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5.楽器はどこ?

 週明けの月曜日ーー。

 昼休みに大護(だいご)の元へ実音(みお)がやってきた。


(あさひ)君、今大丈夫?」

「お、おう」


 大護はこの土日で結論を出した。

 それは、初恋を忘れるということ。

 一度テレビで観ただけの都会の女の子など、この先出会える可能性は限りなく低い。それよりも、目の前にいる彼女を大事にしたいと思った。

 元々、転校してきた実音を見た瞬間も大護は目を奪われた。周りの女子とは明らかに違うオーラで、まるで芸能人のような容姿。そして、どこかあの子に似ていると感じていた。


(よし! いっぱいアピールして、必ずゲットするぞ!)


 そうして気合いを入れた大護に、実音は紙袋を渡した。


「この間はありがとう。これ、返すね」

「あ、うん」


 中を見ると、そこには綺麗に畳まれたジャージが入っていた。


「わざわざ、こんな丁寧にしてくれなくてもよかったのに。風邪、引かんかった?」

「うん、おかげさまで」


 そして、お互いあの時の光景を思い出し顔を赤らめる。


「あ、あの時はごめんね」

「い、いや……。むしろ、ありがとうございます?」


 それから、大護は勇気を振り絞り実音を真っ直ぐ見た。


「あ、あのさ。もしよかったら今度の休みにいろいろ案内するけん、どっか行かないか?」


 すると、実音はさっきまで恥ずかしそうにしていた表情からスッと真顔になった。


「ごめん」

「え?」

「今日から忙しくなるから」

「そ、それはどういうーー」

「おーい!」


 そこへ(うみ)がやってきて、実音の手を取った。


「早く行こ!」

「うん。暾君、誘ってくれてありがとうね」

「え、ちょっーー」

「私、吹奏楽部(吹部)に入ることにしたの」

「そうなの!?」


 そのまま実音と海はどこかへ行ってしまった。

 残された大護は、受け取ったジャージを抱きしめる。


「……いい匂い」


 好きな子の家の柔軟剤の香りを嗅ぐ大護を、周りの生徒たちは怪しい目で見るのだった。








「ブンブン!」


 海は実音と一緒に職員室に入ると、顧問を見つけて大きく手を振った。


「だから、ここで『ブンブン』はやめなさいって」


 教師にもフレンドリーな海とは対照的に、(かざり)の前にやってきた実音は冷静で、頭を下げながら挨拶をする。


「今年度からこちらに参りました、雅楽川(うたがわ)実音です。これからよろしくお願いします」

「うわー! こんな礼儀正しい子、この学校来て初めて見たなぁ。音和(おとなぎ)から話は聞いてるよ。顧問の文凛太郎(かざりりんたろう)です。こちらこそよろしくね。この紙に書いて提出してくれれば、正式にうちの部員だよ」

「やったね、ブンブン。これで今年のコンクールは期待できるね」

「あはは。上手くいくといいけど」

「あのー」


 そこで、実音は気になっていたことを訊いた。


「文先生は、前はどちらの学校に? コンクールの成績はいかがでしたか?」

「へ? あー、そうだよね。指導者がどういう奴かって、気になるよね。ごめんね。僕、合唱専門で吹奏楽は去年からなの。雅楽川さんがいた方南(ほうなん)とは全然やり方が違うかもしれないけど、お手柔らかに頼むよ」

