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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
7月

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12.チケットの売り方

 一年生の係分けも終わり、それぞれの仕事が忙しくなってきた。

 管楽器倉庫には部員の名前が書かれた大きな表があり、赤いシールがその上にいくつか貼ってあった。そして、その紙をドンッと叩く者たちがいた。


「売れた枚数分だけ、このシール貼ってね!」

「売れてない人は、これ見て一目瞭然だよ!」


 そう言うのは、トロンボーンの二年生の窄口汐乃(さこぐちしおの)窄中弥来(さこなかみくる)。同じ身長に、同じ長さのショートの癖っ毛。そして顔も少し似ている。血の繋がりは全くないが、双子のようになんでも同じでいつも一緒にいる。通称「窄窄(さこさこ)コンビ」だ。

 ふたりはチケット係に属する。どこかのブラック企業の営業部長のような柄の悪さで、チケットが売れていない部員へプレッシャーをかけていく。

 大三東(おおみさき)に限らず、ほとんどの音楽系の団体にとって演奏会のチケットの事前販売は難しい。プロの演奏会でも、完全に満席になるのは稀だ。おまけに、チケットが売れたとしても当日に全員が来るとは限らない。

 今回使用するホールは、約千二百人規模である。部員ひとりのノルマは十枚だが、全員が達成しても全然足りない。

 チケット代は五百円で小学生以下は無料だ。部員が個人で売り上げた場合は、四百円だけを部に納め残りは自分の懐に入れられる。つまり、売れば売るだけお小遣いが増える。普段バイトができないほど部活で忙しい部員たちにとって、これは唯一の稼ぎ時だ。だからサボる者はいない。

 ノルマを達成できなくても、何か罰ゲームが待っているということはない。ただ、チケット係からネチネチと嫌味を言われる。窄窄コンビが両サイドから攻撃してくるため、かなり精神的なダメージである。

 個人のチケットの販売先は、主に家族やクラスメイトや中学の部活の友人や後輩だ。中でも後輩からの購入が多くを占める。よって、地元が近い部員ほど有利になる。実音(みお)は引っ越して来たため、近くに昔の友人や後輩がいない。とても不利な状況だ。

 いつも、部員たちを叱ることが多い実音。だから、窄窄コンビはそんな彼女にネチネチ攻撃をする日をずっと待っていた。


「あれれ? 実音、売れてないねぇ」

「本当だ。せめてノルマは達成してくれないとねぇ」


 未だ実音がシールを貼っていないのを確認し、彼女の近くに行ってふたりは軽くステレオ攻撃をする。

 すると、実音はそれをクルリと躱してシールを手に取った。


「ごめんね。まとめて貼ろうと思ってて。ある程度貯まったから、今貼るね」


 そして彼女の貼るシールは、どんどん高く表を登っていった。ノルマは余裕で超え、現在五十六枚でトップだ。


「なんで!?」

「どうして!?」


 驚くふたりに、実音は説明をしてあげた。


「まず親戚だね。結構多いの。南島原から来てくれるって。近くにいるのに普段部活であんまり話せないから、どんなことやってるのか観たいってさ。あとは、お母さんのボランティア先の人たち。上手く話してくれたみたい」

「そんなぁ」

「ここまでやるなんて」


 その表の高さを見て、近くにいたプリンスは不敵な笑みを浮かべる。


「すみません、先輩。さっき後輩からいい返事がもらえました。超えさせていただきます」


 そう言うと、彼は更に上にシールを貼っていった。


「クラスの女子と、中学の仲間。それから後輩たち。これでボクがトップですね」

「キャー! プリンス、さすが!」

「キャー! プリンス、素敵!」


 プリンスが貼ったのは、全部で八十五枚。過去最高記録だ。プリンスファンでもある窄窄コンビも騒いだ。


「わー、すごい。よくやったね」


 こちらも褒める実音だが、それは親戚のおばさんと同じ感じだった。プリンスの求めるものとは違う。


「クソッ。なんでそんなに売れるんだよ!」


 チャラチャラした一年生の有馬咲太郎(ありまさくたろう)は、悔しそうに表を見ている。彼はノルマは達成しているが、ギリギリ越えたラインだ。


「咲太郎には、きっと人望がないんだよ」

「おい。どういう意味だ、コラッ!」


 そんな様子をくすくす笑って見守る実音。彼女には、仲の良い子供が戯れているようにしか見えていない。

 そこに(うみ)が現れた。彼女もノルマはクリア済みだ。


「ねぇ、実音。夏休み前に、クラスのみんなに宣伝したでしょ? ばってん、あんま返事ないんよ。せめて、大護(だいご)たち野球部の分もわたしの実績になればなぁ」

「それはダメ!」

「残念でした!」


 すぐさま反応する窄窄コンビ。

 野球部が購入してくれるのは部員みんなが演奏したからであって、個人の実績として認めなかった。


「クラスの何人か、興味持ってくれたよ?」

「そうなの?」


 同じクラスの部員で、ホームルームの時間を使って定期演奏会の宣伝をした。その時に話は聞いてはくれたが、その後購入までは至らなかった。


「あの後、掃除の時間とかに個別に相談したの。ほら、私ゲーム疎いでしょ? だからそのことについて聞いたりして。そしたら『聴いてみたいかも』って。文化祭の準備で夏休みも会うだろうから、その時もう一度言ってみたら? 海たちでクラスの分は分けていいから」

「実音、ありがとう! で、誰が言っとったの?」


 実音が挙げたのは、ほとんどが男子生徒だった。ゲームのことで相談したのなら当然の結果であるが、それを聞いていた後輩の男子ふたりは面白くない。


「気持ちはわかるけど」

「マジか」

 

