1.チャラ男、撃退
期末テストが終わり、部活を再開した実音たち吹奏楽部。
だが中には補習対象となり、コンクールを控える大事な時期にもかかわらず放課後の部活に遅刻する者もいた。
「ごめーん」
楽譜を持った手で器用に頭を掻きながら遅れて合奏に入ってきたのは泓だ。大きなバリトンサックスとともに席に着く。
「どこやってんの?」
「今、課題曲の頭のトランペットを取り出しとるところ」
近くにいた縫が小声で教えると、泓は目を見開いて驚く。
「まだそこ!?」
つい大きな声を出してしまい、中心で指導中の実音に睨まれてしまう。
「すんません」
部長は彼女に向かってまた謝罪のポーズをし、おとなしくする。
合奏開始から既に一時間半は経過している。それなのに進んでいないことに、頭の悪い彼も心配になった。
「そのアクセントだと、音がぶつ切れで響きません。その後のアタックのtの形が横に広がり過ぎです。コアはiじゃなくてoで。リリースはnですよ」
実際に口で形を作り、違いを伝える実音。
微妙な差だが、彼女にとっては全く異なる音に聴こえる。
「ここ、ひとりずつ順番に吹いてください」
吹奏楽の練習で「ひとりずつ吹いて」という指導はよくある。しかし、大三東では今までなかったことだ。実音が来てから何度も言われてきたため、最初はこの公開処刑のような練習にビクついていた部員たちも次第に抵抗しなくなった。それでも晒されることには違いなく、内心は嫌がっている。
「有馬君のはよかった。福田先輩は最後のピッチが惜しかったです。それからーー」
各々にアドバイスをし、良くなるまで続ける。
その間、ほかの暇なパートのことも実音は忘れてはいない。音には出さないが、息を入れて指を動かす練習をさせる。
いつ次の指示が出てもすぐに吹けるように、準備を怠らせない。木管楽器は特に指の難しい場所の練習が必要だ。息を入れずに楽器に耳を近づけて、音と音の変わり目に無駄な引っかかりがないかを確かめさせた。
やがてイントロの練習が終わった頃には、残りの時間が少なくなっていた。
「トリオお願いします」
続きではなく、重要な場所を取り出す実音。
アルトサックスやファーストクラリネットに緊張が走る。
「まず歌から」
いつもどおり、歌からの楽器の順番で練習をする。
その歌っている時も、指は動かす。これは、吹いている時も歌を意識できるようにするためだ。
「ブレスの位置、アルトサックスとクラリネットで違いますよね? 私はクラリネットの方がいいと思うんですけど、統一できますか? あと、アルトサックスはビブラートの揺れの幅がバラバラですね。ちょっと、揃えてみましょうか」
「はい」
こんな感じで、この日の合奏はイントロとトリオだけで終わってしまった。
パートによって疲労の差は歴然。昨日は初めのティンパニと、伴奏の頭打ちと裏打ちばかりが取り出されていた。
毎回違う楽器が集中的に指導を受けるため、部員たちには「今日はどこが狙われるのだろう」というハラハラ感があった。そして、言われたところは自主練習やパート練習で直し、次の合奏に備える。
そんな今日の練習後、有馬が指揮台にいる実音のところにやってきた。
「実音先輩。ここの最後のところ、聴いてもらっていいっすか?」
周りの部員たちが片づける中、有馬はひとりトランペットを鳴らす。
「どうっすか?」
「それ、ファーストのやつだよね?」
「だって、俺の方が上手いっすもん。『マードック』のソロも、俺が吹いた方が華がありますって」
有馬は更にソロまでも吹いて聴かせる。その様子に三年生の福田は激怒した。
「何勝手に吹いてんの!」
「いや、ここの学校オーディションしてくんないじゃないっすか。だから、こうやって直接アピールしなきゃ。で、俺のソロは?」
実音の顔を覗き込み訊いてくる有馬。
彼女は少し考える素振りを見せる。
「うーんと、なしかな」
「……え?」
「福田先輩の方がいい」
「今の聴いてたっしょ? 音量もあるし俺の方がーー」
「『マードック』のソロは、そんな音じゃないから。曲の解釈がまだまだだね」
彼女は人差し指で、有馬の額をコツンと触る。
「ファンファーレ向きだけど、繊細な音が出せてないよ。力、入りすぎ。もっと、鍛錬しなきゃだね」
「うっ」
矢で射抜かれたように、心臓の辺りを抑える有馬。
嫌な予感がし、プリンスは一度しまった楽器を慌てて取り出す。
「咲太郎! 課題曲のトリオの後、一緒に練習したいから付き合って!」
「は? なんで俺がーー」
「楽器片してないの、お前だけだから!」
「後でな」
「今!」
「お、おい!」
プリンスは有馬の元に行くと、その手を取って音楽室を出ていく。
「あのふたり、仲いいんだね」
「そうみたいですね」
呑気な顧問の文と、何も気にしていない実音。
そんな一連の様子を、海はニヤニヤし、万屋はオロオロし、吉川はワクワクして見ていた。
そして多くのプリンスファンが、彼の行動にいろいろな意味の悲鳴をあげる。
(まだ元気有り余ってるみたい。もっとギア上げてもいいかな)
部員たちがどこまでついてこられるか、実音は片しながら真剣に考えるのだった。
本格的な夏になり、今年は例年以上に暑い日が続く。
大三東高校野球部の部員たちは、そんな暑さを越える気合いを入れて球場に入った。
本日は甲子園へ行くための予選の初戦。
四番の大護を含めたレギュラー陣は、最後の円陣を組む。そして三年生の主将が大声で全員を鼓舞した。
「今日が俺たち三年生にとっての最後の試合になるかもしれない。悔いの残らないよう、全力を尽くそう! 行くぞー!」
「おう!」
円陣が終わると、大護は大三東の応援団の方を見た。
「……」
そして固く口を結ぶと、気合を入れ直して駆け出した。




