5.合宿一日目
合宿初日ーー。
まずは「がんばらんば体操」からスタートした。
「久しぶりでも結構覚えてるもんだね」
提案者は海だ。
「しまばら体操」にしようかとも悩んだが、全員が曲を知っている「がんばらんば体操」にした。彼女はノリノリで踊っている。
「次、なんだっけ?」
「肩だよ、肩」
お手本として役員が前に出た。
学生指揮者の造酒迅美と副部長の法村風弥も、思い出しながら真面目に身体を動かした。
一方実音は、今まで踊ったことがない。だから、海が「ラジオ体操」を拒否してこの曲を選んだ日から、動画を観て予習してきた。そのため、長崎県民ではなかったはずだが完璧にこなしている。
「どうして体操?」
「合宿だからだって」
「誰が言ったの?」
「部長」
「あぁ。納得」
部員たちは恥ずかしそうに、懐かしい体操を真似た。
「お前、それラジオ体操になっとるぞ!」
「あれ?」
「前を見ろ!」
途中、サックスの泓塁希が大きく振りを間違えて、周りに多大な迷惑をかけた。クラリネットの縫壱月が引っ張って、彼をほかの者から離して安全な場所へと移動させた。
体操の後は、長めの呼吸法だ。窓を大きく開けて、酸欠で倒れないように注意を払う。
「ここが膨らむとよかよ」
「もっと下を意識してみたら?」
「肩に力入っとるよ」
「最後まで吐ききっとる?」
いつもの練習では各自に任せることが多いが、こういう時に丁寧に一から教え直すことで、気づきも得られる。ペアになって身体のどこに空気が入っているかを確かめ、お互いに指摘し合った。
呼吸法が終わると、次はチューニングだ。ひとりずつ実音が確認していく。
最近はコンクール用にショートバージョンが多かったため、細かく見ていった。時間はかかるが大事なことだ。
そして、長めの基礎合奏をやってから曲の練習をした。曲目が多く、休憩を挟みながらこなしていった。
夕方には合奏を終え、調理室で夕食作りに取りかかった。
お昼は各自持参したが、この先は自分たちで調理しなければならない。
「わたしの家族みんなで作った野菜だよ! どんどん使ってー!」
真ん中に音和家の野菜が入ったダンボール箱を置き、メインとスープとサラダに分かれて調理をした。
「実音、上手だね」
実音は、慣れた手つきで野菜をカットする。
一方、海は皮つきのまま不揃いに切っていく。「皮にも栄養があるけん」と言っているが、剥くのが苦手なだけである。
「キャー! プリンスのエプロン姿、可愛い!」
「危なっかしい包丁捌きも、キュンとしちゃう!」
「あの……そんな見られるとやりづらいんですけど」
プリンスの貴重な料理姿に、多くの女子が興奮した。だがそれだと完成しないため、造酒が声を荒げ手元に集中させる。
調味料は各家から持ってきており、みんなで貸し借りしながら味を整えた。
「いい匂いだね」
メインのチームが作る大きな鍋には、赤っぽいドロドロの料理が出来上がっていた。
「カレー……じゃなかね」
何を作っているのかわからずに指示に従って動いていた海は、実音に中身を訊いた。
「ハヤシライスだよ。トマトがいっぱいあったから、それを使ったの」
「合宿ってカレーのイメージだよね?」
「だって、楽器吹くのに刺激物はダメでしょ?」
実音が「そんな当たり前のことを訊くなんて」という顔をする。しかし、海も「そんなの初耳」という表情で返した。
「辛かったり冷たかったり熱かったりする物を食べるのは唇に良くない」と管楽器奏者として教えられた実音は、楽器を吹く前にこれらは口に入れないようにしている。
「気にしたことなか」
「え? 普通だと思ってた」
「……」
「……」
「うわー!」
そんな変な空気を変えたのは、縫の叫び声だった。
「誰だよ、泓に包丁持たせたの!」
サラダ担当の泓は、レタスをちぎるように言われていた。しかし、彼は「こっちの方が早そうだから」という理由で、近くにあった包丁を握ったのだ。
