10.本当の評価
実音の言葉に、音楽室はしんと静まった。
「まず、遅刻者ふたり。ほかの部員たちに迷惑をかけた自覚がありませんでしたね。もっと、反省してください」
「……うす」
「はーい」
今朝遅刻した、有馬と泓。
一応反省しているように返事をした。
「鑑賞中に寝ていた方がいたようですが、あれもダメです。自分たちの演奏中に同じことをされたら嫌でしょう? 奏者にも作曲者にも失礼です。どうしても演奏のレベルが低くてつまらないと感じたのならば、逆にどうしたら良くなるかを考えるようにしてください。自分ならどうすれば、その演奏で観客の心を掴めるのかを」
そして、泓を見る実音。
「あと、ホールは飲食禁止です。絶対にこのルールは守ること。施設をお借りしている立場を忘れないでください。最悪、二度とあの場所で演奏ができなくなります」
再び叱られる泓。
さすがの彼も、自分がしそうになったことがいけないことだと理解した。
「それから帰りの道中ですが、あれもよくありませんでした。公共の場では静かに。これは当たり前のことです。しかも、私たちは団体で人数も多い。できるだけ周りの方々の迷惑にならないように、気を配るべきです。今日の反省を語り合っていたとしても、一般の方からすれば雑談にしか聞こえません。しかも制服を着ているから、大三東高校全体のイメージが下がりほかの生徒へも迷惑をかけてしまう。部活は団体です。あらゆる起こるであろう最悪の事態を考えて、行動するようにしてください」
実音のお説教で、気分が落ち込む部員たち。
顧問の文はオロオロして、実音と彼らを見比べている。
「で、でも、よかったところもあっただろ? このままの調子でやれば、コンクールだっていい結果にーー」
「なりません!」
文の言葉を遮る実音。
そのはっきりとした言い方に、彼はビクッとする。
「……ここまでやってきたのに?」
「はい。このままでは、また銅賞です」
「だって、強豪校出身の君の言ったことを一生懸命こなしてきたんだよ?」
「強豪校がどうして強いか、ご存知ですか?」
逆に質問してくる実音。
文も部員たちも考えてみるが、答えは出ない。
その中でひとり、プリンスが手を挙げた。
「ボクのところは、外部の講師の方にも指導してもらっていました。指導者の人数が違うと思います」
「それも要因のひとつ。方南は副顧問を入れて五人の先生がいて、演奏面とそれ以外の業務を分担しています。そのほかに外部の方にもお世話になっています。それも全体合奏や各楽器やマーチングやガードのそれぞれ定期的に来てくださる講師の方に加え、たまに合唱や呼吸法や筋トレなどの臨時講師の方もお招きします」
逆に、大人ひとりでよくやってきたものだ。手厚い指導陣に囲まれた強豪校に、勝てるはずもない。
実音は更に違いを教える。
「それから、支援が充実しています。OB会に後援会、一般のファンの方もグッズを購入してくださるので、資金面でもフォローは厚いです。まぁ、それでも負担はここよりありますが。ですが、そのおかげでよりよい指導が受けられたり、高い楽器を揃えられたり、すぐに修理に出すことも、一流のホールで演奏することもできるんです」
貧乏な大三東とはまるで違う世界だ。
同じ高校生でも、できる経験は全く異なる。
「そもそも、入部の段階からレベルが違います。方南に入部するのは、中学でも上の大会に出ていた者が多いです。支部大会以上を経験した者が何人もいます。そして、全体の人数も多い。その中からオーディションをするんですよ。そこに入るだけで、どれほどの実力があるかわかりますか? しかもその選ばれしメンバーが、朝早くから夜遅くまで毎日練習をしているんです。金賞が当たり前のプレッシャーと闘い、プロの指導を受けながら日々鍛錬しています」
「そんなところに、勝てるわけないじゃないか」
「なんてところを目指していたんだろう」と、文は身体をブルブルさせた。ほかの部員たちも、同じように思っていた。
しかし、ひとりだけスッと立ち上がる者がいた。海だ。
「ばってん、わたしは諦めたくなか! 全国に行きたい! それで一金を取る!」
