10.裸で語り合いたい!
涙のコンクールから一夜明け、海は幼馴染の家に遊びにきていた。
「海、お前今日部活は?」
「一日休み。自主練も今日はダメだって。ちゃんと休むようにって、保護者会から言われたらしいよ」
「ふーん」
サッカー部が練習試合でグラウンドを使う予定で、野球部もこの日は休みだ。
その辺にあった漫画を読んで、ゴロゴロする海。幼い頃からよく見る光景のため、大護も気にしていない。
「……わたし、部長になった」
「……お互い責任重大だな。てっきり、実音がなるかと思った」
唐突に告げられた報告に、大護は一瞬だけ間が空いた。驚きはしたが、それを顔には出さずに返す。
「実音は学生指揮者。わたしより忙しそうな役職だよ。専門知識がいるけんね。部長より権限強いかも」
「それはお前には無理だな」
「うん、そう思う。……大護はどうしとる?」
「どうって?」
「何か、主将として考えたりした?」
「考えた。ばってん、頭悪か。何も浮かばん」
「わたしも」
「……」
「……」
久しぶりに大護の家に上がり込んだ海。きっと、何かヒントでももらおうと彼女は思って来たのだと、彼は気づいた。ほぼ空っぽの脳で、必死に悩んでいるのが伝わった。
「実音は? 何か言っちょらんのか?」
「だって、実音はひとりでなんでもできちゃうもん。いろいろ背負いすぎ。だから、これ以上負担をかけんで済むようにしたい。部長にしかできんことってなんだろうね?」
「さぁな。野球部は、特になんも変わらん。去年と同じ練習をしとる」
「……それで上手くなる?」
真顔で訊いてくる海に、大護は虚をつかれた。
「痛いとこつくなぁ」
「そういえば、実音が言っちょったよ。前に、野球部がどうやったら勝てるようになるのかって訊いた時」
「なんて?」
「野球は詳しくないからわかんないって。野球応援も、コンクールメンバー以外の金管がメインで行くらしくって、実音は行かなかったんだって。方南って野球も強いのに、もったいなかね。で、たしか英語のスピーチ大会で野球部員が話したことが『なるほどなぁ』っていう話だったような」
「へぇー。で?」
「え?」
「内容は?」
「……あれ? ……忘れた」
「はぁー」
訊いた自分がバカだったと、大護は思った。
期待だけさせといて、肝心の話を覚えていない海。思い出そうと頭を捻るが、出てきそうにない。
「あ、実音に訊いたらよか!」
そこで海は、実音にまた質問してみることにした。
メッセージを送ると、五分もしないで返信が来た。
『レギュラーを狙っていた野球部員の話だよね? その人が言うには、最新のトレーニングマシンはレギュラー陣が主に占領してて、なかなか使えなかったらしいよ。だから、そういうのに頼らない方法を探したって。動画でプロのトレーニングを真似したり、食事も見直して睡眠の質にもこだわったんだって。あと、野球以外のスポーツの練習も取り入れたって言ってた。例えば、レスリングの下半身の強化とか、短距離走選手の瞬発力のトレーニングとか。一番役に立ったのは、たしか合気道だったかな。呼吸法を学んで無駄な力が抜けたおかげで、どんな場面でも緊張しないでベストを尽くせたみたい。参考になった?』
「だってさ」
「なるほど」
大護は今の話を聞いて、今後の練習に役立てないかと考えた。ヒントをもらいに来た海に、逆に救われた気分だ。
「サンキュー。何か掴めそう」
「実音のおかげだけどね。この後会うけん、そこでお礼言っとくよ」
「は? これから? 会うの?」
「言っちょらんかった?」
「聞いてなか! 俺も行く!」
「ごめん、それは無理」
「なんで?」
「だって、実音以外もおるし。それに、大護が来ても一緒に入れんけん」
「?」
その意味がわからない大護を放っておいて、海は出していた漫画をしまって出かける準備をした。
「そろそろ時間だ。そいぎぃー」
勝手に来て勝手に帰っていく自由奔放な幼馴染に、大護はいつも振り回されるのだった。
「極楽、極楽。気持ちよかねぇー」
「何これ?」
「何って……温泉?」
「いや、そういうことじゃなくて」
実音は、今温泉に浸かっている。
