6.優しいプレゼント
コンクール前日ーー。
予約していた体育館の使用時間になり、急いでセッティングをする部員たち。その床には、実際のステージの大きさがテープで表されている。音楽室よりも広い間隔で椅子を置くため、隣の音がいつもより遠い。
「基礎合奏から始めます」
音出しを終えると、実音は体育館の二階に上がり遠くからメガホンを持って声を出した。
本番の審査でも、客席の上の方に審査員席がある。これを想定した練習だ。ホール練習ができない分、環境は違うが体育館でできる限りのことをする。
「音のアタックが揃ってないですよ。低音、もっと出して。Dグループは響きを意識して。楽器ごとにちゃんと合図出してください!」
実音の指導も、今までより更に熱が入る。
「どこに音飛ばしてるんですか! こっちですよ! 音楽室にあるホールの写真を思い出してください!」
そして基礎終わると曲の練習に移る。
気になる箇所を取り出しては、徹底的に潰していく。
「トランペットのベル、もう五センチ上げてください」
「トロンボーンの和音、また雑になってますよ」
「トライアングル、もっと上で鳴らしてください」
「低音のリズムが甘いです。強くするところ、丸つけましたよね? そこだけ、ひとりずつ吹いてください」
「アルトサックスのソロ、音量が足りないです。もっと出せますか?」
「そこ、全体的に歌い方が足りません。それでは遠くまで届かないです。一旦、歌ってください」
時間ギリギリまで使い、その後、最後に通しをすることになった。
椅子をわざと崩しておき、並んで待機する。
実音の指示で入場すると、それぞれで椅子や譜面台の高さを揃えていく。そして準備ができた列から座る。
全員の用意が整うと、実音がアナウンスを言って、文がお辞儀をする。本番を意識して、全員が集中している。そのまま二曲通し、退場まで練習した。
それを終えると、各パートで確認を取り合った。実音も文に細かいアドバイスを入れる。
「時間は問題ないので、落ち着いてくださいね」
「うん、そうだね」
文はストップウォッチを見せられて、少しホッとする。
コンクールでは、演奏時間は二曲で十二分以内と決められている。
課題曲のカットはできないため、自由曲を団体によっては削る必要がある。もし一秒でも時間をオーバーすると、失格となる。
「はぁー。今から緊張しちゃうよ」
「先生のくじ運がよかったおかげで、明日の午前中も充分練習できます。今日は終わりにして、部員たちを休ませましょう。もちろん、先生も」
「ありがとうねー」
その場を片させようとしたその時、体育館にひとりの男性が入ってきた。
「ここにいらっしゃったんですね。探しましたよ」
それは、商店街の吉田だった。
「あー、吉田さん! そうだった、練習場所を言うのを忘れてました! お昼にお電話いただいた時に、伝えてませんでしたね」
またやらかした顧問をひと睨みし、実音は吉田の元に駆け寄る。
「吉田さん、顧問から聞きました。ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。いろいろお世話になったからね。これ、商店街のみんなから」
吉田の訪問の目的は、コンクール前日の吹奏楽部への差し入れを持ってくることだった。
おにぎりやパンや飲み物などを、商店街のお店から持ってきてくれた。
「わーい! 丁度お腹空いとったとこ! 嬉しいです!」
それに海が一番に食いつく。
吹奏楽部で一番の食いしん坊に相応しい行動だ。
「こら、海! 楽器片すのが先でしょうが!」
井上に叱られ、海は慌てて楽器をしまう。
そんな子供らしい姿に、実音は呆れ吉田は苦笑した。
「いっぴゃあ(たくさん)あるけんね。急がんでよかよ」
「すみません」
「あはは。あ、それから、これもプレゼント。よかったら使って」
「っ!」
吉田がダンボールの箱を開けると、中には黄色い布が見えた。
「これ、スカーフとハンカチ。衣装を買うお金がないって聞いてから、私なりに考えてみたんだ。コンクールにTシャツはダメだろ? これならいいかなって。ちゃんと校章も刺繍で入れてもらったよ」
