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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
7月

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9.次の部長は?

 部員たちが楽器をトラックから降ろしている間、顧問の(かざり)は音楽準備室で商店街の吉田に電話をかけていた。


「ええ。嬉しいのやら、悔しいのやら。こんな経験初めてなので、顧問としてどうしたらいいのかわかりません。でも、いただいたあの黄色いスカーフとハンカチ……あれのおかげで、ステージ上でみんなを見た時、あの子たちが輝いて見えましたよ。ありがとうございました」

『喜んでもらえて、こちらも嬉しいです。三年生は今日で引退ですか?』

「仮引退ですね。九月の定期演奏会が最後です。一応、明日からは二年生が部活を引っ張っていくことになります。だから、この後は役員発表の時間なんですよ」

『へぇー。じゃあ、あの子が部長ですか?』

「あの子? あー、彼女ですか? 実は、僕まだ知らないんですよね。三年生が話し合っていたのは知ってるんですが」

『……』


 吉田は、文が頼りにされていないことに同情する。

 実際、三年生は学年会議に文を呼ぶことを忘れていた。


『では、次はその定期演奏会に私たちもお伺いしますね』

「是非。今度チケットを用意して、そちらにお邪魔します」

『はい、わかりました。商店街のみんなにも、私から声をかけておきます』

「ありがとうございます。では、失礼しますね」

『遅くまでお疲れ様でした。失礼いたします』


 電話を終えると、準備室に三年生の役員が入ってきた。

 彼女たちの目は腫れているが、もう落ち込んではいない。


「先生、ちょっと」

「うん」










 それから暫くして、文と役員たちが部屋から出てきた。既に、ほかの部員たちは座って待機中だ。

 今日の感想を文が述べた後、次のパートリーダーと役員がそれぞれ三年生から発表されることになった。

 まずはフルートの本多が、二年生を見ながらパートリーダーを告げる。


「次のフルートパートのパートリーダーは、御厨(みくりや)さんです。そんな背負うことなく、ふたりで協力してね」

「はい」


 その発表に、周りの者は拍手を送り本人は立ち上がって一礼する。この流れを各パートがやっていく。


クラリネット(クラ)音和(おとなぎ)です。人数多いから、気張ってね」

「わたし!? くまちゃんかと思ったのに。き、気張ります!」

「海、期待しちょるよ」

「ひーちゃん、冷やかさんで!」


 (うみ)は驚きながらも、気合を入れた。


「サックスは問題児がおるけん……その……ガンバ! 網田(あみた)、お願いします」

「……はい」

「問題児って、誰?」

(ふち)、お前だよ!」


「トランペットも問題児おるばってん、負けるな! 造酒(みき)!」

「はい!」

「うちにも問題児いたっけ?」

有馬(ありま)、お前だ!」


「ホルンは法村(のりむら)よ。プリンスをお願いね」

「は、はい」

「ボクじゃなくて、パートですよね?」


「トロンボーンは、ぶっちゃけどっちでもよか。一応窄口(さこぐち)

「ふたりでどうにかします」


ユーフォニアム(ユーフォ)はひとりしかおらんけん。鴛淵(おしぶち)で」

「そうなりますよね」


「チューバはお前だ、万屋(まんや)! 俺の後は任せたぞ!」

「ぼ、僕!?」

「チッ」


パーカッション(パーカス)相知(おおち)です」

「はい!」

「ヨッ!」

「決まってるねぇ!」

「やめて……恥ずかしい」


「それと、ひとりしかいないけど一応ね。オーボエは雅楽川(うたがわ)さんです」

「はい」


 文が残りのオーボエまで発表すると、実音(みお)も一礼する。


「では、次に役員の発表です。まずは学生指揮者から」


 本多が、井上と福田にアイコンタクトを送る。


「木管の学生指揮者は雅楽川です。と言っても、もうその仕事以上をとっくにやってるけどね。これからもよろしく」

「はい」


 これはみんなの予想通りの結果だった。

 実音もそのつもりだったため、なんのサプライズ感もない。


「金管は造酒。雅楽川を支えてあげてね」

「はい。……ウチかぁ」


 続いて、入江が前に出る。

 

「次は副部長です。法村、お願いします」

「え、あ、はい」


 そして、本多が最後に咳払いをして、全体を見回す。

 

