!」
「却下!」
「絶対、反対だ!」
そんな提案を、プリンスと有馬はバッサリと切り捨てた。
「先輩を汚すような真似はするなよな!」
「実音先輩は、お前らと同じ空気吸っていい存在じゃねぇんだよ!」
もはや、ただの面倒くさい実音のファンのようなふたりに、周りの者たちは何も言えない。
実音を困らせるようなことはしないよう、しっかり約束させられた。
(みおたん。一年生が恐いよ。でも僕は、陰から君を支えるからね)
万屋はビクビク震えながら、待ち受けの画像を見て誓った。
男子が恋バナをしている頃、女子の部屋でも同じく盛り上がっていた。
「ベニ子、最近告白された?」
「ううん。だって忙しかったもん。っていうか、いつもか。ゆのんは?」
「そういうのは実音ちゃんでしょ」
声を落とすことなく、話に花を咲かせる女子たち。
眠る気満々だった実音は、海に布団を剥がされてしまい仕方なくその輪に入っている。
「保護者の見回り来るかもしれないから、そろそろ寝ない?」
そう言ってみるが、全く効果はない。
「大丈夫だよ。さっき、ヌイヌイのお母さんに会って『眠いけん、先寝やる』って部屋に入ってったよ」
「マイペースの子の親も、マイペースだね」
「ベニ子ママと有馬の親も『韓国ドラマ観る』って、お昼に言っちょったよ」
「監督する気、全然なかね」
「……」
実音はもう完全に諦めた。
明日、寝不足の中でもできる練習を考えなくてはいけない。
「うちの学校って、イケメンがおらんよね」
「強いて言うなら、男バス?」
「一年中坊主の集団なのに?」
「ばってん、実績はあるよ。ほかの部活の生徒にも優しいし」
「見た目は恐くても、威張ったりしないよね」
「二年のキャプテンなんて、学年一のモテ男でしょ?」
「そうそう。何人も振っとるらしいね」
「その人、チラッと見たことあります。九州男児って感じの人ですよね」
「一年でも人気ですよ」
実音はその人物と、宿泊棟のことで話したことがある。
確かに礼儀正しかった。モテ男とは知らなかったが、そう言われるのも理解できた。
「あとは、やっぱりプリンスでしょ」
「それは当然!」
「プリンスだもん!」
「海はイケメン好きなのに、あんまりプリンスにキャーキャー言わんね?」
「イケメンだと思うよ? ばってん、年下はなぁ。プリンスって可愛い系だもん。せめて同い年以上がよか」
「雅楽川先輩は? 告白されたこと、ありますよね? ね?」
一年生のパーカッションの吉川桐可が、またぐいぐい訊いてくる。
前はどうにか躱したが、今回はほかにも興味津々な者がいるため難しそうだ。
「……ある、かな? でも、されただけでその後は何もないよ」
「やっぱり! えー、どんな人ですか? イケメンですか?」
「うーんと、どうだったかな?」
「気になります! あ、今は好きな人とかは?」
「え? 今はそういうのは……」
「大護は?」
そこで海が突然、幼馴染の名前を出した。
一瞬、実音はドキリとする。
「暾君!? なんで?」
すると、同じクラスの七種結乃花が反応し、勢いよく身を乗り出した。
「実音ちゃん、暾君と親しいの?」
「あれ? ゆのん、知らんかったっけ?」
「聞いてなかよ! 海が幼馴染で仲良しなのは知っちょるけど」
「大護君は、地元をいろいろ案内してくれるの。親切にしてもらってるだけだよ」
「そう? 実音がそうでも、あっちはどう思っとるかなぁ?」
海はニヤニヤして、実音の顔を覗き込む。
それに実音は耐えきれなくなり、布団に潜り込んだ。
「ほら、もう遅いから寝ないと。おやすみ!」
「えー! まだ聞き足りなかです!」
「そうだよ。寝るのはまだ早いよ」
「実音ちゃん。暾君のこと、本当はどう思っとるの?」
実音はまだまだ続く質問攻めに対し、耳を塞いで無視することを決め込んだ。
やがて、副部長の法村風弥が全員にいい加減にするように言って、電気を消した。
なんだかんだ二日目も疲れはあり、恋バナをまだしていた者たちにもだんだん眠気が襲ってきた。暗くなって三十分も経たないうちに、女子部屋はしんと静かになるのだった。




