6.合宿二日目(紹介)
合宿二日目ーー。
起床時間になり、部員たちは目を覚まし始めた。
海とオシャレ女子の頴川紅は、朝からバタバタしている。
「わーん。やっぱりボッサボサになったー! 変な方向にハネとるー! 気をつけて寝てもダメだよね。もう、髪質の問題だもん」
「海、見てよ。この私のボリュームのない髪! いつもより酷いんだけど!」
「それより、ベニ子の一重の顔ってそんな感じなんだね」
「ダメ! 見ーなーいーでー!」
ふたりの寝起きの髪型は、いつもと全く違った。これが本来のヘアスタイルで、それを毎日ヘアアイロンでスタイリングしているのだ。持参した道具を駆使してお気に入りの髪型に仕上げる様子を、ほかの者たちは眠たい目を擦りながら見た。
その頃実音は、顔を洗ってから施錠していた窓を開けて空気の入れ替えをしていた。
「……おはようございます」
そこに、欠伸をしながらプリンスが歩いてきた。
「おはよう。寝不足?」
「文先生と泓先輩のイビキがうるさくって。ほかの男子みんな、昨日はなかなか寝つけませんでした」
男女の部屋は別の階だったため女子には聞こえなかったが、彼の目の下に薄っすらクマができていたことでよく伝わった。
「それはご愁傷様。ふたりには、今日は別の部屋で寝てもらおっか」
「そうしていただけると、すごく嬉しいです」
その後、また全員で「がんばらんば体操」をした。
その際、クラリネットの縫壱月が立ったまま器用に寝ていた。そして、元気に動いているサックスの泓塁希の肘がクリティカルヒットし、そこで無理やり起こされた。
朝食後は呼吸法と身体をほぐすトレーニングをして、午前中はパート練習をすることになった。
新パートリーダーたちは、合宿前に具体的な練習内容の計画表の作成を実音から求められた。練習時間が長い合宿だからこそ、飽きのない実りのある中身が必要になる。
実音からの合格が出るまで、各パート何度も書き直すはめになった。
午後はまた合奏だ。
今日は、スタンドプレイの練習を行った。
学生指揮者の造酒迅美が考案したものを、楽器を置いた状態からゆっくり確認していく。
一年生の中には、スタンドプレイ自体が初めての者もいる。動きを間違うと事故にも繋がるため、丁寧に教え合った。
合奏を終えると、学年ごとに分かれてミーティングを行うことになった。これは、部長として海が考えたことだ。
吹奏楽部はパートでの練習や合奏をすることが多く、意外と同学年でも部活中に話すことが少ない。横の団結力も高めようという、海なりのアイディアだった。
一年生の学年会議は今回が初めてだ。
プリンスが議長となって、丸くなって座った。
「今更だけど、自己紹介から始めようと思う。いいかな?」
彼の発言は、女子からの圧力もあり全て肯定される。よって、逆らう者はいない。
「じゃあ、端から頼む」
そして、それぞれの出身中学校と自分の趣味やこれからの意気込みをひとりずつ語っていった。
やがて、パーカッションの吉川桐可の番が回ってきた。
彼女は出身校と趣味の「可愛いもの集め」を言った後、少し間を置いた。
「……私、今回ピアノだったでしょ? ものすごく緊張した。手が震えて、どうしようもなかった。その時、雅楽川先輩が気にかけてくださって、いつの間にか震えもなくなっとった。私、あんな風になりたい! まだまだ実力はなか。ばってん、周りのピンチにすぐ気がついて、的確なアドバイスができるようになりたい!」
「……桐可」
それを聞いていた友人たちは、その意気込みに心を動かされた。
「そうだよね。私たちもしっかりせんと。一年後、あんな頼られる先輩になりたかね」
「そうそう。先輩が持ってきたCDもたくさん聴いて、ああいう素敵なソロが吹けるようになりたいって思う」