 一方、ターゲットを聞き出した海は同じクラスのほかの部員の元へと走っていった。

 そして、実音は窄窄コンビに質問をする。


「外部の方は? 順調?」

「そっちは私たちじゃないの」

「そう。もうひとりに任せてあるから」

「?」


 チケット係の二年生はもうひとりいる。それはホルンの法村風弥(のりむらかざみ)だ。

 彼女はここ最近、練習後に一年生を引き連れて楽器店や公民館や個人商店などを訪問している。そこにパンフレット係が作ったチラシも持っていき、それを貼る許可とチケットを置いてもらえるように頼んでいるのだ。

 ちなみに、商店街については顧問の(かざり)が吉田を通してお願いしてくれている。

 窄窄コンビがクーラーの効いた環境でネチネチ攻撃をする仕事をし、副部長でもある法村は外回りで汗を流している。なんとも可哀想だ。それを聞いた実音は、苦労人の法村に同情した。


「部員への催促もいいけど、向こうの仕事も手伝ってあげてね」

「はーい」

「りょーかーい」


 その返事は、全然わかっていない。だが、ふたりのこの精神攻撃も効果は出ている。去年よりは確実に埋まりは良くなりそうだ。








 近所の自治会の掲示板にチラシを貼る法村。

 許可をもらいに行った時、各自治会の者たちは親切に対応してくれた。どうやら、事前に話は聞いていたらしい。


「ありがたいけど、なんでだろうね。去年もお願いしたからかな?」


 一緒に来ていた一年生に尋ねるが、彼女たちにわかるはずもない。逆にそのうちのひとりから質問される。


「そもそも、これってパンフレット係の仕事ですよね? どうして私たちが?」

「そうですよ。暑い中、チケット係だけが大変な思いしなくちゃいけないなんて、おかしいですよ」

「知っとったら、希望に書かなかったのに!」


 一年前の法村も、同じことを思っていた。

 係の説明の時は「部員みんなでチケットを売るから、私たちはそれを催促するだけ」なんて言っていた。それも仕事内容に含まれていたのは事実だが、実際はもっと過酷だった。


「ごめんね。わかるよ、私も。パンフレット係は、チラシはできてもパンフレットはまだ完成しとらんのよ。それで忙しいって。あのふたりが催促の仕事はしとるけん、私たちはできるだけ回って地域の方から買ってもらえるように励もうね。帰りにアイス奢るし。ね!」


 自分の財布に今いくらかあったか思い出しながら、法村はそう言ってやる気を出させた。


(今日はあと三ヶ所は回って、明日のパート練習の内容も考えなくちゃ。いっそ、プリンスにお願いする? いやいや。先輩なんだし、自分で決めんと。それと、海とも予定を立てて……)


 やることリストを頭の中に書き出す法村。

 苦労人の彼女は、真面目な性格だ。それゆえに、人に頼るのも苦手である。一番の悩みの種の先輩が仮引退しても、副部長に抜擢されたことで仕事量はむしろ増えてしまった。









 翌日、法村は文からある報告を受けた。


「校長がね、知り合いに頼んで十枚買ってもらったってさ。釣り仲間らしいよ。あとね、自治会の方にも話をしてくれるように頼んだんだけど、そっちもバッチリだって」

「それなら、もう貼ってきましたよ。その時、やけにスムーズで。校長のおかげだったんですね」

「まぁ、そうなんだけど。それね、僕が校長室の掃除とか雑用をやってあげたからだよ。だから僕にも感謝してね」

「あ、そうなんですね。それは、どうも」

「反応、うっすいなぁ」


 「僕を褒めてアピール」をする文に法村がうんざりしていると、そこに実音もやってきた。


「教師の仕事じゃないのに、下僕みたいに働いたみたいだよ。私が提案したことだけど、いい方向に校長が働きかけてくれたようでよかったね。だから、一応褒めてあげて」


 実音の説明に胸を張る文。

 法村はとりあえず拍手してあげる。


雅楽川(うたがわ)さんの案なんだね」

「あと、生徒会からも十五枚売れたって連絡がきたよ」

「生徒会?」


 実音は随分と前から準備をしていた。

 生徒会の相談に乗り、その代わりに「生徒会だより」に演奏会のお知らせを載せてもらった。また、慈善活動で吹奏楽部の演奏の予定もスケジュールに入れてもらった。その過程で仲良くなった生徒会が、ボランティア先でチケットを販売してくれた。

 朝練の時間に中庭の掃除をするなどして、このように実音は学校側の信頼を高めてきた。


「そんなこと、しとったんだね」


 全く気づかなかった法村。裏でいろいろと画策していた実音に、驚くしかない。


「学校といい関係でいれば、新しい楽器を買ってもらえるかもしれないからね」

「ばってん、朝練の時間にそんなことして雅楽川さんの時間がもったいなかよ」

「私より、みんなの技術力の底上げが優先だもん。仕方ないよ」

「それなら、交代でやらん? 掃除はみんなでしようよ。副部長として、この問題は放って置けん。美化も大事だと思うし。よし! 早速、海とも話をしてくるね」


 その後、各学年からひとりずつ、毎日学校の中庭や校門前などの掃除をすることが決まった。

 月に一回くらいのペースでしか回ってこないため、そんなに大変ではなかった。一・二年生でペアを作らせたのは、その方が二年生がちゃんとやると法村が考えたからだ。だが海や(ふち)のように、ゴミを撒き散らして後輩に迷惑をかける者もいた。

 基本的には実音ひとりでやっていた頃よりも綺麗になり、学校側からの評価は更に高くなった。

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