8.大人だって成長できます
『ぐるりよざ』の一楽章は、「グレゴリオ聖歌」がモチーフの「祈り」だ。
また、二楽章は「さんじゅあん様のうた」を基にした「唄」である。
この「さんじゅあん様」とは諸説あるが、中江ノ島で処刑された中の三人の子供が、ヨハネの洗礼名を持っていたことに由来するとされる。「ヨハネ」はポルトガル語で「ジョアン」であり、これが訛った「ジュワン様」が三体島で祀られている。「三体のジュワン様」が「さんじゅあん様」となったようだ。
そして三楽章は「長崎ぶらぶら節」の旋律が登場する「祭り」だ。
長崎市内で広まった民謡である「ぶらぶら節」。長崎くんちでも使われるが、元々はお座敷唄である。
音楽室に眠っていた参考資料から、それぞれの映像を見つけた顧問の文。それを合奏の時に全員で鑑賞した。
「元の曲を聴くと、曲の理解度が増したような気がするね」
文が映像資料を片しながら、部員たちに話しかける。そしてみんなそれに頷く。
また、海が素直な感想を述べた。
「自分たちが演奏する曲が、すごく意味の深いものなんじゃないかって思った!」
彼女の次に、実音が全体に話し始めた。
「コンクールでは制限時間がありますから、三楽章を演奏する団体が多いです。ですが、作曲者自身のコンクール用カットを拝見すると、やはりこの一楽章の『おらしょ』が大事だとわかりますよね。私も図書館などで調べてはみましたが、『おらしょ』について詳しい人はいませんか?」
この問いに、部長の本多が答える。
「カクレキリシタンっていうと、生月島だよね。あと、中江ノ島。小学生の時に、自由研究で調べに行ったことあるよ。中江ノ島はフェリーで外側からしか見られんかった。ばってん、写真は撮ったと思う」
「その写真、持ってきていただけますか? 同じ景色を見て演奏した方が、より気持ちも込められると思いますので」
「よかよ」
「ほかに、何か資料をお持ちの方はいますか?」
何人か「そういえば」と思い出し、家から写真などを持ってくることになった。
宣教師によって広まったキリスト教。
長崎の多くの地で、キリシタンが誕生した。だが南島原の原城で一揆が起こり、その後、最後の宣教師も殉教してしまう。再び宣教師と出会うのは二世紀後である。この間潜伏していた彼らは、周りと共生しながら先祖の信仰を繋いでいった。その過程で、本来の言葉の意味など理解しないまま伝わったため、訛って「おらしょ」も進化していく。文字に記すと見つかるかもしれないから、歌って受け継いだ。そして、新たな宣教師の登場でカトリックに復帰する者がいる一方で、隠れることはなくなったが今までの独自に進化した信仰を続ける者も多かった。
実際にどんな意味の「祈り」で、現在までどう受け継いできたのか。それは、想像することしかできない。だが、少しでも理解するためにできる限りのことはしていった。
音楽室の壁に様々な「カクレキリシタン」にまつまる写真を貼り、各々が理解を深めて数日。
今まではメトロノームを使って合奏をしていたが、この日から実音も演奏に加わる。同時に、文によるタタキ合奏が始まった。
「じゃあ、初めからいこうか」
久しぶりに指揮台の位置につく文。
実音に教わったように、まずはあくまでテンポのキープを意識して机を叩く。
何度も練習してきたが、オーボエが一本加わっただけで音楽がガラリと変わった。それに井上はすぐに気づいた。
(一緒に吹いているのに、どんどん惹きつけられる!)
身体全体で音楽を作る実音。カンタービレ……つまり「歌うように」という言葉がピッタリだった。細かな抑揚を、動きと吹いている音で指示してくる。
たくさんパート練習の時に合わせてきたが、その時とはまた違う。全体のバランスを考えているため、周りの音から浮いていない。しかし、ずば抜けて上手いとわかる演奏だった。
タタキ合奏を一通り終えると、文は実音に確認を取る。
「テンポ、大丈夫だったかい?」
「はい。問題ありません。ボリュームの指示もよかったと思いますよ」
「ふぅ。よかった、よかった」
褒められた文は、まずはひと安心という感じだった。
その後、演奏の気になる箇所を実音主導で取り出していった。
そして、いよいよ指揮棒を構える文。文も部員たちも指揮に慣れるために、本番には少し早いが振ってみることにする。
「間違ったらごめんね」
一言先に謝ってから始める文。
だが、いざ振り始めると何も問題はなかった。むしろわかりやすい。実音の方がより的確な指示をその都度出していたが、文も悪くなかった。
「あれ? ブンブン、変わった?」
演奏後、海が呟く。
ほかの部員も、その変化に驚いていた。
「どう?」
文は実音に評価を求める。
すると、実音は微笑みながら頷いた。
「ちゃんとできてますね」
「本当? わっ、やったー!」
両手を挙げて喜ぶ文。まるで、子供のようだ。
実音が文に出した課題はいくつかある。
まず、世界的なオーケストラの指揮者たちの動画を観ること。
ただ観るだけではなく、その手の動きを図にさせた。どういう時にどんな動きをするのか、文はひとりひとりの特徴をまとめた。
指揮に正解はない。
同じ曲でも、人によって全く異なる。ほとんど指揮をしない者がいれば、激しい者もいる。中には舞台から落ちながらも振り続けた人や、ジャンプして指揮台を壊した人もいる。十人十色だ。
実音は文にいろんなバリエーションを身につけさせ、そこから彼に合った指揮の仕方を作ろうと考えた。また、今回の曲は作曲者が指揮もする方であるため、本人の映像も参考にした。
次に譜面の見方だ。
合唱よりも多くを同時に見なくてはいけない。
よって、同じ動きをする楽器を色で分けたり、主旋律や和音の構成などの専門的な音楽の知識を一から学ばせた。
さらに、音楽とは関係のないこともさせた。
それは、駐車場の整備だ。
外部の教師などが会議や試合で学校に来る際、文は駐車場にて案内係をした。もちろん学校に頼んでやったことだが、校長はとても喜んでいた。そして、実は吹奏楽部の保護者会でもそれを行なっていた。顧問が自ら案内をしていたことを知っていたのは、実音ママのみである。
これにより、文は全体を見る力を手に入れた。ひとつのことに集中しすぎず、いろいろなところに目がいくようになった。また、左右で違う動きをすることにも繋がった。
実音が来てから、このような努力をしてきた文。
正直、指揮者がいなくても演奏はできる。ある程度練習すれば、多少テンポが一定でない曲でも互いにアイコンタクトや息づかいなどの気配で合わせられる。
それでも指揮者がいることで、余計な気を張らなくてもよくなり奏者は自由に演奏することができる。また、観客からは見えないが、指揮者の顔を見ることで奏者は安心することがある。
コンクール前の演奏会で、文はこの成果を発揮することとなるのだった。




