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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
8月

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7.合宿二日目(恋バナ)

 夕食後の宿泊棟での演出の練習を終え、プリンスは実音(みお)に一緒に楽器の練習をしてほしいと頼んだ。

 快く承諾をもらえ、ふたりで音楽室に行く。


「昨日の(ぬい)先輩の洗脳で、この曲やるのが億劫なんですよね。でも、重要な曲っていうのはわかったんで、どうしても練習したくて」


 椅子に座ったプリンスは、ピアノの蓋を開ける。軽く指を動かしてから、悲しげなメロディーを弾き始めた。

 それを聴いていた実音は、何も注意することが思いつかなかった。それほど、彼の演奏は素晴らしかった。

 感情を乗せるプリンスの音に、実音はオーボエの音を重ねる。音楽室に、美しくも悲しいメロディーが響き渡った。

 一曲通し終わると、プリンスは実音に感想を訊いた。


「どうですか?」

「大丈夫。これでいこっか。本当はピアノ曲なんだよね。バンドが入っていいのか、編曲した身としてはそこだけが不安だなぁ」

「バンドって言っても、先輩の音がメインじゃないですか。シナリオ係からの提案ですし、問題ありませんよ。それに、こうやって一緒に近くで演奏できるのも、普段は難しいですから。ボクはこの方がいいです」


 いつもの合奏では、ホルンとオーボエはかなり離れている。だから、プリンスはドキドキしながらも嬉しさで溢れていた。


「野田君は指示しなくてもアゴーギクができてるから、私もやりやすいよ」

「本当ですか! ありがとうございます」


 アゴーギクとは、曲想に応じてテンポを動かすことである。

 これをしないと、感情のないメロディーになってしまう。だからといってやりすぎると、不自然に聴こえたり周りとずれてしまう。


「この曲はもう充分だね」

「あ、じゃあほかの曲なんですけど……」


 もう少し一緒に練習をしたくて、プリンスは持ってきていたホルンを取り出した。


「これも見てほしくて……。いいですか?」

「いいよ」

「やった!」


 実音は、そんな後輩に対し「練習熱心だなぁ」と感心していた。

 彼の気になる箇所を聴いては、褒めたりアドバイスをしてあげる。プリンスも、ふたりだけの空間を心の底から楽しんだ。


 バンッ!


 そこに、有馬咲太郎(ありまさくたろう)が乱入する。


「俺も実音先輩と練習したいんですけど、いいっすか?」


 有馬もトランペットを片手に、ずかずかとやってきた。

 バチバチと視線を交わすプリンスと有馬。元々入部した当初は、男子の人数が少ないということもあり普通に仲良くしていた。

 しかし、実音を有馬から守ろうとプリンスがいろいろ邪魔をしたため、ちょっとしたバトルが多くなった。今回は、有馬がプリンスのチャンスの妨害をした。

 そして、実音はふたりが仲良しだと思っている。


「ふたり共、練習熱心だね。せっかくだから、トランペット(ペット)とホルンで音を合わせる練習をしよっか」

「え?」

「マジ?」


 実音はメトロノームを鳴らし、ふたりの前に立つ。


「交互に吹いて、お互いの音をよく聴いてね。ふたりは、二年生の中でも特に実力のある奏者だから、高め合ってバンドを引っ張ろう。それじゃ、いくよ」


 実音が褒めてくれるため、悪い気はしない。だが、隣にいる存在が心底邪魔だった。

 ふたりは同じことを思いつつ、期待してくれる憧れの先輩に応えるべく音を奏でた。

 そんな練習を、音楽室の外で万屋善光(まんやよしみつ)はひとりオロオロしながら聴いていた。









 特別レッスンの後、シャワーを浴びたプリンスと有馬は布団に入った。

 昨日イビキがうるさかった顧問の(かざり)泓塁希(ふちるいき)は、別の部屋に移動してくれた。快適な環境となり、有馬は昨日できなかったことを実行する。


「縫先輩。先輩は好きな女子、いるんすか?」

「……」


 ベタなトークを始める彼に、布団の中の縫壱月(いつき)は何も返事を返さない。


咲太郎(さくたろう)。先輩、もう寝てる」

「マジかよ!」


 昨日は寝つきにくかった分、マイペース男はとっくに深い眠りについていた。


「合宿って言ったら、夜は恋バナだろ? なんで先に寝ちゃうかな。ま、いいや。じゃあ、万屋先輩は?」

「ぼ、僕!? 僕は……」


 万屋はもじもじして、可愛らしい反応を見せる。


「おっ! その反応はいるんすね?」

「好きっていうか……その……推しなら」

 

(なーんだ。恋愛じゃなくてオタ活の方か)


「へー。そうなんですねー。推し活、ファイトです」


 その答えに興味をなくした有馬は、適当に万屋との会話を終わらせる。


「で、お前らは?」


 今度は、ほかの一年生に尋ねた。

 