「私も。個人で質問してもいつも丁寧に教えてくれて、知識量が半端ないよね。もっと勉強しなくっちゃ」
吉川をきっかけに、次第に「雅楽川先輩にどうやったら近づけるか」について真剣に話し出す一年生。
プリンスはそれを止めず、好きにさせた。彼もずっと同じことを考えていた。
こうして、初めての一年生だけのミーティングは、実に中身のある話し合いとなった。
一方、二年生の学年会議は全く様子が違った。
「じゃあ、今から二年生の紹介をしていくね!」
こちらも自己紹介から始めることになったのだが、海が実音以外の全員の紹介をする形になった。
「えっと、まずはフルートだね」
フルートは、御厨萌々巴と七種結乃花のふたりだ。
「パートリーダーのみくりんは、ピッコロ担当だよ。なんとなく小鳥っぽいよね。いつもクールだよ。ゆのんはわたしと実音と同じクラスで、女の子って感じの子だよ」
「待って、この調子で全員紹介する気?」
実音は慌てて海を止めた。
「へ? 必要かなぁって思って」
「いいよ別に。全員の名前くらいわかるし」
「あ、違う違う。実音じゃなくて……ほら、これ見とる人に」
「え?」
メタ発言をした後、海は実音の制止を振り切って続けた。
「実音以外の二年生の苗字はね、長崎で実際に使われとる珍しい名前なんだよ」
「あれ? 海、誰に話してるの? もしかして、私の声聞こえてない?」
「じゃあ、次はクラリネットだね」
クラリネットは音和海・隈部満・紣谷秀奈・縫壱月の四人だ。
「くまちゃんは、声がすっごく綺麗なの。パートで一番のしっかり者だよ。ホラーゲームが得意なんだ。ひーちゃんは、イラストが得意なアクションゲーマーだよ。バスクラリネットのヌイヌイはマイペースなゲーマーで、RPG派だよ」
サックスは頴川紅・網田九十九・泓塁希の三人だ。
「アルトサックスのベニ子は、わたしのオシャレの師範だよ。今日も前髪の触角がいい感じだね。パートリーダーでテナーサックスのツクモンは、元演劇部出身だよ。バリトンサッスクのフッチーは、モノマネがすっごく上手だよね」
トランペットは造酒迅美・豆酘想新・梼木朝江の三人だ。
「学生指揮者のはやみんは、男の子っぽい性格で女子から人気があるよ。つっつんは、テンション低めだけど内心は優しい子なの。あさちゃんは、面倒見が良くてみんなのお母さんみたいな子だよ」
ホルンは法村風弥と京小霧のふたりだ。
「副部長ののりちゃんは、しっかり者の苦労人。いつもなんだか大変そうだね。京ちゃんは、のんびり屋さん。抹茶が好きだよ」
トロンボーンは窄口汐乃と窄中弥来のふたりだ。
「グッチとなかちゃんは、もう双子だね。窄窄コンビはいつも一緒だよ」
ユーフォニアムは鴛淵英莉のひとりだけだ。
「はなりんは、京ちゃんと同じ中学なんだよ。ふたりで和風スイーツ巡りをよくしとるんだって」
チューバは万屋善光と胃甲瑠瑠のふたりだ。
「パートリーダーの便利屋は、基本なんでも作ってくれるよ。汗かくけん、タオルが手放せないの。うるるんは、休みの日は趣味に費やしてるらしいんだけど、それが何か教えてくれないの。気になるね」
パーカッションは相知十真子・桟原七柚・補伽世津の三人だ。
「パートリーダーのオッチは、枯れ専だよ。サジーは、百合漫画好き。せっちゃんは、BL漫画が好きなんだって」
「海! あんたなんで勝手に人の性癖バラしてんの!」
「そうだ、そうだ!」
「パーカッションだけ、紹介が変だぞ!」
「えへへ。あ、今の紹介忘れちゃっても問題なかよ。そのうち、また紹介する機会があるけんね。……たぶん」
海による二年生の紹介が済み、これでミーティングは終了となった。
充実した顔の一年生と、隠していたことを発表されて一部キレている二年生。
夕食の準備でもその怒りは収まらず、後輩たちは「先輩はさぞかし濃い内容の学年会議をしていたに違いない」と思った。