「ありがとうございます! こんなに素晴らしいプレゼント、私たちがいただいてもよろしいんですか?」
「よかよか。どうせ売れ残りの布だし。縫ったばあさんたちも、楽しそうにしちょったけん」
実音は本多と文に報告し、すぐに全員を集めて部長を中心にもう一度お礼を言った。
「良い報告ば、待っちょんけんね」
仕事のある吉田は、片手を挙げながらかっこよく帰っていく。
同じ大人でも、文とはまるで違うスマートさだ。
吉田の差し入れを食べて、明日のためのエネルギーを蓄える部員たち。
海は一番身体の大きな万屋の倍は食べている。食に関しては、彼女に遠慮するという行為はとても難しい。
心の籠った差し入れに盛り上がる中、浮かない顔の者がふたりいた。部長の本多と、パーカッションの吉川だ。
「……」
実音はふたりがそうなってしまったことに心当たりがあり、どう言葉をかけようか考えていた。
すると、井上が実音に近づいてきた。
「ねぇ、明日の本番もチューニングの時間取るの? 直前まで指の練習したいんだけど」
その質問に答えるため、実音は全体へ声をかける。
「召し上がりながらで構いません。少し聞いていただけますか?」
みんなの視線を集めると、実音は本番のための大事な話を始めた。
「方南のように人数の多い団体は、コンクールなどでお手伝いをすることがあります。私も今までに、誘導係やドア係やセッティング係をしました」
誘導係と聞いて、文は先月の演奏会で案内をしてくれた学生を思い出す。
「誘導は何校か担当したのですが、本番直前の行動は各校様々でした。それで気づいたのですが、成績の悪い団体の特徴はどこも似ているんです。『時間になってもすぐに動いてくれない』『チューニング室でのチューニングが適当』『ギリギリまで曲の練習をして、基礎合奏をしない』『舞台袖の待機中で精神論を語り、楽器のケアが疎か』『誘導係に挨拶をしない』という感じです」
実音が挙げたことは、去年の大三東そのものだった。
「いつもはできていることでも、コンクールではできなくなる。そんな団体の結果は、演奏する前から出ています。緊張するのは仕方がありません。でも、いつものルーティーンをすれば少しは和らぎます。私を信じて、明日もいつもどおりでいてください」
それを聞いて、井上は信頼できる彼女に全てを任せることにした。
「あと、ほかにもアドバイスがあります。舞台袖に行くと、なぜか前の団体が上手く聴こえます。これはあるあるです。そちらに意識を持っていかれないように、頭の中ではずっと課題曲の冒頭を流してください。それと、ソロのある方」
その言葉に、本多たちが反応する。
「ソロで失敗しても、採点に悪い影響はありません。審査員の方々も、同じプレッシャーをよくご存知です。だから、堂々としていてください。上手くいけばプラスになるだけです。クラリネットのリードミスも同じです。恐れなくて大丈夫です。ミスがあっても、『何か?』くらいの気持ちでいましょう」
その言葉に、吉川の顔が少し晴れた。
審査員にとって、自分が何年生とかは関係のないこと。だからこそ、よりプレッシャーを感じていた彼女に実音の話はとても救いになった。
「あ、そうだ。結果発表についてですが、金賞を呼ばれても騒ぐのはなしですよ。次の団体の発表が続きますからね。大きな拍手で充分です」
もしもの話に、多くの者が「そんな嬉しいことが起きるかなぁ」と思っていた。
しかし、海は違う。目をキラキラさせ、金賞を取った時のことを想像する。
「わたしなら、絶対発狂しそうだよ。抑えんとね。今からドキドキしちゃう!」
そんないつでも前向きな彼女に、部員たちも元気が湧いてくる。
「明日も朝から練習ですから、そろそろ帰りましょうか。睡眠はしっかり取ってくださいね」
「はい!」
そして、急いで片づけると全員で帰る用意を始めた。
明日は大事なコンクール。
ここまで練習した結果が、夕方には表れる。




