8.結果は?
演奏後、部員たちは楽器を片しトラックに積み込んだ。
客席に着いた頃には全ての団体の演奏が終わっており、表彰式前の休憩中であった。みんなでまとまって座り、その時を待つ。
部長の本多と学生指揮者の井上と顧問の文は、部員たちとは別行動で舞台袖に向かった。
集合場所へ行く途中、井上はずっと浮かない表情だった部長に話しかけた。
「今日のソロ、よかったよ」
「……ありがとう。夕映もね」
「永世はいつもふわふわしてるけど、やる時はやる子でしょ。だから、絶対成功させるって信じてた」
「ばってん、学校で褒めてくれたソロの方が上手かったよね」
(それは、そうだけど……)
上手く言葉が出てこない井上。
黙っている彼女に、本多は苦笑する。
「夕映は嘘がつけんよね。……あのソロね、教室で吹いとったのって雅楽川さんだよ」
「え?」
「彼女、私のフルートを借りてお手本で吹いてくれたの。オーボエよりもニュアンスとか響かせ方がより伝わって、それでとっても役に立ったんだけど……」
「専門じゃない人の演奏に負けたのが、相当ショックだった?」
「……うん。篠笛が吹けるのは知っちょる。だからってフルートも上手いなんてね。同じ横笛でも別物なのに。しかも、それで落ち込んどるのを知って、本番前にフルートを吹く真似をしてきたんだよ。『この子が吹いた方が、絶対上手いのに』って弱気になっとった私を挑発したんだね。それが逆に力になった。『やっぱり、中学からずっとやってきた楽器で負けるわけにはいかんよね』って思ったの」
「……そう。あの子っていったい何者なんだろうね? まぁ、おかげで悔いのない演奏ができたかも」
「本当にね。感謝しかなか。……ところで、私ってふわふわしとるの?」
「……さぁ? なんのこと?」
「さっき、言っとったよ」
「……」
目を逸らして先に進む井上と、それを追う本多。ふたりが舞台袖に辿り着くと、既にほかの代表者は揃っていた。
彼女たちは目を合わせて頷き合ってから、その列に並んだ。
長崎県の高校の部は、二日に分けて行う。今日はその二日目だ。昨日もここで激戦が繰り広げられ、九州大会へ推薦される二校が決まった。
今回の審査員は、プロの管楽器奏者数名と打楽器奏者とひとりの作曲家がおり、それぞれが評価した点数で賞が決まる。金賞が何校とかは決まっておらず、基準を越えれば全団体が金賞もあり得る。だが現実は甘くなく、大三東はずっと銅賞だ。「賞なし」がないだけ優しい。
出演順に各団体から二名がステージの中心に行き、その場で賞が言い渡される。またその際「金賞」と「銀賞」が聞き取りにくいため、「金賞」は「ゴールド金賞」と発表される。
表彰式の時間となった。
ステージ上に並ぶ代表者たち。本多と井上も堂々としている。どの客席にいる生徒たちも、固唾を飲んでそれを見守る。
そして、発表の時。
出演順一番の団体から前に出て、その結果を聞く。その度に大きな拍手が鳴ったり、その団体の部員たちが大声で叫んだりしている。
いよいよ、大三東の番。
部長と学生指揮者のふたりが前に出て、大きく深呼吸する。ほかの部員たちも、客席で両手を組んで祈る。
「県立大三東高等学校吹奏楽部……ゴールド金賞!」
「……」
「……」
衝撃で動けない本多と井上。
会場の拍手の音で意識を取り戻し、慌てて賞状などを受け取る。
「おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
お祝いの言葉も贈られるが、本多はまだ放心状態だ。
客席に向かって一礼してから移動するが、ずっとぼーっとしている。
それはふたりだけでなく、客席も同じだった。大三東の部員たちも拍手はしているが、口を開けている者や頬をつねっている者など様々。実音が叫ばないように注意していたが、それをしなくても叫ぶ余裕などなかった。
実音自身は、この結果を予期していたかのように無表情で拍手をしている。
全団体の結果発表が終わり、次は九州大会への推薦が告げられる時がきた。
今日の出演団体は二十二校。この中から次の大会へ駒を進めることができるのは、たった二校だ。
一部を除いて盛り上がっていた会場が、再び静まる。
「それでは、九州大会への推薦団体を演奏順に発表します。まずはーー」
今年の県大会が終了した。
同時に、大三東高校吹奏楽部の今年の夏の大会も終わった。推薦には選ばれなかった。金賞でも先に進めない、いわゆる「ダメ金」だった。
合流した本多と井上を、部員たちが温かく迎えた。
井上は、三年生も見たことがないほど思いっきり泣いていた。一方、本多は未だぼーっとしている。
みんな、金賞を取れたことの嬉しさとダメ金だったことの悔しさで、感情がぐちゃぐちゃだった。次第に井上の涙につられて泣き出す者が現れた頃、文が走ってやってきた。
「ふたり共、僕を置いていかないでよー!」
ステージの裏で講評をもらっていた文。その中身を読んでいたら、いつの間にか置いていかれていたようだ。
「みんな、お疲れ様。邪魔になっちゃうから、バスに乗ろうか」
バスの運転手は、泣いている部員を見て察してくれた。優しい笑みで、部員たちが乗っていくのを見守っている。
そして全員が乗り込むと、バスはゆっくり動き出した。
文から評価が書かれた紙を受け取り、実音はそれを読んだ。その間、泣いていた者も疲れたようでバスの中は静かだった。
すると、本多が突然バスのマイクを取った。
「みんな、ごめん!」
急に話し出した部長に、全員驚く。
「きっと……ううん、私のせいだよね。もっと私がしっかりしとったら……。ソロだって、もっと上手く吹いとれば……」
「永世……」
隣にいた井上が、その肩に手を乗せる。
否定の言葉をここでかけても、彼女には届かない。だから、ただ寄り添うしかできなかった。
「そんなことなかです!」
そんな時、声をあげたのは海だった。
「部長のソロは素晴らしかった! それに、いつもふわふわで優しい先輩だからこそ、大三東は平和に活動できたんです!」
「海……」
井上も何か言葉をかけるべきか悩んでいると、今度は列を挟んで隣の席にいた実音が、本多が持っていたマイクを取り上げた。
「講評を読み終えました。その結果をお知らせします」
(え? 今?)
実音以外の全員が唖然とする中、彼女は無視して続ける。
「本日の金賞団体は五つ。そして、推薦がふたつ。大三東の順位ですが、三位でした。二位との差は僅か一点」
その結果に、一同驚愕した。
万年銅賞だった学校が、いきなり好成績を叩き出した。
「具体的な審査員の先生方の評価ですが、課題曲はそれほどですね。ですが、自由曲についてはかなりの高評価でした。全員で曲の解釈を学んだ甲斐がありましたね。個別の意見ですと、ある先生のコメントの中に『ソロ、ブラボー』と。……よかったですね、先輩」
「……っ!」
最後の方は、とても優しい声色で話した実音。それは部長に向けての言葉だった。
「ゔっ……ふぇっ……ゔー……」
今まで出ていなかった涙が、急に溢れ出した本多。その声に、ほかの部員たちも文までも一緒になって大声で泣いた。
学校に到着するまで、ずっと泣いていた部員たち。涙声でお礼を言われた運転手も、涙目になっていた。
だが、ひとり泣いていない実音。
その表情からは、何を思っているのかは全くわからなかった。