「え? 初心者なんですか!?」

「う、うん」


 その瞬間、実音の顧問を見る目が変わる。


「うわー」

「ん? 何か聞こえた気が」

「はぁー」

「え? 溜め息!?」


 そんなやり取りを、海はニコニコしながら眺めていた。


「まぁまぁ。何とかなるって。これからよろしくね、実音」

「え、呼び捨て?」

「わたしのことも海でよかよ」

「……」


 少し考えてから、実音は口を開いた。


「よろしくね、海」


 それは昼休みの職員室に生まれた、ふたりの女子高生たちの新たな一歩だった。

 周りにいた教師達は、温かい目でこの状況を見守った。


「ところで、方南ではオーボエだったんだって?」

「はい」


 文は、大事なことを訊いていなかったことを思い出した。


「じゃあ、うちでもオーボエ希望?」

「そうですね」

「そっか、オーボエか。それで、楽器は持ってる?」

「方南では学校の楽器を使っていました。だから、ここでもできればそうしたいんですけど」

「そうだよね。オーボエって、たしかめちゃくちゃ高いんだもんね。うちにあったかな?」

「え? 大三東(おおみさき)のオーボエパートの人たちって、みんなマイ楽器なんですか?」

「えっと……というか、そもそも……」


 そこで口籠る文を怪しく思った実音は、隣にいる海に視線をやった。すると、彼女の目が泳いでいる。


「海?」


 これ以上隠せないと思ったのか、海は覚悟を決めて実音に向き合う。


「えっとね。……大三東には、オーボエパート自体存在しないの」

「……嘘でしょ。ひとりも?」

「うん」

「冗談じゃなくて?」

「本当……です」

「じゃあ、楽器ないの? 一本も? アングレも?」

「アングレって、イングリッシュホルンだっけ? それはなかったと思う。ばってん、オーボエならあるよ」

「あるの?」


 海の言葉に反応したのは文だった。

 顧問のくせに、あまり部の状況を把握しきれていないのがこれで実音に伝わってしまった。


「大掃除で見た気がする。何年か前までは、オーボエパートもあったらしいよ。噂で聞いた」

「そうなんだ。よかった。……メーカーは?」


 今度は実音が反応した。

 

「そこまではわからんね」

「そっかぁ」

「それじゃあ、あとは放課後だね。音和が見たっていうそれが、使えそうかどうか確かめてみようよ。ね」


 残念がる実音に、文がそう提案する。


「そうですね」


 とりあえず実音は入部届の紙を受け取り、ふたりは職員室を出ることにした。









「はい。それじゃあ、今日から二年生の雅楽川さんも入部することになりました。方南出身らしいけん、期待大だね。みんな、仲良くしてあげてください」

「雅楽川実音です。よろしくお願いします」


 放課後、部活の初めに実音は部長から部員全員の前で紹介された。

 吹奏楽部の部室は音楽室で、そこに入部したての一年生を含めた部員たちが、興味津々な顔で実音を見ている。

 今まで実音は長い髪を下ろしていた。しかし部活に来ると、シンプルな黒ゴムでひとつに髪を縛った。ほかの生徒だと地味な見た目になりそうだが、実音は違う。どこか華がある。


「あれが噂の転校生?」

「可愛い」

「芸能人みたい」

「ほっそ。顔ちっちゃ。目クリックリ。髪綺麗」

「方南かぁ。すごかね」

「オーボエだって」

「オーボエって、間近で見たことなか」


 ヒソヒソと話す部員たちに対して、実音は無反応だ。

 彼女の頭の中は、オーボエを早く見たいという気持ちでいっぱいだった。


「今日もパート練ね。はい、解散!」


 部長が指示を出すと、のろのろと部員たちは動き出した。


「雅楽川さんのことは海と先生に頼んであるけん、ふたりの所に行ってね」

「はい」


 実音がふたりを探していると、おしゃべりしながら移動する部員たちに混じって、海が楽器ケースを持って現れた。


「お待たせー!」

「おお!」


 目を輝かせながらそれを見る実音。


「中、見てみて」

「うん!」


 文も覗き込む中、実音が意気揚々とケースを開けるとそこには黒く光るオーボエが入っていた。


「どう?」

「使えそうかな?」


 文と海が窺うが、実音は微動だにしない。


「実音?」


 すると、実音は楽器を突然抱きしめた。


「まさか、ここで会えるなんて!」

「どした?」

「このメーカー、前に使ってたのと一緒なの! こんないい楽器が今まで眠っていたなんて、信じられない!」


 テンション爆上げの実音に若干引きつつも、どうやらお気に召したようで海たちは安心した。


「そんなにいい楽器だったんだ? わたし、クラリネット(クラ)しかよくわからんしなぁ」

「これ、結構するよ」

「どれくらい?」

「百万はするね」

「ひゃっ……!?」

「高いとは知ってたけど、そんなにするんだ」


 思っていた以上の金額に、ふたりは楽器から離れた。


「でも……」

「でも?」

「何か、問題あったのかい?」

「ここ」


 実音が指差す場所には、よく見ないとわからないくらいの小さなヒビがあった。


「あと、こことここにも」


 どれも極小さなものだったが、オーボエにヒビが入ると音に影響する。また、そこから更に大きなヒビになる可能性もある。

 そもそも、温度差によって元からヒビの入りやすい楽器だ。前の使用者が気づかなかったのか自然に入ってしまったのかは不明だが、よくあることである。

 また、長年放置されていたこともあり、オーバーホールが必要な状態だ。


「修理しないとダメですね」

「やっぱりそうだよね。明日にでも、楽器屋さんに来てもらうか」


 せっかく見つけた楽器だったが、実音は当分吹くことはできそうにないのであった。

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