3.透明な応援
姿はないが、聴こえる応援。
それは実音のアイディアだった。
毎年応援しているのにもかかわらず、今回急に吹奏楽部が参加しないことになったのはあまりにも可哀想だと彼女は思った。
そこで、野球部が訪れた数日後に部長の本多と試合に出ない野球部員の応援団長の元へ相談しに行った。提案したのは、録音した演奏を当日流すというものだった。
「スピーカーもお貸しします。もちろん、壊したら弁償してもらいますが……。使用に関しては、そちらの連盟さんにも確認を取っていただいてもよろしいですか?」
団長はそのアイディアに、すぐ賛成した。
「何もないより、ずっとありがたい! きっと……たぶん……いや、確実に条件をクリアは難しいだろうから。すぐに確認するよ。それで、曲は?」
「何やろっか?」
本多が実音に尋ねると、彼女は用意していたCDを渡した。
「これでいこうかなと。野球部の方も絶対知っている曲を集めました。こちらはあくまで参考音源です。練習試合で野球部が留守の日に録音しますので、できましたらそちらをお渡しします」
(いつの間に?)
本多は、後輩のその準備の良さに置いてけぼりだ。
「へぇー。これは去年のやつ? あ、これは懐かしいなぁ。これでお願いするよ」
曲のリストを見て、団長からの許可も出た。
詳しいことはまた後で本多経由で連絡をすることにして、実音たちは音楽室に向かった。そして準備室にある楽譜を取り出し、文にコピーをお願いする。
「これもやるのかい? 僕、そんな一度にたくさん覚えられないよ」
「今回は、先生は何もしなくて大丈夫ですよ」
「それはそれで……なんか……こう、さ」
「先生はとにかく『ぐるりよざ』とコンクールに集中してください!」
「……はい」
それから部員たちにも楽譜を渡し、野球部のレギュラーにバレないように各自で楽譜を読み込んだ。それを事前に団長から聞いていた練習試合の日に合奏し、録音した。
無事に団長に渡し終えた時に、彼らが条件を満たせなかったことを知った。想像できたことだが、団長はとても悔しそうだった。
そして試合当日ーー。
応援席では、試合に出られなかった野球部の部員たちが一生懸命声を出しながら踊った。一年生の中には女装してチア姿になっている者もいる。
今回、吹奏楽部が渡した曲は全部で五曲だ。
『がんばらんば』
『Saturday Night』
『マツケンサンバⅡ』
『あとひとつ』
『できっこないをやらなくちゃ』
三曲は商店街のミニコンサートで披露したもの。二曲は去年の応援で演奏したものだ。
二・三年生が練習したことのあるものと、一年生でもできそうな曲を選んだ。使いやすいように多少の変更点はあったが、大したことではない。そのため、それほど吹奏楽部の負担にもならなかった。
応援団は、この五曲を上手く組み合わせて使用した。
バッターボックスに立つ大護。
彼の耳にも、その演奏は届いていた。
(実音が、俺たちのために演奏してくれたんだな。なら、絶対にその応援に応えんと!)
オーボエはよくわからないがきっとあの演奏の中にあるのだろうと彼は思い、その目には闘志が宿った。
だが実際には実音はこの演奏では指揮をしており、オーボエを吹いていない。それを知らずに、大護は豪快なスウィングをする。
彼の打った球は、大きな弧を描きながらどんどん距離を伸ばしていった。
「やったー!」
「ホームランだ!」
「でかしたぞ、大護!」
(よしっ!)
四番を任され、大事な試合で見事ホームランを出せた大護。
黄色い歓声はなかったが、仲間たちの喜ぶ太い声を聞きながらグラウンドを走った。
野球部が試合を終えて学校に戻ってきたのは、まだ明るい昼間。
点が入ったのは、結局大護のソロホームランのみ。それでも失点を二点にまで抑え、かなりの接戦だった。
男泣きをする主将を友人が横から支えた。一度グラウンドに入ったところで、音楽室の窓が開いた。
「あ! みんなー、帰ってきたよ!」
顔を出したのは海だ。
彼女の呼びかけに、ほかの吹奏楽部の部員たちも出てきた。丁度お昼休憩を終えた時間だった。
「おい、整列!」
主将は涙を拭い、全員をその場に並ばせた。
そして上にいる吹奏楽部めがけて、大声を出した。
「演奏、ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
ちゃんとお礼をする野球部員。
それに、吹奏楽部も応える。
「お疲れ様!」
「惜しかったね!」
「いい試合だったらしいね!」
「定期演奏会、来てね!」
結果は地元のニュースサイトで知っていた吹奏楽部。笑顔で彼らの勇姿を称えた。
一緒に顔を覗かせていた実音は、大護の姿を発見した。向こうも気づいたようで、お互い微笑んだ。
その後、野球部はそのまま三年生の引退式へと移った。
試合がどこまで続くか一応わからないため、いつでも引退式を行えるよう前々から用意だけはしていた。
そしてここでも男泣きする主将に呆れながら、みんなで楽しくお菓子やジュースを片手に騒いだ。それぞれの学年が準備してきた出し物で盛り上がり、三年生から監督への感謝の時間にはみんなが涙した。
だいぶ落ち着いてきた頃、ここで次の役員の発表の時間となった。監督と三年生で話し合った結果を告げられる。
「次の主将は……暾、お前だ!」
緊張感が漂う中、選ばれたのは大護だった。
「え、俺?」
本人は驚いているが、周りの二年生は全員納得の結果だ。拍手で新しい主将の誕生を祝福する。
(主将か。……責任重大だなぁ)
大護はこれからどうしていこうか、不安とワクワクでいっぱいだった。




