11.今やるべきことは何か
今日から、新体制での練習が始まる。
まずは、部長となった海が部員の前に出た。
「そ、そのー……えっとー……今日はまずー……希望を……その前に係をね……とにかく決めてね……」
海にいつものバカ丸出しの元気さはなく、もじもじしている。
彼女は何も考えず先頭を走ることはできても、責任を持ってまとめながら引っ張ることには慣れていない。
「だらしなかねー!」
「シャキッとせい!」
「気張らんか!」
初っ端から決まらない海に、同じ二年生からの野次が飛んだ。
「うっ……。そ、そがんこと言われても……」
海は耐えられなくなり、隣にいる実音に目で必死に助けを求めた。そんな彼女に溜め息をついて、実音は仕方なく前に出た。
「今日はまず、一年生に係の仕事について説明をします。その後希望を出してもらって、それを基に振り分けていきます」
「そう! そう言いたかったの! さすが実音! 文化祭と定期演奏会に向けての準備で忙しくなるけん、気合い入れてこー!」
大三東高校吹奏楽部には、以下の係が存在する。
・シナリオ係
(台本作りや演技指導を行う。舞台スタッフと照明について連携を取る)
・ダンス係
(振付考案と指導を行う)
・衣装係
(使えそうな衣装を集めたり、ない場合は作る)
・道具係
(大小関係なく、なんでも作る)
・パンフレット係
(宣伝用のチラシと当日のパンフレットのデザインを考える。業者への発注を行う)
・チケット係
(定期演奏会のチケットを作成する。部員への販売の促進を行う)
・楽譜係
(顧問と学生指揮者と業者へのスコアのコピーと製本をする。楽譜の管理を行う)
そしてこれらとは別に、任意で入る係がある。
・レク係
(みんなが盛り上がるレクを考える)
それぞれの係の代表が、その仕事内容を発表していく。
ちなみに、実音は学生指揮者ということで楽譜係に所属することになった。
これからどの係も忙しくなる。よって、なるべく早く一年生に仕事を覚えてもらうために、早急に決めなければならない。どの係もプレゼンに力を入れた。
全ての係の説明が終わると、一年生には紙を渡しそれに第三希望まで記入してもらった。これを使って、今日の練習後に二年生で話し合いの上、所属先を選定する予定だ。
「レク係は誰でもなれるけんね! いつでも待っとるよ!」
現在、レク係は海と泓だけだ。
ほかの係と両立してやらなければならず、誰もやりたがらない。
バカふたりが昨年考えたレクは、寒いクリスマスに校庭で実施した「だるまさんがころんだ」。高校生がやるにはなかなかシュールな遊びで、しかも次の日には風邪を引く者が大勢出てしまった。そして、考案者のふたりは翌日ケロッとしていた。このバカたちは、風邪も引かない。
そもそもこれからは実音がそういった遊びを許可しないが、こうならないためにも、ふたり以外の二年生は優秀な一年生が入ることを願った。
今頃、ほかの強豪校はこの先のコンクールに向けて練習が厳しくなっている。
実音がいた方南高校は、夏休みに入るとホール練習を頻繁に行う。連日貸切で、外部講師に全体のバランスを見てもらったり、広い会場での演奏に慣れる練習をする。
また、私立の学校の中にはその敷地内に広い練習場所があり、そこで合奏を行える。そもそもホール練習を多くする必要がない。
どちらにしても、恵まれた環境で優秀な指導者のレッスンを毎日受けることができる。
ずっと同じ曲を練習するわけだが、飽きることはない。どこまで完璧に仕上げられるかが問われるのがコンクールだ。吹けない箇所があるなどありえない。いつコンクールメンバーが入れ替わるかもわからない中、その年の曲を極限まで高めていく。
では、既にコンクールを終えてしまった団体は何をすれば良いのか?