「……海」
その真っ直ぐな決意に、周りも次第に瞳に光が戻り始める。
「実音の教えてくれることは、全然無駄になってなかよ! まだまだやれることはきっとある!」
「具体的には?」
誰かの質問に悩む海。
「うーんと、それはわっかんない!」
その発言に、一同コケてしまう。実音も苦笑する。
「海のやる気はわかった。でも今日は疲れているようですし、全員休んでください。いよいよ、その後はコンクールに向けての練習が始まります。ついてこられるように、気持ちをしっかり入れ替えてくるように。よろしいですね?」
「はい!」
気合いの入った返事が聞こえ、文も若い力に背中を押される。
「そうだね。まだ、諦めちゃダメだよね」
全員のやる気が更にパワーアップし、この日はこのまま解散となった。
部員たちが帰宅し、文も用事があるらしく職員室に行ってしまった。音楽室に残った実音は、次に向けて練習内容を見直していた。
「あ、やっぱりまだいたんですね」
そこで姿を出したのはプリンスだった。彼は一旦帰宅してから再び戻ってきた。
「野田君、どうしたの?」
さっきまでのお叱りモードではなく、のほほんとした空気の実音。現れた後輩を優しく招く。
「これ、できたんで持ってきました。きっと雅楽川先輩はまだいると思って」
「もうできたの? 早いね」
プリンスが持参したのは、今朝の演奏の映像だった。一般人も入場可能で撮影も許可されていたため、プリンスパパが録画していたのだ。
それをふたりで鑑賞する。
「ここ、キツかったー」
「あはは。でも、上手くいってよかったね」
あんなに厳しいことを言っていたのに、今は楽しそうに映像を観ている実音。
プリンスは「もしかして」と思い、彼女に尋ねる。
「さっきの、ひょっとしてわざとですか?」
「ん? ……あー、あれね」
彼女は悪戯が見つかってしまったかのような表情をする。
「言ったことは全部本当だよ。あのままじゃ、絶対ダメ。でも、確実に成長はしてる。その勢いを更につけるために、あえてあんな態度をしてみたの。だって、褒めたら調子に乗るでしょ。特に文先生なんか」
「確かに」
「マーチングを取り入れたからだと思うけど、周りと合わせるのが上手くなってるよね。文先生が入れちゃったパレードの参加が、ちゃんと役に立ってる」
「あんだけ苦労した甲斐がありますね」
実音の真意を知り、納得するプリンス。
そして、彼女の手元には様々な練習計画や参考資料が散らばっている。まだまだどうにかしようという意思が、よくわかるものだった。
「一度落ち込ませて、そこから立ち上がらせた時のパワーって本当にすごいの。やる気を出させるのはもっとかかると思ったんだけど、海のおかげで早かったね」
「仕込みとかじゃなかったんですか?」
「全然。あれは、海の本当に望む強い気持ちの表れ。それに周りが感化されてくれて、私も楽に目的が達成できたよ」
「それにしたって、先輩策士ですね」
「えー、そうかな? あ、今の話は全部内緒ね」
ウィンクしながらプリンスにお願いする実音。海とは違って完璧だ。
プリンスも男である。その行動に少しドキッとした。だが頼られている後輩として、しっかり返事をする。
「もちろんです」
それから暫く今後のことについて話し合うふたり。
暗くなり始めた頃、実音はプリンスにある提案をする。
「ねぇ、野田君。明日、暇?」
「明日は普通に自主練しようと思ってます」
「じゃあ、一緒にお出かけしよっか」
「ふぇ?」
(それって、デートのお誘い!?)
あまりに唐突な誘いに、動揺するプリンス。
それに気づかない実音は、スマホの画面を見せるために彼に近づく。
「行きたい所があって。ここ、なんだけど。……聞いてる?」
「あ、はい! 聞いてます!」
「なら、明日よろしくね。そういえば連絡先知らなかったね。交換しよっか」
「は、はい」
そわそわするプリンス。
今まで女子に言い寄られたことが何度もある彼だが、こんなに心拍数が上がったのは初めて。尊敬する先輩とのお出かけに、内心緊張でいっぱいのプリンスだった。




