9.酷評
演奏会当日ーー。
この日は出演が早かった。そのため前日にトラックに楽器を積み込み、現地集合となった。
到着した者から邪魔にならない場所で必要な箇所をパートごとに確認したり、身体をほぐすトレーニングを始める。
実音も顧問の文と最終チェックを行った後、本番に向けて身体を動かしていた。
時間になり、部長の本多が点呼を取る。
パートリーダーに揃っているか訊いていくと、まだ到着していない者がいることが発覚した。
「はぁ? 寝坊って……。とにかく早く来い!」
電話で怒りを露わにするトランペットの三年生、福田。相手は一年生の男子、有馬だった。
「ごめん、永世。有馬、遅刻だって。今向かってとるけん、演奏には問題なか」
「永世」は部長の名前だ。
本多は「あららぁー」と言って、イライラしている福田を宥めた。
「冗談でしょ!? だって、昨日積んだよね! なのにどうしてそうなるの!」
そして、もうひとりサックスパートでも電話で声を荒げる三年生がいた。相手は二年生の泓だった。
「永世。うちのバカ、間違えて学校におる」
「どういうこと?」
「あんなバカが考えとることなんて、わかるわけがなか!」
「ちょっと、落ち着いて!」
やっと繋がった電話から聞こえる呑気な彼の声に、パートリーダーは怒り狂い、ほかの者は頭を抱えた。
遅刻者のふたりも揃ったのは、楽器をトラックから降ろし終えた頃だった。
「いやー、うっかり目覚ましかけ忘れちゃって。ホント、すんません」
「いつもどおり学校に着いたのに、誰もおらんもんなぁ。変だと思った」
それぞれのパートの先輩から叱られるふたり。
あえて実音は何も言わなかった。
今回の演奏会は、近くの中学校と高校の吹奏楽部が出演するものだ。
コンクール前のこの時期に、お互いのレベルを高め合うのが目的である。曲目は、コンクール曲だと入部したばかりの一年生が参加できない可能性が高いという理由で、ほかの曲を披露しなくてはならない。
新たな試みとして行うイベントで、ホールで演奏ができる貴重な経験だ。コンクールのように、音出しがスケジュールに入っている。
曲は違うが、実音はこの当日の動きをコンクールでも活かせるように前々から部員たちに練習させていた。
暫くパーカッションとは別行動になる。演奏直前まで会えないため、実音はパートリーダーの入江との最終チェックを忘れない。
管楽器の部員たちは、指定された場所で楽器を組み立てる。そして他校の係の学生に呼ばれると、すぐに整列して移動する。この時、実音と文はその学生に挨拶をしっかりした。
まずはチューニング室。軽く音出しをしてから、文によるひとりずつのチューニングに入る。限られた時間で全員やらなければならない。実音にしごかれた文は、テキパキとハーモニーディレクターを弾いていく。
全員のチューニングが終わると、次は基礎合奏だ。普段学校でやることを、ここでもショートカットバージョンで行う。いつもと同じことをするのがポイントだ。
その後は、曲の最初など気になる箇所を少しだけ吹く。そして再び移動する。この際、楽器が冷えないようにバスタオルなどで楽器を包む。舞台袖にやってくると、ここでパーカッションとやっと合流だ。
係の学生にお礼をして、管楽器の部員たちはバスタオルを大きな袋に入れる。今回は全員出演しなければならないため、本番中この袋は見えない袖口に置いておく。もちろん学校名は記入してある。
舞台袖でも管楽器が冷えないように気をつけながら、前の団体の演奏が終わるのを待った。冷えると、ピッチ(音程)が低くなってしまったり、演奏中に水が溜まりやすくなってしまう。そうなると、音にも影響が出る。
前の団体が終わり、大三東の出番がやってきた。
順番に並んで入場する。椅子のセッティングは、運営のスタッフが行う。だが、この時椅子が足りないハプニングが起きた。そんな時でも、部員が慌てず手を挙げて知らせた。椅子の細かな位置を綺麗に整えて、譜面台の高さや角度も揃った列から顔を見合わせてまとめて座る。これらは全て実音の教えたとおりだ。
準備が整いライトで照らされると、アナウンスが入り紹介される。
文が代表でお辞儀をしてから、部員たちの方へと身体を向ける。軽く微笑んで緊張をほぐさせ、指揮棒を持った。それと同時にパーカッションも構えた。
文の手が動き、演奏が始まった。
静かに始まる『ぐるりよざ』。
出だしのパーカッションは、極限まで音量を落とした。こうすることで、観客の集中力が研ぎ澄まされる。
そして冒頭の男声合唱。泓がものすごい顔で堂々と歌う。大三東の男子部員は全部で十一人。そのうち低い声が出せないプリンスは、ホルンに専念するため声を出さなかった。その代わり文も一緒に歌った。吹奏楽で歌が出てくることは稀にあるが、多くはない。観客は出演する団体の生徒がほとんどで、この珍しい演奏に惹き込まれた。
歌の後は、フレーズを変化されながら様々な楽器が演奏していく。実音のオーボエがバンドを引っ張った。
そして二楽章。ここで、またしても実音が活躍する。
この曲では、龍笛が登場する。龍笛は雅楽で演奏される横笛だ。通常、吹奏楽では出てこない。龍笛がない場合はピッコロで演奏するようにという指示があるのだが、今回は祭りで使われる篠笛で演奏した。
独特の音の揺らぎがある和笛。静かな場面で、実音はその魅力を余すことなく魅せつけた。
そして三楽章。「祭り」というテーマだけあって、力強い金管楽器の演奏が続く。ホルンは特に辛そうだ。木管の鋭い音やパーカッションの激しい演奏で、クライマックスまで走り抜けた。
出番が終わり、楽器をトラックに積み込む。その後は昼休憩を挟みつつ、ほかの団体の演奏を観ることになっている。
演奏を終えた安心感かただ聴くことに飽きてきたのか、途中居眠りをする部員もちらほら見られた。また、泓は喉が渇いたのか飲み物を客席で飲もうとして、隣の先輩に叱られた。
イベント終了後、パートごとに電車に乗って学校へと帰る。忘れ物がないか、実音は最後に会場を確認してから出た。
帰り道、今日の感想を言い合う部員たち。電車や道路でも、ずっと盛り上がっている。そこを早歩きで追い越す実音。振り向いた瞬間、人差し指を口に当てて静かにさせた。
学校に到着すると、楽器をトラックから降ろす作業をする。
全て終えると、ミーティングの開始だ。
「今日はお疲れ様。いい演奏だったね」
文が部員たちに労いの言葉をかけた。
自分も緊張していたことなどを話す文。だが、気持ち良く指揮をすることができたと報告する。それにみんな満足そうな表情をした。
「雅楽川さんにも、今回の感想を訊こうか」
全員が、実音に期待を込めて見た。
すると、実音は感情の読めない表情で前に出た。
「今日の本番は最悪ですね」
その言葉に一同、一気に音楽室の温度が下がったのを感じた。