「一年はあんまだよな」

「先輩の方が可愛いよな」

「わかる。七種(さえぐさ)先輩とか頴川(えがわ)先輩とかな」

「でも、一番はやっぱり雅楽川(うたがわ)先輩だな」

「お前、そんなの当然だろ」

「あんな美人、見たことないって」

「性格もいいしな」

「合奏中のキリッとした感じもよかばってん、優しいところもあるのがなぁ」

「カレシ、おるかな?」

「さぁな。おっても驚かんな」

「有馬? 野田もどうした?」


 自分たち以外からも人気のある実音の話に、ふたりは不機嫌になった。

 もちろんそれは予想できたことだが、こんな同級生と同じかと思うと、なんだか癪に触る。


「ふたりは?」

「雅楽川先輩、可愛いと思うだろ」

「いっそ、ファンクラブでも作る?」

「それ、いいな!」

「却下!」

「絶対、反対だ!」


 そんな提案を、プリンスと有馬はバッサリと切り捨てた。


「先輩を汚すような真似はするなよな!」

「実音先輩は、お前らと同じ空気吸っていい存在じゃねぇんだよ!」


 もはや、ただの面倒くさい実音のファンのようなふたりに、周りの者たちは何も言えない。

 実音を困らせるようなことはしないよう、しっかり約束させられた。

 

(みおたん。一年生が恐いよ。でも僕は、陰から君を支えるからね)


 万屋はビクビク震えながら、待ち受けの画像を見て誓った。









 男子が恋バナをしている頃、女子の部屋でも同じく盛り上がっていた。


「ベニ子、最近告白された?」

「ううん。だって忙しかったもん。っていうか、いつもか。ゆのんは?」

「そういうのは実音ちゃんでしょ」


 声を落とすことなく、話に花を咲かせる女子たち。

 眠る気満々だった実音は、(うみ)に布団を剥がされてしまい仕方なくその輪に入っている。


「保護者の見回り来るかもしれないから、そろそろ寝ない?」


 そう言ってみるが、全く効果はない。


「大丈夫だよ。さっき、ヌイヌイのお母さんに会って『眠いけん、先寝やる』って部屋に入ってったよ」

「マイペースの子の親も、マイペースだね」

「ベニ子ママと有馬の親も『韓国ドラマ観る』って、お昼に言っちょったよ」

「監督する気、全然なかね」

「……」


 実音はもう完全に諦めた。

 明日、寝不足の中でもできる練習を考えなくてはいけない。


「うちの学校って、イケメンがおらんよね」

「強いて言うなら、男バス?」

「一年中坊主の集団なのに?」

「ばってん、実績はあるよ。ほかの部活の生徒にも優しいし」

「見た目は恐くても、威張ったりしないよね」

「二年のキャプテンなんて、学年一のモテ男でしょ?」

「そうそう。何人も振っとるらしいね」

「その人、チラッと見たことあります。九州男児って感じの人ですよね」

「一年でも人気ですよ」


 実音はその人物と、宿泊棟のことで話したことがある。

 確かに礼儀正しかった。モテ男とは知らなかったが、そう言われるのも理解できた。


「あとは、やっぱりプリンスでしょ」

「それは当然!」

「プリンスだもん!」

「海はイケメン好きなのに、あんまりプリンスにキャーキャー言わんね?」

「イケメンだと思うよ? ばってん、年下はなぁ。プリンスって可愛い系だもん。せめて同い年以上がよか」

「雅楽川先輩は? 告白されたこと、ありますよね? ね?」


 一年生のパーカッションの吉川桐可(よしかわきりか)が、またぐいぐい訊いてくる。

 前はどうにか躱したが、今回はほかにも興味津々な者がいるため難しそうだ。


「……ある、かな? でも、されただけでその後は何もないよ」

「やっぱり! えー、どんな人ですか? イケメンですか?」

「うーんと、どうだったかな?」

「気になります! あ、今は好きな人とかは?」

「え? 今はそういうのは……」

大護(だいご)は?」


 そこで海が突然、幼馴染の名前を出した。

 一瞬、実音はドキリとする。


(あさひ)君!? なんで?」


 すると、同じクラスの七種結乃花(さえぐさゆのか)が反応し、勢いよく身を乗り出した。


「実音ちゃん、暾君と親しいの?」

「あれ? ゆのん、知らんかったっけ?」

「聞いてなかよ! 海が幼馴染で仲良しなのは知っちょるけど」

「大護君は、地元をいろいろ案内してくれるの。親切にしてもらってるだけだよ」

「そう? 実音がそうでも、あっちはどう思っとるかなぁ?」


 海はニヤニヤして、実音の顔を覗き込む。

 それに実音は耐えきれなくなり、布団に潜り込んだ。


「ほら、もう遅いから寝ないと。おやすみ!」

「えー! まだ聞き足りなかです!」

「そうだよ。寝るのはまだ早いよ」

「実音ちゃん。暾君のこと、本当はどう思っとるの?」


 実音はまだまだ続く質問攻めに対し、耳を塞いで無視することを決め込んだ。

 やがて、副部長の法村風弥(のりむらかざみ)が全員にいい加減にするように言って、電気を消した。

 なんだかんだ二日目も疲れはあり、恋バナをまだしていた者たちにもだんだん眠気が襲ってきた。暗くなって三十分も経たないうちに、女子部屋はしんと静かになるのだった。

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