実音は、こんなにも早くコンクールの時期を終えたのは初めてのことだった。だから考えた。上との差を縮めるためにはどうしたら良いのかと。
結論は簡単だった。
やはり基礎だ。向こうが曲の完成度を高めている間に、こちらは基礎からやり直す。ほかにやるべきことは山ほどあったが、これは一番疎かにしてはいけないことだ。
「レベルの高い演奏をたくさん聴いて」
実音は、この日もたっぷりの基礎合奏を終えるとそう言った。
「個人の音の質がやっぱり劣ってる。九州大会も聴きに行こうと思うけど、ほかにもプロの演奏を積極的に聴いてもっと勉強しよう」
その発言を聞いて、海が手を挙げた。
「ばってん、プロの演奏ってどこの? そういうところの演奏会ってお高いんでしょう?」
彼女はまるで、どこかのテレビショッピングの女性のような声色で尋ねた。
「プロなら吹奏楽に限らなくても大丈夫。オーケストラは当然だけど、オペラもあり。ジャズもいいね。生の演奏が一番理想だけど、海の言うとおり高校生には経済的に厳しい。でも、CDならどう? 私、ここに来てからも図書館で何枚も借りたよ。それに、図書館には音楽系の雑誌もある。プロのインタビューとか吹奏楽専門の雑誌だとかなり有益な情報も載っているし、しかもタダ。あと、私個人でも何枚かCDは持ってるから、それぞれの楽器におすすめの物を貸すね。とにかく自分の音と比べて、研究するの。この人の音を鳴らしてみたいって思うだけで、この先の練習の質も変わるはず」
「実音もそうしてきたの?」
「うん。プロでも吹き方って全然違うから、いろんな人の演奏を聴き比べたよ。それで理想を見つけた。目指す音があると、それに近づくためにどうしたらいいのかって、自然と考えるようになるの。同じ高校生でも上手い人はいっぱいいる。でもそれを目標にするより、どうせなら最高峰の音を真似た方が絶対いい。全員がそれを意識して、基礎を徹底的にやっていこう」
「よし、わかった!」
去年の今頃の大三東は、ただいつもと同じような練習をしていた。銅賞の悔しさはあった。気持ちも新たにしようとした。それでも、やることは変わらなかった。
しかし、今年は違う。
質の高い合奏をしても、壁はまだ高かった。それを越えるために、練習内容も更にアップグレードしていく。
多くの二年生は、去年よりも実りのある夏休みになる予感がした。
翌日、実音はダンボールいっぱいのCDや本を持ってきた。それを音楽室の後ろに設置する。
「これとこれ、欲しかったやつだ! あっ! ボク、この楽団の最新のやつ、この間買いましたよ」
プリンスは、まるで宝の山を見ているようなテンションになる。そしてその中から一枚手にとって実音に言った。
「よかったら、ボクのコレクションもここに置いていいですか?」
「野田君、ありがとう。是非、お願いね」
「はい!」
プリンスは嬉しそうに答えた。
「これ、本当に私物?」
海が疑うのも無理はない。
「何枚か持っている」と言っていた発言からは想像できない量を、実音は持参したのだ。
本は、音楽の専門用語の辞典や指導者向けばかりだ。CDはオーケストラの音源が多かったが、各楽器のソロの演奏もあった。
「オーボエ以外のも聴くんだね」
「いい音を知らないと、教えられないもん」
「これ、全部買ったの?」
「ほとんど中古だよ。みんなも、自分のオススメの物があれば、ここに置いてね。自由に借りられるようにしよ!」
中学でも教えていた実音。その言葉には説得力がある。
それらを見て、顧問の文と造酒迅美は青ざめる。これから彼女と同じことをしなくてはならないと思うと、恐怖でしかない。
造酒は、昨日もらった教材だけでも多いと感じていただけに、翌日にこんなに多くの物を見せられては自分のキャパが足りるか心配になった。
「僕、まだ勉強しなくちゃいけないの?」
「ウチだって、学生指揮者になったの後悔してます」
嬉しそうに貸出コーナーを整理する実音とは正反対に、文と造酒はげんなりとそれを見るのだった。