「危ないだろ! そんなに大きく振り上げるなよ!」
「ん? 前にテレビで上から落とすとかっこよかって、誰かが言っとったよ?」
「それは、塩とかオリーブオイルとかの話だろ! いいから包丁を置け!」
なんとも危なっかしい場面はあったが、保護者の手伝いがなくとも夕食を作ることができた。
「肉が入ってねぇ!」
「仕方なかよ。お肉は高いけんね」
「ドレッシング、ちょーだい」
「おかわりまだあると?」
「この野菜、やけに大きくない?」
顧問の文たちを呼んで全員で食べるご飯は、最高に美味しかった。
夕食後は、第二部の演出の練習だ。
演者たちが、シナリオ係とダンス係から指導を受ける。その間、ほかの者は個人練習をしたり衣装と道具作りの手伝いをした。
「違うんだよなぁ。それじゃあ、あのゲームの良さが伝わらん」
ゲームに詳しいということで、本来はパンフレット係で関係のない男が演技指導を見学していた。その劇に満足できず、彼のゲーム愛が爆発していく。
「このゲームは、一度クリアしたらオープニングを見ただけですぐ泣けるんだよ。な、先生?」
一緒に見ていた文も大きく頷いた。
「ほらな。みんなわかってなか。特に雅楽川さんと野田! 演奏で重要なふたりには、この良さをわかってもらわなくちゃ困る! 後でストーリーをもう一度教えてやる! それでプレイしてみろ! 絶対泣くぞ!」
「それって、ネタバレされても泣けるものなの?」
「ボク、ゲームやるとmumに叱られるんですけど。それに、前に一回解説受けましたよね? もう充分ですよ」
「つべこべ言うな! お風呂終わったらまた集合な!」
縫のゲーム愛は、止まることを知らなかった。
大三東高校の数ある部活動の中で、一番大会の成績が良く教師たちからも好印象で地元の応援も熱いのは、バスケ部だ。特に男子は、今年のインターハイでベスト十六に入った強豪である。
バスケ部の伝統は古く、そのOBたちの力もあって造られたのがこの宿泊棟だ。そこまで広くはないが、シャワールームや洗濯機などが備えつけられている。ほかの部活も使っても良いことに一応なっているが、ほぼバスケ部しか使わない。
個室はいくつかあったが、広い部屋を女子部屋にし中くらいの部屋を男子部屋として使った。海たちはシャワー後、布団を敷いて寝る用意をした。
「なんだかこの布団臭かね」
「男バスしか使っちょらんけんね。汗が染み込んどるのよ」
「消臭スプレーなかかね?」
「あったよ。たくさんかけとくか」
「次、貸して」
女子たちはそう言うが、ちゃんとクリーニングに出してあるため完全に気のせいだ。
そして、海は何かを真剣に探した。
「海? さっきからなんばしょっとね?」
「いかがわしい物があるか、探しとるの」
棚の中や隙間などを見る海。何かしらあるはずと、目を凝らした。
「やめなさいよ」
「大護の部屋行くといつも探すよ? やるでしょ、普通」
「本当に、やめてあげなさいよ」
「暾、可哀想に」
「こんな幼馴染、絶対に嫌」
そんなことをしていると、実音が縫の熱血プレゼンタイムを終えて帰ってきた。
「おかえりー!」
「……ただ……い……ま。……布団……ありが……と」
縫の怒涛の洗脳トークに、さすがの実音も疲れた。
すぐに布団に横になって、静かに寝息を立てる。
「もう寝たと!? 今からが楽しいのに!」
枕投げでもしようかと思っていた海に対して、ぐっすり眠る実音。
ほかの者たちも初日の疲れがあり、その寝顔を見ていると自然に欠伸が出た。
「うちらも寝るわ」
「おやすみ、海」
「枕投げは? 恋バナは?」
まだまだ元気が有り余る海の言葉に、返事をする者はいない。ひとりそわそわする一年生がいたが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
誰も一緒に夜更かししてくれそうにないため、海は眠くないが布団に入ることにした。
合宿一日目は、こうして静かに終えたのだった。