近くにある島原温泉の施設に、海たちと来ているのだ。
「急に集合かけて、何かと思えば。四人で裸の付き合いでもしようって?」
そう話すのは、トランペットの二年生の造酒迅美だ。
彼女は昨日、金管楽器の学生指揮者に選ばれた。ショートカットの髪に、男勝りな性格。女子部員からの信頼は厚い。
「そうだよ。はやみんたちと、これからの部活をどうしようかって話し合いをしたくって」
「だからって、別にお風呂じゃなくても」
海に呆れているのは、ホルンの二年生の法村風弥。
彼女も、昨日副部長に任命された。温泉のため、今日はストレートのミディアムヘアで小さなお団子を作っている。今まで暴走気味の三年生の西田を必死で抑えてきた苦労人だ。
「実音に、島原の温泉に入ってほしかったの。よかでしょ?」
「温泉は好きだよ。前にもこっちの温泉に入ったことあって、そこで食べた『湯せんぺい』美味しかったなぁ」
「雲仙かな? あそこもよかね。今度連れていってあげる」
「温泉に入ると、気分が緩んじゃうからなぁ。今日、練習なくて助かったよ。あっても、全然吹けなかったかも」
「実音って、本当に温泉が好きなんだね」
「うん。気持ちいい」
普段、合奏中は気を張っている実音。こんなにふにゃっとした彼女は珍しい。
「温泉好きとか、なんだか同い年に見えない」
造酒がボソッと呟くと、法村も同意する。
「ね。足湯でもよかったのに。そこ、無料だし」
「のりちゃん、わかっちょらんね。こうやって全身で浴びた方が、温泉の効果を得られるってもんよ」
「島原温泉の効能って、なんだっけ?」
「それは……きっとあれよ。元気になる!」
「切傷にいいって」
適当な海に代わって、法村の質問に答えたのは実音だった。
「さっき、貼ってあったの見たよ。ここのは無色透明なんだね。pH値は七.三だって。中性だから、刺激もなくて入りやすい」
「そんなのどこにあった?」
「脱衣所にあったよ。温泉の施設は温泉分析表が絶対貼ってあるから見るでしょ、普通」
「気にしたことなか!」
「そうだよ。見んよ!」
「どんだけ温泉好きなの!」
実音の発言に、思わず突っ込む三人。その反応に、実音は首を傾げる。
「遠征とか合宿先で、いつも見てたよ。お風呂の時くらいしか自由時間なかったし。効能を知って入った方が、より効果がありそうじゃない?」
「そう?」
「そうかぁ?」
「そうかな?」
海はお湯を両手で掬って眺めてみる。だが、いつもと何も変わらない。彼女にとって、温泉は大きいお風呂という認識だ。
「ま、よかもん見られたよね」
造酒は、実音をニヤニヤしながら見てくる。
「雅楽川って、着痩せするタイプ?」
「え? ……っ!」
その意図がわかり、実音は急いで両手で前を隠した。
「造酒、オジサンみたい。よしな?」
法村は友人の行為を止めさせるが、内心実音を羨ましく思った。自分と比べてしまい、つい溜め息が出る。
「これは、大護にはもったいなかね。実音、芸能人とか目指そうと思わんの?」
「ならないよ、そんなもん!」
「えー」
「ちょっとその手何かな……きゃっ」
なんのために集まったのか、すっかり忘れた四人。温泉効果で、友情度がアップした。
「で、何をしたらよかかね?」
さっきまではしゃいでいたが、落ち着きを取り戻した四人。せっかくの休日に集まった目的を思い出す。
「学生指揮者って、やっぱり指揮もするんでしょ? だったら、ウチも文と同じことやるべき?」
造酒が実音に尋ねると、彼女は頷いた。
「さすがに、駐車場の整備は危ないからしなくていいけど。でも、ほかはやって損はないよ」
「そうだよね。やった方がよかよね。必要な物貸してくれる?」
「もちろん。それで、明日からの練習だけど……」
実音たちは、学生指揮者同士で真剣な話をし出す。
とりあえず自分のやることが決まった造酒に、ほかのふたりは焦った。
「えっと、わたしは……えっとー」
「私たちは、音楽的なこと以外から攻めてみる? 海、得意でしょ?」
「えー、のりちゃんも考えてよ!」
「陰キャにはハードル高か!」
海と法村は実音と造酒から置いてけぼりにされないように、これからのことを必死に考えるのだった。