「最後に部長だね。個性的な部員ばかりだけど、あなたなら大丈夫。だっていつも部内を明るく照らしてくれるから。部長は音和海。あなたに託します」

「へ? 実音じゃなくて? わ、わたし?」


 海にとってそれはサプライズだった。

 頭は少し可哀想で、心配なところもある。だが努力を惜しまず、そして前向きなところが彼女の魅力だ。そこに何度も大三東は救われた。

 海を指名したのは本多だが、ほかの三年生も文も誰も反対しなかった。そして、その発表を聞いた一・二年生も全員が納得の結果だった。









 発表後は、各パートごとに集まって暫く部活を抜ける三年生に対してプレゼントを渡したり、写真を撮ったりした。

 どさくさに紛れて西田がプリンスに抱きつこうとしたため、ホルンパート以外も手伝って彼を避難させる。どうやら、これから離れることになる自分へ彼からパワーをもらいたかったようだ。仕方なく、三年生全員と写真を撮ってあげるプリンス。迷惑に思う時もあるが、やはり先輩。お世話になった恩は律儀に返したいと思った。ついでに文も三年生と写真はどうかと訊いたが、可哀想だと思った本多以外は誰もお願いしなかった。

 やがて落ち着いてくると、新役員だけ呼び出されて、それぞれの引き継ぎ作業を行った。実音は別に問題なかったが、海たちは自分が役員になると思っていなかったため、その仕事内容を真剣にメモする。責任ある仕事を任され、三人は不安で押しつぶされそうだった。


「大丈夫よ。永世(ながせ)にだってできたんだから」

夕映(ゆえ)!? どういうこと?」

「そうだよ。そんなに気を張ることはなか」

「何かあっても、ほかの二年生ともよく話し合ってみんなで解決しなさい」


 そんな先輩たちの言葉で少し肩の力が抜けたが、海はまだ表情が固い。


「海、あんたは深く考えなくていいの! そもそも、そんな頭良くないんだから」

「……うっ」

「はぁー。雅楽川、この子のこともお願いね」

「はい。井上先輩、今までありがとうございました」

「こちらこそね」


 出会った頃からは想像できないほど、ふたりは信頼し合っていた。

 その様子に海も含めて周りは微笑んだ。









 その日のミーティングが終わり、実音と海は一緒に校舎を出た。


「わたしが部長なんて、上手くやっていけるかなぁ? 不安でいっぱいだよ」

「そんなことないと思うけど? 海でぴったりだよ」

「ばってん……実音の方がよっぽどしっかりしちょるし、みんなをまとめられるけん。わたしには……」


 珍しく弱気な海。

 実音は少し考えてから、立ち止まってその目を見る。


「私を誘ったのは海だよ。だったら、最後まで引っ張ってよ」

「……そうは言ったって実力が……」

「部長に必要な力って、そういうものじゃないでしょ。しっかりしている人なら、本多先輩以外にもいるし」

「確かに」


 ナチュラルにふたりは本多をディスっている。しかし、それに気づいていない。


「先輩たちが期待してるのは、海のその向上心だよ」

「……そっか。そうだよね。プレッシャーに負けとる場合じゃなかね。だって、わたしたち『全国で一金』を狙ってるんだもん! 頑張って、頑張って、頑張る! 実音も頑張ってーー」

「……」


 その力の入った決意を聞いて、実音は冷めた目をする。


「『頑張って』……ね。そんな精神論でどうにかなるのなら、私は今ここにいなかったよ」

「……実音?」

「その『頑張れ』って言葉、一番嫌い。どんなに努力したって、報われないことはある。既に限界までやっても『もっと、頑張れ』なんて言われて。できることは全部やった。その努力を他人から否定されたら、もう……」

「……」


 海は、初めて実音を吹奏楽部に誘った時のことを思い出した。

 あの時も、彼女は今のように悲しそうで苦しんでいた。きっと、方南(ほうなん)でのトラウマは今も完全にはなくなっていない。それを乗り越えるためにここまで引っ張ってくれた彼女が、あの結果でどんなに悔しかったか……。それを海は理解した。


「わかった。『頑張って』なんて、もう言わん。ばってん、これは言う! 実音、『がんばらんば』だよ!」

「は?」


 いったい何が違うのか、実音にはわからなかった。


「『がんばらんば』の意味、知っちょる? 『頑張らないと』とか『頑張らなくっちゃ』なんだよ。これは、自分に言う言葉。実音の努力はすごいよ! わたしが何回でも褒めてあげる。充分頑張った! それを否定なんかせん! だから、あと一歩だけ自分を鼓舞しよ! これはそのための魔法の言葉だよ」

「……」

「あれ? 通じん? これもダメ?」

「……ううん。やっぱり、海は部長に向いてるよ。少し元気出た。そうだね。『がんばらんば』だね」

「そうそう! 『がんばらんば』だよ」

「ありがとうね、海」

「あはは。これくらいなんてことなか!」


 新たなスタートを切った大三東(おおみさき)吹奏楽部。

 気持ちも切り替え、目指す高い目標に向けて歩みを始めた。

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